ソフィアからまれる
学園生活最後の夏季休暇を終えて、最終学年を前に、ソフィアたち4年生は、高等部に進学してきた生徒のための高等部進学生説明会の運営委員会として働いた。委員長はマーベリック王子である。ソフィアは選択科目の登録について説明する係を受け持った。
マーベリック王子が入学してから、女生徒の高等部進学率は高い。
王子の最終学年である今年も、どうにかしてマーベリック王子と接点をもちたい女子学生たちが多数進学してきた。彼女たちはの意気込みは凄まじく、マーベリック王子が過去に受講した講義や、それを受け持った教員をすでに調べ尽くしており、それらの講義に女生徒が集中するなど混乱は多い。
元凶のマーベリック王子は、入り口で、資料の入った封筒を配るという1番簡単な仕事をしている間、ミシェルは一年生の講座の組み方の相談を受ける、一番厄介な係をしていた。
「あのー、ウエンディは、マーベリック王子と同じ講義を登録したいの。どうしたらいいですか?」
甘ったるい話し方の美少女に相談された。
「あのね、一回生が、マーベリック殿下と一緒に学べる講座はないのよ。」
「えー。でも選択科目なら学年に関係なく受講できるって聞きました。」
「マーベリック王子は、それらの科目はすでに修得済みです。」
今日、何十回目になる説明を繰り返す。
「それなら、マーベリック王子は次に何を登録するの?」
「詳しいことは存じ上げませんが、応用などの講義を受講されると思います。」
「じゃあ、それにします。」
「1年生が、応用講座を受けるためには、飛び級試験を受けて、優秀な成績治めることができれば許可されます。」
「ウエンディお勉強頑張るから大丈夫よ。」
ものすごいお馬鹿なのか、ヴィクトールのような天才か?凡人のソフィアには判断できない。
「それでは、進級試験を受験するためには、中等部の成績と教師からの推薦状が必要です。詳しくは、あちらの13番の係の生徒に聞いてください。」
13番はパトリックだ。マーベリック絡みの話で、全く話の通じない女生徒が最終的にたどり着く場所である。ソフィアは既に10人ほどパトリックの元に送っており、玉砕して、涙を流して去っていく子を何人もみた。どうか恨まないでおくれと思いつつ仕事をし、説明会は無事に終わった。
新年度が始まってすぐの頃、ソフィアが移動教室のために廊下を歩いていると、キャーと甲高い声が聞こえて、ソフィアの横で女生徒が派手に転んだ。彼女はなぜか水の入った桶を手にしていたようで、桶の水を器用に頭からかぶり、しくしくと泣き始めた。
「ごめんなさい。許してください。」
「大丈夫?けがはない?ちょっと乾かすわね。」
魔法で濡れた制服を乾かし、水浸しの廊下もきれいにした。そこで、この美少女に見覚えがあるのに気がついた。マーベリック王子狙いの1年生だった。
「どこか痛いところはない?治療室に行きましょうか?」
しくしく泣き続ける少女に困っていると、向こうからパトリックとマーベリック王子が歩いて来るのが見えた。助けをもとめようと手を振ると、なぜか二人とも、急にくるりと向きを変えすごい速さで遠ざかって行ってしまった。仕方がないので周りを見渡し、適当に体の大きな生徒に、治療室に連れていくのを手伝ってもらえないか頼んでいると。
「ウエンディ、もう大丈夫です。」
すくっと立ち上がり、スタスタとどこかにいってしまう。
「ねぇあなた、桶を忘れてるわよ。」
ソフィアの声がむなしく廊下に響いた。
それから、ウエンディという名の美少女は、なにかとソフィアの前に現れるようになった。
ウエンディは大きな茶色の目の美少女だ。柔らかそうな栗毛を左右の高い位置で結わえそれをくるくる巻いた髪型が良く似合う。非常に愛らしい女の子だが、残念なことに彼女は異常にどじだった。何でもないところで転び、物を落として壊し、お茶をこぼしては涙を流すのだが、はたから見ると、いっしょにいるソフィアが意地悪をして泣かせているように見えるらしく、彼女の友人だという男子生徒から責められることが何度もあった。
極めつけは、自分で作ったという昼食を庭園で一緒に食べようとソフィアを誘っておいて、食べる前に盛大にひっくり返し大泣きしたことだった。秋晴れの気持ちの良い昼でたくさんの生徒が庭園にいたのでかなり目立ちとても居心地の悪い思いをした。
悩んだ末、打開策として、ウエンディを魔道具の会に入れて、会室で交流すれば良いと考えてパトリックにお願いしたが、却下された。
「どうして?たしかにお馬鹿っぽいけど、一生懸命な子なのよ?」
「あの、嘘泣きの、わざとらしい娘だろ。だめだね。」
「会ったことあるの?」
「説明会の時に、俺のとこに寄こしたの忘れたのか?。」
「そういえば、そうね。でも、お友達がいなくて寂しいのですって。」
「ぼくもあの子は苦手だな。」
マーベリック王子でさえ反対したので、ウエンディの入会は実現しなかった。ソフィアは中等部の頃の自分と重ね合わせ胸を痛めていると、クロエとユーリアが4人でお茶をしようと誘ってくれた。
「ウエンディ、今度の休日、私の友人と一緒にカフェにいかない?」
「パトリック様とですか?」
「3年生なの。とても話しやすいのよ。」
「それって、マイーデ公爵令嬢と、従姉妹のエナジ子爵令嬢ですか?」
「そうよ。2人とも、とっても話やすいのよ。」
「嫌です。エナジ子爵令嬢はウエンディに意地悪するんです。ウエンディやってもないことで理不尽にもみんなの前で責められて、本当に怖かったんです。」
ウェンディがさめざめと泣き出したのでソフィアは狼狽えてしまう。周りの生徒がチラチラとこちらを見ている。上級生が下級生を泣かせたように見えるのだろう。
「ウエンディ、泣かないで。きっと何か誤解があったのよ。ユーリアは意地悪なんてしないわ。」
「私のこと信じてくれないんですか?」
悲しそうに美少女がソフィアを見上げてきた。
「ウエンディのこと信じてください。本当にユーリア先輩に意地悪されたんです。ソフィア先輩が信じてくれないと、ウエンディ悲しいです。」
ウエンディの大きな茶色の目がソフィアをまっすぐ見つめてくると、なんだかくらくらする。もしかしたら、ユーリアが意地悪したのかもしれないと一瞬脳裏をよぎったが、慌ててその考えを振り払う。ユーリアはニックには厳しいが、意味もなく人をいじめたりしない。
「ウエンディ、ユーリアはとても思慮深くて公平な子よ。会って話し合えば誤解が解けるわ。ぜひ一緒にカフェに行きましょう。」
「行きたくないです。ウエンディなんだか気分が悪くなってきたから失礼します。」
「それなら付き添うわ。」
「いいです。1人考えたいんです。」
いったいユーリアとの間に何があったのか分からないが、すっかり機嫌をそこねてしまった。少し様子を見ていると、いつもの男子生徒が現れて付き添って行くようだった。
放課後、魔道具の会で、ウエンディとのやり取りをユーリアとクロエ、ニックに話した。
「ユーリアにいじわるされたと誤解しているみたいなの。」
「私、意地悪しましたよ。」
「えっ?」
ユーリアの衝撃の告白にソフィアは驚きのあまり大きな声を出しユーリアを2度見してしまった。ニックも驚いているが、クロエは知っていたようだ。
「話せば長くなるんで、簡単に説明しますね。私の知り合いの子が、去年クラス中の子から無視される酷いいじめにあったんです。そのいじめを影で扇動したのがウエンディでした。だから、証拠をつかんでとっちめてやりました。」
「それなら、ユーリアは、意地悪したことにはならないんじゃないか?」
「腹立たしいので、少々意地悪もしました。」
「あの可愛らしい子リスみたいな子がいじめ?」
「みんな見た目に騙されるんですよ。真の姿はものすごく性悪なんです。」
「でも中等部のいじめの証拠なんかよく掴んだな。ユーリアそんな才能もあったのか。すごいな。マルコみたいだ。」
ニックが、尊敬のまなざしでユーリアを見つめる。
「もちろんマルコに手伝ってもらいましたよ。流石に高等部にいながら中等部のことを調べるのは限りがありますからね。」
マルコは高等部には進学してこなかった。魔法学園入学前からお世話になっている調査所事務所に就職した。
「ウエンディはすごい嘘つきなんです。それも、巧妙に相手の話を熱心に聞いて心許した後に嘘をつくんです。自分の不幸な話をして、同情させて、いいように操るんです。あれも才能なんでしょうかねー。」
ソフィアも心当たりがある、確かに誤解されやすく友達のいないウエンディに中等部の頃の自分を重ねて同情した。
「それで、あなたの知り合いは、もう大丈夫なの?」
「悔しいことに、故郷に帰ってしまいました。」
「ウエンディはどうしたんだ?」
「あの子は証拠を突きつけても、やってないと言い張りましたよ。まぁ、その後、彼女の正体を知ったクラスの子は距離を置くようになったみたいですけど、それでも信じる男子生徒は何人かいるみたいです。」
「人は見かけに寄らないのね。」
「あの子のたちのたちの悪いところは、誰かを踏み台にしていい顔する所です。ソフィア先輩もいきなり傍で泣かれたこと何度もありましたよね。あれ、先輩があの子に意地悪したことになってるんです。男子に私が我慢すればいいことだからー。とかくそ寒いこと言ってるんです。馬鹿な男たちは、健気な子だって庇うんです。」
確かに、お茶をこぼして火傷をしたときや、弁当箱をひっくり返した時には周りから冷たい視線を感じた。ウエンディが泣くとソフィアが泣かしているように見えるのではと心配したことも多々ある。
「そうだったの。気がつかなかったわ。でもどうして私に前もって教えてくれなかったの?」
「先輩から、桶の水かぶり美少女の話を聞いて、ウエンディのつぎの標的が先輩なんだと確信したんです。だから、先輩が貶められないように、証拠を押えておきたかったんです。」
「そこまで考えてくれてありがとう。それにしても、どうして私に声をかけてきたのかしら?」
「ちょっと前まではマーベリック王子のこと、追いかけていたわよね。」
「そういえば、進学説明会でも同じ講義を受けたいってわがまま言ってたわ。」
「あ、それならはっきり王宮から文書で王子に接近することを禁止すると書面で通達されたそうですよ。」
クロエによると、ウエンディがマーベリック王子にあまりにもつきまとい、王子の学業に支障があるからという理由で、正式にウエンディの実家であるバロン男爵家に文書で通達されたらしい。
「え?そこまで?情熱的な子なのね。」
「ソフィア先輩はっきり執念深いと言ってください。」
「マーベリック王子を諦めたというのなら、パトリック先輩狙いかなー?」
のんびりとニックが呟いた。
「ニックのくせに、冴えてるじゃない。きっとそうよ。パトリック先輩に間違いないわ。パトリック先輩には自分の力で近づくことができないから、ソフィア先輩に取り持ってもらう魂胆ですよ。」
パトリックが来たので、ユーリアが嬉々として今までの話をした。
「気持ち悪い。俺あーゆー女無理。手紙とか贈り物とか絶対に預かって来るなよ。そんなことすれば、おまえも、ここの立ち入り禁止するからな。」
パトリックに釘をさされた。
その後、ニックの予想が大当たりし、パトリックに恋している告白され、思いを伝えたいから会えるようにしてくれと頼んできた。
「ソフィア先輩だけが頼りなんです。」
キラキラと大きな茶色の目で見つめられると非常に断りにくい。しかし、パトリックには、なにかすれば、魔道具の会の活動以外で部屋の使用を禁ずる刑に処すと通達されていた。ソフィアの大切な居場所をあきらめてこの子のお世話をするほどお人良しではない。
「彼、今は誰ともお付き合いするつもりはないみたいなの。」
「そんな、一言気持ちを伝えたいんです。」
ウエンディの目をみていると、なんだかくらくらする。一言気持ちを伝えるくらいならいいのじゃないかと思えてくる。
「ソフィア先輩、つぎの講義はじまりますよ。」
ユーリアの声にはっとする。次の講義は3,4年合同実習で、ニックとユーリアといっしょだった。
「ウェンディーさん、この件は、私には無理だわ。ごめんなさいね。」
それだけ言って、ユーリアのもとに駆け寄った。
「ユーリア本当に助かったわ。ありがとう。」
「あの子は危ない子です。先輩気をつけてください。万が一呼び出されても一人ではぜったいに行かないでくださいね。」
面倒な子にかかわってしまった。ソフィアは深いため息をついた。




