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乾いた風が、燃えるような赤や黄金色に染まった葉を舞い上がらせる。収穫期を迎えた村は、熟れた果実と土の匂いに満ちていた。石畳の道を、エリックはしっかりとした足取りで進んでいく。日々の鍛錬で鍛え上げられた肩には、薬草と蜂蜜入りの壺が詰まったずっしりと重い帆布の袋が食い込んでいたが、彼の息は少しも乱れていない。陽に焼けた肌と母親譲りの整った顔立ちが、時折すれ違う村の娘たちの視線を集めた。
やがて、ひときわ大きな木組みの家の前でエリックは足を止めた。村長の屋敷だ。重厚な樫の木の扉を、彼はこぶしで三度叩く。しばしの沈黙の後、軋むような音と共に扉が内側へ開かれた。
「おお、エリックか。待っておったぞ」
現れたのは、白髪混じりの髭をたくわえた恰幅の良い村長だった。その目尻には深い皺が刻まれているが、眼光は鋭い。
「村長、ご指定の薬です。母さんが昨日、一番良い状態で調合していました」
エリックはそう言うと、肩から帆布の袋を下ろし、中にあった薬袋を村長に差し出した。袋の口からは微かに甘く、そしてどこか神秘的な香りが漂う。
この村では教会が一つあるが、そこの司祭は簡単な治療魔法しか使えない。高位の魔法が使える神官などはこんな田舎にはおらず、病気やケガの治療といえば専ら薬師の作る薬草であった。しかもエレナが調合する薬は並外れた効能を持つことでこの村では知られている。
「うむ。いつもながら見事な香りだ。これで次の冬も安心して越せるだろう」
村長は満足げに頷くと袋を受け取り、代わりに小さな麻袋をエリックに手渡した。中では銀貨が数枚ちゃりんと心地よい音を立てる。
「エレナによろしく伝えてくれ。お前の母親の薬は村の宝だからな。赤子だったお前を連れてこの村に来てからもう15年は経つか?早いものだ、わしも歳をとるはずだ。ふむ、お前もますます逞しくなっとるの。日々の鍛錬の賜物だろう」
「ありがとうございます。母には必ず伝えます」
エリックは恭しく一礼すると、村長の屋敷に背を向けた。
(さて、袋の中も余裕が出来たし森へ薬草を取りに行くか)
鍛え上げられたしなやかな筋肉を持つエリックは、朝から結構な距離を歩いたり走ったりしているが、苦にせず慣れた足取りで森へ向かって行く。今日の目的は、森の奥にのみ自生する神経痛の特効薬、「月光草」を採集することだった。作業場にある薬棚を、冬が来る前に満たしておかなければならない。
鬱蒼と茂る古木の間を、エリックは進む。木々の梢が陽光を遮り、森の奥は昼でさえ薄暗い。苔むした岩肌を滴る雫がきらめき、時折、微かな魔力の残滓を帯びて淡く光るキノコが足元を照らした。鳥のさえずりと、風が木々を揺らす音だけが支配する静寂の中、エリックは注意深く目的の薬草を探していた。
その時、ふと彼の鼻腔が獣の濃い匂いを捉えた。土と草の匂いに混じる、生々しい獣の気配。エリックはぴたりと足を止め、鋭い視線を周囲に巡らせる。先ほどまで聞こえていた鳥の声が、いつの間にか途絶えている。空気が張り詰め、不自然なほどの静寂が森を支配していた。
(最近、村の近くで狼が出るって母さんが言ってたが、これか?)
警戒しながら数歩進むと、ぬかるんだ地面に刻まれた無数の足跡が目に飛び込んできた。それは間違いなく狼のものだった。だが、一つ一つの足跡が、エリックがこれまでに見たどの狼のものよりも大きい。まるで子牛ほどの巨体を持つ獣を思わせる。そして、その足跡は一つや二つではない。いくつもが重なり合い、踏み荒らされた地面は、大規模な群れがここを通り過ぎたことを物語っていた。
足跡の縁はまだ崩れておらず、湿り気を帯びている。痕跡はごく最近のものだ。エリックは腰に下げた短剣の柄にそっと手をかけ、身を低くした。風下に回り込み、岩陰から慎重に辺りを見渡す。月光草のことは、もはや彼の頭から消え去っていた。巨大な狼の群れがすぐ近くに潜んでいる。その事実が、冷たい汗となって彼の手のひらを濡らしていた。