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幕間 フィーリア、遺跡の死闘




「さっさと来なさい、遅いわね!」

「ちょ、ちょっと待ってくださいフィーリアさん。早いですって……」


 薄暗い岩壁のの通りを歩くのは、Sランク冒険者であるフィーリア。

 そして付添い……というよりも、仮のパーティーの一員である金髪の青年──Bランク冒険者キッドだ。

 先頭を歩くフィーリアは一度も足を止めることなく、ぐんぐんと奥へと進んでいく。息を切らすことはなく数時間歩きっぱなしのフィーリアとは対照的に、後ろからついてくるキッドはぜぇぜぇと苦しそうにしている。


 その時点で、キッドは自分とフィーリアの格の差を感じていた。

 自分よりも若く、さらに言えば女に、これほどの体力差を見せつけられるとは。

 美しい外見だがクソ生意気で、歯向かったところで返り討ちにされるに違いない。キッドは今さらながら、何でこんな女についてきたのかと後悔していた。


「もうすぐ目的の場所よ。気合い入れなさいよ、Bランク」

「分かってますよ、ったく……」


 現在、彼女らはオルデーティアの西にある洞窟──いや、遺跡に来ていた。

 この遺跡は最近新たに見つかった遺跡であり、まだ詳しく調べられていない場所だ。


 彼女たちの依頼とは、この遺跡の調査である。

 ここに何があるのか、どんな魔物が潜んでいるのか。いずれ本格的な調査をすることになるからこそ、現時点でできる限りの調べるということだ。

 何の資料もないゆえに危険な依頼だが、そのかわりに仕事中に見つけたアイテムが依頼報酬として手に入れることができる。


 危険だが旨味はある。つまりそういった依頼だった。

 そして遺跡の通路の奥から、並々ならぬ気配を感じたフィーリアは、遂に終わりが見えたと思った。


「さ、行くわよ。準備はいい?」

「い、いつでも、いいっす」

「声、震えてんじゃない」

「ぐっ……」


 とにかく準備は整った。息を一度吐き、そして。


「──行くわよ!」


 強く地を蹴って、フィーリアが走り出した。

 岩陰から一気に身を出し、目標の場所へと進む。そこにいたのは、巨大な牛の怪物だった。


『グオオオオォォォッ!』


 赤黒い体毛。炎のように燃える真っ赤な瞳。歪で大きい岩の戦斧。

 その外見は牛の魔物……アステリオスと酷似しているが、体表中に刻まれた、赤く発光する幾何学な紋様から、通常のそれとは違うようだとフィーリアは判断する。

 ならば亜種だろうか。情報は少ない。が、そんなものは戦いながら得ればいい。

 フィーリアは愛用の長剣を握る手に力を込め、その怪牛へと肉薄した。


「たぁッ!」


 強烈な踏み込みから放つ高速の剣閃は、怪牛の膝を斬り裂いた。

 一瞬ぐらつく巨体。その隙を逃すほど、Sランク冒険者は間抜けではない。


「やあァッ──!」

『オオオオオッ!』


 晒された脇腹を目掛け、目にも止まらぬ刺突を繰り出すフィーリア。しかし怪牛は間一髪、左腕を間に挟むことで致命傷を回避した。

 狙いは外れたが、これで敵の戦力を削ることはできただろう。手に伝わる肉を貫く感触から、フィーリアは自身の優勢に口元を吊り上げた。


 さあ、更にもう一撃──そう思い追撃を放とうとしたフィーリア。だがそれより早く、


『グアアアア──!』

「ッ!?」


 怪牛の右腕が横薙ぎに振るわれた。

 岩の塊を無理やり武器としている、まさに自然の戦斧。そしてこの魔物の大木のように太い腕。それらが合わさることで生まれる威力と圧は桁違い。まともに受ければ瞬時に肉塊となるだろう。


 だが、ここにいるのは冒険者の最上位、Sランクの一人であるフィーリア。その並外れた動体視力で動きを見切り、常人離れした反射神経と運動能力で飛び退き、戦斧を回避した。

 ごう、と音が響き、風が巻き起こる。だが既にフィーリアは戦斧の射程から大きく離れた場所に着地している。その暴風は意味を成さない。


「……っ、でも面倒なのは事実、か」


 嘆息混じりに呟くフィーリア。

 確かにあの戦斧は受ければ一撃で死ぬだろう。だが当たらなければいいだけの話だ。ヒット・アンド・アウェイで攻めれば、いずれ必ず倒せるに違いない。

 ……そう、あれが並の魔物ならば、だ。


「フィ、フィーリアさん! アイツ、確かミノタウロスです! 遺跡の奥に、稀に現れるっていう……!」

「情報どうも。で、他には?」


 遅れて岩陰から飛び出したキッド。メモ帳片手に助言を出す彼に少し感心したフィーリアは、さらに情報はないかと言う。

 キッドは慌ててページをめくり、答えた。


「え、えぇと……どうやら、常時回復する能力を有しているらしいっす」

「それは見れば分かるわ。ほら、もう傷が塞がってる」


 指差すフィーリアの先、ミノタウロスの左腕の出血が止まっていたばかりか、その傷すらも消えていた。

 刺し貫いてから、まだ十秒と経っていないはずだ。それなのにもう回復しているとは。


 想像以上の治癒能力だ。倒すには一瞬で致命傷を与えるか、その回復能力を無効化する他ないだろう。


「何か弱点とか知らないの?」

「えぇと……以前見た古い文献には、胸の中央にある魔核を潰す、と──」

「あぁ──アレね」


 睨むフィーリアの視線の先に立つミノタウロスの胸元、鳩尾の場所に血液のように赤く光る球体が埋め込まれていた。

 なるほど、確かに弱点としては分かりやすい。むしろ罠なのではないかと疑ってしまえるほどに。


 だが、現状それしか情報もないし打開策もない。

 狙いが一点ならば攻めやすい。意を決してフィーリアは駆け出した。


「ちょ、フィーリアさん!?」

「アンタは援護お願い!」

「もう……炎よ!」


 キッドが手を掲げた。次の瞬間、その手の平から小さな火球が射出された。

 火球はミノタウロスの顔に当たり、一瞬だがその巨体が揺れる。


「でやぁ!」

『グオアアアアアッ──!』


 そこへ繰り出す、フィーリアの神速の斬撃。

 刹那の攻撃でミノタウロスの身体に無数の傷が刻みこまれ、激痛の叫びが遺跡を揺らす。

 その大きさから発せられる声音は、それだけで人体を破壊する超音波となる。事実、離れた場所にいるキッドでさえ、鼓膜が壊されないように耳を押さえうずくまる。


 だが、重ねて言うがフィーリアはSランク冒険者。その程度の障害では止めることは出来ず──


「そこぉ──!」


 がら空きの胸元を狙い、刺突を繰り出した。

 だが、ミノタウロスはそれを読んだかのように左腕を割り込ませる。それはまさに先の攻防の再現。

 フィーリアの剣は肉に刺さり、貫き、しかし剣先は魔核を目の前にして止められる。

 仕切りなおすしかあるまい。剣を引き抜こうとして……だが、動かない。収縮した筋肉に、剣が絡め取られたか。


「ちぃッ、面倒な……く!」

『ブオオオオオッ!!』


 それは明らかな隙であり、ミノタウロスはそこを狙う。

 動きを止められたフィーリア。その小さな頭を粉砕せんと 右腕の戦斧が落とされた。

 これも先と同じ、何もかもが再現である。であればまた、フィーリアは大きく後退することを強いられて──


「舐めんじゃないわよォ!」


 だが、フィーリアの行動は同じものではなかった。

 何故なら彼女は後退ではなく、その逆──さらに前へと進んだのだ。

 地面が陥没する程に強力な踏み込み。そこから放つのは、肩からの当て身だ。

 華奢だが、フィーリアはSランク冒険者。その身体能力は並みの人間を凌駕している。


『オオオオッ!?』


 僅かに揺らぐ巨体。倒すほどのものではなかったが、それで構わない。

 左腕の力が一瞬抜けたのを感じたフィーリアは、一気に剣を引き抜いた。

 そして──


「はあああぁぁッ──!」


 再現ではない。今度こそ、これが必殺の一撃となる。

 吸い込まれるように、フィーリアの剣先が魔核へと走り……それに突き立てられた。


『オ、オオオ……』


 水晶が砕けるかのような、甲高い音が響く。

 同時に、ミノタウロスの肉体に刻まれた紋様から光が失われ、その直後、大きく揺れたその身体が音を立てて地面へと倒れ伏した。

 そして、淡い光を放って消えていく。数秒もすれば、今までの存在感が嘘だったかのようにミノタウロスの姿は跡形もなく消え去っていた。




フィーリアの幕間、もう少し続きます。

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