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2話 突きつける別れ




「あ、それはそこに置いといて」

「……あぁ」


 陽が沈み、夜になった。オルデーティアにある宿屋の部屋に戻ってきたレイは、散々付き合わされたフィーリアの買った物を部屋の隅に置いた。


 相当の量を買い込んだものだと、改めてレイは思う。

 あっちに行きたい、こっちに行きたい。あれが欲しい、これも欲しいと街中を歩き回り、持てる財産を惜しみなく放出していく爆買いっぷりに周囲の客は驚いていたが、レイにとってはこれもまた日常の風景。言われるがまま荷物を背負わされた。


 本当に、相変わらずの散財っぷりだ。

 今回のクエストで得た報酬の七割は使ったんじゃなかろうか。山積みになっている荷物を見て、レイはそう思う。

 同時に、その僅かでもいいので俺の報酬に上乗せしてくれとも。


 と、そう思っているとフィーリアが不思議そうに口を開いた。


「うん? 何してんのよレイ。さっさと部屋に戻りなさいよ」


 当然ながら、部屋は男女別となっている。低ランク冒険者であれば賃金をケチってパーティー全員を同室にすることもあるが、Sランクであるフィーリアにとってはそんなことをする必要はない。

 というよりもフィーリアの強い希望で別室とされてしまったのだが。


「…………」

「ん? どうしたの?」


 だが、レイはその場を動こうとしなかった。

 どうしたというのか。背中を見せているため、フィーリアにはレイがどんな顔をしているのか分からなかった。

 考え事でもしているのか、それとも無視でも決め込んでいるのか。

 どちらにせよ反応がないのは気に食わない。私の言葉を無視するなんていい度胸じゃないと、フィーリアが口調を強めようとした、その時。


「──話があるんだ」


 真剣な表情で振り返ったレイが、そう言った。


「……何よ、改まって」

「…………」


 その様子に少し困惑しながらも、決して表には出さずフィーリアが問う。

 いきなり真剣な顔をして、話がある? ただの荷物持ちが何だというのか。

 困惑したのは最初の一瞬だけで、すでにフィーリアの心は落ち着きを取り戻していた。いや、そればかりか話があると言ってきたくせに喋ろうとしないレイの態度に、苛立ちすら感じ始めた様子である。


 ベッドに腰掛けたフィーリアは腕を組み、眉をひそめてレイを見る。

 僅かに俯いた顔には真剣さが浮かんでいるが、同時に迷っているようにも見える。おおかた、どう切り出すか考えているのだろう。

 早く終わらせて眠りたいフィーリアは、舌を打って口を開く。

 

「あのねぇ。私、早く寝たいの。どうでもいい話なら明日に──」

「フィーリア」


 だが、それを遮られた。そして間髪置かず、レイが言葉を継ぐ。


「──俺は、今日限りお前とパーティーを組むのを止めようと思ってる」

「…………え?」


 言われた言葉が理解できず、フィーリアの口から掠れた空気のような音が漏れる。それが自分の声だとは気付かなかったが、別にどうでもいい。気にするべきはそこではない。


 今、レイは何と言った? パーティーを組むのを止める……そう言ったのか?

 なぜ? 意味が分からない。どうしてそういう話になったのか。

 レイの放った、たった一言によってフィーリアの脳内で様々な情報が濁流として流れていく。ようやく絞り出したのは、震えを精一杯抑えた問いだった。


「ど……どうして?」

「簡単な理由だよ。というか、逆に聞きたい。何で俺がパーティーを抜けるかもって思わなかったんだ?」

「ど、どういう意味よ」


 何だその質問は。まるで意味が分からない。

 だいたい、レイ(こいつ)がパーティーを抜ける可能性とやらを、なぜ自分が考慮しておく必要があるというのか。

 レイは荷物持ちで、それ以外に役に立たない。だから、私とパーティーを組んでいるからこそ報酬にありつけるのだ。口は悪いが、きっと心の中で感謝しているに違いない……と、フィーリアはそう思っている。


 だからレイの問いが分からない。

 答えに困ったように固まるフィーリアの姿を見て、レイは嘆息する。そしてボリボリと頭を掻いて冷たく言い放った。


「……分かった。もういい。分からないのなら、それで」

「…………」

「ただ、俺はお前のもとから離れ、これからは別々の道をゆく。これだけは変わらない」


 だから、じゃあな──と言って踵を返すレイ。そのまま扉の前まで進み、出て行こうとした瞬間、フィーリアが呼び止めた。


「待ちなさいよ。私と離れて、それで……アンタ、これからどうするつもり?」

「別に。冒険者の仕事は続けるし、細々と生きていくさ」

「……アンタ、一人で?」

「あぁ」

「そう……」


 背後で話すフィーリアの声が細くなった気がして、レイは訝しむ。

 らしくない様子だ。いつもフィーリアなら怒鳴り散らしてもおかしくない。というか、まず間違いなくそうなるだろうと思っていた。

 しかし、蓋を開けてみればこの展開だ。

 妙にしおらしいフィーリアを怪しく思い、レイは振り返って言った。


「意外に大人しいんだな」

「……なにそれ。どういう意味?」

「てっきり、怒鳴り散らして暴れ回るんだと思っていたからさ」

「……ふん」


 不満げにそっぽを向いたフィーリア。その姿が、やはりらしくない。

 一体どうしたというのか。疑問に思うレイの視線の先、フィーリアのゆっくりと開かれた。


「ねぇ、レイ。考え直すのなら今の内よ。今ならさっきの言葉も、聞かなかったことにしてあげる」

「…………」

「そうすればまた明日からも、アンタは私の、Sランク冒険者の荷物持ちとして報酬を受け取ることが──」

「くどい。もう俺は自分の意志を変えない。今日限り、お前とはさよならだ」


 らしくない、なんていうのはどうやら気のせいだったようだ。フィーリア(こいつ)は何も変わらない。いつも通り俺を不快にさせる言葉ばかり吐く女のままだ。

 胸の中でどろりとした汚い感情が蠢く気配を感じ、レイは再びフィーリアに背を向けた。


 もういい。早くここから離れよう。これ以上この場所にいると不愉快な気持ちになって、言わなくてもいい言葉さえ吐き出してしまう。そう判断したレイは今度こそ部屋を出て行こうとして。


「──結局、アンタは約束(・・)を守ってくれないんだね」


 その言葉に、何故か後ろ髪を引かれるような気持ちになった。

 理由は分からない。ただ、選択を誤ったかのような感じがしてならず、僅かに視界がぐらりと揺れた。


「……何だよ、それ。意味わかんねぇ」


 だから、そんな苦し紛れの言葉しか返せずに、レイは逃げるように部屋から出て行った。そして──


「……嘘つき」


 閉まる扉。その向こうへと消えていくレイの背中を、フィーリアが見送ることはなかった。




◇◇◇




「……こんなもんか」


 宿屋の自室で荷物の整理を終えたレイは、ふぅと息を吐いた。だが疲れているというと、そうではない。

 元々、ほとんどの荷物がフィーリアのものだっただけで、荷物係でしかなかったレイの持ち物は少ない。そもそも僅かな報酬しか得られなかったから、レイ個人の荷物が増えるということもなかったのだが。


「改めて見ると、やっぱ少ねぇな」


 布製の小さな道具袋(アイテムバッグ)。中に入っているのは幾つかの回復薬と、僅かな通貨だけ。これから新たな冒険者人生が始まると思うと心もとない気がするが、それでもあまり不安はない。


「そうさ。これから増やしていけばいいんだ。これからは、どんな依頼をこなそうと、全部俺の報酬なんだから」


 そう。不安というよりも、期待感の方が大きい。

 ここから先は、何をやっても自分の報酬となる。一方で、何をやっても自分の責任で、助けもない。

 しかし、それを選んだのは他ならない自分だ。


 自分自身で選んだ新たな人生──そこに期待を抱いている。


 そして、だからこそこの宿を出ていかなければならない。

 フィーリアというSランク冒険者のもとから離れると決めたのは自分なのだから。

 改めて決心したレイは道具袋を背負い、部屋を出た。


 泊まっていた宿は二階建てで、レイの部屋も二階。廊下を歩いて階段を下りたところで、受付に立っていた店主に声をかけられた。


「あら、お客さん。こんな時間に外出かい?」

「外出っていうか……」


 店主の男に聞かれ、レイは言い淀む。

 外出というより、ここを出ていくと言った方が正しい。

 それを言うべきか一瞬迷ったが、宿代は前払いだったし、それを払ったのはフィーリアだ。予定が変わったということで出て行って構わないだろう。そう判断して、レイは答えた。


「あの、フィーリアっていう冒険者と一緒に宿泊していた、レイっていいますけど」

「あぁ! あのSランク冒険者の姉ちゃんの付添いか」

「……あぁ、まあ」


 付添いって。別にそういうわけじゃないんだけど。

 そんな思いを何とか呑みこみ、レイは言葉を継いだ。


「すいません。俺だけ先にチェックアウトさせてもらいます」

「は? あの姉ちゃんはどうすんだ?」

「アイツはそのまま泊まっていきますよ。あくまで俺だけです」

「まぁ、金はもう貰ってるから構いはしねぇが……」


 店主は怪訝な表情を浮かべた。聞きたいことがありそうだが、客の事情に首を突っ込むのは気が引ける。そんな心情だろうか。

 面倒なことになる前に出ていくか。決めたレイは動き出す。


「じゃ、そういうことで。ありがとうございました」

「あ、お、おいっ」


 何かを言おうとした店主を置いて、足早に店の外に出たレイ。

 扉を開けた瞬間、夜風がレイの黒髪をふわりと揺らす。

 見上げれば、黒い夜空を彩る星々と、ぽつんと浮かんだ丸い月。

 新しい人生を始めるタイミングにしては、いささか静かな時間だった。

 ゆえに──


「……とりあえず、今晩はそのへんで野宿でもするか」


 やっぱり、始めるのは明日からにしよう。

 そう思ったレイは、とりあえず宿屋から離れようと歩き出すのだった。




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