6話 古代竜、侵攻
陽が傾き始めた夕刻。オルデーティアに帰還したレイたちは、冒険者ギルドへの通りを歩いていた。
依頼は完璧に達成済み。まさかゴブリンキングなどという相手もいたことから、報酬にいくらか上乗せもされるだろう。
期待に胸を躍らせていたレイに、ウィルが声をかけた。
「今日はありがとな、レイ」
「それはこっちの台詞だよ。俺の方こそ、誘ってくれてありがとな」
「いいえ。ウィルも言ってますが、一緒に来てくれてありがとうございました、レイさん。本当に助かりましたよ」
「クラリスも言ってるように、助かったよ。甘く見てたがこの依頼、俺たち二人ならキツかったかもしれないからな」
ウィルもクラリスも、世辞抜きでレイのことを讃えてくれていた。そのことが恥ずかしくてむず痒い。レイは苦笑して話を変えた。
「それにしても、やっぱ良いもんだよな。パーティーって……」
レイはフィーリアとしかパーティーを組んだことがない。だからパーティーとしての行動というのは、どうしてもフィーリアが基準となる。
フィーリアは我が強く、自分に合わせろと言うばかりだった。しかし今日ウィルたちと一緒に動いたことで、これがパーティーというものかと分かったのだ。
「だろ? レイさえ良かったら、このまま俺たちと一緒に組まないか? もし他に当てがあるんなら、無理にとは言わないが……」
「いや……」
ウィルの提案は嬉しいと思う。しかし同時に気になることもあるのだ。
それはフィーリアのこと。あんなにも気が強く我が強い女が、他のパーティーで上手く馴染むことができるだろうか。
まぁフィーリアの場合、ソロでもやっていけなくもないだろうが、パーティーでなければ受けられない依頼もあるし、いつかはきっと限界もくるだろう。
その時、誰か隣に立っているのだろうか。自分でさえ無理だと匙を投げたのに。
そうなると、フィーリアはずっと孤独だ。それが相応しい、いい気味だと思っていたが……レイには、今は何だか可哀想にも思える。
ウィルたちと一緒にパーティーを組んだからだろう。誰かと一緒に、信じられる仲間と一緒に冒険をするということが、とても素晴らしく思えるのだ。
フィーリアもまたレイとしかパーティーを組んだことがなく、だからこそレイは、フィーリアにもその喜びを知ってほしいと思っている。
分かり合えないと袂を別ったばかりなのに、今ではもうフィーリアのことが心配になっている。どうやら自分でも知らなかっただけで、かなりのお人好しだったらしい。
親離れならぬ、幼馴染み離れできていないなと自嘲したレイは、ウィルに向き直って告げた。
「ありがたいけど、断るよ」
「そうか……もしかしてフィーリアか?」
「さすがだな。うん……やっぱり俺、アイツのことが心配みたいだ」
そう告げるとウィルは笑い、レイの肩をポンと叩いた。
「そうだろうと思ったけどな。ま、これからも大変だと思うけど、しっかり頑張れよ」
「あぁ、ありがとうな」
「いいって」
そして二人は笑い合い、それを眺めるクラリスも微笑む。
仲間同士という関係が、これほど心地いいものだなんて。フィーリアにも知ってもらいたい。ギルドから帰ったら、フィーリアに会いにいこう。そう思いながらレイは歩き続け、やがて冒険者ギルドに到着した。
早いところ依頼達成の報告をと思っていたが、しかし何やら様子がおかしい。
端的に言って、慌ただしいのだ。冒険者もギルド関係者も、不安そうな顔でざわついていた。
「どうかしたのか?」
「さぁ……あ、すいません」
「は、はいぃ!?」
嫌な予感がしたレイは、近くを走る受付嬢に声をかけた。受付嬢は額に汗を流しながら立ち止まった。
「どうかしたんですか? すごい慌てようですけど……」
「どうしたもこうしたも! 最近見つかった、オルデーティアの西にある遺跡から、エンシェントドラゴンが現れたらしくて!」
「エンシェントドラゴン……?」
聞き慣れない単語に訝しむレイ。すると真剣な表情を浮かべたクラリスが、隣から口を開いた。
「聞いたことがあります。人間を遥かに凌駕する力を持つ竜種、その中でも太古の昔に封印されたと言われる最強の個体……」
「それがエンシェントドラゴンだってのか? おいおいどうすんだよ!」
顔をしかめるウィル。だがその話を聞いていたレイは、別の点が気になった。
封印されていたという太古の怪物。どうやって封印されていたのか。いや、違う。そもそも──
「……何故その封印が解かれたんだ?」
「確かに、言われてみればそうだな」
「誰かがエンシェントドラゴンを解き放った、ということでしょうか……」
ウィルとクラリスも同様の謎が気になったらしく、首を傾けた。それを聞いた受付嬢が何やら言い辛そうな顔をしており、レイは尋ねた。
「あの、何か知ってたら教えてほしいんですけど……」
「え!? えぇと……実は今日、その遺跡の調査にSランク冒険者の方が向かっていて……」
「え──?」
Sランク冒険者、と。確かに彼女はそう言った。
まさか、そんなはずはない。自分に言い聞かせても、それでもどこか信じられないレイは、聞いてみることにした。
そうだ。直接聞けばいいんだ。絶対にアイツじゃないんだって、言ってもらわなきゃ。そう考えていたのに。
「その方は、フィーリアさんです……」
「うそ、だろ──」
なんてことだ。嘘だと思いたい。
けれど顔を伏せている受付嬢の様子から、嘘ではないのだと思わされた。
そして同時に考えたのが、彼女は今、どうしているのかだった。
「あの、フィーリアは、どうなって……?」
「……わかりません。遺跡はドラゴンの出現と同時に崩落したという報告があります。その中に、遺跡に向かわれた冒険者がたの姿を発見したというものはありませんでした」
「そんな……!」
「現在、エンシェントドラゴンは西の遺跡から飛翔し、こちらへと向かっております。ギルドの冒険者の皆さんに協力を要請し、ドラゴンの討伐を──って、あの!?」
受付嬢の言葉を待たず、レイは走り出した。勢いよくギルドの扉を開けて街の通りを駆けていく。
その心にあるのは、強い後悔だ。
自分がいれば、フィーリアをそんな場所に行かせることにはならなかったのではないか。自分が隣にいれば、フィーリアをそんな目に遭わせることはなかったのではないのか。
そういった後悔が、レイの足をただただ前へと向かわせていた。
一心不乱に。いつの間にか後ろに来ていた者たちにも気づかない程に。
「馬鹿野郎! 一人で行ってんじゃねぇよ!」
「ウィル……!」
「置いていくなんて、レイさんも酷いですね」
「クラリスも……」
レイのすぐ後ろを走る二人──ウィルとクラリス。彼らはレイの真横へと並び、共にオルデーティアを駆ける。
「フィーリアのピンチだろ? なら、幼馴染みの俺も行かないわけにはいかねぇだろ!」
「私も、お二人の幼馴染みというフィーリアさんにご挨拶したいですし」
「二人とも……わかった! 一緒に来てくれ!」
レイの掛け声に二人は頷く。
これでパーティー解散と思っていたが、まさかの事態となった。二人ともう少し共に戦えることに喜びを感じたレイだったが、すぐに意識を切り替える。
今はフィーリアの安否の確認と、エンシェントドラゴンの討伐が優先事項だ。余計なことを考えている場合ではない。
気を入れ直し、三人はオルデーティアを後にするのだった。
◇◇◇
確かに約束した。もうずっと前、子供の頃の話。
何も知らず、無邪気だった。嘘を嘘と思えず、できないことすらできるのだと思い込むくらい、小さかった時。
『約束だよ……?』
『うん! 約束する!』
『じゃあ、もう一回言ってみて』
彼は三つの約束をしてくれた。
いま思うと馬鹿らしく、それでいて可愛らしい子供の約束。
でも、その約束が守られることはないと、私は知っている。
『まず一つ。ぼくは絶対強くなる!』
『うん』
何故なら彼は弱くって、いくら頑張っても私を超えることはなくて。
『次に、ぼくは絶対、いつかフィーリアちゃんを守る!』
『うん……!』
だから彼が私を守れるはずはない。むしろ私が彼を守っているくらい。
『そして……いつか……』
『うん……』
……三つ目の約束は、もういいだろう。きっと彼は守れない。
というよりも、彼は忘れてしまったんだ。あんな子供の頃の約束を大事にしていた私が、バカなんじゃないかって思うほど。綺麗さっぱり忘れている。
だから私は、いつからか彼にキツく当たってしまっていた。
約束はどうしたの? 強くなるんじゃないの? 私を守ってくれるんじゃないの?
強くなって、守ってくれて、そして──あんなにも馬鹿馬鹿しい子供の妄想じみた三つ目の約束を、果たしてくれないの……?
もしかしたら、口に出せばよかったのかもしれない。
ちゃんと言えば、何かが変わったのかも……だけど、それももう遅い。
彼は私から離れ、自分の道を進みだした。もう私たちが交わることなんてないのだろう。
だから、もうおしまい。
ずっと昔の約束に囚われることなんてないんだ、私はもう自由だ……って喜んでいいはずなのに。
どうして、今こんなことを思うんだろう。
ねぇ、あなたは今、何をしているの?
たった数日、会えなくなっただけでもう心が揺れている。
あなたも、そう思っているのかな? 思ってくれているのかな?
ねぇ。もう一度、会いたいよ……レイ。
◇◇◇
「ぅ、うう……ん」
ぼやける視界。明滅する意識。フィーリアは何とか覚醒することができた。
だが、
「あ、つぅ……!」
少しでも身体を動かせば、節々に走る痛み。周りを見渡せば、歪な岩石が転がっていた。そして何があったのかを理解する。
心剣アルマ。エンシェントドラゴン。崩落する遺跡。飛び立つ古代竜……そして崩落に巻き込まれた自分。
最悪に最悪が重なった結果だ。命があっただけマシともいえるか。
とにかく、早くここから脱出しなければ。そしてここを出て、そして──どうするというのか。
「勝てっこないよ……あんなの……」
あの威容。あの暴威。何もかもが人間種を凌駕しており、何をどうしたって一切の勝ち筋が見えない強大な魔物。
ここを飛び出していったが、どこにいったのだろうか。
いや、どこに行こうがあれを討伐するのなんて不可能だ。それは対峙したフィーリア自身がよくわかっている。
きっと何もかも滅ぼされるだろう。人類の終わりなのかもしれない。
そうに違いない、何をしても無駄だと分かっている──なのに。
「でも……放っておくわけには……!」
痛む身体を無理やり動かし、出口へと向かう。
勝てないと分かっている。せっかく助かった命を無駄に散らせる行為だと。
それでも、立ち向かわないと。放っていていいわけがないから。
「だって、私がやらなくちゃ……みんなが……レイが──」
無辜の人間が死んでしまう。今はいない彼も死んでしまう。
彼は弱いから、きっとすぐに殺されてしまうだろう。
だから、私が守らなくちゃ。私の方が強いから、私が守ってあげなくちゃ。
その思いでフィーリアは歩を進める。痛む足を引き引きずりながら、彼女は遺跡を後にした。




