3話 今日から一人
夜が明けて、次の日。
オルデーティアの裏路地で野宿をしたレイは、街が動き出すのと同時に冒険者ギルドへと向かった。
今日から正真正銘の一人だ。
何よりもまずは金がいる。装備を充実させる為にも、食事や宿といった生活の為にも。
手取り額はとりあえず少なくてもいい。手っ取り早く済ませて報酬が貰えるような依頼がないかと、賑わう冒険者ギルドの依頼掲示板を眺めていると、一つの依頼に目が止まった。
「薬草採取の依頼か……」
オルデーティアの外れの森で薬草を採取してほしい、という依頼だ。
薬草採取の依頼は、駆け出しの冒険者にもってこいのものだ。
報酬は安いが、街や人里からあまり離れていない草原、森などで依頼をこなすため、危険度も低い。
せいぜいが野生の獣か、ゴブリンなどの低級のモンスターが相手だろう。そもそも戦闘すら起こらない場合もあるが。
「懐かしいな。俺も昔、よくやってたっけ」
誰にでも初心者という時代があるもので、それはレイとて変わらない。
今ではSランクの冒険者となってしまった幼馴染みに付いていく形で高難度の依頼ばかり受けていたが、駆け出しの頃はこういった依頼を受けていたのだ。
しかし、今日からはレイはパーティーなど組んでいない、単独の冒険者だ。しかもDランクと、お世辞にも高いとは言えないランクだ。
一人で高難度の依頼をこなすには実力不足と判断したレイは、掲示板から依頼書を取り受付へと提出した。
「Dランクのレイです。これをお願いします」
「はい、ありがとうござ……って、レイさん? Sランクのフィーリアさんの?」
「えぇ、まぁ……」
「これ、薬草採取の依頼ですが……?」
依頼書を受け取った受付嬢の目が開かれる。
それも当然だろう。今までレイはフィーリアと共に行動し、多くの高難度の依頼をこなしてきた。
そんなレイが一人で、しかも駆け出しがやるような薬草採取の依頼など……と言葉には出さないが、受付嬢の視線がそう語っていた。
どう返すべきかな、と悩んだが、とりあえず隠さず答えようとレイは口を開いた。
「あはは……実は今日から一人なんですよ」
「え!? そうなんですか? でもどうして?」
「えぇーっと……」
フィーリアのパワハラに耐えれなくて、と言っていいものか。それは男として情けないと思われないだろうか。
答えに迷っていると、周囲から嘲笑気味に飛び交う言葉が耳に届いた。
「どうせ役に立たなくて捨てられたんだろうぜ」
「ついに荷物持ちですらクビか」
「ダッセェなー」
「っ……」
遠慮なしにあちらこちらから聞こえる言葉に、レイは静かに歯を軋ませる。
クビじゃない、俺の方から離れたんだ。むしろ俺がアイツをクビにしてやったんだ。
浮かぶ反論はいくつもあるが、どうせ言ったところで『無能の負け惜しみ』と笑われるだけだ。それならば今は我慢して、コツコツと評価を上げていけばいいだけだ。
「す、すみません……」
「え?」
「わたしのせいで……」
そう思うレイの前で、受付嬢は申し訳なさそうに目を伏せていた。
おそらく自分の追及のせいで、レイが小馬鹿にされたと感じたのだろう。
そう思われると、こちらもまた申し訳ない。レイは苦笑して大丈夫だと答えた。
「大丈夫ですよ。あんな風に思われるのも仕方ないって分かるんで」
「で、でも──」
「本当に大丈夫です。それより受理してもらっても?」
「あ、は、はいっ」
言われた受付嬢は依頼書に受理のサインを書き込み、それをレイに渡した。
もらった紙を丸めて道具袋に押し込み、レイは踵を返した。
「お、お気をつけて」
「どうも」
片手を上げ、答える。そして冒険者ギルドを出ようと出口へと歩を進める。
途中、ヘラヘラとした笑い声や、侮蔑するような視線を感じたが、レイは足を止めない。
そうだ、こんな連中に構ってられない。早くランクを上げて、強くなって。
そして、いや、そうすれば──そうすれば、何だ?
「なんで、強くなりたいなんて思ったんだ……?」
なぜ今、そんなことを思ったのか。別に強くなれなくても、一人で十分生きていけるだけの稼ぎさえあればいい。そう思ってソロの道を選んだのではないのか。
もちろん強くなれれば損はない。強くなれば、それだけ高難度の依頼を達成することができる。だから強さを求めるのは間違いではない。
でも今のは、強くならないといけないような、そんな脅迫観念じみたもので……。
「……いや、気のせいか」
だからレイは何かの迷いだと頭を振り、再び歩き出した。
ギルドの扉の向こうへと消えていくレイの姿を嘲笑うような目で見ていた者たちも、すぐにまた自分たちの話題へと移っていった。
そして冒険者ギルドに、いつもの騒がしさが戻ってきた。
その中で。
「……レイ?」
一人の青年が、レイの消えていった扉を訝しむように見ていた。
◇◇◇
「──こんなもん、かな」
オルデーティアの外れにある森の中で、レイは呟いた。
手に持った薬草入れの袋もいっぱいになった。これだけ集めればもう十分だろう。あとはこれをギルドに持ち帰り、報酬を貰えれば依頼は達成だ。
ここまででモンスターと遭遇することもなかった。特に危険もなく依頼を終えられそうだとレイは安堵の息を吐いた。
「それにしても、薬草採取とはいえ……やっぱり一人だとキツいな」
特段危険な仕事ではないが、体力を使う作業ではある。
薬草を見つける為に移動して、見つけたら腰を下ろして、作業を終えたらまた移動して……その繰り返しだ。
これがまた下半身に結構くる。単純作業ではあるが、身体への負担はそれなりだ。鍛えているとはいえ、やはり疲れてくる。
これがまだ二人だったら……と考えて、レイは首を横に振った。
「いや、これが俺の選んだ道だ。今さら泣き言なんて言ってられねぇな」
自分の選んだことだ。こうなることだって考えなかったはずもないだろう。
一人になるというのは、そういうことだ。何もかもを自分一人でやらなければならない。
生活、食事、仕事、戦闘。全て自分で行い、成功すれば自分の手柄だが、失敗すれば自分の責任。
そこに言い訳は許されない。
それが一人でやるということなのだ。そしてそれは自分で選んだんだ。
今さらどうのこうのと言ってはいられない。
「よしっ。んじゃあ、街に帰るかね──」
と、そう口にしたレイが踵を返した瞬間、がさりと周囲の草木が揺れた。
「っ──」
僅かに息を呑む。風で揺れたような、自然な音ではなかった。
明らかに、何らかの存在によって揺らされた音だ。
それが人間か、モンスターかまでは分からない。だが警戒した方がいいだろう。
レイは腰に差した剣の柄を握り、いつでも対処できるように意識を戦闘態勢へと
切り替えた。
やがて──
「ちょっと待ってくれッ」
茂みの中から、一人の青年が飛び出してきた。
切り揃えられた金色の短髪。整った顔立ち。
背が高く、銀色の鎧を纏いながらもその体格の良さが分かる。
「お前は……」
そして、その顔はどこか見覚えがあるとレイは思った。見覚えがある、というよりも、懐かしい感覚に近い。
何故だろうという疑問は、件の青年の言葉が答えになった。
「やっぱり……お前、レイだろ? 俺だよ、ウィルだよ!」
「ウィル──って、え? ウィル!?」
「ああ、そうだよ! 久しぶりだな!」
快活に笑う青年──ウィル。その笑顔を見て、ああ道理でとレイは思う。
何故ならその青年は、数年振りに邂逅したレイの幼馴染みだったのだから。