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第16話 ヨーロッパわらしべ長者計画、その2

 悩んだ挙げ句、困った時のブラウン・ボベリー社頼みということで、ミハイル氏に相談に来た。

「お久しぶりです、時休サン。TR 8はお陰様で、よい評価を得ることができました。すべて貴方のおかげです」

ミハイル氏は満面の笑みで迎えてくれた。よかった、少しは話しを切り出しやすい感じだ……オレは挨拶もそこそこに自動車ビジネスの協力会社を探していることを述べ、ブラウン・ボベリー社の関係でそのような会社を紹介してもらえないかとお願いしてみた。


「うーん、自動車製造会社ですか……我社も直接、自動車関係でビジネスを行っているわけではないですが。そうですね、鉄道関係で取引のあるリングホッフェル社が最近、自動車関係の会社を買収したという話を聞きましたので、そちらに相談してみますか? 必要でしたら紹介状を書きますので」

と言ってくれた。持つべきものは良き友人だ。ミハイル氏に感謝を述べ。早速、教えてもらったリングホッフェル社があるチェコのプラハへと行く。


「ほう、日本の方がはるばるヨーロッパで自動車のビジネスを。我社は最近、タトラという会社を買収して、そちらで自動車関係の仕事をしています。なにか良い仕事があるようなら担当を紹介しますのでそちらの方とお願いします」

ミハイル氏に紹介されたリングホッフェル社の人は、そう言って別の人を紹介してくれた。何か、次から次へたらい回しにされている感じがあるけどまあ、文句を言っていても仕方ない。今度は紹介されたタトラ社へ出向いて話をする。行く前にクウちゃんにお願いしてタトラ社の自動車のことを教えてもらうと、ハンス・レドヴィンカという人が主任設計者で、鋼管製バックボーンフレームやスイングアクスルとか新機構を積極的に採用している会社らしい。


 資料を見ていくうちにタトラが、まさにフォルクスワーゲンのコンセプトを先取りしたような車を作っている事がわかった。1933年にV570、1936年には大型車路線のT77を小型・軽量化したT87、さらにブラッシュアップしたT97はすべての面でポルシェ博士のデザインを凌駕していることに驚いた。けれど、3年後ドイツのチェコ分割と共に、これが突然、製造中止を命令されるということも……何んでだ!?


 なぜT97が製造中止命令を受けるのか、その理由は巷で言われるようにフォルクスワーゲンが真似したことを隠すため、あるいは同じような車はふたつはいらないという事とは関係なく、ただ単に自国の生産効率を上げるための計画を実行した結果、たまたま、そうなっただけの話かもしれない。だけど、そこに投入された人々の努力が報われることなく消えてしまうのは耐え難い……別に拘るほどのことではないかもしれない。もっと悲しい、何とかすべき問題はたくさんあるだろう。でも、何とかならないのかと思うのは、オレ自身がモノをつくる仕事をしていた人間だからだろうか。


◇          ◇          ◇


「我社の車を高く評価いただいてありがとうございます。ですが、依頼頂いた車体生産の協力については残念ながらご要望には沿えません」

タトラ社に、OEM生産(他社ブランドとして車を生産してもらうこと)を依頼したところ、丁寧にではあるがあっさり断られた。自社モデルが好評で、よく売れているのだから、あえて他社名で車体を供給するなど考えもよらないことだろう。さて、どうしようか……まさか『3年後にその車は作れなくなりますよ』と言っても信じてもらえないだろうし……まあ、オレとしてはT97でなくても、そこで作られた技術が受け継がれていれば、それでいいんだけどな。と考えながら、応対してくれている人にちょっと揺さぶってみることにする(社会人を長くやっていると、こんなことばかり(姑息な交渉テクニック)覚えて悲しいぜ。ふっ)


「失礼ですが、御社は今の車に満足されていて、これ以上望むものはないとお考えですか?」

「……どういう意味でしょうか?」

少しイラッときたかな。もっと突っいて取り付くシマを作らせないと……

「例えば、ご自慢のスイングアクスル独立懸架サスペンションは急ハンドルで転倒事故を起こしやすいとか、ご存知ですか?」

「……少々お待ち下さい」

急に技術的な問題を指摘されて驚いたのか対応していた人は席を外した。おそらく技術に詳しい人を連れてくるんだろう……オレも実は詳しく知っているわけじゃなくて、さっき見た資料に書いてあったことを指摘しているだけだけど。


 しばらくして中年の、如何にも頑固親父といった感じの人間が現れた。

「お前さんかい? うちの車に難癖をつけているのは?」

頑固親父に睨まれた。うっ、心が折れそうになるのを必死に堪える。

「難癖なんて、つけてませんよ。ただ今作っている車が完璧じゃないのを指摘しただけです」

そう言って、資料に書かれていたジャッキアップ効果(急旋回時の荷重移動に伴う、コーナリングフォースが車体を押し上げようとする働き)を必死に説明する。


「ほう、お前さん、ずいぶん詳しいことを知ってるんだなぁ。どうだい? うちの会社で働かないか」

いや、働き口を探しに来たわけじゃないから……

「いえ、そういう話じゃなく……もちろん、これが小型後輪駆動車を低コストで作るには良いやり方であるのは認めます。私は一緒に、もっといい車を作りましょうということを言いたいわけで」


頑固親父が一瞬「あん?」という表情を見せ、得意分野でのやり合いモードに入るのがわかった。

「じゃあ、どんな車が作りたいんだ? 言ってみろ。先に言っとくが、くだらねぇ事を言ったら叩き出すからな!」

ひぇ~。実はこれ以上、覚えてる事はない。焦りながら、必死に前の時代の知識をひねり出そうとする。

「え~と、横転しないように重心を下げて……」

やばい、それ以上何も出てこない。やっぱり、諦めてゴメンナサイしようと思ったところで霧島さんが身を乗り出して来た。

「これを見て下さい! 私たちが作ろうとしている車はこれなんです」

と、あのデザイン画を見せた。


「ふーん、フロントがずいぶん薄っぺらいな。これはリアエンジンってことか……てことはトランスアクスルか。なるほどなぁ」

いや、今のエンジンほど高さが必要ないだけでエンジンはフロントにあるんだけど……でも親父さんが勝手にしゃべって勝手に納得しているので、あえて口を出さない(出したらボロが出そうだし)。

「只なぁ、今は忙しくてなぁ……いろんな車種を作ったもんだから、工場にも空きがねぇ」

あ、何か風向きが変わった……オレたちを受け入れて本音を話してくれる感じ?

「そこを、何とかなりませんか? 場所がないなら我々で別の場所に工場と従業員を集めますから、設計と生産指導で協力をお願いできませんか? もちろん、指導料はお支払いしますから」

ここが勝負どころと、条件を変えてみたりしながら、なんとか糸口を作るために必死に交渉する。


「こんな丸っこいボディ、どうやって作るんだ?」

でも親父さんは、こっちの思惑とは別に、車の作り方の方に関心がいっているらしい。

「これは金属をプレスして作るんですが……」

オレが答える。これも問題点のひとつだ……普通は金属をプレスして作るのが当たり前だけど、

「そうか。しかしこれは手間がかかって高くなるんじゃないか」

その通り。この時代のプレス技術では複雑な形状は出来ないので、幾つもにパーツを分けたり、手作業による叩き出しをすることになり、とても量産できる値段ではなくなってしまう(フェラーリみたいなもんだ)。けれど、ここは金属じゃないやり方を実現したい……まだどこも実用化してないはずだ、今の時代では。


「実はまだ研究段階なのですが、これを人工樹脂で出来ないかと思っています」

「人工樹脂?」

「詳しくは、契約頂いたらお話します」

少しお茶を濁してやめておく……気を引きたいこともあるけれど、まだ具体的な方法は調べてないこともあるし。でも、トラバントという東ドイツで作られていた(いや、この時代から考えれば未来に作られる)車はその方法で作っていたはずなので出来ないことはないはずだ。


「……うーむ、なかなか面白そうな車だ。……だがなぁ、最近ワシも体力が落ちてなあ。新しい工場の立ち上げなんて付き合いきれないだろう。非常に残念だが」

あれ? 急に弱気な発言だ。どうしたんだろう? でもここで話が終わったら、契約は無しになってしまう。もう少し……何にかないか? え~と……。

親父さんの目線が我々から離れ、そのまま席を立とうとしたその時、霧島さんが急に立ち上がって


「では、体力に問題なければ、引き受けてくれますか?」

と眼の前に迫る。勢いに飲まれて親父さんは一度、深く座り込んだ後、残念そうに言葉を重ねる。

「いや、最近は一日の終りには腰が痛くてな……」

「横になって下さい。どの辺りですか? こう見えて私、マッサージが得意なんですよ♡」

有無を言わさず、霧島さんが回り込み、無理やりマッサージを始めてしまう。

霧島さんて、こんなに積極的人だったっけ? この押しの強さは、昔会社に来ていたやり手の保険セールスのおばちゃんを彷彿とさせる。ひょっとしたら最近、社長さんとやり取りしているうちに体得したのか?


そして十分後。すっかり腰の具合の良くなった、親父さんは苦笑いをしながらこう言った。

「お嬢ちゃんにはかなわねぇな……しかたねぇ、手伝ってやるよ。オレの名前はハンス・レドヴィンカだ」

おっと、タトラの主任設計者その人だった……だからスイングアクスルの話とか新しいボディの作り方の話とかに食いついてきたのか。


「私は、霧島 梓といいます。よろしくおねがいします」

「……種子島 時休です」

頭の中でいろいろ考えているうちに、すかさず手を出してがっちり握手をした霧島さんに出遅れてしまった。

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