ソフィア這い上がる
楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、卒業まであと2ヶ月となった。
春の卒業試験を終え、学園長主催の卒業パーティーが開かれた。卒業生徒には一人2枚の招待券があり、在学生や卒業生を招くことができた。ソフィアは、クロエとユーリアを招待した。パトリックはニック双子のセドリックとヴィクトールを招いたそうだ。
毎年その年に活躍した卒業生が学園長から招待されるが、今年は、女性初の裁判官となったエメルダ様だった。親しい友人の揃うパーティーになるとソフィアは珍しくうきうきとしていた。
そんな楽しい気持ちに水をさしたのは、またしてもサイモンだった。ずっとソフィアを無視してきたにも関わらず、一緒に卒業パーティーに参加したいとエスコートをゾーン家に正式に申し込んできた。確かに昔、卒業パーティーでソフィアをエスコートするのが夢だと飛び級を断念させられたが、ここしばらく訪ねて来ることも、文もなく、ソフィアを放置していたサイモンがあのころの約束に義理をたてるとは思えなかった。
必ず裏があるとは思ったが、断れば恥をかかされたとサイモンが大騒ぎするのが目に見えていたためソフィアは承諾した。
ダンスパーティー翌日、パートナーの印のコサージュを持ってサイモンが現れたのでソフィアは非常に警戒した。今までどのような集まりでも、サイモンが迎えに来たことは1度もなかったからだ。コサージュになにか呪いでもかけたのではないかと調べたが、至って普通の生花だった。
学園まで馬車に乗り、馬車のなかではサイモンはやたらとご機嫌にペラペラ喋り、パーティー会場に入ってからもサイモンはエスコートするのを止めずに友人たちに婚約者だと紹介した。サイモンの友人達はソフィアに微笑み歓迎するかのように振舞った。ソフィアは、サイモンが友人への紹介を終えた時点で、ソフィアの招待した友人に挨拶したいと言ってやっと傍を離れることができた。一瞬睨まれたが、すぐに嘘くさい笑みを浮かべた。
「僕も招待した子がいるから大丈夫だよ。行ってもいいよ。」
お伺いを立てたわけでないが、相変わらずソフィアの行動を管理するかのような物言いにぞっとした。
ソフィアがクロエとユーリア、ニックたちと合流し、マーベリック王子が生徒代表で乾杯のスピーチをした直後だった。
だれかが魔笛を鳴らし、マーロンド国の自由の象徴である虹色の蝶が会場を羽ばたいた。それは、魔法学園恒例の自由に演説させてほしいという合図だ。卒業パーティーでよくあるのは、玉砕覚悟で交際を申し込んだり、婚約者がいれば結婚の申し込みをするのが最近のはやりらしい。いったいだれだろうと皆が辺りを見回すと、サイモンがスタスタと司会者のいる壇上に歩み寄った。
「先日僕は、後学のために貴族議会を傍聴しました。そこでマーベリック貴族の政略結婚について意見を述べていらっしゃたことを紹介させてください。」
そんなこと、今ここで紹介しなくても、みなすでに新聞で読んでいる。なにを言い出すつもりだろうか?
「貴族の結婚は魔力を繋ぐために重要なことではありますが、当人たちの意思に反して結婚させられる悪習を失くすべきだとおっしゃっていました。同時に真実の愛についても考えを述べていらっしゃいました。私はそれに深く感銘を受け、勇気をもって幼い頃に無理やり結ばされた婚約を破棄します。」
会場がざわついた。
「ソフィア先輩、きっと悪役令嬢断罪劇をやるつもりです。」
いつのまにか隣に来ていたユーリアが囁いた。
悪役令嬢断罪劇とは、かつて魔法学園で実際に起きた愛憎劇を元に書かれた本で、有名な恋愛小説だ。傲慢な婚約者に愛想を尽かせた高位貴族が、爵位のない令嬢に恋し、その愛をつらぬいた話だ。傲慢な婚約者は相手の令嬢を亡き者にしようと企み、蟄居だか、島流しだか、極寒の修道院に送られる。それは作者によっていろいろ変わるが、とにかく婚約者は罰せられるのだ。え?もしかして、私が、悪役令嬢?
サイモンは続ける。
「私は、まだ幼い頃に、ゾーン商会の娘、わがままなソフィアに気に入られ、むりやり婚約を結ばされました。お恥ずかしいことながら、先代のグラフ家当主が投資に失敗し、資金繰りに苦労していた我が家の弱味につけ込み、金にものを言わせて強引に私と婚約したのです。」
ざわざわと会場が騒がしくなり、ソフィアの周りの生徒が潮が引くようにいなくなり必然的にソフィアに注目が集まった。
「今ではグラフ家も持ち直し、愛のない結婚はお互いに辛いから穏便に婚約を解消したいと何度も説得しましたが、それにも応じないどころか、昨年からは、一切連絡がとれなくなりました。グラフ伯爵家からはなんども文を送ったのですがなしのつぶてです。」
「仕方なく、今日こうしてここで宣言させていただきます。ソフィア、僕は君を愛したことなど一度もない、僕が真に愛しているのはウェンディ、君だけだ。」
気分が高揚しているのか顔を赤くしたサイモンは、その場に感極まったようにはしゃいで駆け寄るウエンディ・バロン男爵令嬢に膝をつき求婚した。
パチパチと2人を祝福するような拍手も起こった。ソフィアはサイモンの魂胆がわかりしらけた気持ちで事の成り行きを見守った。
「先輩大丈夫ですか?」
ユーリアとクロエも表情は繕っているが、かなり怒っているのがみてとれる。
「ウェンディとても嬉しい。でもソフィア先輩が怖いわ。」
ウェンディがサイモンにすがりつき、びくびくと怯えるようにソフィアを見た。その小動物のような可愛らしさは庇護欲をそそる。ソフィアも第三者として傍観していればきっと同情したであろう。
「心配しないでいい。あいつの今までやってきたことを皆に知らせるんだ。」
手と手を取り合い見つめ合う二人は、すっかり自作自演のお芝居に酔いしれているようだ。それとも、本気でそれを信じているのだろうか?
「もうひとつ、ソフィア・ゾーンが今まで行ったウェンディ嬢に対する様々な嫌がらせを告発します。ウェンディをいじめていたのを見た証人もいますが、報復を恐れて口をつぐんできた。しかし、僕は証拠の映像を入手した。もう言い逃れはできないぞ。」
そこで小動物がサイモンになにか耳打ちする。
「しかし、君がここで罪を認め、謝罪するなら穏便にすませても良いと彼女は言っている。」
いまや、会場は、悪役令嬢断罪劇を目の当たりにして興奮している。ソフィアは覚悟を決め、ニックとクロエとユーリアにも離れるように指示した。サイモンだけの独演会には決してしない。
サイモンは勝ち誇ったような目でソフィアを見ている。向こうが家の名前も出して、婚約を破棄すると公の場で宣言したのだ、ソフィアも容赦はしない。
「私とサイモン様の婚約破棄、喜んでお受け致します。どうぞ真実の愛を追求してお幸せになってくださいませ。しかしながら、我が家の名誉のために申し上ます。ゾーン家はグラフ伯爵家を脅して無理やり婚約を迫るようなことはしておりません。また、私がウェンディ嬢を傷つけるような卑怯な事も一切やっておりません。」
ソフィアが言い返してくるとは思っていなかったのか、しばらく絶句したサイモンだったが、ウエンディに小突かれて正気にもどったようだ。
「強情なやつだな。ここに証拠映像を流します。」
サイモンが映像保存具を取り出し、証拠だという映像が流れた。それは、パトリックとの仲を取り持ってほしいと迫り、ソフィアに断られ突き飛ばされたように倒れこんで泣く映像だった。続けざまに、過去にウエンディ嬢がソフィアに付きまとっていた頃の映像が流された。転ばされ、お茶をかぶり火傷をし、噴水の近くで転んで持っていた本が水の中に落ち、弁当箱をひっくり返して泣いている様子が写しだされていた。
「こんなに華奢で可憐なウェンディが、ぼくのために話し合いに応じてほしいと何度も頼んでも君は話を聞くどころか、嫉妬にかられ彼女に嫌がらせをした。」
そうだそうだとサイモンのまわりの生徒が騒いだ。ソフィアに嫌がらせをしていた生徒たちだけでなく、他の生徒たちもサイモンの茶番に乗せられている。このような程度の低い芝居に、洗練された貴族の子息令嬢が踊らされるのかと可笑しくなった。
「何をにやついてるんだ。」
「いえ、その程度の証拠映像で私を陥れるつもりだったのかと思っておかしくなってしまいましたの。それらの証拠映像は、ウェンディ嬢に都合の良い角度で撮影されたものです。それを証拠に私が嫌がらせをしたと糾弾するなんてお粗末ですわ。」
「しらをきるつもりだな、君の最大の悪事の証拠映像をだそう。」
ソフィアに似せた後ろ姿の女生徒が、階段の上からウェンディを突き飛ばし、ウェンディが落ちるという映像だった。真実であれば、ウエンディ嬢が死んでも不思議はない体を張った演技だ。卑怯だが、度胸はあるようだ。
「どうだ、ウエンディはお前のせいで大けがをしたんだ。近くを偶然通りかかった治療科の生徒が治療していなければ命が助からなかったかもしれない。これは殺人未遂だ。お前のような悪女に、伝統ある魔法学園の主席卒業など相応しくない。主席卒業を撤回し、すぐに学園から追放するべきだ。」
「仕方がありません。それでは、私からも証拠映像を提出します。」
ソフィアが手にしていた小さな鞄から映像保存具を出し、サイモンの映像と並ぶように、同じ出来事を違う角度から撮影した映像が流された。
ウェンディ嬢が自分で転び、お茶をこぼし、水に本を落とし、弁当箱をひっくり返しわんわん泣いている映像だ。
パトリックとの仲をとりもってくれと懇願するウエンディの映像も流れた。
『パトリック様とどうしてもお話がしたいんです。私に一目会えばパトリック様も私が真実の愛だと気がつくはずなんです。』
ウエンディがはっきりパトリックと口にしたときに、サイモンが動揺した。どうやらそのことは知らなかったようだ。
「うそよ。これは偽造だわ。ソフィア様酷い。どうしてこんなことをするんですか。ウエンディただサイモン様と話し合ってもらいたかっただけなのに。サイモン様信じて、私あんなこと言ってないわ。」
「お前はなんて狡猾な女なんだ。いつもそうだ俺の言うことは聞かずに勝手なことばかりする。それに階段からウェンディを突き落とした罪からは免れられないんだぞ。」
「それでは、私におまかせください。」
そう言って出てきたのはエメルダ様だった。エメルダ様は、裁判に提出される証拠映像の真偽を確かめる魔法の使い手として有名だ。エメルダ様が魔法を使うと、証拠として提出された映像が巻き戻り、元になった映像が流れた。
階段を登り切ったところで、女生徒の制服を着てにソフィアの髪色とおなじかつらをかぶった男子生徒が、だれかを突き飛ばしたように手を張り出す。そのあと、階段をかけ降り3段ほどのことろから階段の下に立っているウエンディ嬢を軽く突き飛ばし、ウエンディ嬢がその場に倒れる様子が写しだされていた。
会場はさらに騒がしくなった。
「違う、私は悪くありません。その、そう、脅されたんです。私は被害者なんです。私怖い。」
そう言って、近くにいた取り巻きの男子生徒にしがみつき、サイモンから離れた。真実の愛というものは、移ろいやすいもののようだ。はっきり誰に脅されたと言わ無かったが、必然とサイモンに非難の目が向けられる。
ウエンディを失った悲しみか、ソフィアへの憤怒の情か サイモンは恐ろしい顔でソフィアを見つめている。




