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愛し合う二人の想いは、すべてに勝利するようです ~Omnia vincit Amor~  作者: 社畜総大将


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エピローグ

エピローグです。




 晴れた空。泳ぐ雲。そよぐ風。

 太陽は眩しく、まさに今日という日にうってつけの快晴だった。

 なんて清々しい日なのだろう。神よ感謝しますとばかりに満面の笑みを浮かべる少女は高らかに声を上げた。


「いよぉーし! 今日という素晴らしい一日から、ついにこのアタシ──レティシアの冒険者サクセスストーリーが始まるのだッ! にゃはははっ!!」


 黒い長髪、金色の瞳。

 細い手足と、どこがとは言わないが、やや貧相な身体。

 それでも整った顔立ちの少女──レティシアは快活な高笑いを家の前で張り上げていた。


 牧歌的な村だ。村人も特別多いというわけでもなく、だからこそ村人の目がレティシアに注がれる。

 しかしその視線に奇特な者を見るような感情はない。

 むしろ『またあの娘か』『レティシアちゃんは元気ねぇホホホ』といったような、元気な子供に向けられる微笑みだ。


 もちろんレティシアはそんなもの気にしてはいない。

 だが、付添いの者はそうではなかったようだ。


「レ、レティシアちゃん……恥ずかしいから変な笑い声はやめてよ……」

「変なとはなによ、クライム! アンタこそさっさと迎えに来なさいよ!」

「レティシアちゃんの着替えが遅かったからだろ……」

「ぐぬぬ……」


 金色の短髪に栗色の瞳。

 スラッとした長身で目鼻立ちも良いが、気弱そうな雰囲気を醸し出す青年──クライムはため息を吐いた。

 元はと言えば、レティシアが約束の時間になっても待ち合わせ場所に来ないから呼びに行ったのに、『今から準備するから待ってなさい!』などと言うからこんな時間になったのだろう。


 寝坊はこの娘の悪い癖だが、こんな日くらいはちゃんとしてほしいものである。

 口には出さずそう思っていると、レティシアがジト目で睨んでいるのに気が付いた。


「な、なに?」

「アンタ、今もしかして失礼なこと考えてなかった?」

「え!? い、いやぁ……」

「やっぱりっ! こうなったら痛い目にあわせて……んきゃ!?」


 恐い顔でクライムに迫るレティシアの頭に、ポコッと何者かのチョップが落とされた。

 涙目で振り返ったレティシアの先に、その男はいた。

 レティシアと同じく黒い髪。しかし目の色は違い、彼は黒色の瞳だ。


「こら。お前は何を家の前で叫んでるんだ?」

「お、お父さん……違うの、これはクライムが……」


 顔を青くして懇願するレティシア。だが男は腕を組んで眉間に皺を寄せた。


「問答無用。罰として銀貨一枚減らすからな」

「あぁ、そんな! ごめんなさい! アタシが悪かったからぁ!」

「謝るのならクライム君にな」

「ごめんなさいクライム! 何でもするから許して!」

「あ、うん。別にいいよ……」

「おまえ……女の子が何でもするからとか言うなよ」


 涙を浮かべるレティシアを見てため息を吐く男二人。

 大丈夫なのかこの娘は。二人の意見が一致した時、クライムは男に頭を下げた。


「お久しぶりです、レイさん」

「おう、クライム君もな。ウィルとクラリスは元気か?」

「えぇ。相変わらずのろけてますよ」

「ははは、変わらないな」


 やれやれと嘆息するクライムを見て、男──レイは苦笑した。

 親友夫婦はどうやら相変わらずで、二人の息子も苦労しているらしい。結婚して二十年、夫婦仲は良好のようだ。


「それを言うならお父さんとお母さんもじゃない」


 と、仕切りなおしたレティシアが頬を膨れさせて言う。

 何やら彼女も思うところがあるらしい。


「いっつも二人でベタベタしちゃってさ。見てるこっちが恥ずかしいったら──」

「レティシア? 何を話しているのかしら?」

「ひぇ、お母さん……」


 家の扉から音もなく現れたのは、一人の女性だ。

 金色の長髪に金色の瞳。美しい外見の女性が恐ろしい笑顔でレティシアに笑いかけていた。


「家庭の事情を、他人(ひと)様にべらべらと話すのは感心しないわね……そういう子に育てたつもりはないのだけど」

「はわわわ……」

「ねぇレティシア? お母さんの教育のせいかしら? どうかしら?」

「ひいぃぃ……」


 ぶるぶると子犬のように震え上がるレティシアの姿を見て、さすがに口を挟もうとレイが宥めるように言った。


「まぁまぁ、落ち着いてフィーリア。レティシアも馬鹿じゃない、一人立ちしたってそこには気を付けるだろうさ」

「レイ……」

「ただ、ちょっと頭が残念なだけなんだ。ここは許して、気持ちよく見送ってあげようぜ」

「そうね……貴方が言うのなら」


 レイとフィーリアは微笑む。その空気は信じ合い愛し合う男女のもの。

 そしてレティシアは寛大な心で助けてくれた偉大なる父親へと尊敬の眼差しを向ける。


「お、お父さん……ん? いまアタシ、もしかして馬鹿にされてなかった?」

「ま、まあまあ」


 何かに気付きかけたレティシアに、クライムが考えるなと制止をかける。

 そして肩を叩いた。


「じゃあそろそろ行こうか、レティシアちゃん。早く行かなきゃ、オルデーティアに着く頃には陽が暮れちゃうよ」

「おっと、そうね。じゃあお父さん、お母さん。行ってくるね!」

「あぁ。気をつけるんだぞ」

「行ってらっしゃい」


 そうして少女は一歩を踏み出す。

 これは彼女の大きな一歩。これから始まる大冒険への第一歩なのだ。

 だからこそ、愛してやまない両親に涙は見せない。

 見ていてほしい。いつか必ず偉大な人物となって、その女の両親だと自慢させてあげるから。



「行ってきますっ!」



 大きく大きく手を振って、 生まれ育った村を出ていく。

 未来は眩しい。無限の可能性に満ちている。何でもできると思える程に。

 いや、できる。きっとできる。

 自分はきっと最強の冒険者になれるのだと──Sランクの冒険者である両親を持つ自分なら、絶対になれるのだと信じて疑わない。


 晴れ渡った午後の空の下。

 冒険者ギルドへと向けて、オルデーティアへとレティシアは旅立っていったのだった。






 姿が見えなくなるまで振っていた手を下ろし、フィーリアは呟いた。


「……ねぇレイ。あの子、大丈夫と思う?」

「ふむ……」


 聞かれたレイは、顎に手を添えて少し考える様子を見せて、すぐに笑って言う。


「きっと大丈夫さ。俺と君の娘だろ。それにクライム君や、オルデーティアにはウィルたちもいる。心配ないさ」


 そう言われてフィーリアは顔を綻ばせた。

 少しは心配な気持ちが和らいだようだ。


「……そうよね。あぁ、これが子供を送り出す母親の気持ちかぁ」

「寂しいかい?」

「……半分くらい」

「もう半分は?」

「子供の成長が見れて嬉しい気持ち、かな」

「なるほど……俺もだよ」


 そして、どちらからともなく手を握る。

 もう何度となく握ってきた愛する者の手。それだけで、二人の心は自然と穏やかになっていった。

 ふわりと風が吹いて、優しく二人を撫でていく。

 確かに愛娘の旅立ちの日には、絶好の風だった。


「これからはまた、二人の生活だ。少し静かになるけど、改めてよろしく。フィーリア」

「ふふ。こちらこそよろしくね、レイ」


 ゆっくりと唇を重ねていく。

 ああ、本当に久しぶりだ。こんな気持ちは。

 まるで初めて──いや、ようやくお互いの気持ちに気付いたあの時のようだ。


 これからまた新しい毎日が続いていく。

 けれど、二人の愛を別つことは誰にもできはしない。

 たとえこの先何年、何十年という月日の中で、あらゆるものが二人の前に立ち塞がったとしても、何一つも問題はないだろう。


 何故なら愛し合う男女の想いとは、全ての障害を薙ぎ倒し粉砕し、完全勝利するものだから。




◇◇◇




 オルデーティアの道のりの途中には、当然ながら魔物が現れる。

 そんなときの為に道案内兼用心棒としてクライムが付いているのだ。


「やぁっ!」


 剣を振るい、猪の魔物を斬り捨てたクライムはすぐに次の魔物へと標的を変えた。しかしすでにもう一頭の猪はレティシアへと突進を始めており、クライムの攻撃は間に合わない。


「あぶない──逃げて、レティシアちゃん!」


 その悲痛な声より、猪の方が早い。

 魔物はレティシアの貧相な身体など一撃で粉砕するだろう。

 最悪な事態を幻視したクライム。しかし結果は想像を外れるものだった。


「ふっふっふ……このアタシが逃げるわけないでしょ」


 ざん、という斬撃音。直後、猪の魔物は崩れ落ちた。

 何が起こったのか。驚愕するクライムの視線の先に、剣を構えるレティシアの姿があった。


「レティシアちゃん……それは?」


 確かに彼女は旅の荷物にそういったものを背負っていた。布に包まれたそれは恐らく剣だろうと思っていたが、どうやら当たりだったらしい。

 だが、少し変わった剣だった。

 華美な装飾はない、何の特徴もない武骨な剣。


 目を引いたのは、刀身に嵌め込まれた一つの宝玉だった。


「家にあったお宝よ! ……名前は何だったか忘れたけど。お父さんとお母さんの目を盗んで持ってきて正解だったわね!」

「えぇ……大丈夫なの? きっと二人とも探してるんじゃ……」

「大丈夫よ! ただのロングソードだって言い訳してきたから!」

「それ、大丈夫なのか……?」


 何はともあれ、結果的に武器を持ってきていて正解だったのは確かだ。

 レティシアは剣をまっすぐに構え、強気に吠えた。


「さぁかかってきなさい、イノシシども! 冒険者になる前の肩慣らし! Sランク冒険者の親に育てられたアタシの剣技、とくと見るがいいわ! くくく……にゃーはははッ!!」


 その声に、剣に嵌め込まれた宝玉が光を放つ。

 暖かくて、優しい、ほんのりとした輝きだった。




 そうして物語は続いていく。

 彼と彼女の後にも、そのずっと先にも。




これで完結です。

ありがとうございました。

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