5話 共に戦うということ
そして次の日。
城塞都市オルデーティアの入口前で、レイは人を待っていた。
陽は高く、時間的には正午前。早めに軽い昼食を摂ってから、ここで待ち合わせようと昨日の内に約束していたのだ。
そんな待ち人は──
「お、来た来た」
こちらに歩いてくる人物を見て、レイも口元を綻ばせる。
なんだかんだで楽しみにしていたらしい。目の前まで来た青年──ウィルに声をかけた。
「うす」
「あぁ。すまん、待たせたな
「気にすんな。俺は大丈夫だよ」
待ち合いの時間を少し過ぎたことを申し訳なく思ってか、ウィルは軽く頭を下げた。別にいいと返事をして、レイはもう一人の人物に気付く。
「あの、ウィル。こちらの方は……?」
「ああ。紹介するよ。彼女は──」
言って、ウィルが一歩下がる。その代わりに前に出てきたのは、小柄な女性だった。
栗色の長髪に、同じく栗色の瞳。
身に纏うのはウィルやレイのような鎧や胸当てといった防具ではなく、長いローブだ。それも随所に描かれた紋様などが特徴的なもの。
そして、先端に宝石が嵌め込まれた杖。
一目で分かる。それは、いわゆる魔術師の装備だった。
「初めまして。私の名前はクラリスと申します。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げた女魔術師──クラリス。
可憐な顔立ちに、穏やかな口調と雰囲気。そして礼儀正しい挨拶に一瞬見惚れてしまったレイは、ごほんと咳払いを一つし、口を開いた。
「あ、ど、どうもクラリスさん。レイっていいます。こちらこそよろしく……」
「はは。ガチガチじゃねぇか」
「う、うるせぇ」
茶化すウィルと、その様子を楽しそうに見つめるクラリス。
早くも自分の立ち位置が決まってしまいそうな感じがしたレイだが、この雰囲気も悪くはないと微笑んだ。
「よし、じゃあそろそろ行こうぜ」
「あぁ」
「分かりました」
そして、三人は並んでオルデーティアを後にする。
空はどこまでも青く、この冒険の道行きは素晴らしいものになると思えたほどだった。
◇◇◇
今回の依頼は、オルデーティアの東にある街との間の街道、その付近の洞窟に巣食った魔物を討伐してほしいという内容だった。
街道は単に街と街を繋げる道でもあり、また資源や物資が行き交う貿易の要だ。ゆえに安全は確立されてなければならないし、その街道の近くに魔物の住処があるのならば排除しなければならない。
情報では、洞窟に巣食った魔物はゴブリンらしく、まだそれほど規模も大きくはないらしい。
本来ならば低ランクの冒険者の仕事だが、まずはパーティー初の仕事として、各々の連携を確かめるという意味でウィルが持ってきた依頼だった。
「はぁ!」
襲いかかるゴブリンに上段斬りを放つレイ。ゴブリンは棍棒で防御したが、そのガードの上から斬り伏せた。
断末魔もなく沈むゴブリンを眺め、ふぅと息を吐く。そして、他の仲間はどうかと目を向けると……。
「おおォッ!」
ウィルの剛剣が一体のゴブリンを斬り裂き、返す刀でさらにもう一体を叩き斬る。
だが、まだ敵はいる。ウィルの背後から短剣を振りかざして走るゴブリン。すかさずレイが援護に行こうとする前に。
「火炎球ッ!」
放たれた炎の球がゴブリンに命中し、瞬く間にその肉体を炎が包み込み、瞬時に燃えカスへと変わった。
魔術を行使したクラリスは杖を下ろし、ウィルに声をかけた。
「後ろがお留守ですよ、ウィル」
「援護してくれるって分かってたからな」
「もう」
「…………」
和やかに話す二人の姿に違和感、というか何とも言えない雰囲気を感じたレイ。
単に仲間だから、だろうか。それにしては妙に距離が近いように思うが……。
「ん? どうかしたか、レイ?」
「あぁ、いや。何でもない、行こう」
ウィルに話しかけられたことで、レイは思案を終わらせる。
そうだ、今は余計なことは考えずに先を急がなければ。
そうしてまた三人は洞窟を進む。途中、現れたゴブリンの群れを倒しながらさらに奥へ奥へと進んで行ったところで、ウィルが口を開いた。
「よし、ここらで休憩しようか」
洞窟の中で休憩するのは危険ではあるが、いま彼らがいるのは窪みの部分。周囲は壁で、敵が来るとすれば正面しかない。ゆえに正面のみに気を向けていればいい。
軽い一休み程度ならば問題ないだろうということで、三人は腰を下ろした。
「レイ、クラリス。二人とも、大丈夫か?」
「あぁ、俺は問題ない」
「私も大丈夫です」
一息ついたところで、不意にレイはウィルとクラリスの様子に目を向けた。ウィルはクラリスのことを気にかけているようだし、クラリスも同様だ。
言うべきかと一瞬迷ったが、意を決してレイは口を開く。
「あの、さ……二人って、パーティー組んで長いの?」
「ん? 何で?」
「いや、結構仲が良さそうに見えるからさ」
そう、二人の距離の近さ。仲の良さはパーティーだ仲間だといった関係を越えて、まるで男女のそれのようで……レイの言いたいことを察したのか、ウィルは頭を掻いて言った。
「あー……実は俺ら、恋人同士なんだ」
「え、マジか!?」
「はい、実は……」
ウィルは苦笑して、クラリスは顔を赤らめながらそう告げた。
レイは驚くも、しかしどこか予想できていた答えでもあり、むしろそれは心の中にすとんと落ちた。
言われてみると二人の距離感は、仲間同士というより想い合う男女のそれだ。
快活なウィルと、お淑やかなクラリス。久しぶりに会った幼馴染みと初対面の女性だが、この短い時間で彼ら二人はお似合いだと思える程に。
「どういう馴れ初めだったんだ?」
「どうっていうか……冒険者になったばかりの頃、話が合ってパーティーを組んで……」
「気付けば互いに気になる相手になりまして……」
「そのまま……なぁ?」
「ねぇ……?」
「な、なるほど」
気になる出会いの話を振ってみれば、そのまま惚気話に移行していった。
ウィルとクラリスは照れて頬を染めながら、それでも聞いてくれとばかりに話を続けていく。
お互い苦労して冒険者ランクを上げてきたこと。
簡単な依頼から危険な依頼まで、二人で頑張りながら達成したこと。
些細な言い合いから、パーティー崩壊直前までいったこと。
それでも、お互い顔を合わせて話し合いを続け、さらに絆が深まったこと等々……別にそこまで聞いてないよと言いたいレイの気持ちに気付かず、二人は語る。
気付けばそれなりの時間が経っていたらしく、ウィルが「いかんいかん」と苦笑して立ち上がった。
「さて、それじゃ行くか」
「あぁ」
「はい」
そして三人は休憩を終え、洞窟のさらに先へと歩を進めていき──おそらく、そこが魔物の住処の最奥だろう。
三人は岩陰から顔を出す。視線の先、ほのかに灯りが漏れている場所から、下卑た笑い声が聞こえていた。
「あそこがゴブリンどもの巣だろう。レイ、クラリス。準備はいいか?」
「あぁ、俺は問題ない」
「私も大丈夫です」
「よし──」
岩陰から身を乗り出し、ゆっくりと足音を殺して進む。
だんだんと距離が近付いてきた。そして、もうすぐそこら魔物の笑い声が聞こえる。
パーティーの先頭であるウィルは飛び出す前に、最後の確認──岩陰から僅かに顔を出し、敵の数を数える。
敵はゴブリンが七体。たき火を囲うように円を描いて座り、そのさらに奥に、他よりも大きいゴブリンが一体。
錆びた金属で造られた歪な王冠を戴くそいつこそ、ここの王だろう。
目標は定まった。事前に決めていた作戦通りに動くために、最後に三人は顔を見合わせて頷き、
「──いくぞォッ!」
ウィルの号令と共に岩陰から飛び出した。
洞窟内に響く声に弾かれたように動き出すゴブリンたちであったが、気が緩んでいたためか咄嗟の行動ができていない。
この隙を逃すわけにはいかない。ウィルとレイは素早く駆け、まずは手前の二体を切り伏せた。
「よし!」
「次ィ!」
ここでようやくゴブリンも戦闘体勢に切り替わったが、それでもまだ遅い。レイ達の追撃によってもう二体が地に伏した。
『ギイィ!』
「させない──風裂斬!」
反撃に出ようと、ウィルに向かって迫るゴブリン。
しかしクラリスの放った風の斬撃が、一瞬でゴブリンの首を刎ね飛ばした。
「サンキュ! 愛してるぜ!」
「いいから、前を──!」
「ッ!?」
よそ見するなとばかりにウィルへと迫るゴブリンの凶刃。それがウィルの胸へと突き立てられる……直前、後ろから駆け寄ったレイの剣が、ゴブリンの背中を貫いた。
「集中しろよ、リーダー」
「へへ、悪い──なぁっと!」
ならば、今度はこっちの番だ。ウィルは不敵に笑い、大きく踏み出して剣を振るう。
その一撃はレイの後ろにまで迫っていたゴブリンを両断した。
「さすが、やるじゃん」
「お前もな、レイ……さて、あとは」
「だな」
これで七体。雑魚はすべて片付いた。
レイとウィル。二人は並び、剣を構えて前を見る。
視線の先には巨大な斧を振り上げたゴブリンの王が、怒りを湛えた目で睨んでいた。
おおかた、仲間をやられた怒りや、住処を荒らされたことで激昂しているのだろう。ウィルはふん、と鼻を鳴らし剣を持つ手に力を込めた。
「さぁ、親玉退治だ。どっちが先にとどめを刺すか競争するか、レイ?」
「いいだろう──乗った!」
「あ、おい!」
言うが早いか、レイは地を蹴った。
強烈な踏込から一気に肉薄。待ち構えていたゴブリンキングが斧を振り下ろす。
だが。
「遅い──身体強化!」
直撃の刹那、身体能力を大きく向上させたレイの身体が消える。
今までレイがいた場所に落ちる斧。しかし自身の得物は肉を斬った感触がない。
馬鹿なと驚愕に動きを止めたゴブリンキングのその後ろに、レイの姿が現れた。
「がら空きだぜッ!」
そして強化された上段斬り。ゴブリンキングは咄嗟に身を翻したが僅かに遅かった。レイの一撃は見事、ゴブリンキングの左腕を切り落とした。
『ゴアァッ!?』
「まだまだ、こっちもいるぜ!」
「こっちにもです!」
体勢を崩したゴブリンキングへ、更なる追撃が放たれる。
ウィルの剣は足を斬り飛ばし、クラリスの火球が顔を焼く。
そして洞窟に響く悲鳴を掻き消すように、強く踏み込んだレイが吠える。
「終わりだァ──!」
渾身の横薙ぎ一閃。それはゴブリンキングの首を飛ばすことに成功した。
支える力を失くした巨体がゆっくりと地面に倒れ、ズン、と重たい音を響かせる。
そして静寂が流れ……ようやく、ふうとウィルが息を吐いた。
「ボス討伐完了……だな」
「あぁ。そして、競争は俺の勝ちだな」
「しゃーねぇーな。今回は勝ちを譲ってやるよ」
「お疲れ様です、二人とも」
笑い合うウィルとレイ、そしてクラリス。
どうやら三人とも怪我はないらしい。依頼は完璧に達成したということだろう。あとは依頼達成の証拠として、魔物の爪や牙などの部位を持ち帰ればいい。
この場合、もっとも強い魔物であるゴブリンキングのものでいいだろう。顔を合わせて頷き、代表としてウィルが離れた場所に落ちたゴブリンキングの首に近づき、牙を引き抜いた。
「これでよし、っと……じゃあ街に帰るか」
「あぁ、そうだな」
依頼は終わった。あとはオルデーティアの冒険者ギルドに帰るだけ。
三人は踵を返し、ここまで来た道を戻って行った……その途中。
なんだかんだで、やっぱりパーティーは良いな、と思うレイだった。