ソフィアデビューする
ソフィアは中等部を、主席卒業した。魔法学園の成績優秀者は、王都の新聞に載るため、顧客から優秀な娘だと言われるのだと父も祖父母もご機嫌だった。
その上、父の兄であるプリュイ公爵が訪ねてくると、ソフィアをプリュイ侯爵家の養女にしたいと申し出た。伯父にはすでに成人した息子と娘がおりすでに結婚している。継承者がいなくて困っているわけではない。
「あの、でも 前侯爵様はお喜びにならないのでは?」
「この話は、前公爵が言い出したことだ。」
伯父の言葉にソフィアは驚いた。ソフィアの父は、22歳で魔術師団を辞めて、魔道具師に弟子入りした。その時に、プリュイ公爵家から勘当されており、未だ和解していないはずだ。
「ソフィアが優秀なのを誇りに思っているようなの。少し難しい性格だから時間はかかるかもしれないけれど、きっといつか家族みんなで会えるようになるよ思うの。」
「意地を張っていても、孫はかわいいんだな。」
伯父と伯母は、そう言うが、養子縁組の話はなんだか怖かった。
「ソフィアさん、書類上の家の名前がゾーンからプリュイになるだけで、あなたの家族が変わるわけではないのよ。それにプリュイ侯爵家の養女になったら、夏の終わりのデビュッタントのための王宮のパーティーに参加できるわ。」
「王宮のパーティーよ。素敵じゃない。この夏は忙しくなるわ。ドレスを仕立てたり、ダンスの練習、楽しみね。」
すっかり乗り気の母に、ソフィアは曖昧に笑った。
それから大人たちは、ソフィアの気持ちを聞くこともなく養子縁組の話をすすめた。ソフィアの母は、ドレスを仕立てるために、ドレスメーカーをめぐり、生地やデザインを選ぶのに夢中だ。靴屋に宝飾店、母と一緒にデビューの準備をするうちに、ソフィアもだんだん楽しみになってきた。
この夏も、友人の領地で過ごしていたサイモンが王都にもどってきた。ソフィアがプリュイ侯爵家令嬢となったこと、秋の王宮パーティーで社交デビューする予定であることを報告するために、グラフ家を訪ねていた。ソフィアが公爵家令嬢になったことを、サイモンに喜んでもらえると思っていたが、予想に反してサイモンは機嫌が悪くなった。
「お父様が、プリュイ侯爵家と復縁したなんて、よかったじゃないの。それなら今年は、ソフィアさんのドレスに合わせないといけないわね。どちらで仕立てる予定なの?」
「マダム ラッセルのお店です。」
「マダム ラッセルですって。今一番予約の取りにくいのドレスメーカーじゃないの。」
「あの、それで、母がサイモンの衣装も揃いで作りたいと言っているのですが、」
「まぁまぁ、素敵だわ。わたしも一緒に行っていいかしら?サイモン楽しみね。」
サイモンの母が、ドレスメーカーの話で盛り上がる間、サイモンはずっと暗い表情だったのが怖かった。
社交界デビューは、男女共に14歳から16歳の2年間にすることが多い。17歳を過ぎると、家にお金が無いだとか娘に問題があるのではないかと憶測をよぶ。サイモンは昨年から社交界に顔を出しているようだ。男性のデビューは騒がれることではないが、王宮で年に一度行われるデビュタントのためのパーティーは、貴族女性にとっては、結婚式の次に重要なイベントであるため、独身男性の出席率がかなり高くなる。
特に、ファーストダンスは重要だ。王宮でデビュッタントとそのパートナーだけが踊ることを許されているファーストダンスは、国王陛下を筆頭に、貴族の面々に見守られ少女が淑女になることを祝う意味がある。
要するに結婚できる年齢になった娘たちのお披露目である。デビュッタントの親は、娘の価値を上げるために、高位貴族の独身男性にファーストダンスの相手を頼むのに必死に裏で動く。
ソフィアには、婚約者であるサイモンがいるので、両親はその心配はないと思っていたようだが、ソフィアは不安だった。サイモンは、ソフィアの社交デビューを喜んでいなかったからだ。
ところが、素っ気なかったサイモンが急にソフィアのダンスの練習のパートナーを務めたいと申し出た。毎日のように、花や菓子を携えてゾーン家に来ると、まるで魔法学園に入学する前に時間が戻ったように楽しい時間をすごした。一緒に踊るサイモンに恥ずかしい思いをさせないためにマナーもがんばった。サイモンがエスコートすれば、婚約も公表されるかもしれない。そうなれば、学園でも堂々と話しかけることができる。ソフィアの胸は期待でふくらんだ。
「サイモン、私、あなたに恥をかかせないようにがんばるわね。」
「ソフィアならきっと大丈夫だって信じてるよ。すごく楽しみだ。」
「貴族の集まりに出るのは本当はすごく不安なの。でもサイモンがいるからきっと大丈夫ね。」
「ソフィー、安心して。大好きだよ。」
「私もだいすきよ。」
その後養子縁組の書類も受理され、王宮のパーティーへの招待状が叔父の家経由で届いた。
当日は、プリュイ家の叔父と叔母が立派な馬車で迎えに来たときは、お姫様になった気分だった。
デビュタントであり、プリュイ侯爵家の娘として紹介されたソフィアは、みなの注目をあびた。サイモンの両親がやってきた。少し話をしたあと、サイモンの母がソフィアをサイモンのところに連れていくと申し出たが、介添え人の叔母はデビュタントとにずっと一緒に過ごし、滞りなくデビューできるように計らう役目があると丁重に断った。常にサイモンの家をたてるように振舞ってきたソフィアは冷や冷やしたが、プリュイ侯爵家のほうがグラフ伯爵家より家格は上なので仕方ない。
「ソフィアさん、サイモンとのダンス、楽しみにしているわね。」
グラフ伯爵夫人はにこやかにそう言うと去っていった。
それから、プリュイの伯母様に連れられ挨拶をして回った。そのなかには魔法学園ので見知った顔もいた。その一人がデビュタント同士、話をしようと誘ってきた。学園ではソフィアを無視している女生徒だ。しかし、伯母様はそんな事情はしらない。
「そうね、挨拶も終わったしお友達と過ごしていらっしゃい。ファーストダンス楽しみにしているわね。」
行きたくないが、伯母やその他のご婦人たちの手前断る選択肢はない。
「はい、わかりました。伯母様。」
「ほら、ソフィアさん行きましょう。王宮の菓子職人の焼き菓子は絶品なのよ。」
ソフィアの手を引き、魔法学園の少女たちが7、8人で集っていのところまで連れて行くと、乱暴に払いのけるように手を振りほどいた。先ほどまでの笑みはなく、意地の悪い顔をしている。
「なんなの?どうして平民がここにいるの?」
「プリュイ侯爵家の養女になったんですって。恥知らずにもみんなに自慢して歩いてたわ。」
「お金で爵位を買ったのね。最低。これだから成金はいやなのよ。」
「やぼったいドレスね。平民くさいわ。」
予測はしていたが、女の子たちは辛辣な言葉をかけてきた。
「あら、そのドレス、マダム ラッセルのドレスではなくて?」
突然話しかけてきたのは、魔法学園高等部のエメルダ様だった。エメルダ様はコールス公爵家の御令嬢で、お父様は宰相閣下だ。現在魔法学園高等部の4年生だ。
「はいそうです。エメルダ先輩。」
「あら、私のこと知っているのね。光栄だわ。あなたは中等部主席卒業のソフィアさんでしょう?マダム ラッセルのドレスがやぼったいだなんて、見る目がない女性たちね。」
エメルダ先輩が冷たい眼差しを女の子の集団に向けると、彼女たちは顔を青ざめさせ蜘蛛の子をちらすように、どこかに行ってしまった。
「あんな悪口を考えるしか能のないような子たちの言うようなことは気にしないことよ。あなたがあまりにも素敵で、注目をあびているから妬んでいるのよ。わざわざ介添え人から引き離していじわるするなんて嫌らしいわね。」
「助かりました。ありがとうございます。」
「そろそろ、ファーストダンスがはじまるわ。お相手はプリュイ侯爵様かしら?」
「婚約者と約束しているのですが、どうしよう、どこにいるのかしら?」
「お名前を伺ってもよろしくて?」
「あの、グラフ伯爵家のサイモン様です。」
「そう。」
エメルダ様が、黙り込んでしまったので、なにか失礼をしてしまったのではないかとうろたえた。
「ああ、あなたは何も悪くなくってよ。ただ、もうすぐファーストダンスがはじまってしまうわ。間に合わなかったときのために、他の方と踊ることをお勧めするわ。」
「でも、ファーストダンスはサイモンとって、練習もいっぱいして。」
サイモンと踊れないかもしれないと知って、急に不安がこみあげてくる。
「大丈夫よ、ソフィアさん。息を吸って、ゆっくり吐いて。」
動揺するソフィアをエメルダが優しくなだめてくれたので、動悸がおさまってきた。ドレスの中で足を踏ん張って立ち、涙を堪えた。
「お嬢さん、どうか僕にデビュタントのファーストダンスの光栄を与えてもらえないでしょうか?」
そう言って目の前で手を出してきたのは、昨年度、高等部首席卒業のマイーデ公爵子息のジョシュア先輩だった。先輩は成績優秀なだけではなく、高等部の剣技の大会でも優勝するほどの腕前で、文武両道の上、容姿も端麗、父親は財務大臣と、年頃の女性の憧れの対象である。あまりのことに固まっていると、エメルダ先輩が助け舟をだしてくれた。
「ソフィアさんがあんまりにもかわいらしいから我慢ができなかったのね。ジョシュアは、私の友人なの。よかったらぜひ彼と踊ってあげてくれないかしら?」
エメルダ先輩たちがソフィアが恥をかかないようにしているだとわかった。せっかくふたりが気をつかってくれているのだ、まわりをもう一度見回すが、サイモンも伯爵夫人も見当たらない。プリュイの伯母がこちらの様子を伺っていた。サイモンが傍にいないので心配しているのだろう。
「それではよろしくお願いします。」
ソフィアはジョシュア先輩の手を取り他のデビュッタントたちと並んだ。先程意地悪してきた少女たちが、ジョシュア先輩と手をとっているソフィアに気がつき驚いている。ソフィアは知らないが、ジョシュアにファーストダンスをお願いしても断われたデビュッタントはたくさんいたからだ。
ジョシュア先輩とのファーストダンスは無事に終わった。そのあとも続けて何人かの青年と踊っていると、やっとサイモンを見つけた。次に誘われたダンスを少し休みたいと丁重に断り、柱の陰に移動したサイモンを追いかけた。
「サイモン、ひどいわ。わたしとの約束にこないなんて。」
「具合が悪くなったご婦人がいたから助けていたんだよ。それなのに、急いでソフィーのところに行ったらジョシュア先輩の手をとってるじゃないか。婚約者がいるのに他の男とファーストダンスを踊るなんて裏切り行為だ。」
「ファーストダンスはとても大切なのはあなたも知っているでしょう。あなたが現れないのを心配したエメルダ先輩が、」
「なんだよ、おれが悪いっていうのか?健康を損なわれご婦人を見捨ててでも君と踊れとでも言いたいのか?君はそんな傲慢な女だとはおもわなかったよ。」
「サイモン、まって。」
サイモンは近くのバルコニーから外に出て行ってしまった。
「ソフィアさん、追いかけてはだめよ。王宮とはいえ、デビュタントが外にでてはいらぬ噂がたつわ。彼と仲なおりするのは今度にしなさい。」
「エメルダ先輩。でも。」
「あなたはなにも悪くないわ。ほらあなたの伯母様もあちらで心配しているわ。行きましょう。」
すっかり元気のなくなったソフィアを心配したのか、伯母が疲れたので先にふたりで帰ろうと言ってくれた。
「ソフィアの振る舞いもファーストダンスも見事だったわ。あなたを誇りに思うわ。社交界では手違いはよくあることよ、臨機応変に対応したあなたは素晴らしい淑女だわ。」
叔母の言葉に少し泣いてしまった。その夜、帰りを楽しみに待っていた両親に報告する気にもなれず、疲れているからと言い訳してすぐに休んだ。