ソフィア突き落とす
「みんな騙されてはだめだ。全部この女の罠だ。この女は、俺との婚約を無理矢理継続する為にずっと我がグラフ伯爵家を金で脅してきたんだ。人を疑うことをしらない我が父を騙し、不当に伯爵領の土地を買い上げているんだ。伝統ある貴族の領地が平民に買い叩かれている。そんなことが許されていいのか?」
「土地の売買には誓約書が必要ですので、調べていただければサイモン様の主張が間違いであることは明白ですが、あえて反論させていただきます。グラフ伯爵領の土地が、外国に転売されていました。マーロンド国では他国に土地を売ることは禁止されています。私の父は、国王陛下からの命を受け、売られた土地を買い戻しているのです。それらの土地は、今は王家直轄となっています。決して我がゾーン家の私財になっているという事実はありません。」
「嘘だ。全部嘘だ。国がたかが商人ごときにそんな大事を任せるはずはない。そんな大それた嘘なんかついて、身の程知らずめ。」
「国が介入すれば、不可侵条約に違反し、大事になります。そこで白羽の矢が立ったのが、私の父だったと推測しますが、マーベリック王子はどのように思われますか?」
「ソフィア嬢の話は真実だ。我が国の土地が、他国に売買されたことが公になれば大事になる。今回は複雑な経緯があった所以、国王陛下の判断で、外務省の外交官ではなく、ゾーン商会会長ロイド・ゾーン氏に依頼した。その書類もこの目で見たと、ここに証言する。」
「それでも納得がいかないようでしたら、こちらをご覧ください。国が不当に領地を取り上げないために、王家直轄になる土地については、公式文書としてだれでも閲覧できるようになっています。伯爵家の土地は、ゾーン商会ではなく国の所有であることがはっきりと記されています。」
小さな鞄から取り出した巻物をサイモンにわたした。
「お望みでしたら転写して学校中に張り付けて差し上げますわ。これで、我が家の汚名は晴れたでしょうか?」
「おまえが婚約は解消したくないと話し合いに応じなかったことは間違いないんだ。伯爵夫人になりたかったのだろう。卑しい成金め。」
「話し合いに応じなかったのはあなたです。残念ながらそれを証明することはできませんが、それはそちらも同じです。しかし、グラフ伯爵家が、ゾーン商会の娘である私のと結婚を必要としていたのは間違いございません。」
「無礼なことを言うな。うちは伝統ある伯爵家だ。ゾーン商会の助けなど必要ない。」
「あなたはご自分の領地が今、存続の危機に陥っていることについて全くご存じないようですね。ここでグラフ伯爵領の内情について詳しく申し上げるつもりはありませんが、あなたは伯爵家を継ぐ長男としての自覚に欠けるようですわね。」
「わかったような口を聞くな。お前は、俺の言うことを聞いていればいいんだ。」
サイモンの声が震えているが、ちっとも同情できない。この事態を招いたのはサイモン自身だ。ずっと傍観していたマーベリックが話した。
「サイモン、君はいったい何がしたいのだ?本来、自由演説は、身分に関係なく国の未来を自由に語るためにある。近年は、求婚することが流行りではあったが、確たる証拠もなく憶測だけで公衆の面前で個人とその家を貶めるようなことは許されない。」
「僕は愛する人を守るために勇気を出したのです。あれは悪女です。もしや、王子もなにか弱みを握られているのではないですか?」
「無礼だぞ。王家のものが一個人の傀儡になっていると非難するのか?」
いつも笑顔の王子が険しい顔をして低い声でサイモンを叱責する。ソフィアは、王子の弱みなど握っていないが、パトリックはどうだろう? ヴィクトールを筆頭に魔道具の会の会員が心の奥深くで思っていたことではある。しかし、それを公のパーティーで口にするサイモンは愚かだ。
パトリックが王子に耳打ちする。
「サイモン、君の家に財務省の査察が入ったようだ。今、会場の外に騎士団が迎えが来ている。君の部屋から非常に好ましくないものが見つかったそうだ。」
「嘘だ、罠だ、これは全部ゾーン家の罠だ。ソフィア、お前が俺の言うことを聞いていればこんなことにはならなかったんだ。全部お前のせいだ。」
サイモンがソフィアに襲い掛かってくる、手にはいつものナイフを持っていた。サイモンは風属性の魔法使いで、動きは速いはずだが、ソフィアの目にはゆっくりと時間が流れるようだった、サイモンがナイフを高い位置で構えソフィアに遠くから切りかかる。すると目の前に大柄な人が現れ、瞬く間にサイモンを取り押さえた。
「お前本当に変わらないな。気位ばっかり高くて、小賢しい。」
パトリックの双子のセドリックだった。騎士の正装をしたセドリックはしばらく見ないうちに随分と体格が大きくなっていた。よく似た双子だったが、もうだれも間違うことはないほど雰囲気も変わっていた。危機を救われて不覚にも胸が高鳴ってしまったのは秘密だ。
セドリックがそのままサイモンを会場の外で待つ騎士団に引き渡すために去ると、会場はざわざわと騒がしくなった。そこでもう一度マーベリック王子が場を静めた。
「このような騒ぎが起きて残念だが、まだ卒業パーティーは始まったばかりだ、7年間魔法学園で学んできたが、これが終着点ではない、これからも多くの試練に、誘惑が私たちを待ち受けているだろう。正義と信念をもって突き進めば必ず道は開かれるとは限らない、与えられた情報を鵜呑みにせず、己の耳と目で真偽を確かめる。また、己の判断を過信せず、常に多面的に物事を捉えなければならない。私たちはそのように考える力と魔法をこの学園で学んできたのだから。皆と共に学べたことを誇りに思う。卒業おめでとう。」
音楽が流れ、困惑しながらも生徒たちが踊り始めた。もう帰ったほうがいいだろうとソフィアが退出しようとすると、王子殿下にダンスに誘われた。
「ソフィア嬢、今回の件、私を信頼して頼ってくれたのに、こんなことになってしまい、申し訳ない。まさか、自由演説で君を貶めるような発言をするとはおもっていなかった。君の名誉を必ず挽回すると誓おう。」
「私はいいのです。しかし家族やゾーン商会、プリュイ家に迷惑がかかるのはとても辛いのです。王子にお願いしてもよろしいでしょうか?」
「任せてくれ。僕にはパトリックがいるからな。」
確かにパトリックならソフィアも安心だが、一国の王子が簡単に人に任せるから大丈夫だと断言していいものかとますます不安になった。
ソフィアは続けてパトリックとも踊った。
「本当にありがとう。でも、まさかあなたが予想した通り、今日この場で仕掛けてきたのには驚いたわ。」
「あいつはニックの手紙の件で学園で恥をかかされたと恨んでいたからな。派手にやると思った。」
「例の件も間違いなかったのね。」
「そうだな、これから騒がしくなる。」
「セドリックは、サイモンを捕らえるために招待したの?」
「騎士団は学園内に許可なく入れないからな。しかし視覚的に騎士に捕らえられるほうが罪人の印象が強いだろ。」
「あなたって、もしかして成績をわざと落としていたのではなくて?」
「成績なんて、僕には重要じゃない。」
「脳ある鷹は爪を隠すというけど、あなたのためにあるような言い回しね。」
ダンスが終わった頃、サイモンの友人たち2人がセドリックの手で外に連行されるところだった。屈強な騎士に連れ出される情けない姿は、確かに印象に残る。
「視覚効果抜群ね。」
「嘘泣き女の尻尾が掴めなかったのは非常に残念だ。」
半年ほど前、ソフィアは父の机の書類や文を仕分けている時に気になる書類を何枚も見つけた。グラフ伯爵領の土地に関する書類で、何度か転売され 最終的に東の国の商人に売られていた。この国では、他国に土地を売るのは違法である。心配になって、母に聞いたが、土地の売買についてはよくわからないといつものように答えるだけだ。父はあいかわらず飛び回っており、なかなか話すことができない。
ソフィアは怖くなった。父が何かよからぬことに巻き込まれているのかもしれない。そしてそれこそがサイモンとソフィアの婚約の理由なのではないだろうか。ソフィアは調査所で働くマルコに相談した。
「今のところ、ソフィア先輩のお父様は違法なことはしていません。しかし、とても複雑な案件です。全て調べるには調査員も複数必要ですし、お金もかかりますし、何よりとても危険です。僕のおすすめは、パトリック先輩に相談してマーベリック王子が調査を依頼する形にするのが良いと思います。」
「マーベリック王子を巻き込めないわ。」
「これは遅かれ早かれ国が調査に乗り出すような事件になります。パトリック先輩なら喜んで引き受けると思いますよ。マーベリック王子の初仕事にふさわしい案件ですし、王族は近衛騎士に守られていますからね。」
「その、もうひとつ問題があるの。私、グラフ伯爵家の息子と婚約しているの。我が家もただでは済まないのかしら?」
「婚約の件は調べましたので知ってます。誓約書を確認しましたが、破談になっても、ソフィア先輩の家族やゾーン商会に不利になることはありません。」
「なら、なぜ私の父は婚約にこだわっているのかしら?」
「お父様の心情的なことまでは、僕にはわかりません。」
「そうよね。それは私が聞くべきことよね。」
「あと、ウェンディ・バロン男爵令嬢には充分気をつけて下さい。最近はグラフ伯爵家令息と伯爵家で密会しています。」
「あの子がサイモンに近づいているの?二人が一緒になってくれるなら大歓迎だわ。」
「そのような単純な話ではなさそうですよ。」
その晩、マルコから聞いた話を頭で整理して、ソフィアはパトリックに相談することに決めた。マルコの言っていた通り、2つ返事ですぐに調査すると言ってくれた。それから、ソフィアはユーリアに、以前彼女が話していたウェンディ対策のための証拠について確認した。ユーリアは、無人で操作できる、最新の小型映像保存具でソフィアの周りをうろちょろする様子をしっかりと押さえていた。どうやって高額の魔道具を手に入れたのか聞くと、頭から桶かぶりの事件のすぐ後にパトリックにお願いして、魔道具の会の予算で購入したそうだ。
「ちゃんと使用した感想と改良すべき点などを活動報告に詳しく書いておきましたよ。私、初めてこの会の本来の活動をしました。」
おかげでソフィアの身の潔白は証明された。最後の階段から突き落とす映像は予定外であったが、そこはエメルダ先輩に助けられた。お礼をしたいところだは、今は近くに行かないほうがいいと、ユーリアに言われた。エメルダ様が、ソフィアに肩入れしたように見えてはいけないそうだ。
「ユーリア、本当に助かったわ。ありがとう。ユーリアの思った通り昔の映像を出してきたわ。準備していてよかった。」
「あの女のやりそうな事ですよ。なにがなんでも、悲劇のヒロインになりたかったのでしょうね。逃げられてしまったのは癪ですが、ひとまずは一件落着でしょうか。それにしてもソフィア様素敵でした。」
「私もうっとりしましたわ。普段は物静かで控えめなソフィア先輩が、女王様のように勘違い男と嘘つき女を言葉で攻める姿が新鮮でした。ニックなんか泣きそうでしたわ。」
「違う、僕はこれまでのことを乗り越えるソフィア先輩に感動して。」
「はいはい。わかってるわよ。早く先輩と踊って来なさい。この曲なら踊れるでしょ。」
クロエに押され、ニックはソフィアをダンスに誘った。
「あなたの言ったように、貴族を見返してやったわ。」
「先輩、覚えてたんですか。」
「あの頃の私は、サイモンに何を言われても諦めていたわ。でもあなたが私の代わりに悔しいって泣いてくれた。私を変えたのはあなたね。時間がかかってしまったけど、本当にありがとう。」
「僕もソフィア先輩に感謝しています。一緒に過ごせて幸せでした。先輩はぼくの憧れですから。」
ニックの目からまた涙が溢れてきた。ニックがこらえるように上を見上げる様子が微笑ましい。チラリとクロエとユーリアを見ると2人も笑顔だった。
友人と会話を楽しみ、料理に舌鼓をうち、卒業パーティーはとても楽しかった。もっと早くサイモンと決別するべきだったのだろうか?いやきっと、今日がその時だったのだ。時が満ちるとはこういうことをいうのだろう。




