ニック有名になる
あれからパトリックの側でびくびくするニックを幾度も見かけた。探偵ユーリアがいろいろ推測した結論を話し出した。
「ニックの様子から察するに、妹さんが仕えている家はクレイバー家で間違いなさそうですよね。パトリック先輩の育った家です。深い闇をかかえているにちがいありません。」
「でも、フランツ先輩は穏やかで優しい方よ。」
フランツというのは、一つ上の学年にいるパトリックの兄で、社交界デビューのパーティーで一度お相手してもらってからというもの、学園で会うとやさしく声をかけてくれる。
「ソフィア先輩、高位貴族の表向きの顔なんて信用しちゃだめですよ。クロエだって、社交界ではすました顔しておしとやかに振舞ってるんですよ。パトリック先輩があれだけ怒っていたのだから、知られたくない大きな秘密があるに違いありません。ニックは学校が爆発されるか、戦争がはじまるとおびえていましたよね!」
「そういえばそんな事言ってたわね。」
「パトリック先輩らクレイバー侯爵家は、国家転覆させるような何がすごいことを企んでいるんです。そして間抜けなニックはうっかり重要な秘密を知ってしまった。その結果、妹を人質に取られたんです。ニックはきっと、妹に何かされるのを恐れているにちがいありません。」
探偵ユーリアの妄想はとまらない。
「ぶっぶー。ニックの妹は公爵家のリディアちゃんのことが大好きで押しかけ侍女をしてるんです。」
突然現れたマルコにびっくりしたが、いつものことなのでソフィアはかまわずに話しかけた。
「そういえば、マルコは幼馴染だもの。事情を知っているのね。ちょうどあなたの好きそうな高級な菓子があるの。食べるわよね?」
「やったー。たべまーす。」
「それで?押しかけ侍女ってなんのこと?」
「ほら、押しかけ女房って言うでしょー。ニックの妹は、勉強のために短期滞在の予定でリディアちゃんのお宅でお世話になったんです。でもリディアちゃんのそばは居心地がすごーく良かったみたいで、そのまま誰の許可もなく無理やり侍女のまね事をして居座ってるんです。クレイバー侯爵家のみなさんが寛大で本当によかったですよー。」
「えー、陰謀説は、なしなの?つまらないわ。」
ユーリアは非常に残念そうだ。
「人質とか怖い話じゃなくてよかったじゃない。」
ソフィアが、紅茶をいれながら相槌をうつ。
「それで、その後、高等部でのニックの噂はどうなんですかー?」
「ニックがハウエル子爵家の愛人の子だとか、妹とは父親が違うから、妹は子爵家で正式に迎えられないとか、借金のかたに売られて8歳の頃から働いてるとか、まぁいろいろよ。」
「ふーん、なるほどー。ニックの妹が仕えている家のことについてはうわさになってますか?」
「リディアって名前を貴族名鑑で探しをしてる子もいるみたいだわ。でも、社交界デビュー前の貴族の子女の名前は載らないし、無駄なことしてるわよね。」
「ソフィア先輩はなにか耳にしましたか?」
「私は講義の後はすぐに教室を出てしまうし、よくわからないわ。」
「そうですか、あ、このお菓子おいしー。ぼく幸せ。」
「マルコはニックの妹と幼馴染なのでしょう?ニックの妹さんってどんな子なのかしら?」
「私も知りたい、ニックみたいにまじめな子?それとも繊細なかんじなの?」
クロエとユーリアが身を乗り出してマルコに聞く。
「頑固で陰湿で、やられたら、隠れて何倍にもしてやり返すような逞しい子です。」
「ニックの妹が頑固で陰湿?信じられない。その、パトリック先輩の妹のリディアって子がそんな性格だと思ってたわ。」
「リディアちゃんは、純真で朗らかで、可愛らしい子です。パトリック先輩たちと血縁だとは信じ難いです。あ、これは秘密ですよ。先輩たちリディアちゃんを溺愛してるんで、怒られちゃいます。ご馳走様でしたー。また来まーす。」
あわただしくマルコが出て行った。
「パトリック先輩が妹を溺愛してるって本当なのかしら?」
「あの人にも、そんな人間らしい心があったのね。」
クロエもユーリアも非常に失礼である。しかし、ソフィアも内心驚いていた。
ニックの手紙の噂もおさまったころ、ある年老いた子爵の行方不明になっていた孫が見つかったと王都の新聞でとりあげられた。その孫というのはニックと妹のニーナだ。
ニックとニーナの両親は、愛し合っていたにも関わらず別れてくらすことになった。父親に横恋慕する女性から母の命が狙われていたらしい。身分を偽って王都でひっそり親子三人で暮らしていたのだが、母親が急に亡くなってしまい、葬儀も終わらないうちに兄妹は、孤児院に入れられてしまった。
その後、横恋慕していた女性が、母親によく似た妹ニーナを養女にしようと企んでいる事を知り、ニックは妹を連れて孤児院を逃げ出した。それからも様々な苦難があったが、妹を守るために必死に生活していた。ある雪の日、魔法を使って雪かきしている所をウォルシュ魔法伯が見つけて、ニックの魔力の高さがかわれて引き取られた。妹は、横恋慕する女性に見つかってしまうのを恐れ、学園には通わずに、とある屋敷で匿って貰うことになった。
ずっと孫を探していたハウエル子爵家の当主である祖父は、王都の新聞で中等部を2位で卒業した成績優秀者のニック カワチという名前を見つけた。カワチ、ハウエル子爵の無き妻の家名であったため、気になり調べてみると、長年探し求めていた孫息子だったという壮大な物語だ。ニックはたちまち時の人となった。
「勘弁してくださいよ。」
「まぁまぁ、いいじゃない。会ってお茶するだけなんだからさ。あなたにぜひ贈り物を手渡したいんですって。」
先ほどからユーリアがニックになにやら迫っている。
「ぼく庶民として生きてきたんですよ、貴族のご令嬢とお茶なんかできません。贈り物なんかさらに困ります。お礼のマナーも知らないんですよ。」
「公爵家令嬢のクロエといつもお茶してるじゃない。同じよ。」
「ここでお茶するのとぜんぜん違います。」
「まぁまぁ、洗練されてないところがまた良いっていうご令嬢もいるのよ。ねー、クロエ。」
「あんな美化された話、恥ずかしくて、僕、本当に嫌なんです。妹なんか、怒り狂って生涯ハウエルの家名を名乗らないって言い出すし、ものすごく困ってるんです。」
「でも嘘ではないのだから、堂々としていればいいわ。ニックはマナーは学んでこなかったかもしれないけれど、心は立派な貴族だわ。」
「ソフィア先輩、そんなこと言ったらニックが泣いちゃいますよー。」
「泣かねーよ。」
「でも、有名になるのもたいへんなのね。学園にまで人が集まっててすごいわ。」
「ソフィア先輩、ニックはいまや庶民の憧れなんですよ。悪女の魔の手から妹を守るために孤児院から抜け出して、手に手を取って必死で生きる兄妹、いつか妹を幸せにすると固く誓って離れ離れになった兄は、貴族とは知らずに庶民として学園に通い、嫌がらせに負けず学業に励んだ結果、祖父に発見されたんです。最高の成功物語です。もう少しニックの容姿が良ければよかったんですけどねぇ。」
「あら、ニックは整った顔をしているわ。」
「そうだ、ソフィア先輩の商会で、ニックのつかってる文房具でも売り出してはどうですか?ニックの姿絵入りとか、バカ売れしますよ。」
「やめて下さいよー。パトリック先輩なんか本にするっていうんですよ。もう嫌です。」
ニックはすっかり参っているようだが、ソフィアたちは、ニックの名誉が挽回されてとてもうれしかった。
数週間たち、ニックのまわりは未だ騒がしいが、事の発端となったサイモンたちが学園にもどってきた。ソフィアはサイモンとは一つ同じ講義があったので、なにか嫌がらせをされるのではと心配したが、目が合うこともなかった。父からは、一向に婚約破棄の話も出ないので、やはり家同士のが決めた話をなかったことにするなんて、サイモンが癇癪をおこした程度では無理なのだとがっかりした。
あんな卑怯な男と結婚するのは嫌だが家の為なら仕方ない。せめて結婚するまでは自由に過ごしたいと考えたソフィアは残りの学生生活を好きなように過ごすと決めた。クロエとユーリア、ニックも一緒に、堂々と食堂で食事をしたり、パトリックとも魔道具の会の外でも話をした。必然的に、マーベリック王子と話す機会も増えて、他の学生にも話かけられるようになった。
さすがに、過去にいじわるをしてきたような生徒たちといまさら仲良くなることはどうしてもできなかったが、講義でいっしょになった生徒と普通に話せるようになった。
マーベリック王子も庶民が嫌いだったという事実もなかったようだ。どうやらサイモンはソフィアを意図的に独りぼっちにしていたのかもしれない。ずっと、騙されていたんだろうか?いつから嘘をついていたのか、真実は少しでもあったのだろうか?悩んでも答えはみつからない。