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ソフィア目が覚める


高等部3年目になると進級できない同級生がたくさん出てきた。通年、女生徒の半数以上は専門教育の多い高等部に進学しない。中等部で卒業して、家で社交界デビューに向けて準備するらしい。しかし今年はマーベリック王子が在学しており、王子には婚約者がいないため、たくさんの女生徒が高等部に進学した。


しかし、マーベリック王子は、中等部の頃のように構ってはくれなくなった。行き遅れにならないために、貴族のご令嬢たちは、現実的な結婚相手を求めて社交パーティーにも頻繁に顔を出していた。高等部は、講義に出席しているだけでは単位は取れない。女子学生だけでなく、男子学生もつぎつぎと脱落して行った。


勉強が忙しいのか、成長したのかソフィアへの嫌がらせの数もだいぶ減った。何よりも魔道具の会の友人たちに支えられた。


マーベリック王子は相変わらず、パトリックの後を追いかけては、ぞんざいな扱いを受けていた。一国の王子に不敬だと他の生徒に見咎められても、王子が全力でパトリックとの友情と信頼について語るので、サイモンたち、かつての仲間も諦め気味だ。


パトリックの態度からは、2人は対等な友人関係というより、主従関係のようだ。もちろんここで主なのは、パトリックだ。わかりやすいのは、魔道具のテストの時だった。パトリックはヴィクトールと改良している魔道具がいくつかあって、そのうちの雷属性の魔道具テストを何故かいつも王子にさせていた。


水属性の魔力が強いと感電するらしく、そこを改良しては王子でテストしていた。ニックも水属性の魔力が強いのだが、毎回王子に試させて、王子が悲鳴をあげるのを笑みを浮かべて見ているのが非常に怖かった。しかも、王子も何故か嬉しそうだ。


「ユーリア、あれってこないだ本で読んだあれよね。」


「きっとそうよ。クロエよかったわね。あなたの未来の旦那様はマゾヒストよ。クロエもいじめるの好きだから相性ばっちりね。」


「やめてよ。私あんな自主性のない男なんか嫌いよ。」


「クロエは王子の婚約者候補なの?」


「そうなんです。お似合いですよね。ソフィア先輩もそう思いませんか?」


なるほど、クロエは侯爵家令嬢で年も近い。成績も優秀で所作も美しいクロエは未来の王妃に相応しい。


「でも、なんか王子にクロエはもったいないわ。」


「ソフィア先輩ありがとうございます。大好きです。」


クロエは突然椅子から立ち上がると、つかつか近づきソフィアにかばっと抱きついてきた。非常にびっくりしたが、ぜんぜん嫌ではなかった。それどころか温かい気持ちになる。


「ちょっと、クロエだけずるいわよ。先輩、私だって大好きです。あ、ニックも一緒に抱きつきたい?」


「抱きつかねーよ。」


顔を真っ赤にして否定するニックをクロエとユーリアがからかった。クロエもユーリアも爵位のないソフィアやニックを貶めるようなことはしない。庶民が嫌いだと聞かされていたマーベリック王子の、ニックやヴィクトールへの態度は他の生徒へのそれと変わらなかった。パトリックの影響なのかもしれない。


サイモンは、3年生に進級してから、ソフィアを訪ねて来る頻度が増えていた。お気に入りのバタフライナイフをくるくる回しながら、ソフィアが放課後にどこで何をして過ごしているのか尋問してくるようになった。以前は、就業と共に友人たちと連れ立って遊んでいたのに、彼らが学園を去り、暇になったのかソフィアの行動が気になり始めたようだ。


「マイーデ侯爵の娘との勉強会、ニックってやついつもいるのか?」


「クロエさんの従姉妹のユーリアさんも一緒よ。」


「へー、何処でやってるんだ?」


「図書室だったり、空き教室だったり、決まってないわ。」


「お前、そんなに勉強する必要ないだろ。もう学園やめろよ。」


「何言ってるの? 」


「どうせ卒業したら結婚するんだ。そろそろ伯爵家で花嫁修行しろよ。」


「花嫁修行ですって?」


「お前は平民だし、伯爵夫人から色々学ぶべきことがあるだろ。」


「いやよ。学園は辞めないわ。」


「なんだよ、ちょっと前は、辞めたいって泣いてたじゃないか。」


サイモンのバタフライナイフを扱う手が早くなる。ミシェルは、自分がナイフのような刃物に人より異常に恐怖に感じることを自覚していた。おそらくサイモンもそれに気が付いていて、わざとミシェルの前でナイフをいじるのだろう。



「あの頃耐えて、やっと三回生になったの。学園は絶対に卒業する。」


ナイフの切っ先が気になる。怖い。いつもの動悸がはじまる。それでも負けられない。ぜったいに学園はやめたくない。


「それに、私と一緒に卒業したいと言ったのはサイモンじゃない。」


叫ぶように言うと、サイモンは舌打ちをして、出て行った。


「勝った。」


 ソフィアは、緊張が解かれ、ほっと安心した。サイモンに言い返して負けなかった。一歩前進したように思えた。




いつものように魔道具の会で昼食を食べようと部屋に行くとニックが捜し物をしていた。


「あ、ソフィア先輩こんにちは。」


「こんにちはニック、どうしたの?」


「実は落し物をしたんです。学園に持ってきた覚えはないんですけど、寮にはなくて。手当り次第さがしてるんです。」


「私、失せ物を探す魔法が得意よ。何を探してるか教えてくれれば一緒に探すわ。」


「はぁ、ちょっと恥ずかしいのですが、実は妹からの手紙なんです。」


ニックの妹は本人の希望で魔法学園には通わず、どこかの名家の御屋敷でお世話になっているらしい。


「そうなの。それなら絶対に見つけなくてはいけないわね。」


それからニックと二人で魔法も駆使して探したが、部屋にも教室にも食堂にもなかった。


「ソフィア先輩ありがとうございます。僕、もう一度寮を調べてみます。」





次の日、登校すると、教室までの廊下の至る所に紙が貼り付けられていた。ニックの妹からの手紙が複写されたものだった。


「ニックってあのガリ勉君だろ。いなかの子爵家かよ。」


「妹に働かせて学園に通っているのかしら。酷いわ。」


「最近調子こいてると思ってたら貴族になって浮かれてたんだな。どうせ庶子だろ。」


「でも妹も気持ち悪いよな。仕えてる家の子、リディア様だってよ。どこの娘だよ。誰か貴族名鑑もってるやついるかー?」


 ニックは必死に貼り付けられた手紙を回収しようとしているが、なかなか上手くいっていないようだ。ソフィーも目についた紙を剥がそうと試みるが、破れもしないほどピッタリと貼られていた。生徒はどんどん増え、あちこちで嘲笑が聞こえる。


「見てこの子必死になってるー。おかしー。みっともなーい。」


「笑えるな。誰か映像保存具もってるやついるー?」


 突如、廊下に突風がふいた。あれほど頑固に張り付いていた紙が自ら剥がれ舞い上がると谷底に雪が吹雪いていくように1箇所目掛けて飛んで行き、誰かの手におさまった。ヴィクトール ウォルシュだった。


「今すぐに手紙の原書を返せ。複写したやつらは複数いるな。魔法の気配を辿ればすぐにわかるんだ。原書を持ってるやつ前に出ろ。」


ヴィクトール少年が問いかけてもだれも声をあげない。


「孤児のくせに。」


 誰かがつぶやいたのが静まった廊下に響いた。ソフィアはその声に聞き覚えがあった。サイモンの声に違いない。ヴィクトール少年が怒り狂うだろうと身構えるが、本人は眉さえ動かさない。


「お前のことだよ。」


珍しくいらついた表情のパトリックが言った。


「ああ、聞こえた。」


「怒れよ」


「本当のことだ。なぜ怒る?」


パトリックが盛大にため息をついたあと、集まった学生に向かって声をあげる。


「今すぐ原書を出せ。持ってこないのなら、関わったやつら全員ここにいるヴィクトールが追跡魔法で探し出して呪いをかけてやる。」

 

結局その朝名乗り出るものはいなかったが、1時限目の講義が終わるころ3人の男子生徒と2人の女生徒に異変がおきた。制服のボタンが弾き飛ばされ、服が破れるほどパンパンに太ったのだ。


次の日ニックに手紙は戻ってきたのか尋ねると、昨日の犯人たちは、複写して貼り付けるのを手伝っただけだそうだ。親と一緒にニックに謝罪に来た後に、呪いは解かれたようだ。肝心の手紙が戻ってきていない。


「俺どうしよう。妹がお世話になっている御屋敷の家族とその関係者がすごく怒ってるんです。」


「あなたは悪くないわ。」


「ものすごく怖い人たちなんです。このまま犯人が名乗り出てこないと学園を爆破されます。」


「大袈裟ね。」


「どうしよう。俺、絶対卒業したいのに。学校無くなったら卒業もできない。」


 ユーリアが笑うが、ニックは深刻だ。どう考えても、お世話になっている家族というのは、クレイバー公爵家だろう。しかも、ヴィクトールも関係者らしい。どう慰めていいのかわからない。





 それから数日後の休日、珍しくサイモンの家に呼び出された。体調が悪いので見舞いに来て欲しいと伯爵夫人に頼まれたからだ。


気のせいか、昔に比べて広々と感じた。年老いた使用人に部屋に案内されると、ベッドの上で恐ろしく太ったサイモンが布団にくるまって待っていた。


「やっぱりあなただったのね。」


「うるさいっ。はやくなんとかしろ。」


「ニックが訴えれば、裁かれるような罪よ。」


「俺が平民に頭を下げるわけないだろ。ただの冗談に大さわぎしやがって。」


「その呪いは、術者であるヴィクトールにしか解けないわ。他の生徒たちのように正式に謝罪なさい。」


「俺に指図するな。」


「お前が、あの平民がヴィクトールと親しいことを報告しなかったからこんなことになったんだ。お前が悪い。どうにかしろよ。くそ野郎に頭下げて頼んでこい。」


 巨体を揺らし怒鳴り散らす姿は大きなわがままな子供だった。私、どうしてこんなくだらない男のことを好きだったのかしら。


好きだった。そうか、私はもう好きじゃないのね。そうとわかると頭でもやもやしていた霧が晴れるような爽快な気持ちになった。


「私にできることはないわ。失礼するわ。」


「俺の許しなく出ていったら婚約を破棄する。」


「お好きにどうぞ。」


悪態をつくサイモンを部屋に残す出ると、夫人が顔を青くしていた。


「あなたはいったい何様のつもかしら。プリュイ侯爵家に養子に入って我が家と対等になったと勘違いしてるのなら大間違いよ。あなたのお父様がどうしてもと言うから婚約させてあげたというのに。このままでは済まさないわよ。覚えてらっしゃい。」


 まるで物語の悪役のような捨てセリフを吐いてサイモンの部屋に入って行った。


 その後、サイモンは父親のグラフ伯爵と一緒にウォルシュ魔法伯立ち会いの元、ニックに正式に謝罪したそうだ。手紙は既に燃やしていたので返却されなかったそうだ。謝罪の言葉が呪いの解除方法だったらしく、体型がみるみるもとに戻ったとニックから聞いた。パンパンに太った体がしぼんでいき、伸びきった皮膚がだらんと頬や顎に垂れ下がった姿は恐ろしかったそうだ。どうやらそれも仕置きのひとつだったようだ。


謝罪すれば元に戻るものだと信じていた犯人たちはそれぞれ絶叫したり、倒れたり、泣き崩れるなどニックになぜか同伴したパトリックを存分に楽しませたようだ。犯人たちの様子を語るパトリックは魔道具をいじっている時のように楽しそうだった。


 その後、1週間ほどで元にもどったそうだが、太った姿を級友に目撃された女子学生は、退学したそうだ。



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