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私、向井なずなが通う高校は私立の進学校だ。
有名な大学に進学するのは当たり前で有名企業の子息令嬢も通うちょっとは名の知れた学校である。偏差値はもちろん、部活動や学外活動にも力を入れている。
そのこともあってか、下校時間をだいぶ過ぎた校内は部活動や下校せずに残っている生徒の声がよく響いている。
その中でもこの図書室はとても静かだ。
本を棚から出し入れする音、紙をめくる音。微かな物音はするものの話し声は全くしない。
クラスのある校舎とは別棟にあることもだが、他にも理由がある。
自分で言うのもおかしいけれど、それは私がこの図書室の常連であるということだろう。
息の詰まるような静寂は私が帰宅する午後5時まで続く。
図書室の利用者が全くいないわけではない。本を借りる生徒や自習をする生徒、ほどほどにいる生徒たちに距離を置かれて、私の使う机の周りは誰もいない。
同じ学生なのにどうにも気を使われてしまう立場になってしまった私。
はっきりとした顔立ちもさながら、少し強い口調がこの状況になってしまったのだろう。
中央でこの状況はかなり迷惑をかけるのではと、最近では図書室の最奥にある机を使うようになった。そこで私はバーバラ・カートランドのロマンス小説を毎日読んでいる。
彼女の作品は私のお気に入りだ。ロマンスに憧れるのは誰しもあることだけれど、私がそういう本を読んでいるとは誰も知らないだろう。
いや、ここの図書委員の一人と時々話すからその人は知っているか。今日は当番ではないので姿が見えない。バーバラ・カートランドの著書が増えていることもあるのはその人が手配しているのだろう。どうやって融通を利かせているのか、今度聞いてみよう。
時計の針が5時示すと私のスマホも時間を知らせるバイブレーションで震える。
私がこの時間に下校する理由。それはこの時間がちょうどいいのだ。
夕日が差し込む窓辺から席を立ち、バーバラ・カートランドの本を本棚に戻し、静かに図書室を後にした。
少し古い洋館が私の家だ。
大正時代に建てられたというこの洋館は近隣では一番古いらしいけれど、中はリフォームを何回かしていて、その面影はほとんどない。
広い庭の洋館の外観を彩る華やかな草木が私のお気に入りだ。今は小さな藤棚に紫の花が垂れている。幼少のころに父の実家で見た西洋庭園が一番好きなのだが、全く同じ造りにするのは難しいらしく小学生時代の私はそのことにかなり落胆した覚えがある。
家のドアを開けると時間は午後5時半を過ぎたころ。
私の両親は共働きで、夜遅くにならないと帰ってこない。そんな彼らは本家から使用人を一人、家に呼んでいる。この時間になると、その人は夕飯の支度の前にリビングで少しだけ休憩する。
私はそのタイミングで帰宅するのだ。
「ただいま」
「お嬢さん、お帰りなさい」
リビングで私の分のお茶も準備して迎えたその人は、ふわふわブロンドの髪を持つ優しい雰囲気の男性だ。史朗さんという名前の彼はもう10年ほどこの家で働いている。出会った当初は子供心に妖精だと思っていたけれど、全く変わらない見た目に今も妖精ではと思うところもある。
10年も私の世話をしていることで好みもよく知る彼は、数年間お気に入りのコーヒーをちょうどいい温度で用意してくれる。甘めが好きな私のためにコーヒーはちみつも取り寄せて出してくれている。
私は彼とともにリビングの席に着くと、今日の出来事など話に花を咲かせた。
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