サイモン独白する
一目惚れだった。ふわふわのピンクの綿菓子みたいな髪の女の子の名前はソフィアだ、大人しくて、子供たちで集まっても、一緒に遊ぶことはなく、持参した図鑑や画集をながめていた。その子の気を引きたくて、わざと暴れたり大声を出したりした。
仲良くなるために、おやつの時間にソフィアの席をサイモンのとなりにしたが、緊張して話しかけることができない。しかし、ソフィアは他の子とばかり話しているのでイライラしてきた。
「サイモンも、そう思うよな。」
突然、話かけられても、なんのことだかわからない。
「何が?」
「聞いてなかったのかよ。」
「サイモンなんかさっきからソフィアのことばっかり見てるよな。もしかして好きなのか?」
一緒にテーブルを囲んでいた男の子たちがからかいはじめたので、カッとなった。
「こんな暗いやつすきじゃない。」
「いじわる言うなよ。」
ソフィアのとなりのやつがソフィアをかばうのでさらに頭に血がのぼった。
「友達がいないから遊んでくれってこいつの親に頼まれたんだ。仕方なくよんでやったんだ。こんな根暗、大嫌いだ。」
ソフィアが泣き出したので、隣の子が肩に手を添えなぐさめている。
怒りが爆発した。手当り次第目につくものを投げ、ひっくり返しても気が収まらない。ワゴンにあった菓子を切り分けるためのナイフを持ち振り回した。大人に取り押さえられた時にはソフィアが顔中血だらけになって倒れていた。
それから父に酷く叱られたが、いつもの事なので平気だった。それよりもソフィアのことが気になった。さすがにやりすぎたと思ったが、サイモンに見向きもしなかったソフィアが悪い。ソフィアの傷は治療師によって癒され、傷もほとんど残っていないそうだ。なぜかサイモンはそれが残念だった。使用人たちが、傷でも残れば、責任をとってソフィアと婚約することになるかもしれないと話していたのを聞いていたからだ。
「ソフィアに早く会いたいです。」
「サイモン、お前は自分がどれほど大変なことをしでかしたかわかっているのか?刃物で人を、それも女の子の顔を傷つけたんだぞ。」
「もうしません。約束します。」
「それは何十回と聞いた。お前は気持ちを抑える方法を学ばなければならない。お前を大叔父のところで感情の制御ができるようになるまで王都に帰ってきてはならない。」
大叔父とは、祖父の弟で、退役軍人だ。領地の田舎で孤児院の運営をしながら、男の子たちに剣術や勉強を教えていた。時折、知り合いに頼まれて、わがままな貴族の子弟を預かっては性根を叩き直すようなこともしていた。
「あなた、酷すぎます。まだ7歳なのですよ。」
「人を刃物で切りつけたんだぞ。今回は親しい友人の子息だけだったから大事には至らなかったが、今度いつ同じ様なことがあってもおかしくない。感情の制御が出来なければ 、魔法学園にも入学出来ない。そんなことになったらグラフ伯爵家は終わりだ。」
感情の制御のできない子供は、魔法使い不適合者として魔力を制限する魔道具をつけられる。とても不名誉な事だった。泣く泣く母も同意し、サイモンは大叔父の元へ預けられた。
大叔父の元での暮らしは最悪だった。魔法が使えないように魔道具で封印され、質素な暮らしに、剣術の稽古、大嫌いな馬の世話。伯爵家の長男として甘やかされてきたサイモンには非常に辛かった。孤児院の子供たちと接するのも嫌で、何度も癇癪を起こし暴れては、罰として馬の糞を集めて畑に撒く作業を無理やりさせられた。どうにか早くここから抜け出したい。そのためには、大人に好かれるように振る舞わなくてはならないと思い、孤児院で、誰からも好かれるムジカという名の少年を観察した。
小さい子供の世話は良く見るし、大人に言いつけられた仕事はきちんとこなす、女の子たちには優しく接しなにかと話を親身になって聞いていた。知れば知るほど腹立たしいやつだった。サイモンは、なにか弱点をみつけることができればと、その少年の行動をつぶさに観察したが、
それからしばらくして、ムジカとサイモンが早朝の厩の当番がいっしょになった。ムジカは、馬が嫌いなサイモンに、一人でできるから来なくてもよいといつも言っていた。いつも喜んでさぼっていたのだが、なんとなく気になってこっそりあとをつけた。衝撃だった。少年と村の青年が抱き合って口づけていたのだ。
さっそくムジカに見たことを伝えると、自分はなんでもやるから誰にも言わないでくれと泣いてすがってきた。愉快だった。それからムジカはサイモンの親友になった。ムジカを利用して、子供たちを裏で操った。新鮮だった。暴れて騒ぐよりも、陰でいいように操るほうがずっと面白かった。
大叔父のもとで2年すごし、サイモンはやっと王都に戻ってくることができた。表面上は落ち着いた僕に、両親は安堵していた。さっそく、ソフィアと仲直りがしたいと申し出たがすぐには叶わなかった。どうやらソフィアは、あの事件以降、すっかり家に引きこもるようになったそうで、ソフィアの家族が警戒してなかなか会わせてくれなかった。とても嬉しかった。サイモンがいない間に他の子と仲良くしていたら、その子たちを排除しなくては行けないと考えていたからだ。
やっと会えることになると、ソフィアはサイモンのことを少しも覚えていなかったのでがっかりした。しかし、怯えられるよりも、なにも覚えていないほうがやりやすいかもしれないと気をとりなおして、サイモンは毎日のようにソフィアの家に通い、少しずつソフィアの信頼を得ることに成功した。
10歳の頃に、サイモンは、ソフィアの唯一の友人で、婚約者という地位を手に入れた。飛びあがりたいほど嬉しかった。ソフィアの家は裕福だが、平民だ。まだ貴族というものをわかっていないソフィアには、僕のほうが偉いとしっかり教えなくてはいけない。
魔法学園に入ると面倒なことになった。ソフィアのことを気に入る男子生徒が、サイモンに紹介してほしいと頼んできたからだ。もし公爵家や侯爵家に頼まれたら断り難い。ましてやマーベリック王子に気に入られては大変なことになる。サイモンは学園でソフィアに話しかけてこないように言いつけ、他の子にはソフィアの悪い噂をながした。それでもソフィアに近づく生徒は弱みを探して脅せば言いなりになった。
「クラスにただ一人平民がいるなんて、おかしくないか?」
「そういえば、ソフィアの名前、ゾーンだよな。あのゾーン商会か?」
「お金でも積んだのかもしれないな。このクラスには王子がいるからな。」
「そうよ、商売をするような家よ。卑しいわ。」
ソフィアを1人にするのは簡単だった。ソフィアと話すのもソフィアの笑顔を見るのも僕だけでいい。ソフィアが学校を休むようになった。ソフィアをそのまま隠しておくのもいいが、1人で悲しそうにしている姿が見れないのは面白くない。
すっかり意気消沈して布団にくるまっているソフィアとタルトを食べながら話していると、ソフィアが怯えるようにナイフを目で追うことに気がついた。
わざとナイフを上下に大きくうごかしてみると、ソフィアの体が微かに震えた。間違いない、ソフィアは僕が傷つけた記憶はないが、ナイフは怖いものだと覚えているのだ。ソフィアと心の奥底で繋がっているようでうれしくなった。
高等部になると、ソフィアの父親の生家プリュイ侯爵家の養女となり、社交界デビューすることが決まった。社交界に出れば僕以外の男と出会う。しかも家格はプリュイ家の方が上だ。僕の好きなようにエスコートできない。考え抜いた末、ファーストダンスをわざと放棄してソフィアに恥をかかせることにした。ゾーン商会の娘ソフィアがファーストダンスで失敗すれば、格好のゴシップになる。僕はソフィアの家族が僕以外のパートナーを探さないように、何度もソフィアを訪ね、優しく紳士らしく接してダンスの練習の相手をした。
「ソフィアのファーストダンスをぼくがリードするなんて夢みたいだ。」
「私もとっても楽しみだわ。」
当日、プリュイ侯爵夫妻に連れられたソフィアはとても美しかった。ソフィアに微笑みかけられて、ニヤついている男たちの目をくり抜いてやりたい。そろそろファーストダンスが始まる。他のデビュッタントたちはすでにパートナーと一緒に並びはじめている。ソフィアが不安そうに立っているのを柱の影から、見ていると、人々がファーストダンスを見ようと移動したためソフィアが見えなくなった。サイモンも移動してソフィアを探した。ソフィアの悲しんだ顔が見たかった。ところが、ソフィアはマイーデ公爵家令息ジョシュアの手を取り並んでいるではないか。急いでソフィアのもとに行こうとしたが、音楽がすでに始まってしまい手遅れだった。
ファーストダンスはぜったいに僕以外と踊ってはいけないとあれだけ言い聞かせたのに。裏切られた。その後、クレイバー侯爵家令息フランツ、コールス侯爵家令息エリオット、と高位貴族と続けて踊った。そのあとソフィアに見つかり声をかけられたが、怒りのあまりなにかしてしまいそうでにげた。王宮で騒ぎは起こせない。
ソフィアの手綱を持ち直すために、母の生家である子爵家のパーティーに誘った。誰とも踊ってはいけないと言いつけて僕は遠くから様子を伺った。
「パーティーに来ておいて1曲も踊らないって変だよな?さっきから断ってばかりだ。」
「デビュッタントで侯爵家の令息たちと踊ったから私たちを馬鹿にしてるのよ。」
「公爵家の養女になったんだ。金で爵位買ったのかもね。」
壁のそばで立ち尽くすその美しいドレス姿も、悲しそうな顔もサイモンただ一人のものだ。
プリュイ家が誘ってくるパーティーを断らせるために、ソフィアの美しいドレス姿を娼婦のようだったと貶めた。激しく動揺するソフィアに胸が高鳴った。
高等部では選択科目が増え、ソフィアと学校で顔を合わせることが減った。僕の知らない間に他のやつに笑いかけているのではと落ち着かない。マーベリック王子もサイモンたちと距離をおき、憎いパトリックにばかり構うようになった。
憎いクレイバー公爵家のパトリックとまで連れ立って歩いてるのを見た時には怒りを抑えることができず、学園にもかかわらずソフィアを怒鳴りつけてしまった。通りがかりの生徒が止めに入らなかったらソフィアをもっと痛めつけてしまったかもしれない。結婚するまでは慎重にならなければならない。あと2年待てばソフィアは僕のものになるのだから。
ソフィアを守った紳士気取りの男子生徒は、ニックといって、一年下の庶民だった。どうにか懲らしめるために、やつの弱みを探した。駒のひとりの寮生に、やつの手紙を盗み出させた。なかなかおもしろいことがわかった。ニックは孤児院育ちで、年下の妹はどこかの家で侍女のような仕事をしているらしい。
妹の手紙は、貴族の子女のものとは程遠く、ニックを気持ち悪いだとか、鬱陶しいだとか書き綴っている。さらに仕えている家はどうやら高位貴族のようで、詳しくはわからないが、ぜったいに表にはだしてはいけない情報だと勘でわかった。手紙をもとにニックにソフィアに近づくなと脅すのもいいが、それよりもっと楽しいことを思いついた。駒の生徒たちに手伝わせ、手紙を複写して貼り付けた。
必死に剥がそうとする姿は愉快だった。しかしソフィアが登校してきて手伝う姿は面白くない。すっかり興がそがれてしまいその場を離れようとした時、突風が吹き、紙が舞った。
ヴィクトール ウォルシュの仕業だった。なぜ魔術院生が朝早く高等部の校舎にいるのか理解できなかった。隣りには、パトリックが立っている。どういうことだ?
手紙の原書を出せと、複写した犯人はわかるのだと偉そうに言った。孤児のくせに。思っていたことを声に出してしまったようだ。パトリックと目があった。まずいと思いその場を離れた。
その後、手紙の原書を出さなければ呪うだと宣言したらしいが、ばかばかしい。しかしパトリックが関わってきたとなると厄介だ、その日は家に帰り証拠となる手紙を燃やした。しかし、燃やした直後から身体が膨らんできた。ぶくぶく太り着る服もなく布団にくるまるしかない。
母が手配した魔法使いにはどうにもできなかった。それどころかさらに身体が大きくなった。こんな醜い姿をソフィアだけには見られたくなかったのに、母が呼びつけたようだ。恥ずかしく情けない姿を見られて動揺していたのかもしれない。ソフィアに『婚約破棄』という両刃の剣を使ってしまった。
「お好きにどうぞ。」
僕の世界はガラガラと崩れた。