ソフィア卒業する
「お父様、お母様、こんなことになって本当にごめんなさい。」
「ソフィア、あなたは何も悪くないのよ。1人で辛い思いをさせてごめんなさい。貴族のことがわからないからといっても、母親として、しっかり把握するべきだったわ。」
「悪かったよ。ソフィアが優秀なことにすっかり甘えていた。まさかサイモン君が学園のパーティーでソフィアを貶めるようなことをするなんて。しかも土地をうちが買いたたいているなどと公衆の面前でソフィアを貶めるなど許されない。」
温厚な父が、珍しく怒っている。
「それにしても、どうしてサイモン君と上手く行ってないと教えてくれなかったの?」
「学園に通うようになってから、すれ違うようになったの。でも、私の知らない、家同士の深い事情があって、婚約は簡単に覆せないって聞いていたから、自分勝手に諦めていたの。」
「そうか。そうだったのか。」
「あと、勝手にお父様が土地を買い戻して国に納めたことを話してごめんなさい。」
「気にしないでいい。あれに気がつくなんて、ソフィアは優秀だな。」
私の友人が優秀だったのです。
「謙遜することないぞ。流石首席卒業だな。ソフィアが優秀で僕は鼻が高いよ。卒業式には、商会も閉めてみんなで祝いに行こう。」
まぁ、素敵。さっそくお知らせを作らなければいけないわね。
母が、パタパタと走って行った。
「いまさらなのだけど、この婚約がなくなって、ゾーン家とプリュイ家に迷惑はかからないのかしら?弟たちの将来の縁談に悪影響があるとか。」
「ソフィアは、なんにも心配しないでいいんだ。もしかして、そんなことをサイモンに言われていたのかい?」
「はい。ちゃんとお父様に話を聞くべきでした。」
「他にも何かあるかい?」
「グラフ伯爵家に査察が入ったなら、次は家じゃないかしら?」
「すでに用意はできているし、ゾーン商会に暴かれてこまるようなことはなにもない。」
「さぁ、疲れただろう。今日はゆっくり休みなさい。体調を崩して、卒業式にでれなくなったら困るからね。」
「お父様、ありがとう。おやすみなさいませ。」
「ソフィア、寝る準備はできた?今日はいろいろあって気持ちが高ぶっているかと思って、ハーブティーを入れたわ。」
「ありがとう。そうね。いただきます。」
「ソフィアは、サイモン様との結婚できなくなって本当にいいの?好きなのではなくて?」
「まさか、彼への思いは少しもないわ。」
「いつから?確か社交会デビューの時は、一緒に踊れなかったことで悲しんでいたわよね?」
「あのときは、私には、サイモンしか友達がいなかったから、勘違いしていたのかもしれない。」
「学園で、そんなに辛い思いをしていたの?」
「そうね。でも高等部では、友達もたくさんできて、良い思い出もいっぱいできたわ。おじい様の魔道具、ゾーン商会のおかげで友達ができたの。」
「そう。ソフィア、あなた、とても良い顔をしているわ。これから何にも縛られることはないわ。好きなことをしなさい。」
「好きなこと。そうね。やりたいこと見つけなきゃね。」
ソフィアが勉強するようになったきっかけは、学園で友達もいなく居場所がなかったからだ。勉強は、数字で努力の成果が評価されるため、わかりやすい。ソフィアは自分の学園での存在を確認するために勉強していたのかもしれない。
次の朝、グラフ伯爵家との関連を疑われゾーン家とゾーン商会まで調べられた。
サイモンの部屋から、中毒性のある違法な薬物が発見された為、ソフィアまで取り調べを受けた。薬物検査という貴重な体験もした。
1週間後、学園に登校すると、あまり親しくない生徒や、知らない後輩たちから慰めや労りの言葉をかけられた。
サイモンの真実の愛であるウェンディ嬢は、ユーリア曰く、面の皮が非常に厚く、何事もなかったように学園に通っているそうだ。サイモンに脅されて泣く泣くあの断罪劇をさせられたのだと吹聴しているそうだ。
「あの子も薬物検査とかされたのかしら?」
「あれは白だったけどな。しかし、薬を使用していないというだけで、関わっていないという証明にはならない。」
サイモンの母親は、グラフ伯爵家に嫁ぐ前、他の男性と婚約していた。その男性の娘がウェンディだった。バロン男爵は、ウェンディを養女として迎えて、王都の学園に通わせた。おそらく、ウェンディは、魅了か、暗示の魔法が使える。それに気が付いたバロン男爵が、その力を利用して、サイモンの母であるグラフ伯爵夫人に取り入ったのだろう。
「薬物の売買に利用するために、ウェンディは、グラフ夫人に取り入ったということ?」
「最終目的は、魔石の採掘をする権利だ。」
グラフ伯爵領には、貴重な魔石の眠る土地がある。先代のグラフ伯爵が財産をつぎ込んで見つけたが、資金が底を尽き採掘するには至らなかった。
現グラフ伯爵は、領地の経営を持ち直すことを優先して魔石の採掘には長らく手を出さなかった。おかげでどうにか持ち直したが、まだ負債が残っており、その土地を開発するための資金はない。そんな時に、再び魔石の採掘の話を持ちかけてきたのが、バロン男爵だった。魔石の土地を採掘する権利を分割して売ることを進めてきた。しかし、将来サイモンか、サイモンの子供たちのためにも、土地を売りたくないグラフ伯爵は、なかなか首を縦に振らなかった。
ところが、バロン男爵は裏で手をまわし、グラフ伯爵家の滞っていた負債を買い占めて裏で圧力をかけてきた。返済に苦しむグラフ伯爵は、その土地を担保に金を借りた。しかしそれは詐欺だった。グラフ伯爵が気がついた時には、それらの土地は東の国に転売されていた。
「土地の転売にバロン男爵家は関わっているのなら、検挙できるのではなくて?」
「狡賢いやつで、なかなか表に名前が出てこない。違法薬物も同じだ。ウェンディの他に、だれか隠蔽魔法か、精神を操る魔法の使えるやつがいるはずだ。」
サイモンの母は、違法薬物を、友人たちに、集中力の高まる薬として売りさばいていた。本当にそうだと信じていたようであるが、それが違法薬物であると認識していたから、査察が入ったときにとっさに隠したようだ。しかし、薬の入手源については口を閉ざしている。
サイモンを含めて4名の学生から陽性反応が出て、現在治療中だ。毛髪から使用時期が特定された。4名とも卒業試験前から使用しているため、退学処分となった。
「ウェンディは、どうして私にからんできたのかしら?」
「それこそ、バロン男爵の計画が破綻した原因のひとつだろうな。ウェンディは、利己的で自信家で、野心が強すぎた。サイモンよりも、マーベリック王子や他の高位貴族に目移りしたんだろう。彼女に勧められて薬物に手を出した学生もまだほかにいるだろう。」
「薬のこと、あなたは知っていたの?」
「まぁ、変な噂は聞いていた。ウェンディのことも疑っていたが、まさかグラフ夫人が売りさばいていることは知らなかった。おそらく、興味がある制生徒をウェンディがグラフ夫人に報告していたのだろう。」
「卒業パーティーのあれも、薬の影響だったのかしら?」
「可哀想だとか思ってるのか?」
「違うわ。あれだけ振り回されたのだから、真実を知りたいと思っただけよ。」
「薬物は、母親に知らずに飲まされていたかもしれない。しかし、家の事情も顧みずに傲慢に行動した結果、破滅した事にかわりはない。」
「それもそうね。」
薬物事件で、つぎつぎと学生が検挙される中、卒業式の日を迎えた。辛い中等部はあんなに長く感じたのに、楽しい高等部はあっという間だった。あの日飛び級試験をヴィクトールと受けたから、パトリックが魔道具の会に誘ってくれたから、社交パーティーでエメルダ様が声をかけてくれたから、クロエが、ユーリアが、ニックにマルコ。ソフィアの狭かった世界は広がり明るくなった。
パトリックは、卒業後、マーベリックの側近となるために政務官になることが決まった。将来パトリック傀儡となるマーベリック王の未来が見えて、かなり不安になった。
魔術院を卒業するヴィクトールは、魔術師団に進むと思われたが、彼は騎士団に入団するというので驚いた。ヴィクトールは、1年くらい前から太りはじめ、現在は立派な肥満体となっている。騎士団で生き残れるのか心配だ。
ソフィアは、どこにも希望を出していなかったのだが、教師の推薦で財務省で働く事が決まった。
王宮は、今まで以上に庶民出身者に厳しい場所かもしれない。正直とても怖いし憂鬱だ。それでもソフィアはもう逃げない。自分の気持ちに正直に生きると決めたのだ。
卒業式当日。ソフィアの父は、宣言通り祖父母に両親、弟たちと総出で祝いに来てくれた。首席卒業のソフィアは答辞を読んだ。
卒業式も終わり、在学生が魔法で作り出した花道を通って学園を去るのが慣習だ。花道を通り、学園の門の外で出ると、いつもは馬車が並んでいる場所で、卒業生、在学生、教師や親が、それぞれ談笑したり涙を流したりと交流している。
ミシェルが、家族を探してきょろきょろと周りを見渡していると、1人の男子学生が目の前に、飛び出してきた。
「ソフィア、なぜだ。なぜ、俺を裏切った。」
それは、やつれたサイモンだった。手には彼のお気に入りのあのナイフを持っている。さっと、ニックがソフィアを背に庇う。
「邪魔だ、俺のソフィアから離れろ!」
サイモンが大声で怒鳴り、ポケットからナイフを出したことで、ミシェルの周りから人が引いた。教師がサイモンに近づこうとすると、サイモンが、左手に巻き付けた装置を掲げて叫んだ。
「誰も動くなよ。俺は、魔法爆弾を持っている。俺に近ずいたらこの学園に大きな穴があくぞ。」
一体どこからそんな物騒な物を手に入れたのかはしらないが、周りを震撼させるには十分だった。
「本物だ、嘘だと思うなら近づいてみろ。」
「サイモン様やめて、これ以上罪を侵さないで。」
颯爽とミシェルとサイモンの間に割って入ったのは、ウェンディだ。さっと周りを見渡すと、パトリックと目があった。動くなという指示だ。
「サイモン様を愛するがあまり、今まで黙っていたけど、もう限界よ。何もかも白状して、罪を償ってください。」
「お前のせいだ。お前のせいで俺は、俺の家は終わりだ!」
「ソフィア様を恨む気持ちはわかります。あなたという婚約者がいるのに、他の男性に気のあるふりをして、あなたを苦しめたのはよくわかっています。でも、だからと言ってソフィア様を傷つけたら、取り返しのつかないことになってしまうわ。」
こんな場面でも、ソフィアを貶めるウェンディの図太い神経には驚かされるが、ミシェルは信じていたであろうウェンディに裏切られたサイモンが気の毒になった。その思ったとき、サイモンと目があった。一瞬、虚ろだったサイモンが正気に戻ったようなそんな気がした。
「僕はなんて愚かなんだ。利用されて、大切な人を傷つけてしまった。」
「悪いのは、あなたを利用したソフィアさんです。ウェンディの言うことを聞いて。マーベリック様に全てお話ししましょう。きっとみんなわかってくれるわ。だから、そんな危ない物はしまってください。」
「ソフィアに渡したい。最初から、最初に傷つけた、あの日から、やり直したい。だから、これをソフィアに渡したい。」
「なにを今更。私に渡してください。あなたが愛しているのはウェンディでしょ。」
ウェンディがサイモンに近づき、手の届く距離まで来ると、突如1人の男子学生男飛び出し、2人に体当たりしたようにみえた。
爆発を危惧した教師が、サイモンの周りに魔法で防御壁を作ったようだが、爆発は起きなかった。しかし、何か様子がおかしい。サイモンが膝をおり座りこむと、ウェンディの腹にナイフが突き刺さっていて、ドレスが血で染まっていた。
「あ、な、なぜ。こんな、うらぎり、」
ウェンディを刺したのは、あの階段から落ちる映像でソフィアの髪色のかつらをかぶっていたウェンディの取り巻きの男子学生だった。
「誰も動くな、この魔法爆弾は本物だぞ。」
今度は、取り巻きの少年が、サイモンの左腕をつかんで見せた。
ウェンディが力尽き、その場に倒れた。
「これで、ウェンディは永遠に僕のものだ。他の誰かのものになるなんてダメだよ。」
倒れたウェンディを抱き留め、恍惚とした表情でウェンディを見つめている。すると、その少年が、突然血を吐いた。サイモンが、その少年の胸を自分のナイフで刺したのだ。
「うるさい。何もかも思い通りにいかない。終わりだ。」
そう言って、少年の胸からナイフを抜き、自分の喉に突き刺そうとした時、サイモンがそのまま硬直した。走って来たのか息をきらせたヴィクトールの魔法だった。サイモンに駆け寄り、左手を検分して叫んだ。
「魔法爆発はおきません。大丈夫です。」
一気に緊張が取れ、ふらついたソフィアをニックが支えた。
胸を刺された少年は即死、ウェンディは、急所ではなかったため、魔法で治療を受け助かった。しかし、ナイフに皮膚の爛れる血病の菌が塗られていたため、可愛らしい容姿が醜く変貌したそうだ。喚き散らすばかりで、事情聴取もできないようだ。
サイモンは、薬物治療院に再度入院となった。逃亡防止のための魔法の足枷を嵌められている。1度だけ、父に付き添われて見舞いにいったが、会うことはかなわないまま、正式に婚約は破棄された。




