表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
1/14

かってに源氏物語 第十三巻 明石編  六

※紫式部原作の源氏物語を、様々な方々の参考書を拝見しながら、十一巻賢木まで書き上げるとは思ってもおりませんでした。

 やはり内容が素晴らしく、小説、物語の形式、表現方法として素晴らしい物があります。古い時代の物語としては世界に勝る内容です。

 五十四巻まで続く源氏物語、何時まで書き続けられるか、お楽しみ下さい。語学力に乏しく申し訳ないのですが・・・・

                 上鑪幸雄


かってに源氏物語 

       第十三巻 明石編

   原作者 紫式部

            古語・現代語同時訳    上鑪幸雄


      六


 須磨の浦にては、渚に小さやかなる舟が寄せ来て、人、二・三人ばかりがこの旅の御宿り先目差して来る。

「何人ならむ」

と問えば、

「明石の浦より前の播磨国守、新発地入道様の命により、御舟を装いて参れるなり。もしここに源の少納言様が暮らしさぶらい給わば、対面して事の要件を心取りなして申さん」

 と言う。

「しばし待て。館に取り急ぎ『明石より使いが参った』と知らせに参る。返事を少し待て。そう長く時間を取らせぬ」

 とて言って、海辺にいた漁師は急ぎ事の真相を光源氏様に知らせるなり。良清驚きて、

「入道は、かの播磨国の御得意様にて、年ごろ会い親しく語らいはべりつれど、私が娘にいささかの縁談話を持ち掛けた事により、あい恨むる事有りはべりて、未だにその事なる快い文の消息をだに通わさで、久しう成りはべる。高波のどさくさ紛れに、如何なるたくらみ事か、疑念あらむ」

 と、不審におぼめく。

 光源氏様は、君の御夢などにも表れた桐壺院の御告げなども思し合わする事も有りて、

「早い。もう現実に夢の御使いが参ったのか」

 と、のたまえば、出迎えの舟に行きて面会人と会いたり。

「お迎えに参りました。どうぞこの舟に御乗りくださいませ」

 と、明石の者が言えば、光源氏様は、

「さばかり激しかりつる波風に、今は危険であろう。嵐が静まったもう少し後で何時の間にか好機を見計らい、舟出仕つらむ」

 と、心得難く思えり。御迎えの使者は、

「明石の入道様に『去りぬる三月上旬、つい立ち始め頃の夢に、重要事となる物の御告げを知らする事がはべりしかば、信じ難き事と思い給えしかど、三月十三日に、新たなる神のしるし見せむ。船を装い設けて、必ず雨風止まば、この須磨の浦に船を寄せよ』

との知らせがあったそうでございます」

 と言う。また別の使者は、

「兼ねてから明石の入道様には『光源氏様をお助けするように』と、御告げ示す事の有りはべりしかば、試みに船の装い、準備を設け作りて待ちはべりしに、

『ようようその時が来た。たった今すぐに須磨の浦に迎えに行くがよい』

 と、厳めしき雨風、(いかづち)の驚かし有りはべれば、

『これぞ殷の人の帝にも夢に聖人が現れて説法した時と同じ、国を助ける宰相を探し出して京へ届けるべき』

 と、夢を信じて国を助くる類い、多う有りはべるを例に用いさせ給わぬまでも、

『この戒めの日を無駄に過ぐさず、この良し吉日を御告げ申しはべらん』

とて言って、船を岸辺に居出しはべつるに、怪しき風、私どもだけに細う吹きて、いとも簡単にこの須磨の浦に着きはべる事、誠に神の導べに違わずなん。誠に不思議な出来事でございました。

須磨のここにも神の知らせが、もし知ろし召す事や有りはべりつらんとてなむ。何かの知らせがあったのではないでしょうか。いと神に憚り多く有りはべれど、この御告げの良し、

『光源氏様に申し給え』と言う事でございました」

と言う。


                         つづく







ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

かってに源氏物語 

       第十三巻 明石編 (一~六)

   原作者 紫式部

            古語・現代語同時訳    上鑪幸雄


      一


 なお、その後の須磨の地は幾日過ぎても風雨やまず。雷さえ鳴り静まらで、

嵐は日常化した日頃になり尽きぬ。

「いとどしく、なお一層物わびしき事数知らず。このまま雨ばかり見詰めておっても気がめいるばかりじゃ。来し方、行く先々の悲しき御有様に、光源氏様が御気の毒でならん。何とかしてやらねば」

「しかし、心強うも思しなさず。この暴風雨続きでは何もできぬ。掛かる頼りとて、都に帰らん事もまだ世の中に許されなくては、

『源氏大将の君、流刑地の嵐に脅えて都に逃げ帰ったそうな。大の武将が帝に泣きついたそうな。だらしないことよ』

 と、人笑われなる事もこそ、勝らめ。恥じゃ」

「なお、これより深き山を求めて、隠れておってはや、誰にも消息を知られず、万が一都からお迎えが来た時も、足跡絶え、連絡が付かなまし。我々を探しやすいように、海辺か街道沿いに住まうが良いではないか」

 と思すにも、

「波風に騒がれて右往左往しておったそうな。小高い丘に家を構えれば良いではないか。嵐が永遠に続く訳でもあるまいに。

『臆病な奴らめ』など、人の言い伝えん事、後の世までも軽々しき源氏の名を流し果てん。引っ越しせぬ方が良いぞ」

 と思し乱るる。

 光源氏様の御夢にも、ただ同じ有様なる黒い妖怪の物のみ来つつ、枕元にもまつはし唸り声が聞こゆと見賜う。

 晴れの雲間もなくて、激しい雨に明け暮れる日数に添えて、京の方もなお一層いとどしく連絡がおぼつかなくて、

『かく放置されながら、この身を羽振るらむかし、捨てられつるにや。餓死させる気か』

 と、心細う思せど、戸を開けて頭さえ出しいずるべくも有らぬ空の乱れに、館から出て、近くの役所に立ち参る人もなし。

 七日程過ぎて都からの知らせをあきらめた頃、二条院よりぞ事もあろうか、あながちに、怪しき姿にて、びしょ濡れにそぼち歩く怪しき人参れる。

「街道を行き交う道交いにてだに、ただの通りすがりの人かと思ったぞ。人か何者ぞとかだに、御覧じわくべくも有らず、妖怪とも思える」

「ええっ、何しに参った」

 光源氏様と供の物が刀に手を掛けて、まず追い払いつべき行動に出ようとすると、

「待って下さい、光源氏様。私でございます。二条院、紫の上様からの使いの者でございます」

 と、蓑笠姿の怪しい男の睦まじいう哀れな声が聞こえ給う。

「おおっ、二条院からの使いであったか。びしょ濡れの蓑笠姿を哀れに思さるるも、まずはご苦労であった。我ながらかたじけなく、屈しにける心の程を思い知らるる。有り難い」

 光源氏様が使者を館の中に引き入れて手を握ろうとすると、

「紫の上様からの御手紙でございます」

 と、使者は大事そうに竹筒に守られた文を取り出しました。

御文には、

『浅ましく雨風が御止み無き頃の景色、いとどしく空さえ閉じずる心地して、 これは光源氏様の須磨での思いと同じではないかと御察し致します。光源氏様の今の御気持を考えますれば、この胸も掻き暗す心地仕給う心境でございます。


 浦風や いかに吹くらむ 思いやる 袖打ち濡らし 波間なき頃

 浜風や いかに吹くらむ 思いやる 顔打ち濡らし 人恋し頃


 とあり。文には哀れに悲しき事ども、重ねて書き集め給えり。光源氏様は引き開くるより早く、いとどしう汀涙にぬれるべく、心が掻き暗ます心地仕給う。


                          つづく


      二


「いやあ、こちらでも、京と同じ悪天候が続いているのでございますね。京にても同じ暴風雨が続いております。幸いにも二条院は持ちこたえておりますが、京では朽ち果てて倒壊した家も数多くございます。

内裏でも、渡殿があちこち壊れてこのような悪天候では補修もままならず、女御どもは、暮らしにも困る有様です。

この風雨、いと異常事態と思いますれば、いと怪しき者の諭しなりとて、神様が右大臣様の横暴な振る舞いを戒める啓示だとささやき合えり。

『臨時の仁王会、護国祈願を行うべし』となむ、典侍などは聞こえ騒ぎはべりし。

 内裏に参り賜う上達部などもこの嵐では、すべて道閉じて登庁することもできず、政治まつりごとも途絶えてなむ、審議も思うように進まずにはべる」

 など、使者の申し述べる報告も、はかばかしうもあらず、悪い事のみ言い合えり。

 固くなしう現実のありのままを語りなせど、京の事と思せば、光源氏様はいぶかしうて御気掛かりになり。使者の御前に召し居出て、さらに事情を問わせ賜う。

「そうか、この嵐は須磨の地だけでなく、京とておなじであったか」

「さようでございます」

 ただ光源氏様は、外の例の、雨の小やみなく降り続いて、風は時々吹き荒れ居出つつ日頃の日常になりはべるを、

『例ならぬ京都でも起こりはべる事』に驚きはべるなり。

「いと、かくもこのように激しい雨に混ざり、地の底にも通るばかりの氷も降り。この先何が起こるのかと、京の人々は恐怖に脅えております。これまではそう永く(いかづち)の静切らぬ事は、無かったはべらざりき」

 など、いみじき災害の有様に、驚き怖じている姿を見る顔の、いと辛きにも心細さぞ勝りける。


 かくしつつ通り過ぎ『世は終わりぞ、尽きぬべきにあらぬや』と、思さるるに、そのまたの次の日、暁より風いみじう吹き荒れて、潮高う異常に海岸に押せ満ちて、波の音、荒き事怒号のごとく、石の巌も小島の山も高波で残るまじき景色なり。

「光源氏様、ここもそろそろ危のうございます。近くの高台へ避難しましょう」

 惟光は吹き上がる波しぶきに脅えながら言いました。

「裏山に逃れますれば、明石へ抜ける道もございます」

 良清も続けて言います。

「だがしばらく待て、いまだに雷が鳴りやまぬではないか。ここならば雨風はしのげる。蓑笠だけでは永くは持ち堪えられぬであろう。高潮が迫っているとは言え、ここはまだ安全じゃぞ」

 光源氏様は随身をなだめるように冷静に判断して言いました。

ただ、雷の鳴りひらめく有様は、さらに言わむ方なく惨ざましくて、今にも館の上に落ち掛かりぬと御ぼゅるに、有る限りの人々は皆、賢しき対抗策などはなし。

「我は如何なる罪を犯して、かく悲しき目を見るらむ。私に何の罪があるというのでしょう。父母にもあい見ずのまま、悲しき妻子(めこ)の顔をも見ぬままで、死ぬべき事になるのでしょうか」

 と、従者は嘆く


                       つづく


      三


 源氏の君は心を静めて考えたあげく、

『何ばかりの過ちにてか、この渚に命をば極めん』

と観念して思せなせど、ここで命を果てるは家臣の、

「生き永らえて京に戻りたい。父母や妻子に会ってから死にたい」などと、いと物騒がしければ、海に榊の玉串、お神酒、塩やお米など色々の御手蔵奉納品を捧げさせ賜いて、

『住吉の神、近き須磨の境を静め守り賜う。誠に仏の跡を垂れ賜う日本の神に姿を変えたならば、仏の子供を助け給え。この地に住む者を守り賜え。神への願いが叶えますれば、この須磨の地に住吉大明神と、須磨寺を建立奉り賜う』

 と、多くの大願を立て奉り賜う。

 家臣もおのおの自らの、命をば去る物の代わりにて、大切な物を一つづ

つ捧げ賜う。掛かる御身自身の、またなき最後の霊に沈み賜いぬべき事の死に際に覚悟し、いみじう悲しきに、

「心を起して少しの物、助かる可能性を覚ゆる限りは、身に代えてこの御身一つを救い奉らむ」

 と、豊よみ騒ぎて、もろ声に仏神を念じ奉る。

光源氏様も、

「天地帝王の深き宮に養われ賜いて、色々の楽しみにおごり給いしかど、深き御美しみ大八州、日本国にあまねく。静める供柄こそ、多く浮かべ賜いしか。何の報いにか、ここら横暴様なる波風に溺ほれ賜わむ。

 天地(あめつち)断り賜え。罪無くて罪に当たり、官位(つかさくらい)を取られ、家を離れ、京の境の地を去りて、明け暮れに安き空無く嘆き賜うに、かく悲しき目をさえ見るのです。

 命尽きなんとするは、先の世の報いにか。この世の罪を犯しかと、神仏の名にて明らかにましまさば、この愁いへ安め賜え」

 と、御やしろの方に向きて、様々の願いを奉り賜う。

 また海の中の龍王様やよろずの神達に願を掛け立て賜うに、いよいよ雷は地上に鳴り轟きて、深夜おわします寝所に続きたる回廊に光が落ち掛り爆発せぬ。炎が燃え上がりて、回廊の一部は焼け果てぬ。

 光源氏様の回りに集まった人々は、心魂無くしてただ茫然とし、有る限り何もなせぬまま戸惑う。

「惟光と良清、何をしておる。後ろの方なる岩山に非難するぞ。昔の豪族が暮らした洞窟の中に、大居殿と思しき住まい屋があったそうじゃ。そこへ行ってみよう」

 光源氏様はそこに御身を移し奉りて、続く家臣も上下との区別もなく立ち混みて、いと乱うがわしく混乱し、泣き豊よむ声、いかづち雷にも劣らず。空は墨を塗り付けたるようにて黒々として日も暮れにけり


                        つづく

 

    四


 夜半を過ぎて、ようよう風は普通になおり、雨の足音も衰え湿り、星の光も見ゆるに、この洞窟奥深く、御座し所のいと珍しかなる石造りもかたじけなくて、

「光源氏様、ようよう嵐も静まって参りましたので、本殿へ御帰りになられてはいかがでございましょうか」

 と言う小君の、寝殿に帰し移り奉らむとするに、惟光は、

「焼け残りたる本殿の方も、疎ましげに風が通り抜け、ほぼ壊れ果て住めるような状態ではありません。家の中は、そこらの人の村人が土足で踏みとどろかして入り込み、

なおも行く先が決まらず戸惑えるに、御簾などもみな吹き散らかして、静かにお休みいただける所はなかりけり」

 と、進言致します。

「ここで夜を明かしてこそは、安全でございます。何も急ぐことはございません」

 と、良清が結論をたどり合えるに、源氏の君は

「南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏」と、御念事仕賜いて、これからの暮らしを思し巡らすに、いと心は慌ただし。

月差し居出て、潮の近く満ち来にけるがれき跡も露わに、嵐の名残りなお寄せ返る波の荒きを、

「大変な嵐であった。神は何を怒っているのであろうか」

 と、不安に思いながら、海の様子を眺めるべく、光源氏様は柴の戸を押し開けて海を眺めおわします。

 この地方の近き世界に、災害の物の心を知り、来し方、行く先々の暮らしの事を打ち覚え、

『とやかくや、何事から手を付けて始めるべきか』と、はかばかしう悟る人もなし。

下の光源氏様の御屋敷に目をやると、怪しき海女どもなどの住民も、天地異変の災害を恐れて、

『位高き皇族人のおわする所』とて言って、高貴な人の考えに従おうと集まり参りて、

「我々は京の都から来られた光源氏様に助けていただくしかない。光源氏様は神に最も近い御方で、海の高潮も空の嵐も静めて下さるに違いない。今光源氏様は大居殿の洞窟にこもり、天地安泰の祈願をなさっているそうな。この静けさも光源氏様のお力による所に違いない」

「少し食べ物を施してもらえぬだろうか。この二日ほど何も食べておらぬ」

 などと、聞きも知り給わむ事どもを互いがさえずり合えるも、いと珍しかなれど、この嵐の行く末を案じるならば、住民の気持ちも分かり、随身の者は、え追いも払わず。

「この嵐、今しばし止まざらましかば、潮も浜に上りて暮らしに残る安全な所も無からまし。よいよい、気兼ねなくここで過ごすが良い」

 と、惟光は住民をなだめ合えり。

「神の助けもおろそかならざりけり。われわれは権力者に助けていただくしかありません」

 住民言うを聞き賜うも、

「いやいや我々とて心細し」と家臣の者が言えば愚かなり。

「みな静かにするがよい。


 海にます 神の助けに 係らずは 潮の八百合いに さすらえなまし

 海に住む 神の助けに 係らずは 潮の引き合いに  流されなまし


我々は神の御意向に従おうではないか」 

 と、光源氏様は住民をなだめ合えり。

終日(ひねもす)に入り満つる雷の騒ぎに、さうこそとは言え、痛う(こう)じ賜いければ、さすがの光源氏様も心にあらず、

『疲れた。もう今後の事などどうでもよい』と、打ちまどろみ賜う。


                          つづく



    五


 ようよう心も落ち着いて眠りに就き、岩屋の洞窟はかたじけなき御座所なれば、ただ安らかに寄り居賜える石の枕元に、故桐壺院、ただただ昔の御姿のままに目の前に立ちおわしましして、若き頃の有様ながら、

『あれっ、どうしたのであろう。父君が生きておられるではないか』

 などと、光源氏様は感じ賜う。

「などかどうして、かくも怪しき所に追いやられては、粗末な扱いものをするものぞ。弘徽殿太合め、何をたくらんでおる」

 とて言って、源氏の君の御手を取りて、引き立ち上がらせてなだめ賜う。

「住吉の神の導き賜うままに、早く船出してこの須磨の浦を去りね」

 と、のたまわす。現実の御導きがうれしくて光源氏様は、

「かしこき桐壺院の御面影に別れ奉りにしこなた、その後は様々な悲しき事のみ多く有りはべれば、今はこの渚に身をや捨てて立ち去りはべりなまし。この地には何の未練もありません」

 と聞こえ給えば、桐壺院、

「ここの暮らしは、いとあるまじき事。これはただ、いささかなる陰謀物の報いなりや。我は帝の位にありし時、誤りを犯つ事などなかりしかど、自ずから罪を犯しありければ、それを負ふるほどお人好しではない。

 帝の位にある者は、罪を償ういとまもなくて、この世を返り見ざりつれど、いみじき愁えいに沈む源氏の君を見るに耐え難くて、あの世から海に入り、長い航海を終えて渚に上り助けに参った。

 源氏の君の苦しみは痛く高じたれど、救いの手を差し伸べてあるゆえ、もうしばらく待つが良い。我は宮殿に掛かるついでに、内裏の朱雀帝に奏すべき事があるによりここを去りなむ。京へ急ぎ上りなむ」

 とてのたまいて、早々と立ち去り賜いぬ。 源氏の君は飽かず悲しくて、御名残り惜しさに、

「御供に参りなん」

 と泣き入り賜いて枕元から上を見上げ賜えれば、そこには人もなく、月の顔のみきらきらして、洞窟の回りは静かなり。

 源氏の君は夢の心地もせず、院の御気配がそこに止まれる心地して、空の雲は哀れにも京へたなびけり。

 年ごろの夢の内にも最近は見奉らで、恋しうおぼつかなき遠い存在の御院様を、ほのかなれど定かに見奉るのみ面影にも覚え賜いて、

『我、かくも悲しびを極め、命尽きなむと仕つる瀬戸際を、桐壺院が助けに駆けり賜える有り難さを哀れに思すに、よくぞ係る高潮の騒ぎもありける。これは今の惨状を乗り越える自然の知らせであった』

 と、父君の名残り、頼もしう嬉しう覚え賜う事、限りなし。


 胸つと騒がしくふたがりて、なかなかなる御心の戸惑いに、現実うつつの悲しき事も打ち忘れ、

『夢にも御答えを今少し聞こえずに成りぬる事を申し訳ない』といぶ咳き込み情けなさに、

『またも見え賜う事も有りなん』と、殊更に御座所で寝入り賜えど、更には御目も合わで閉じられず、御気持は高ぶり暁方に成りにけり。


                          つづく


      六


 須磨の浦にては、渚に小さやかなる舟が寄せ来て、人、二・三人ばかりがこの旅の御宿り先目差して来る。

「何人ならむ」

と問えば、

「明石の浦より前の播磨国守、新発地入道様の命により、御舟を装いて参れるなり。もしここに源の少納言様が暮らしさぶらい給わば、対面して事の要件を心取りなして申さん」

 と言う。

「しばし待て。館に取り急ぎ『明石より使いが参った』と知らせに参る。返事を少し待て。そう長く時間を取らせぬ」

 とて言って、海辺にいた漁師は急ぎ事の真相を光源氏様に知らせるなり。良清驚きて、

「入道は、かの播磨国の御得意様にて、年ごろ会い親しく語らいはべりつれど、私が娘にいささかの縁談話を持ち掛けた事により、あい恨むる事有りはべりて、未だにその事なる快い文の消息をだに通わさで、久しう成りはべる。高波のどさくさ紛れに、如何なるたくらみ事か、疑念あらむ」

 と、不審におぼめく。

 光源氏様は、君の御夢などにも表れた桐壺院の御告げなども思し合わする事も有りて、

「早い。もう現実に夢の御使いが参ったのか」

 と、のたまえば、出迎えの舟に行きて面会人と会いたり。

「お迎えに参りました。どうぞこの舟に御乗りくださいませ」

 と、明石の者が言えば、光源氏様は、

「さばかり激しかりつる波風に、今は危険であろう。嵐が静まったもう少し後で何時の間にか好機を見計らい、舟出仕つらむ」

 と、心得難く思えり。御迎えの使者は、

「明石の入道様に『去りぬる三月上旬、つい立ち始め頃の夢に、重要事となる物の御告げを知らする事がはべりしかば、信じ難き事と思い給えしかど、三月十三日に、新たなる神のしるし見せむ。船を装い設けて、必ず雨風止まば、この須磨の浦に船を寄せよ』

との知らせがあったそうでございます」

 と言う。また別の使者は、

「兼ねてから明石の入道様には『光源氏様をお助けするように』と、御告げ示す事の有りはべりしかば、試みに船の装い、準備を設け作りて待ちはべりしに、

『ようようその時が来た。たった今すぐに須磨の浦に迎えに行くがよい』

 と、厳めしき雨風、(いかづち)の驚かし有りはべれば、

『これぞ殷の人の帝にも夢に聖人が現れて説法した時と同じ、国を助ける宰相を探し出して京へ届けるべき』

 と、夢を信じて国を助くる類い、多う有りはべるを例に用いさせ給わぬまでも、

『この戒めの日を無駄に過ぐさず、この良し吉日を御告げ申しはべらん』

とて言って、船を岸辺に居出しはべつるに、怪しき風、私どもだけに細う吹きて、いとも簡単にこの須磨の浦に着きはべる事、誠に神の導べに違わずなん。誠に不思議な出来事でございました。

須磨のここにも神の知らせが、もし知ろし召す事や有りはべりつらんとてなむ。何かの知らせがあったのではないでしょうか。いと神に憚り多く有りはべれど、この御告げの良し、

『光源氏様に申し給え』と言う事でございました」

と言う。


                         つづく



いつものご愛読ありがとうございます。

 誠に申し訳ないのですが・・・・

アマゾン発売の電子書籍『かってに源氏物語 桐壺編』

『かってに源氏物語 夕顔編』

を買って下さると有難いです。アマゾンのホームページ

『かってに源氏物語 桐壺編』で検索してみて下さい


御願があああああ・・・・・いします

                  上鑪幸雄


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ