ソフィア避難所を得る
デビュー以来、サイモンの態度はそっけなかった。サイモンは、ソフィアの両親の前ではにこにこするが、二人きりになると、ソフィアが、サイモンの家よりも家格の高い家の養女になったことや、ファーストダンスをジョシュア先輩と踊ったことをいつまでも愚痴っていた。一緒に勉強していても、ソフィアの課題を写してさっさと帰ってしまうので、少しも楽しくなかった。
その後、伯爵夫人の生家である男爵家の一パーティーに誘われて出席した。その日はサイモンの母が介添え人を務めたが、ソフィアそっちのけでご婦人方とおしゃべりに夢中だった。サイモンは、ソフィアには誰とも踊ってはいけないと言いつけ、彼自身は他の女性と楽しそうに踊った。サイモンの友人の多いパーティーであったため、あちらこちらであからさまに嫌味をいわれ苦痛な時間をすごした。
サイモンに、貴族の間で、ゾーン家がソフィアが社交界でデビューするために、金で爵位を買った成金と言われ蔑まれているとサイモンに教えられた。
「お金で爵位なんて買ってないわ。プリュイ家はお父様の実家だし、養子の話はおじいさまが是非にって。」
「君のお父さんが家を勘当されたのも有名な話だ。ゾーン商会が大きくなったから、プリュイ侯爵家にお金で圧力をかけたと思われても仕方がないんだよ。」
「そんな、わたしどうしたらいいの。」
「しばらく社交界には顔をださないほうがいい。時間をおけば、噂は消える。それに、男たちは、君のドレス姿が娼婦のようだと話していたんだ。おかげで、ますます君を婚約者として紹介できなかったじゃないか。」
ソフィアはショックで言葉もでない。
「ドレスはお母お様と一緒に選んだの。プリュイの伯母さまにも良く似合うと褒めてもらったわ。」
「泣くな。目が腫れたら明日みっともない顔になるだろ。とにかく、しばらくパーティーに出るなよ。俺に恥をかかせるようなことはするな。」
サイモンは、この頃すっかり扱いの上手くなったバタフライナイフをくるくるとまわしながら話す。最近、男子生徒の間で、ナイフの技を競うことが流行っているようだ。さすがに、教室では、ナイフを出してはいけないが、クラブ活動として認められ、所定の場所で的を狙ってナイフをなげたり、サイモンのように手でまわしたりするのを練習しているそうだ。
「それ、私の前でやらないで。気分が悪くなるの。」
「ソフィアのくせに、俺に指図するのか?」
「苦手なのよ。話に集中できなくなるの。」
「これもだめ、あれもだめ、おまえ、できないことばかりじゃないか。つまんないやつ。もう帰る。」
サイモンが涙を流すソフィアを残し出ていった。それから、伯母に何度も社交パーティーに誘われてが、勉強を理由に断った。
高等部になると、選択教科が増えるため、中等部の頃ほど辛い思いはしなかった。女生徒に人気のない講義や、成績が優秀でないと受講できない講義を選んで受講した。
高等部の最初の学年も終わりに近づいた頃、廊下を歩いていると、通り縋りの女生徒に足を引っかけられて盛大に転んだ。持っていた課題や筆記用具廊下に散らばったのを見て、くすくすと笑い声があがる。
「どうして黙ってやりたいようにさせているんの?怒ったりすればいいのに。」
ふと顔を上げると同級生の男子生徒が散らばった紙や筆記用具を拾うのを手伝っている。
「貴族にさからえないわ。」
「君の家族がそう言うの?」
ソフィアの両親は、そんなことは言わない。
「あなたのような生粋の高位貴族に私の苦労はわからないわ。」
「ふーん。まぁいいや。話はかわるのだけど、魔道具の会に入ってくれないかな?」
拾った本や、筆記具を渡しながら魔道具の会について説明された。
「君、販売されていない魔道具の鞄とか筆記具とか持ってるよね?あれをぜひ見せて欲しいんだ。」
確かにソフィアの鞄や筆記具は、祖父に特別に改良してもらった品だ。
「貴族の集まりとか苦手なの。」
「いま、実際に活動してるのは、俺とヴィクトールだけなんだ。君ヴィクトールと話したことあるんだろ? 俺もゾーン商会の魔道具に興味がある。他の会員はほとんど参加しない。名前だけかしてくれた幽霊会員だ。」
「ヴィクトールがいるの?」
「今日の放課後集まる約束なんだ。君が遊びにきてくれると嬉しい。僕の名前は、」
「知ってるわ。パトリック クレイバーでしょ。今日の放課後どこで?」
「君、最後の講義、僕と同じだったよね?そのあと一緒に行こう。」
「私なんかと一緒に歩いて大丈夫?」
「なんで?なにか問題でも?」
「なんでもない。じゃあ、あとで。荷物拾ってくれてありがとう。」
ソフィアはその日、魔道具の会に約束通り遊び行くと、パトリックとヴィクトールはソフィアのためだけに調整された魔道具に夢中になった。ソフィアは質問責めにあったが、祖父の魔道具の細かい細工について話す時間は有意義でとても楽しかった。
ソフィアは迷うことなく魔道具の会に入会すると、空き時間や、お昼も、魔道具の会の活動部屋で過ごすようになっていた。部屋の鍵は認識魔道具で設定されており会員しか入れない仕組みになっていたので、ソフィアにとっては居心地のよい避難場所になった。
放課後は、中等部3年生だという、ニックとよく一緒になった。挨拶程度しかしない仲だが、いつもなんとなく視線を感じていた。もしかしたら、勉強を教えてもらいたいのかな?そう思い顔をあげるとニックと目が合った。
「わからないところがあるの?私でよかったらなんでも聞いて。」
「あ、あの、その、はい。お願いします。」
ニックは首席卒業をめざしているが、強力なライバルがいるらしい。ニックが1番になると、次の試験では追い抜かれてしまうらしい。
「私、協力するわ。一緒に勉強しましょう。」
「ありがとうございます。」
「えー。ニックだけずるいずるいー。」
二人だけだと思っていた部屋にもう一人の声がし、びくっと椅子から飛び上がった。小柄な可愛らしい雰囲気の男子生徒がいた。
「マルコ、気配消して近寄るのやめろよ。すみませんソフィア先輩。こいつまだ1年なのに転移できるんです。」
「あなた、説明会のときの子よね?」
「はい。あの時は、お世話になりました。」
「その後、お友達はどうなさったの?」
「彼女は学園に入学しませんでした。」
「そう。そういう選択もあるのね。」
マルコは以前、入学説明会で、ソフィアに話しかけてきた。いじめられた過去の経験から、女の子恐怖症になった友人が魔法学園でやっていけるのか知りたいと言って、庶民出身の生徒がどのような学園生活を送っているのか教えて欲しいと言った。
「たしかに中等部は最悪だったわ。でも、マルコのお友達が私と同じ経験をするとは限らなかったわ。わたし余計な事しちゃったかも。」
「いいえ、きっとニーナには無理でした。」
ニックが顔を真っ赤にして声をあげた。
「ニックも知ってる子なの?」
「俺の妹なんです。」
「まぁ、そうだったの。なんか申し訳ないな。」
「実は、俺も妹は軽い人見知りくらいにしか思ってなくて。無理にでも入学させようとしたんです。だから、その、ありがとうございます。」
「よくわからないけれど、あなたたちに思われるその子はとっても幸せね。いつか私もお会いしたいわ。」
するとパトリックが他の部員と入ってきた。
「マルコにニックか、ソフィアが入会してから、幽霊会員たちも積極的に参加するようになったな。活動報告に偽りを書かなくてすむから助かるよ。」
「偽ってるんですかー。パトリック先輩悪いなー。」
「マルコには言われたくない。誰よりもどす黒いのはお前だからな。」
「えー酷い。ぼく用事思い出したんで行きまーす。ソフィア先輩またねー。」
「こんどいっしょにお茶しましょうね。」
「ぼく、高級な菓子が食べたいでーす。よろしくー。」
「マルコって、かわいいわね。」
「先輩、あれはぜんぶ演技です。あいつの手管なんです。」
なぜか必死で友人を貶めるニックだが、悪意は全く感じられない。それが微笑ましくて声に出して笑ってしまった。学園で笑うなんて初めてかもしれない。
休暇にはパトリックとヴィクトールをソフィアの祖父であるゾーン商会の筆頭魔道具師、イアンの工房に招待した。二人はソフィアの祖父に、開発中の通信具を見せて意見を聞いていた。イーサンは昔ながらの気難しい職人で、弟子入り志願者も後は絶たないが辞めていくものも多い、いつもなら貴族の顧客と会うことさえ嫌うのだが、ヴィクトールとパトリックのことは気に入ったようだった。ソフィアよりもずっと魔道具に詳しいふたりと話し込む祖父も少年にように楽しそうだった。
「ソフィア、いい友達ができたじゃないか。」
「そうねおじいちゃん。最近は学校も楽しいわ。」
夏の休暇には、デビューの時にお世話になったエメルダ様の御屋敷にお茶に招かれた。魔法学園を首席で卒業されたエメルダ様は、司法省で法務官として働きはじめていた。女性ということもあって嫌がらせも日常茶飯事だそうだ。将来裁判官になる目標のため毎日勉強も続けているそうだ。
「エメルダ様のような優秀なかたに嫌がらせする人がいるのですか?」
「女性に仕事を奪われるのを怖がっているのよ。できない男ほど陰湿よ。自分で無能なことを宣伝してると思えば笑えるわ。仕事に差し障りがある時は、証拠を掴んできっちり報復するの。」
「さらにやり返されることはないのですか?」
「矜持の高い古い考えの貴族男性は打たれ弱いのよ。たまに危険なのもいるけど、それは慎重に対処しているから大丈夫よ。」
「学園を去れば、子供じみたいやがらせとは無関係になると思ってました。大人もたいへんなんですね。」
「腹の探りあいね。探り合いなら、あなたの家は商家だからもっと大変だと思うわ。」
「私はあまり商売のことはわからないです。魔道具作りのほうが興味あります。あの、それでですね、法務官のお仕事は、書類や専門書をたくさん持ち歩くと聞いたので、この鞄良かったら使って貰えませんか?」
ソフィアは、普段ソフィアが持ち歩いている鞄よりも女性らしい、紫の鞄を差し出した。紫は法務省の色だ。
「すごいわ。綺麗な色だしかわいい。ゾーン商会の鞄は私も大好きだけど、男性用しかなくて残念に思っていたの。」
「祖父にお願いして特別に作ってもらいました。母のデザインなんです。私も少しだけ手伝いました。」
「素敵。仕事柄、どうしての持ち物が多くて野暮ったくなるのが嫌なのよね。それに、私の足を引っ張ろうと虎視眈々と狙ってる馬鹿な男たちがいるから、重要な書類とか置きっぱなしにできないもの。」
「エメルダ様のための鞄です。」
「嬉しいわ。これが販売されたら喜ぶ女性がいっぱいいるわ。」
「父に伝えますね。」
「ぜひお願い。色違いやデザインの違いがあれば、服に会わせておしゃれも楽しめるわ。」
その夏は、母とデザインを考えたり、父と働く女性にアンケートを取ったり、祖父に改良点を話しあったりと、家族一丸となって働く女性のための鞄作りをした。ソフィアがゾーン商会のことに関わるのは、はじめてのことでとても楽しかった。