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番外編 サイモン夢みる


ニックの手紙を貼り付けた件で謹慎処分を受けたサイモンが、学校に戻ると、ソフィアの雰囲気が変わっていた。


いつもひっそり教室に入り、講義のあとも素早く出ていたソフィアが他の生徒と話をするようになった。忌々しいパトリックやマーベリック王子とも廊下で話をするようになり、今までソフィアを敬遠していた学生たちまでソフィアに話しかけるようになった。


悔しい、マーベリック王子の隣に立つのは僕だった。そしてソフィアはそんな僕の影で怯えていたはずだ。


ニックとハウエル子爵の話が王都の新聞で大きく取り上げられて、あいつは人気者気取りだ。反吐が出る。死んだ母親は男爵令嬢だと書かれていたが、名前も出ないのだから嘘に違いない。どうせ庶民の女に産ませた庶子に違いない。


庶民が貴族に成り上がって浮かれている。ソフィアが身の程をわきまえず俺に楯突いてきたのもあのニックの影響に違いない。


しばらくすると、サイモンの元にマイーデ侯爵家のパーティーの招待状が届いた。両親にではなくサイモンにだ。そこには、ニコラス・ハウエル子爵令息の社交会デビューを迎えるに当たり、親しい友人、知人に祝って欲しいという旨の文が添えられていた。文の差し出し人は、パトリック·クレイバーだった。挑発されている。無視することもできたが、逃げるようで癪にさわり出席した。


ソフィアがいた。僕だけのソフィアが、惜しげも無く肌を晒し、綿菓子のようなピンクの髪が背中で揺れている。他のやつらに見せるのが嫌で、目立たないように縛るように言いつけていたのにそれも忘れてしまったようだ。そしてニックやパトリック、他の男たちと楽しそうに話し踊っている。絶望的な光景だった。


学園から謹慎処分を言い渡された後、父から、もし魔法学園を卒業できない場合、姉の息子を養子にして爵位を継がせると言い出した。姉とは、父の前妻との間の娘だ。


父の目は、かつてサイモンを、大叔父の所に行くように言い渡された時と同じだった。母は、未来の伯爵はサイモンしかいないと喚いていたが、父は本気だと解釈した。久しぶりに真面目に学業に取り組むことになった。


そんな時に1年生の栗色の目と栗色の髪をしたウエンディに会った。母の昔の知り合いの娘だというので、面倒くさいが、茶を1杯だけ飲んで適当にあしらおうと思っていたが、ウエンディの目を見ていると、そんな気も失せ、もっとこの子と一緒にいたいと思い始めた。


それから、ウエンディは何度かグラフ伯爵家に現れるようになり、サイモンはいつの間にか、ソフィアのこと、今までのことを全て話していた。



「ソフィア様が私をいじめるんです。サイモンに近づくなって怒鳴りつけられたんです。」


「それは本当か?」


「こないだ食堂で一緒に昼食を食べてたところを見てたみたいで、彼女すごく怒ってて。」


ウェンディの言葉が脳に染み込んでいく。ソフィアがこの娘にやきもちを焼いたということか?それは、まだ俺の事を思っているということか?そうだ、そうに違いない。


サイモンはウェンディと一緒に過ごす時間が長くなっていった。


「サイモン先輩は伯爵家の跡継ぎです。商人の娘なんか伯爵夫人に相応しくありません。」


「でも俺はソフィアがいいんだ。ソフィアだけが欲しいんだ。」


「きっとお顔を傷つけてしまった罪悪感から、ソフィアさんを好きだと勘違いしてるんです。サイモン先輩は本当はウエンディのことが好きなんです。」


そうなんだろうか? 俺はウエンディのことが好きなのだろうか?


「サイモン先輩、父が、グラフ伯爵家の土地のことで心配なことがあるって言ってて、ウェンディどうしていいかわからないんです。お話聞いてくれますか?」


ウェンディはグラフ伯爵家の土地をゾーン商会が不当に買い上げているのではないかという話だった。


「父上、ゾーン商会がグラフ領の土地を買い漁っているというのは本当ですか?」


「なんてことを言うんだ。誰がそんなことを。そんな噂どこで聞いたんだ?」


 父が狼狽える姿を見て、疑念が確信にかわる。父が何か言っているようだが、サイモンの耳には入らない。


「サイモン先輩はソフィアさんに騙されています。このままではゾーン商会に伝統ある伯爵家がめちゃくちゃにされてしまいます。」


「学園に守られて自由に発言できるのは、卒業パーティーが最後の機会です。その場で婚約破棄するんです。そしてウエンディを選んで下さい。」


「そんなことをすれば、ソフィアと結婚できない。」


「いいんですよ。サイモン様はウェンディのことが好きなんです。ウェンディと結婚したいと仰ってたじゃないですか?」


「でも俺はソフィアをエスコートしなくちゃいけないんだ。卒業パーティーのエスコートをして、求婚して、卒業したら、ソフィアはグラフ伯爵家に花嫁修業に来るんだ。」


「花嫁になるのはウェンディよ。ソフィアは悪女です。サイモン様やグラフ伯爵家を貶める悪い人です。騙されてはいけません。サイモン様はなかなか強情ですね。」



 気がついたら、医務室のような格子のある部屋にいた。長い夢を見ていたようだ。


「気分はどうだい?」


「気持ち悪いとか、頭が痛いとかなにかあるかい?」


「ぼんやりしています。ここはどこですか?」


「王立総合治療院の。君は、薬物中毒でここにいるんだ。」


「薬物中毒?」


「心当たりはあるかい?」


「よくわかりません。」


「まぁ、もうしばらく休みなさい。」


 サイモンが、卒業パーティーで何があったのか思い出すのに時間ががかかった。グラフ伯爵家に査察が入り、サイモンの部屋から禁止薬物が発見されたこと、母がそれを売っていたことが判明した。


ある日、サイモンは気がつくと、学園の前に制服を着て立っていた。人だかりがあり、卒業おめでとうというかけ声があちこちから聞こえ

る。これは、自分の卒業式なんだと気がついた。いつの間に式が終わったのだろうか。


左手に違和感があり、目をやると、なにやら拳より大きな魔道具のような装置が付いていた。挟まれている手紙を読んで驚愕した。それは、サイモンが卒業制作で作った魔法爆弾で、威力は学園の敷地を吹き飛ばすほどの威力があること。サイモンの発明を妬む者に嵌められてサイモンは全てを失ったこと。捕縛されていた場所をなんとか抜け出したが、いつまた記憶を失うかわからないこと、等々書かれていた。


そうか、優秀な俺を妬んだあいつらの仕業に違いない。全て合点がいった。復讐してやる。


ポケットに手を入れると、手に馴染んだ折りたたみ式ナイフが入っていた。歩いていくと、ソフィアが見えた。一気に怒りが頂点にたっする。憎々しい平民の男が背に庇うのが腹立たしい。しかし、ソフィアがサイモンを見る目が憐れむようなものだと気がつくと、思い出した。僕は、ソフィアと仲良くなりたかったのだと。間違えたのは、いつだったのか。あの日、ナイフを手に取って、あの綿菓子みたいなあの子の顔を傷つけた。あの日に戻ってやり直したいと願った。


手にしたナイフをソフィアに渡せば、元通りになれるだろうか?ソフィアに、これを渡したい。それなのに、うるさい小娘がなにやら喚いている。そんとき、横から誰かが飛び出してきて、うるさい小娘の腹を刺した。血がたくさん流れている。あの日見たソフィアの綺麗で真っ赤な血とは比べられない汚い血だ。ソフィアとの時間を邪魔された。腹がたったので、そのナイフを抜いてとなりの邪魔者の胸を突き刺した。


治療院という場所で過ごすようになった。魔法爆弾についてよく聞かれるが、なんの事かサイモンにはわからない。


 父が、面会に来るようになった。格子越しに話しかけてくる父の格好は、くたびれていてまるで平民だ。ソフィアとの婚約は解消され、父は爵位を返上、母は牢獄で死んだ。サイモンはなんの後見もない庶民となった。



 薬が抜け、サイモンが違法薬物の売買に関係していないことが証明され、父と2人で見知らぬ土地で暮らすようになった。サイモンには魔力を制限する魔道具がつけられている。かつて、大叔父に預けられたときと一緒だ。大人が喜ぶように振舞っていればきっと開放されるはずだ。


「サイモン、最近よくがんばっているそうじゃないか。」


「はい。ソフィアを早く迎えに行かないといけませんから。」


「ソフィア嬢とは、婚約を破棄しただろ。」


「そうでしたね。それならもう一度婚約を結ぶにはどうしたらいいですか?」


「どうしたらいいんだろうね。」


 父が弱弱しく笑った。


誤字脱字の訂正ありがとうございます。

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