ソフィア脱出に失敗する
2回生になり、ソフィアはマーベリック王子やサイモンたちと別のクラスになった。そのクラスには庶民出身の生徒が数人おり、ソフィアは庶民の女生徒と親しくなった。いっしょに食堂でお昼を食べたり、一緒に教室を移動したり、お互いまだ人見知りもあり話ははずまないがとても居心地がよかった。しかし、しばらくすると、それをサイモンに注意された。
「ソフィアは将来伯爵夫人になるんだ、結婚後に学生時代の友人だとか言って伯爵家に押しかけられてもこまるだろ。我が伯爵家は、ソフィアが庶民と慣れ合うのは絶対にゆるさないよ。」
「そんな、お父様が、庶民も貴族も関係なくたくさん友達を作りなさいって言ったわ。」
「君のお父さんは貴族の家を捨てた奔放な性格だからわからないんだよ。社交は夫婦同伴のパーティーだけじゃない、女性はお茶会とかもあるんだぞ、伯爵家に恥じをかかせるような友人はだめだ。」
ソフィアは非常に残念だったが、庶民の友達と距離を置き、ひたすら学業に専念した。その結果2回生のころ、学年で一番優秀な生徒になった。ある期間どうしても一番にはなれなかった事があったが、それは、ヴィクトール・ウォルシュという非常に優秀な子が飛び級してきた頃だ。
彼はソフィアよりも2歳も年下で、10歳で魔法学園に入学が許可されるほど成績優秀で、魔法の素養があった。半年でソフィアたち学年に飛び級し、貴族の妬みや嫉みを一身に受けていた。
ヴィクトールは、表情は冷たいが勉強の質問などをされると丁寧に教えてくれる。横柄な所もなく、貴族が汚い言葉で罵っても動じない。極めつけは、悪魔の双子と悪名高いクレイバー侯爵家の双子のいたずらを返り討ちにするほど魔法の素質も高かった。ヴィクトールは庶民の憧れのまとだった。
優秀であれば、貴族も平民もないのだとヴィクトールが証明してくれたように感じた。事実、クレイバー侯爵家の双子はいたずらを仕掛けるのをやめて、双子の片割れパトリックはヴィクトールと親しげに話すようになっていた。もう1人のセドリックは剣の稽古に打ち込むようになり、すっかりおとなしくなった。
三回生になり、教師に進められてヴィクトールと一緒に飛び級の試験を一緒に受けた。その日は二人きりで6教科と魔法の実技の試験を終日いっしょに受けるために、特別な部屋で過ごした。
「あなたは、どうして平気なの?」
「どういう意味だ?」
「嫌がらせされたり、無視されたり。あなたは少しも辛そうじゃないわ。」
「僕には守りたいものがあるんだ。そのためにがんばっている。他のことは気にならない。」
「私よりも年下なのにすごいのね。ところで、あなたはウォルシュ魔法伯が後見人なのよね?わたし、ちょうど先生の書かれた本を読んでいるのよ。奇想天外ですごく面白いわ。」
「いつもの研究のことばかり考えている変わったお方だよそれより、ぼくは、君のおじいさんに興味があるな。」
「あら、あなた魔道具に興味があるのね?」
「今は国一番の魔法使いになるのが目標だけど、前は君のおじいさんの弟子になりたいと思ってたんだ。」
「そうなの?私のお父様も、おじいちゃんの弟子になるために爵位もすてて押しかけたのですって。でも、残念ながら、魔道具師の才能はなかったの。」
「そうなのかい?でも、ゾーン商会を大きくしたのは君の父親なんだろ。おかげで、素晴らしい発明が世に広く使われるようになった。すごいじゃないか。」
「お父様の陰口はいっぱい聞くけど、そんなふうに言ってくれたのはあなたがはじめてよ。ありがとう。嬉しいわ。」
「君も、大変だな。この学年は王子がいるから余計に面倒くさい。一緒に飛び級できるといいな。」
「そうね。あと、ぜひおじい様の工房に遊びに来て。」
「いいのか?楽しみにしているよ。」
「約束よ。」
楽しい時間はあっという間に過ぎ、二人とも合格した。ヴィクトールと一緒に高等部に進むことができるのが楽しみで仕方がなかったソフィアだったが、サイモンが、あれこれ理由をつけて反対してきた。
ソフィアは、1年でも苦痛な学生生活が短くなればいいと考えていたし、なによりヴィクトールと一緒に高等部に進学したかった。
「たった1年飛び級するだけよ。すぐに高等部でいっしょになるわ。」
「一緒の学年で、一緒に卒業できないと意味がない!とび級なんて、ぜったいに許さない。」
ミシェルに怒鳴りつけると、一緒に課題をやっていた机の上のインク壺や本を払い落した。まるで幼い頃の癇癪もちに戻ったようだ。音を聞きつけたゾーン家の使用人が部屋に入ってきた。
「許可なく無断で入ってくるな、今すぐ出ていけ。」
「サイモン落ち着いて。ただ、怪我がないか心配して来てくれただけでしょ。」
「僕はグラフ家の嫡男だよ、僕に逆らうの?」
そういうと、床に落ちていたペーパーナイフを拾いあげ、それを左手にとんとん打ち付けるような仕草をする。鋭利でないそれで、サイモンが怪我をするとは思えないが、それでも気分が悪くなる。
「そのナイフ、机に置いて欲しいの。あぶないわ。」
「もしかして、こんなものが怖いの?まさか、僕がソフィアの顔をまた傷つけるとでも思っているの?」
「そんなこと思ってないわ。あなたが怪我をしないか心配なの。」
「僕のことが心配?そうだね、僕は大切な婚約者様だからね。わかった。ソフィアがどうしても飛び級するなら、婚約は解消する。君の家族はがっかりするだろうね。」
「わかったわ。飛び級はしないから。」
「あぁ。ソフィー、よかった。大好きだよ。」
そう言ってサイモンは、ペーパーナイフを手にしたまま、ソフィアの背中に手をまわして抱きしめてきた。切れないとわかっていても、目の端にシルバーが見えただけで、動悸がして、呼吸が苦しくなって、その場で座り込んでしまった。
「ソフィア?どうしたの?具合が悪いの?だれか、すぐに来て!」
「大丈夫、椅子に座らせてほしいの。」
「わかった。ほら、ソフィアは僕がいないと本当にだめだね。」
サイモンがとても嬉しそうにそう言った。
「ソフィア、本当にいいの?あんなにお勉強頑張っていたじゃない?せめてお父さんに相談してから決めたらどう?」
母が心配そうだ。父は商談のために外国へ出張中だ。
「ちょっと力試しをしてみたかっただけよ。それに無理して、高等部に進んで、成績が落ちても嫌だし。大丈夫よ。」
母は、父よりも12歳も年若く 、17の時に父と結婚した。その時父はすでに実家の公爵家から勘当されていたから母が責任を感じることはないのだが、ゾーン家に父が婿入りしたことを気にしているようだった。母はサイモンに遠慮するような態度をとる。母の口癖は、貴族のことはよくわからないから。だった。
ヴィクトールが高等部に飛び級した後、なぜかソフィアがお金を積んで、無理やり飛び級試験を受けたという噂が出回った。
「あいつ、無理やり飛び級試験受けて、落ちたんだって恥ずかしいよな。」
「ちょっと勉強できるくらいで、飛び級できると思ってたんだな。勘違いひでーな。あのヴィクトールに対抗してたのかな?ばかなやつ。」
最近、比較的平和に過ごしていたが、飛び級の噂の後から嫌がらせは酷くなり、私物が盗まれることが増えたので、さっそく祖父に頼んで作った魔道具の鞄を利用した。見た目は大人の男性が持ち歩く鞄のようだが、空間魔法の使われた鞄にはいくらでも物を入れることができた。そして、ソフィア以外には鞄に触れることができない。鞄に何もかも詰めて持ち運べるようになったおかげで持ち物が紛失することはなくなった。
すると今度は、机の中に生ゴミや、動物の糞が入れられることが続き、さすがに、教師も介入してくると、犯人数名を謹慎処分にした。それが生徒たちの反感をさらに煽り、嫌がらせは教師にわかりにくいように陰湿になった。いたたまれなくなったソフィアはまた学校を休むようになった。
「ソフィア、これ今週の課題もってきたよ。」
「ありがとう。」
「なんで学校に来ないんだ?」
「そんなの、サイモンだって知ってるでしょ。」
「あの子供みたいなイタズラのこと?あんなの気にするなよ。ソフィアは伯爵夫人になるんだぞ。あんなことくらいでいちいち家に引きこもってたら伯爵夫人は務まらないよ。」
「私、伯爵夫人は向いてないのだわ。あなたのお母様が言うように、平民に伯爵夫人は務まらないのよ。」
「そんなこと言ってもしょうがないだろ。婚約は家同士で誓約を交わして、国王陛下が認めらたものだ。今さらなかったことにはできないんだ。」
「あなたも、私が飛び級しないと、婚約を破棄するとか言ってたわ。」
「なんだよ。俺のせいにするのか?だいたい、本当にとび級したかったのなら、俺を説得して行けばよかっただろう。そうしなかったのは、ソフィアが飛び級自信がするなかったからだろう。」
「学校やめる。」
「わがまま言うなよ。ソフィアが辞めたら、将来弟たちの評判にも傷がつくぞ。入学を拒否されるかもしれないな。」
「そんな。弟たちは関係ないじゃない。」
「君の父親が、どうして実の両親から絶縁されたと思ってるんだ?不出来な息子の評判で、他の家族が迷惑するからだろ。」
「だいたい、いじわるされるって君は文句ばかりいってるけど、親しくなろうと努力はしてるのか??どうせ、いじけてひとりで勉強ばかりしてるんだろ。」
「いじわるしてくる人たちとどうやって仲良くしろっていうの?」
「頭いいんだろ、それくらい自分で考えろよ。ソフィアがそんな風だから、いつまでたってもこの婚約を公にできないんだ。しっかりしろよ。」
サイモンは、椅子に座ると、手土産にもってきた果物の一つを手にすると、ポケットから折りたたみ式の小さなナイフと取り出して、不器用に皮をむき始めた。
「食べたいのなら、剝いてもらうわ。ちょっとまってて。」
「いい。父上にいただいたナイフなんだ。男は、これくらい仕えないといけないってさ。今、練習中だ。」
いつ、ナイフがすべってサイモンの指を切らないか心配ではらはらする。
「だいたいさ、15歳にもなって、嫌なことがあるとすぐにすねて学校こないなんて幼稚なことするなよ。明日から学校に来いよ。」
剝き終わった果物を一切れ、ナイフの上に乗せたままミシェルの顔に運んでくるので、恐怖でのけぞると、サイモンが笑った。
「もしかして、ナイフが怖いのか?」
ナイフから果物を手に取り、そのままミシェルの口に押し込んだ。
「俺のいうことを聞いていれ大切にするよ。ソフィアが好きなんだ。学校でソフィーの顔が見れないと寂しくて勉強に集中できない。俺から皆に、いたずらしないように言っておくからさ。だから来いよ。」
サイモンがソフィーを抱きしめたが、それにこたえる気力はなかった。
ソフィアが登校するようになると、サイモンの約束したように「いたずら」という名の物理的な嫌がらせをされることはなくなったが、クラスのみんながソフィアをいないように扱い始めた。最初は貴族の生徒たちだけだったが、いつの間にか庶民の学生もそれに便乗した。教師の前で普通に振る舞い、いなくなると態度を変えるのだ。最初の頃は辛かったが、慣れてしまった。登校して、授業を受けて、休み時間は予習に復習、ひたすら勉強に打ち込んだ。
こうして、ソフィアの孤独な中等部三年間は終了した。