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愛し合う二人の想いは、すべてに勝利するようです ~Omnia vincit Amor~  作者: 社畜総大将


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9話 愛する心を剣に変えて




『ギャアアアオオオオ──ッ!!』

「うわ、と……!」


 剣を突き刺したことで、エンシェントドラゴンが大きく身体を揺らす。危うく振り落とされそうになったレイは、しがみ付く腕に更に力を込めた。

 ダメージを与えることには成功したが、それでも倒すには至らない。できれば今の一撃で倒したかったのだが。


「クソ、もう一回──わっ!?」


 ならばもう一度、と剣を抜いた瞬間、エンシェントドラゴンは空中で激しく動く。

 右に左に、上に下に。あるいは旋回し、背中に張り付いた異物を振り落とそうと動き続けた。


 それは全て高速で、かつ凄まじい力だ。

 レイはしがみ付くことに必死になる。だから一瞬、手の握力が緩んだその瞬間、持っていた剣を落としてしまった。


「あぁ……クソ! すまんウィル、ってそんなこと言ってる場合じゃないな!」


 地上を目指して徐々に小さくなっていく剣から意識を離し、レイは現状をどうにかしようと考える。

 だが、どうすればいい。

 武器はない。あるとすれば、フィーリアが持つその一本だけ。それを使うには、フィーリアを救うしかない。だったら……。


「……へっ。最初から、そのつもりだってんだ──身体強化(ブーステッド)!」


 それしかないのなら、それだけを考えろ。それだけに全力を尽くせ。

 意を決したレイは自身の身体に強化の魔術をかけ、不安定な竜の背中を這いつくばって移動する。

 ゆっくりと前方に、あの口元へと。


『グオオオオオオォォォ!』

「ッ──!」


 もちろん、エンシェントドラゴンにとっては邪魔な虫にしか思わない。

 翼をはためかせ、更にさらに上空へと飛んでいく。

 急激な高度の変化によって身体が軋む。血が、肉が、骨が悲鳴を上げている。


 けれど──構うものかよ。

 なおも進み続けるレイは、ついにドラゴンの顔の上まで到着した。そして強化した拳を振り上げて、


「返せよ、フィーリアを……俺の大事な人を、返せええぇぇッッ!!」

『ギャアアオオオオオッ!?』


 全力で、それを叩き込んだ。

 強固な竜の額。当然ながら殴ったレイの拳も大きな痛みを伴ったが、脳に近い箇所を叩かれたことで意識がブレたエンシェントドラゴンは悲鳴を上げ、口元を緩めた。

 そうすればどうなるか。挟まっていたフィーリアもまた離され、その華奢な身体が宙に放たれた。


「っ、フィーリア!」


 レイが叫ぶも、フィーリアからの返事はない。

 傷だらけだったフィーリアの意識は戦いが始まった時から朦朧としており、この極限の状況から解放されたことで一時的に気を失ったのだ。

 壊れた人形のように、力なく落ちていくフィーリア。

 それをただ黙って眺めているわけにはいかない。何のためにここまで来たのか。


 守る。必ず。そう約束しただろう──!


「ううおおおおおおっ──!」


 迷いも逡巡もなく、レイはエンシェントドラゴンの背中から手を離す。当然レイの身体は重力に従い、地上を目指して落ちていく。

 だが、知ったことか。そんなものよりも大事なものがあるんだ。

 だから。


「フィーリアアァァ──!!」


 空中で泳ぐように腕を振り回して、落下していくフィーリアへと近付き、手を伸ばす。


 この高度はかなりのものだが、それでも時間はない。

 この手を伸ばして、そして仮にフィーリアがそれを掴んで──その後はどうする? 二人仲良く大地に直撃するのか?

 頭の中にいる、どこか冷静な自分がそう問いかけてくるけれど……レイは強く頭を振った。


 ──だから、どうでもいいんだそんなことは。


 大切なことは今、この瞬間。

 この手を伸ばすことだけ。だから、だから──フィーリア!


「目を、覚ませえええええぇぇぇぇ!!」


 届け、届け、届け、届け届け届け──届けッ!

 祈りを込めた伸ばした手の先。フィーリアの手が、ピクリと動いて──




◇◇◇




 真っ暗な闇。私はそこをゆらゆらと漂っている。

 何でここにいるんだっけ。そんなことを疑問に思うも、次の瞬間にはどうでもよくなってしまう。

 そう、どうでもいい。きっと何もかもがどうでもいいんだ。


 全部放りだして、ここで眠りに就く。

 それでいい。

 何も間違えていないし、それを咎める人もいない。何故ならここには私しかいないから。

 だから全部、私が楽に思う方に考えていい。


 ここには私だけ。

 約束を守らない人も、約束を忘れる人も、裏切ってしまう人も、離れていってしまう人もいないから。

 私が傷つくことはない。無理に強がる必要もなければ、無理に拗ねる必要もない。


 守ってって、忘れないでって、裏切らないでって、離れないでって思う必要もない。

 だからいい、ここで眠ってしまえばそれでいい。なのに、何故だろう……。


《────リァ! フィ……ァ!》


 声が聞こえて、眠らせてくれないの。

 起きろって言う。目を覚ませって叫んでいる。

 無視したい、ならすればいい。そう思っているんだけど……。


《フィー……ア! フィーリア……!》


 無視できない、その声。何故か、ずっと待っていたと思うその声。

 いつか誰かが言ってくれた──強くなるって。

 いつか誰かが言ってくれた──守るって。

 いつか、いつか誰かが言ってくれた、三つの約束。その誰かの声に似ているからかな。

 つい、私の意識はそっちを向いた。そこには……。


「ぁ……」


 小さな光。でも、この暗闇の中だと太陽よりも眩しく思えてしまう輝き。

 その光がずっと呼んでいる。私を、私の名前を。


《フィーリア、フィーリア! 起きてくれ、目を覚ましてくれっ、フィーリア!》


 ああ、ようやく分かった。

 この声、この人が誰かなんて。

 考えてみれば、一人しかいないから。


 仕方ないなと、私は光に手を伸ばすのだった。




◇◇◇




「フィーリア! フィーリア! フィー……」


 落ちていく空の中、レイはずっと手を伸ばし続け、彼女の名を呼び続けた。

 これからどうなるのかなんて分からない。でもそんなのどうでもいい、ただその手を掴むことができるのなら。

 そう思って伸ばした手は、あえなく虚空を掴む──ことはなく。


「……聞こえてるよ、レイ。ありがとう、呼んでくれて」

「フィー……リア……!」


 確かに繋がれた二つの手。弱々しくも、フィーリアはレイの手を掴んでくれた。

 なら、あとは自分の役目だ。レイは強く、強くその手を引き寄せた。

 自由落下する空中、重力と風の抵抗が強すぎる空の世界で、しかし二人は確かに強く抱き合った。

 離さないように、離れないように。


「フィーリア……! フィーリア! ごめん、ごめん!」

「うん……」

「全部、俺が悪かったんだ。俺のせいだったんだ」

「…………」


 震える声で懺悔の言葉を紡いでいくレイ。

 それを静かに頷いて聞くフィーリア。

 今だけは、この世界に二人だけしか存在しない。そんな陳腐な言葉さえ、二人には信じられた。 


「……俺が馬鹿で情けなくて、頼りない男だったから。大切な約束も忘れて、フィーリアの期待に応えられなくて、自分勝手に別の道を進んで……」

「うぅん……レイだけのせいじゃないよ」

「え……?」


 悪いのは何もかも自分。罰せられるだろう、非難されるだろうと思っていたレイは、そんなフィーリアの言葉に驚いた。


「私も子供だったんだ。レイが約束を守ってくれない、私の望んだ通りのことを言ってくれない、してくれないって……それで腹を立てて、嫌な思いさせちゃって」

「フィーリア……」

「こんなことになったのも、私のせい。私が何も考えてなかったから、今こんなことになっちゃって……酷い女だよね、自分勝手だよね。私って」

「そんなことない……!」


 なぜ君が謝るんだ。君は何も悪くない、悪いのは全部俺なのにとレイは思う。

 けれどフィーリアも、自分が悪いと言う。自分勝手に自分の感情を押し付けて、荷物持ちだなんだと馬鹿にしていた。愚かな女だと自分を責めた。


「悪いのは俺だ、俺なんだよ!」

「うぅん、私も悪いんだよ……」

「いや、俺が──」

「私が──」

「…………」

「…………」


 俺が、いや私が。互いが自分を悪いと言うこの状況。

 大変な事態だというのに、なぜか二人はそれがおかしくなって、馬鹿らしくなって……。


「……ぷ」

「……ふふ」

「はは……ははははっ」

「ふふふ、ふふふふ」

「はははは! ははははは!」

「あははは! もう、おかしい!」

「はは、ああ……ホントにな」


 声を上げて笑い合う。笑っている場合ではない、こんな状況なのに。

 でも、仕方ない。それくらい馬鹿らしい話だったから。


 きっと、互いに言葉が足りなかったのだろう。

 もっと歩み寄ることができなかった。分かり合うことができなかった。

 想い合うことが、できなかった。

 だから今、こんな状況になるまですれ違っていたんだ。


 けれど、もう違う。

 ようやく、互いがちゃんと触れ合える距離にまで近づいた。

 ここまで時間がかかったような気がするけど、もう大丈夫。もうすれ違うことはない。

 だって手を繋いでいる。抱き合っているから。

 もう離れることはないのだと、二人とも思っているのだから。


「……ねぇ、レイ」

「うん?」

「約束、思い出したんでしょ?」

「あぁ」

「なら……三つ目の約束、覚えてるよね?」

「……あぁ」


 かつて交わした三つの約束。

 強くなる。強くなって必ず守る。

 それらは破ってしまった。だったら最後の約束は?

 それだけは守らないと。ここに来た意味も、自分の存在理由もなくなってしまうから。


 レイは腕の中にいるフィーリアをまっすぐに見つめた。

 息がかかってしまいそうな程に近い距離。けれど強く吹く風の音に掻き消されるかもしれない。

 だから強く、強くレイは叫ぶ。


「三つ目──将来、俺と結婚してくれ! フィーリア!」

「────」


 子供の頃の約束。誰もが一度はしたことがあるような、何でもないもの。

 笑ってしまう程に馬鹿らしい、子供の約束。

 でも、二人にとっては何よりも大切な誓い。

 今こそ、それを果たす時が来たのだ。


 愛の言葉を受け取ったフィーリアの目尻に涙が浮かび、顔を赤らめた。

 彼が想いを告げたのだ。ならば応えるのは自分の役目だと──


「うん──結婚する! 私も、レイが好きっ!」


 そうして想いは結ばれる。

 二人は永遠に離れることはないと、ゆっくりと口づけし──次の瞬間。

 

「ぁ……剣が」

「光って……!?」


 フィーリアの持つ心剣アルマが輝きを増した。それは怒りや殺意から生まれる憎悪の赤ではない。もっと淡く、優しい赤──いや、違う。

 ピンク色の光を放つ剣は、その輝きをどこまでも強めていき、それは夜空を眩しく照らした。

 やがて光は収束していき、一つの大剣となった。

 フィーリアには分かる。これこそがこの剣の本当の姿だと。


「レイ……」

「ああ……!」

『オオオオオオオォォォォ!!』


 光に反応したのか、遥か上空でエンシェントドラゴンが咆哮を放つ。

 忌々しい人間めと憎悪に輝く金眼で二人を睨んでいた。

 そう、まだ戦いは終わってはいないのだ。

 奴を倒し、二人で帰る。輝かしい未来のために。


「いこう! レイと一緒なら……!」

「ああ! フィーリアと一緒なら──」


 心剣アルマが更に光を放つ。光は剣を包み込み、姿を変えていき……違う。さらに大きくなっていた。

 大きさだけなら、エンシェントドラゴンにさえ匹敵するだろう巨大さだ。


「「二人なら、絶対に負けない──ッ!」」


 二人は空中で身体を翻し、巨大化した剣の上に着地した。

 そして見上げる上空。それを見下ろす古代竜。

 絶対に負けない。必ず倒すと強い意志を込めた眼差しで睨み、二人は吼えた。


「いくぞ、エンシェントドラゴン!」

「私たちの力、見せてあげる!」

『グオオオオオオッッ!』


 竜の咆哮と、剣の動きは同時だった。

 二人を乗せた心剣アルマは、夜空に輝く桃色の光の軌跡を残しながら、遥か上空を飛ぶエンシェントドラゴン目掛けて飛翔していった。


 今、ここに──最後の戦いの幕が開いた。




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