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プロローグ

いま話題の幼馴染みモノです。



 緑の生い茂る、鬱蒼とした森の中。

 伸びた草木は空の陽光をも遮る自然のカーテンとなり、それでも差し込む木漏れ日はまるで光の雨のよう。

 状況が状況なら、その場に腰を下ろしてゆっくりと休憩をしていたいところだが、今はそうも言っていられない。


 緊張した空気が、この周辺に流れている。

 ピンと張り詰めた空気感は、恐らく何かの拍子に一気に解き放たれるだろう。

 そして、それはまさに今、この瞬間に他ならない。


 初めに感じたのは、微弱な揺れと弱い地鳴り。次いで、眼前の茂みに変化が訪れる。

 ガサガサと動き出した草木は、時間の流れと共にその揺れを大きくしていき、それに伴い地鳴りも大きくなった。


 切れる。この緊張の糸が。

 その瞬間を予感したのは一人の青年。

 ボサボサの黒髪と、傷つきながらもしっかりと手入れされているだろう鎧を纏う彼は、手に持つ長剣の柄を握り直した──その時。


『オオオオォォオオオオ──ッ!!』


 咆哮を轟かせながら草木の壁をぶち破って現れたのは、一頭の黒い牛だ。

 いや、牛と呼ぶには語弊がある。これが牛ならば、普通の牛は子犬か子猫のどちらかだろう。


 まず、身体の大きさが違う。

 あまりの巨体。見上げる程の位置に顔があり、その身体を支える四本の脚もまた太く巨大だった。

 さらに、天を衝かんとばかりに伸びた二本の角は禍々しく尖り、それだけで分厚い壁を貫くことすらできるだろう。

 そしてその顔は、憤怒が形を得たかのように歪み、一目見て邪悪であると判断できる。


 まさしく怪物である。その怪物を前に、青年の頬を一筋の汗が流れた。

 余裕などない。むしろ湧いてくる恐怖心を必死に抑えつけているのが現状だった。

 そんな彼が、それでも逃げようとしないのは何故か。


 動けないのではない。動かないだけ。

 青年は、その瞬間(・・・・)を待っている。そしてそれは──


「はァッ!」


 突如、青年と怪物の間を一陣の風が吹き抜けた。

 いや違う。それは風ではなく、ともすれば風よりもなお(はや)い神速。

 青年の左側の茂みから神速が吹き抜けた後、怪物の前脚に大きな傷が刻まれた。


『グオオオオオオッ!!』


 大地も空気も、まとめて震撼させる怪物の悲鳴が響く。痛みは相当なものだったのか、怪物の身体がぐらりと揺れた。

 その時を、青年は見逃さない。


「──『身体強化(ブーステッド)』!」


 青年が魔法の発動を高らかに宣言し、その効果が現れた。暖かく淡い光が、彼の身を包んだのだ。

 今ならば不可能すら可能にできるだろう。そんな全能感を感じた青年の耳に、一つの声が届く。


「レイ、今よ!」


 響き渡る轟音の中でさえも衰えない凛とした声。それが自身の頼れる相棒のものだと瞬時に理解した青年──レイは地面を強く蹴った。

 強烈な踏み込み。大地は大きく抉れ、レイの身体は空中を飛翔する。


 強化した脚力で飛び上がり、強化した腕力で剣を振り上げた。狙いは一点、体勢を崩した怪物の無防備な眉間へと、


「食らええええぇぇぇ──ッ!」


 剣を叩きつけた。

 強化された剛剣の一撃。これには怪物も頭蓋骨を粉砕されるだろう。

 少なくともレイはそう思ったし、確かに手応えも感じた。だが……。


『ガアアアアアアッ!』

「ッ──!?」


 痛みと憎悪。赫怒(かくど)に濡れた赤い眼でレイを睨む怪物は、眉間から血を流しながらも大口を開いた。

 無数の鋭利な牙。これに噛み砕かれれば、人間の身体など一瞬で物言わぬ肉塊となるに違いない。


 やられる──レイの脳裏に浮かんだ死の予感。しかしそれは、怪物の横っ面に叩きつけられた衝撃によって吹き飛んだ。

 それは一人の人間による蹴りの一撃。だが怪物は身体のバランスを崩し、地響きを立てて大地に倒れた。


「フィーリア……!」


 着地したレイの隣に遅れて着地したのは、白銀の鎧に身を包んだ騎士のような女だった。


 陽光を反射して煌めく黄金の長髪。

 整った目鼻立ち。凛とした眼差し。長い手足。

 間違いなく美女と言えるフィーリアと呼ばれた女は、しかしその美しさに似つかない言葉を吐いた。


「何やってんのよバカ! ほんと手のかかる奴!」

「う、うるせえ! こっちだって真面目にやってんだよ!」


 売り言葉に買い言葉。罵声に怒声で返したレイに、フィーリアは蔑んだ目を向けて言葉を継いだ。


「真面目にやって、あれなワケ? Aランクのベヒモスくらい一発でやりなさいよね」

「アホか、Sランク冒険者のお前と一緒にすんな……」


 先程までの緊迫した空気はどこにいったのか、二人の間に弛緩した雰囲気が流れた。

 何ともほのぼのとした空気だが、その怪物──ベヒモスには関係がない。その証拠にベヒモスは再び四本の脚で大地を踏み締め、今まで以上の激しい怒りの感情を発露させた。


『オオオオオオオオ──ッ!』

「ちっ……!」


 脅威は未だに健在。その事実を、レイは苦虫を噛んだような顔で受け止めた。

 さぁ、どうする。あの化け物に立ち向かう為の術が、俺にはあるのかとレイが自問する横で。


「ふぅん……ま、Dランクのアンタじゃそうかもね」


 フィーリアはため息を吐きながら、ベヒモスを見据えた。

 その眼光に恐れはない。

 そう、比喩でも誇張でもなくフィーリアは、この程度の怪物など恐れるに足らずと心底から思っていた。


「だったらアンタは、そこで私の華麗なる戦いを見学しときなさい」

「あ、おい、フィー──」


 何をする気なのか。止めようと伸ばしたレイの手は、しかし虚空を掴む。

 僅かの挙動で地を蹴ったフィーリアは、再び神速の風となりベヒモスへと肉薄した。


「たあァッ!」


 そして振るう高速の剣閃。レイの目にはただの横薙ぎの一撃にしか見えなかったが、結果は驚くべきものとなった。

 なんとベヒモスの前脚に、さらに無数の傷が刻まれたのだ。

 つまり先程のフィーリアの斬撃……あれは単なる横一閃などではなく、文字通り目にも止まらぬ速度で放たれた連続攻撃だったということ。


 ベヒモスが悲鳴を上げ、その巨体をぐらりと揺らした。度重なる前脚への攻撃により、体重を支える力を一時的に失ったのだ。


「ったく……どっちが怪物だよ」


 たった一人の女の細腕で、あれほどの怪物に傷をつけた。その事実にレイは呆れたように肩をすくめる。

 だが当のフィーリアには、そんなレイの呟きなど耳にも入らない。彼女は体勢を崩したベヒモスへと追撃を放つ。


「はあああッ──!」


 身に纏う鎧と同じく、輝く白銀の剣を振るう度にベヒモスは傷を増やし、血を流す。

 一ヶ所に留まり続けることはなく右に左に、さらには飛び上がり上段からと、舞うように攻め続けるフィーリアの姿を見て、レイは彼女の異名をぽつりとこぼした。


「……さすが『剣姫(けんき)』様だこと」


 白銀の剣と鎧。舞うように踊るように、見る者の目を釘付けにするSランク冒険者──『剣姫』フィーリア。大層な名前だが、彼女の戦いを表すものとしてこれ以上ない程にしっくりくる。

 もはや見飽きるくらいに見てきたレイですら見惚れる剣の姫は、いつの間にか仕上げの段階に入っており、


「これで──終わりッ!」


 今まで以上の踏み込みをもって、ベヒモスに突撃した。そして、ベヒモスの大木のような首を目掛けて一閃。

 ざん、という音が響いたと同時、その巨大な頭部が宙を舞った。


 地面に墜落した頭部と、遅れて倒れた首の身体。

 噴水のような血を撒き散らしながら、巨大な牛の怪物──ベヒモスは絶命した。


「……マジでやりやがった」


 その光景を、レイは呆然と見ていた。

 いや、確かにやると思っていた。彼女はSランク冒険者、Aランクのベヒモスに遅れを取るわけがないと思ってはいたが、ここまで圧倒的に倒すとは。

 これじゃ俺がいる意味はないな、と思っていたレイの耳に声が届いた。


「どう、レイ? 私にかかればこんなもんよ」


 ベヒモスの遺体の上。フフン、と笑いながら蔑んだ視線を投げるフィーリアの姿に、レイはもはや何度目になるか分からないため息を吐いた。


「さすが、頼れる俺の幼馴染みだよ……」


 ちょっとウザいけど。

 もちろん、そんな言葉は言わなかったが。







 これが、彼と彼女の日常。

 強いのは彼女で、主役は彼女で、引き立て役はずっと彼。

 だからこそ、小さな溝はやがて大きな障害となる。


 彼と彼女の日常が壊れるまで、あともう少し──




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