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ソフィア楽しむ


  高等部の3年目も終盤にさしかかった春、クロエの家のパーティーに招待された。社交パーティーは、1年生のとき以来参加したことはなく悩んだが、ニックが社交デビューするので知り合いが多いほうが緊張しないからなどと言われては断れなかった。


 久しぶりのパーティーに母が張り切った。2年前にお世話になったマダムラッセルの店で、生地とデザインを選ぶことになった。母は、最先端の首回りと肩を出すデザインを進めてきたが、肌が露出せず派手にならないデザインをお願いした。ソフィアのドレス姿が娼婦のようだとサイモンに言われたことをソフィアはまだ引きずっていた。


「色はせめて明るい色にしましょう。」


「そうですね。お若いお嬢様があまり地味な色をお召しになられてはかえって目立ってしまいます。」


「それじゃあ、一番人気のある色にしたらどうかしら?」


「人気の色でしたら、春ですから、薄紅や、黄色でしょうか。お嬢様の髪の色に合わせて、こちらはどうでしょうか?」


 ソフィアはびくっとした。ソフィアの髪は、赤みがかった金髪で、学園に入学するまでは、少し癖のある髪を使用人がせっせとくるくると巻いていた。とてもお気に入りの髪型だったのだが、サイモンに似合わないと言われてからは編みこんで纏めるようにしていた。せっかく楽しく過ごそうと決めたのに、まだサイモンに囚われていることに気が付いて落ち込んだ。それを色が気に入らなかったのだと勘違いしたマダムがあわてて他の色ももってきますと後ろに下がった。


「なにか気に入らないことがあるの?他のドレスメーカーも見てみる?」


「違うの。デザインも色も素敵だわ。でも私に似合わないんじゃないかなって心配なだけよ。」


「ソフィア、私は貴族の世界のことはわからないけれど、貴族女性の趣味嗜好には鋭いつもりなの。私もマダムも、ソフィアに似合わないドレスで人様の前に出したりは決してしないわ。」


 たしかに、よくよく考えてみれば、王都で一番予約のとれないマダム ラッセルが、ソフィアに似合わないドレスを仕立てるはずはない。ここは勇気をだして母とマダムの勧めるドレスを着てみようときめた。


「やっぱり、お母様の気に入ったデザインでこの色にするわ。」


「きっと似合うわ。」


「楽しみね。ところで、サイモン様がエスコートするのかしら?」


「いいえ、彼は招待されていないはずよ。」


「あら、そうなの。残念ね。」


 はやり、母もなにも聞かされていないようだ。母は、学園のことも、サイモンのこともあまり聞いてこない。ソフィアが恥ずかしい思いをしないようにと、マナーやダンスの講師は手配してくれたが、貴族のことはわからないというのが朽津瀬だ。


 2年前のパーティーのときもサイモンになじられ、傷心で帰って来たソフィアが、部屋に駆け込んだ後も、何も聞いてこなかった。ただ次の日、好物のお菓子がお茶にだされたり、足が疲れただろうと特別な香油を用意して気遣ってくれた。


 ドレスの他に心配だったのはダンスだった。ソフィアは2年の空白があり、ニックに至っては初心者である。そこで、クロエによる、ダンスのレッスンを受けることになった。男性パートを指導してくれたのは、なんとマーベリック王子だ。もちろん最初にパトリックにお願いしたが、練習日に現れたのは王子だった。恐縮するニックに、パトリックに頼まれたんだ、とうれしそうに笑顔で言う王子が不憫だと思ったのはソフィアだけでないはずだ。


 当日、社交界にデビューするニックの緊張を和らげるために、マイーデ公爵家に早めに行って部屋でお茶を飲んだりして過ごした。緊張しているのはソフィアも一緒だったので、クロエやユーリア、パトリックにヴィクトールもいたことで安心できた。特にヴィクトールがいたことには驚いた。


「あなた社交パーティーなんて参加するのね。意外だわ。」


「研究所でお世話になっている方のお誘いがたまにある。魔術院に寄付してくださってる貴族のパーティーは断れない。」


「ダンスも踊るの?」


「俺は踊れない。」


「それならニックと一緒に練習したらよかったのに。」


「俺には必要ない。」


 社交パーティーでダンスも踊らず、どうやって過ごすのか聞いてみると、研究所の関係者や支援者に挨拶して、興味のある話題であれば話し、なければひたすら甘味を楽しむそうだ。最近のヴィクトールは会うたびに体がふくよかになってきているので心配だ。


「マイーデ公爵の菓子職人のチーズケーキがおいしいんだ。」


「そう、ぜったいに食べなくちゃいけないわね。」


「今日は、ウォルシュ様もいらっしゃるぞ、紹介しようか?」


「本当に?ぜひお願いしたいわ。でもこんな小娘に話しかけられて迷惑じゃないかしら?」


「心配ない。優秀な学生の意見は貴重だといつも話している。」


「私、楽しみになってきたわ。ヴィクトールありがとう。」



 ニックは緊張しすぎて顔色が悪い。最初に踊るのはクロエ、そしてユーリア、最後にソフィアの予定だ。パトリックに最低3回踊るように言いつけられたので、練習も3曲しかしていない。


「みんなあなたに注目しているから、少しの間違いもすぐにわかるだろうけど、心配することないわ。」


「俺、ステップ忘れたかもしれない。」


「私と一緒に踊るときは大丈夫よ。でもソフィア先輩と踊るワルツだけはしっかりしなくちゃだめよ。ソフィア先輩に恥をかかせてはいけないわよ。」


「俺、無理。帰る。」


「あらー、楽しみにされているおじい様が悲しまれるわね。遠路はるばるハウエル領からいらしてくださったのに。孫の晴れ姿を見たかったでしょうに。」


「ユーリア、クロエのあれはなんなの?ニックが気の毒だわ。」


「あ、あれですね。クロエ、緊張してるニックをからかうのが趣味なんです。魔法の実技試験のときも毎回あれです。」


「もしかして、ニックが魔法の実技に弱いのって。」


「クロエが犯人です。小鹿のように震えるニックがたまらなく可愛いのですって。」


 緊張をほぐすどころの話ではない、このままで大丈夫なのだろうか?


「ニコラス君、ハウエル子爵が到着された。君、大丈夫かい?」


 クロエのお兄であるジョシュア様が控室に呼びに来た時、ニックは真っ青になって震えていた。極度の緊張で一歩も歩けないニックを心配して、ウォルシュ卿がわざわざ迎えにきてくれた。急遽、ヴィクトールも同席し、どうにか無事にハウエル子爵と対面を果たしたニックは大泣きしたらしい。男泣きではなく、こどもがわんわん泣くような大泣きだ。目を腫らして出てきたときにはぎょっとした。


 しかし、思いっきり涙を流したお陰でニックの緊張はほぐれ、立派にクロエとのダンスを終えた。クロエは公爵令嬢らしくさりげなくニックをリードして踊る姿は優雅だった。流石である。続けてユーリアとソフィアと踊り、ニコラス ハウエル子爵令息の社交界デビューは無事に済んだ。


 ソフィアも初めてパーティーを楽しむことができた。ドレスが上手く着こなせているか心配していたが、友人たちには大好評だった。


「ソフィア先輩お綺麗です。その髪型もとっても素敵。」


 肩を出すドレスだったので、髪は耳の上半分の髪を高い位置で結いあげて、残りの髪は背中に流してゆるく巻いていた。


「いつもきっちり編み上げているから気が付かなかったですけど、綺麗な髪の色ですね。ドレスの色とも合っているわ。」


「ソフィアさんのデビューのときもかわいらしかったけど、今日はソフィアさんの清楚な雰囲気にあって上品で優雅だわ。」


「エメルダ先輩褒めすぎです。先輩こそラベンダー色のドレスお似合いです。法務省の色ですね。」


「そうなの、じつは、裁判官の試験に合格したの。早ければ、夏から裁判に出ることになるわ。」


「おめでとうございます。こんなに早くすごいです。」


「エメルダ姉さまおめでとうございます。」


「かっこいいわー。私もがんばらなくっちゃ。」




 それから、社交界の流行を牽引しているといわれる、クロエの母マイーデ公爵夫人と、パトリックの母クレイバー公爵夫人にまで、声をかけてもらった。


「ソフィアさんのドレスを見立てたのはお母様なのかしら?」


「はい、そうです。」


「さすがだわ。あなたの良さが引き立っているわね。とても良くお似合いよ。」


「ソフィアさんは、いつもゾーン商会の商品でいつもお手入れしているのかしら?お若いとはいえ、お肌がとっても綺麗だわ。」


「お母様そんなにじろじろ見たら失礼よ、ソフィア先輩が困ってるじゃない。」


「だって、クロエ、気になるじゃない。ゾーン商会の美容具に化粧品は本当に評判がよくて、次々に新しい商品がでるのよ。それに、美容カフェをはじめるって噂を聞いたわ。」


「詳しい話はできないのですが、心も体もゆったりとできる環境で、お肌の手入れだけではなく、お食事やお茶も美容に良いものをいただいて、体の内からも綺麗になっていただくためのカフェだと聞いております。」


「まぁまぁ、なんて素晴らしいの。待ち遠しいわ。クロエもユーリアも一緒に行きましょうね。」


「ぜひご招待致します。クレイバー侯爵夫人にも招待状をお送りしてもよろしいでしょうか?」


「うれしいわ。楽しみにしているわね。」


 美容カフェについては、やりとりを想定して前もっていくつか返事を決めていた。まず、クロエにパトリック、エメルダ様ら侯爵家の関係者には、招待すると言うことになっていた。思っていた以上に喜んでもらえてうれしい。


 それからソフィアはウォルシュ魔法伯とお話することもでき、一曲ダンスを踊ってもらえてすっかりご機嫌だった。母も年上好きだが、ソフィアもそうなのだろうかと本気で思うほどにはのぼせ上った。


「大人の魅力よね。くらっとしちゃったわ。なんで独身なのかしら?」


「研究にしか興味がないんですよー。」


 なぜか紛れ込んでいるマルコといっしょに会場の隅で、チーズケーキを食べながらマルコの趣味の人間観察をした。ニックは別室で引き続きハウエル子爵と面談中だった。


 クロエの他の、パトリックやユーリアもしっかり貴族の子息令嬢として社交に励む姿は新鮮だ。


「みんななんだかんだと、しっかり貴族してるのね。見直しちゃったわ。パトリックも意外に人気あるのね。」


「マーベリック王子の側近候補ですからね。」


「あれは、側近っていうのかしら。」


「そういうことにしときましょーよー。」


「それもそうね。」


 三度目の正直とはよくいうが、ソフィアは今回の社交パーティーで非常に楽しい時間を過ごした。2年越しで母に社交パーティーの報告ができたことも嬉しかった。


 

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