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ケイト画策する

 

 ケイトは、3代続く魔道具店の1人娘で、10歳の頃には店に立ち商品を説明できる立派な売り子になっていた。王都の下町の魔道具店を10年で、一番街に店を構えるほど大きくしたのはケイトだった。


 17歳で結婚した15歳年上の夫は、生粋の貴族生まれのぼんぼんで、おだやかな夢見がちな男だった。ケイトの父に弟子入りしてきたが魔道具師の才能はまったくなかった。ゾーン魔道具店を、貴族の顧客がたくさんいるような大きな商会にしたい野望をもっていたケイトはそんな彼に目をつけ、口説き落とし、婿にした。


 18歳のときに授かったソフィアは、生まれた時から手のかからない赤ん坊だった。よく乳を飲みよく眠り、立って歩くようになっても、静かに絵本をながめたり、魔道具師の父がつくったからくりのおもちゃで静かにあそんでいた。


 娘ソフィアはの世話は、使用人と夫に任せきりだった。大人しいソフィアを心配した夫が、ソフィアと同じ年頃のいる友人や知人の家に連れていくようになった。そのひとつがグラフ伯爵家だった。夫の学生時代の友人だが、なにかとスキャンダルの多い家だ。


 グラフ伯爵は若くして同格の伯爵家の娘と結婚したが、幼い二人の娘を残して早世した。その後、グラフ伯爵はすぐに子爵家の娘を後妻に迎え、長男であるサイモンを授かった。


 新しいグラフ伯爵夫人は、売り子への態度も酷く、つけで買い物をするが、伯爵はなかなか支払いをしてくれない。商売人の間で評判は最悪だった。


ケイトは夫に営業のいろはを教え、王都中の貴族の家に、祖父の作った魔道具の暖炉を売りまくった。魔道具は魔力の低い者が使う道具だという考えを覆すことに成功した。暖炉をきっかけに、他の魔道具も人気に火が付き王宮からの注文までくるようになった。ケイトの父は、いくつもの人気魔道具を生み出した。そのひとつが映像保存具だ。発明のきっかけは、店の物を盗む泥棒を捕まえるためだったそうだ。今では法廷の証拠品として提出されるほどだ。


 ケイトが第二子の出産を控えていた頃、ソフィアが顔に大けがをしたという知らせが入った。グラフ伯爵家の息子が癇癪を起こし、ナイフを振り回してソフィアを傷つけたのだ。ソフィアの傷は浅く、治療師によって痕もほとんどわからないほどだった。怪我前後の記憶がなくなっており、家から出るのを嫌がるようになっていた。


 ケイトはチャンスだと思った。なぜなら、ゾーン商会で貴族女性向けの美容部門を立ち上げるための準備の真っ最中だったからだ。


 魔道具を買うのは男性がほとんどで高位貴族の顧客も多い、だからこそ女性に喜ばれる商品があれば、夫が夫人にお土産として買うに違いないと思った。気乗りしない父のしりを叩き、美容魔道具をいくつか作らせた。そして、一緒に使う化粧品の開発も同時に進めた。化粧品は消耗品なので、客が気に入れば、何度でもまた戻ってくる。


 そんな時に、伯爵家の息子がソフィアに怪我をさせた、これを利用しない手はない。ゾーン商会は、女性の顧客の足掛かりが必要だった。さっそく、グラフ伯爵家の社交パーティーへの招待状のリストを手に入れて調べてみると、さすが伝統ある古い家だけはあって、高位貴族からの招待状もたくさんあった。上々である。


ソフィアとグラフ伯爵家の息子との婚約話をすすめるために、情報収集にあたった。先代が資産運用に失敗し、負債を多く抱えていることが判明した。


 どのように婚約に持ち込もうかと画策していると、グラフ伯爵家の方から話がきた。大当たりだ。まず、ゾーン家のような爵位のない家の娘にはもったいない話だとしおらしく断った。


 それでもぜひに、と言ってくるので、乱暴者の息子との縁談に不安があることを暗に示すと、その道の功績のある親戚に息子を預けたので必ず更生するから大丈夫だと誓った。婚約の誓約をゾーン家に有利に結び、グラフ伯爵家に融資した。


ソフィアは、以前のように父親と出かけることを嫌がるようになったが、年子で生まれた弟たちの世話に夢中になった。ケイトも夫もそんなソフィアに安心してしまった。


2年後、すっかり穏やかになったという馬鹿息子が戻ってくると、毎日のようにソフィアを訪ねてきては娘に構い、ソフィアはすっかり馬鹿息子に懐いてしまった。ソフィアは、バカ息子に怪我を負わされたどころか、以前会ったことがあることも忘れており、初対面の朗らかな男の子と思っているようだった。


 ソフィアに強い魔力が備わっていることがわかり、魔法学園に入学することになった。ゾーン家から魔法学園入学者がでるのは初めてのことである。家族ははりきってソフィアの持ち物を一流のもので揃えた。


 ゾーン商会の美容部門はケイトが思っていたよりも早く軌道に乗り、美容魔道具も化粧品も大成功をおさめた。客に飽きられないように、次々と新しい製品を作り出すためケイトは連日忙しくしていた。


 そんなときに、夫が娘の様子がおかしいことに気がついた。どうやら学園で貴族の生徒にいじめられているようだ。しかし、ゾーン商会の家に生まれた以上、貴族からの蔑みや妬みは避けて通れないことだ。


 もし、ここで親が出ても、ソフィアは変わらず他でいじめを受けるだろう。獅子は自分の子を谷に突き落とし、這い上がって来た子供だけを育てるという話を聞いたことがある。ケイトも、ソフィアが這い上がってくるのを待つことにした。


 いじめと孤独に苦しみながらも、ソフィアは中等部を首席で卒業した。ケイトの次なる目標はソフィアの社交デビューである。グラフ伯爵夫人は、ソフィアを平民だと蔑視しているようで、ケイトの期待していたようなお茶会への招待も全くなかった。そこでケイトは夫の実家に働きかけて、ソフィアを、プリュイ侯爵家の養子にすることに成功した。


 夏の休暇中に、ゾーン商会化粧品部の精鋭達がソフィアを磨きあげ、王宮随一のドレスメーカーで白のドレスを仕立てた。大胆なカットで染みひとつない美しい背中の見えるデザインだ。胸元を広くとるドレスを身につけた女性が多いなか、ソフィアのドレスは際だつだろう。ドレスの下は、つけていないように見えるコルセットでぎゅっと縛りあげている。ゾーン商会美容部門の新作である。


結果、ソフィアは、いい仕事をしてくれた。女性に大人気のマイーデ公爵家の長男とファーストダンスを踊り、続けて高位貴族と踊り女性たちの羨望を一身に受けた。コルセットの注文も殺到した。しかし、ソフィアは馬鹿息子と踊りたかったらしく酷く落ち込んでいた。あれだけ酷い目にあってもまだ好きなのだろうか?乙女心は複雑だ。


ソフィアは、高等部に上がり、友人もできたようだ。馬鹿息子は相変わらずだ。好きな子に嫌がらせなど、子供である。ソフィアはマイーデ侯爵、クレイバー公爵、コールス公爵の子息令嬢と親しくなっており、グラフ伯爵家との婚約などもうすでに何の意味もなさない。


 そんなとき、学園で馬鹿息子がソフィアの友人を貶めようとやらかし、ついにソフィアの目が覚めた。娘よおめでとう。


 慌てたのはグラフ伯爵だった。すぐに謝罪に現れ、子供の喧嘩だから大目に見てくれと頼んできた。


「グラフ伯爵夫人もサイモン様もソフィアの生まれが気になるようだ。それでは、ソフィアが辛い思いをする。」


「そんなことはない。必ずソフィア嬢を大切にします。どうか友人のよしみで今回は許してくれ。」


「しかしなぁ、ソフィアが泣く姿はもう見たくないんだ。」


「今は反抗期なんだ。卒業までに、息子はきっと落ち着いてソフィア嬢と昔のように良い関係になれる。頼む。」


 あれから馬鹿息子から娘になんの連絡もない。ソフィアはのびのびと学園生活を楽しんでいるようだ。しかし、娘が婚約についてなにも言って来ないのが気になった。4年生になり、今後のことを聞いてみた。


「ソフィアは卒業後はどこで働くの?」


「サイモンが卒業後は花嫁修業だと言ってたから、仕事を持つのは無理だわ。」


そう言って悲しそうに笑った。


 衝撃だった。友人もでき、自信もついたはずのソフィアが未だサイモンと結婚する気持ちでいる。それほどまでにサイモンの精神的支配は強いのだろうか。


 ゾーン商会としても、母としてもこのままグラフ伯爵家とソフィアの結婚を進めるわけにはいかない。伯爵家は泥船だ。偽投資家にだまされて自領の土地を売り、それが転売され他国の商人の名義になってしまった。それは国への裏切り行為だ。夫が買い戻すために交渉しているが、我が家としても、ゾーン商会としても、この事実を国に報告せざるをえない。


 ケイトが思い悩んでいると、ソフィアがゾーン商会の経営状況について聞いてきたので、ソフィアに書類や帳簿の確認などの手伝いを頼んだ。そこにわざとグラフ伯爵家の土地の転売に関する書類を混ぜておいた。賢いソフィアはそれに気が付き、質問してきたが、よくわからないわ。と言ってはぐらかした。ソフィアの次の動きに期待した。


 ソフィアはノイン調査事務所の職員に相談した。どうやら魔法学園の後輩のようだ。その日の夜、ケイトが夜遅く仕事をしていると、パンっと割れるような音がした。侵入者だ。警護のものがさっと構える。現れたのは、ソフィアが相談していたノイン調査事務所のマルコだった。幼い容姿をしているが、彼が優秀な調査員であることは調べがついている。


「夜分遅くに失礼します。」


「どういったご用件かしら。」


「ソフィア先輩についてお伺いしたくて来ました。」


「常識のある時間にいらしてくれたらよかったのでは?」


「どうしても、ゾーン商会会長から直接お話を伺いたかったのです。正規の手順ではわたしのような若造が会っていただけないと思いまして、仕方なくこのような形になりました。」


 ゾーン商会会長は、表向きには夫であるが、真の会長はケイトである。男尊女卑の未だ根強い貴族の顧客が多いため、ケイトは前にでず裏で商会をうごかしている。


「そう、お若いのに優秀なのね。」


「ソフィア先輩から私が依頼を受けたことはご存じですよね。」


ケイトがソフィアの持ち物に仕掛けた 盗聴具に気が付いていたようだ。


「危険な案件です。ソフィア先輩個人が関わるべきではありません。会長は、なぜあれらの書類を先輩にわざと見つけさせたのですか?」


「あの子に、這い上がってきてもらいたいのよ。」


「なるほど、先輩を切り捨てるつもりではないのですね。」


「私だって、娘はかわいいわ。」


「それを聞いて安心しました。」


「私からも、聞きたいことがあるの。ソフィアはサイモンをまだ好いているの?」


「私の観察した限り、そのような感情はお持ちでないかと。」


「それではなぜ、まだ婚約に甘んじて受け入れているのかしら。」


「すべて憶測になりますが、それでもかまいませんか?


ケイトが頷いた。


「ゾーン家の、家族のためです。ソフィア先輩は、魔法学園で貴族社会の真の姿を見知ったのです。魔法学園は貴族社会の縮図ですから。そのため、伯爵家との婚約をソフィア先輩の方から破棄することで、弟さんたちの未来の縁談や商売に悪影響をもたらすことを心配しているのではないでしょうか?」


「そう。あの子はそこまで考えていたのね。」


「思慮深い方です。」


 商人として貴族と商売をしてきてなんでもわかっているつもりだったが、魔法学園という、貴族が7割を占める社会でソフィアはケイトのまだ知らない世界を見たのだろう。そして、家族をそれから守ろうとしていたのだ。物思いにふけっている間にマルコは消えていた。


 あれから半年がたち、卒業式を前に魔法学園でパーティが開かれた。


 馬鹿息子が何やら企んでいることも、ソフィアを無視して子爵家の娘に入れあげていることも知っている。証拠は揃っているのだ。婚約破棄はいつでもできる。ソフィアさえ目を覚ましてくれれば。


 サイモンという谷から這い上がって来なさい。


 ソフィアは卒業パーティーで馬鹿息子に不当に断罪され、婚約破棄を言い渡された。サイモンはソフィアをさらなる谷底へと落としにかかったのだ、しかしソフィアは踏ん張り、這い上がって来た。目をそらすこともなく冷静に確実に相手を返り討ちにして叩きつぶした。ソフィアは友人たちの助けを得て谷から這い上がってきた。こんな方法もあったのかと目から鱗だ。ケイトに友達はいない。ケイトの周りにいるのは駒だ。


 ソフィアをゾーン商会の駒として扱ってきた自覚はある。サイモンからの精神的な支配も、学園でのいじめも、夫に何度もどうにかして欲しいとお願いされた。しかし、ソフィアのためだからと言って放っておいた。実際上手くいったのだが、ギリギリだったのかもしれない。母としてできることがひとつだけある。ソフィアを解放することだ。ソフィアなら、もう自分で道を切り開いて歩んで行けるだろう。


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― 新着の感想 ―
[一言] 母として出来ることがひとつある、とか言ってるけど正直にいえばいいのに。 「利用しようとするにはデメリット大きくなりすぎたので縁切って逃げます」って。
[一言] こんなのが母親なんて。。。 手助けらしいことは何もせず、突き落としてばかりで最悪。。。 気持ち悪い。。。
[一言] 母親の行動が気持ち悪いし、娘が不憫すぎて辛いです。 元凶が母親なんて最悪。 これも一種の毒親ですね。
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