かってに源氏物語 第十一巻 花散里編 四 (一~四)
※紫式部原作の源氏物語を、様々な方々の参考書を拝見しながら、十一巻賢木まで掻き上げるとは思ってもおりませんでした。
やはり内容が素晴らしく、小説、物語の形式、表現方法として素晴らしい物があります。古い時代の物語としては世界に負けない内容です。
五十四巻まで続く源氏物語、何時まで書き続けられるか、お楽しみ下さい。語学力に乏しく申し訳ないのですが・・・・
かってに源氏物語
第十一巻 花散里編
原作者 紫式部
古語・現代語同時訳 上鑪幸雄
四
かの本意、今回目的の所は、思しやりて『なかなか不運な人であった』と知るべくも、来てみればまったくその通りで、人目もなくうっそうとした森に囲まれ、静かにて平穏な有様を見賜うも、いと哀れなり。
『このような寂しい所で尼に成り、残りの人生を送るには余りにも御気の毒』と、光源氏様は独りごちにつぶやきました。
まずは女御様の御宅方に上がらせてもらい、昔の思い出や楽しい御物語など聞き答え仕賜うに、
「あの泣き虫の若様がこれほど達者で御出世なされるとは思っても考えておりませんでした。母様の桐壺の更衣殿は、ことごとく身分の低い御方だと、御殿の他の女房どもは馬鹿にしておりましたもの。
その方が亡くなられたとあっては、
『いずれ奥御殿を追い出され、下々の家に養子としてもらわれて行く運命なのでしょう』とばかり思っておりました。光源氏様は運の強い御方でございますよ。よほど桐壺帝に気に入られたのでございましょう。よろしゅうございました」
「麗景殿の女御様には母を大切にして下さり、ありがとうございました。母が桐壺帝の寝所に参ります時に、麗景殿の女御様に預けられた事を良く覚えております。これはわずかばかりの気持ちですが、どうぞ御受取下さい」
光源氏様は幾らばかりの御金を渡しました。
「そのような御気遣いなど、しなくてもよろしゅうございますのに」
「いいえ、どうぞ御受取下さい」
「桐壺帝の亡き後、宮殿では右大臣と、弘徽殿の女御殿が幅を利かせるようになったとか。困った事でございます」
「まったくその通りで私もどうにもなりません」
「私の父君でも生きておりましたら、少しは御役に立てた物を。申し訳ございません」
麗景殿の女御は昔を懐かしみ、父親が大弁として活躍していた頃を思い出して言いました。二人の間は懐かしい思い出が重なり、つい知らずの間に、随分と夜も更けにけり。
十五夜を過ぎて半分欠けた二十日の月、差し出ずるほどに、いとど小高き屋敷森の影ども、小暗く見え渡りて、近き橘の薫り懐かしく匂いて、
「紫宸殿の宴を思い出しますな」
と、光源氏様が言いました。
「あれは三月の光源氏様の元服の時でございました。当時の頭の中将楠木との舞を思い出します。二人ともなかなか華麗で若くございました。なかなか見応えのある踊りでございましたよ」
麗景殿の女御は目頭を押さえ、懐かしそうに言いました。その女御の御気配、ねびに老けたれど、その上品な御振る舞いは、飽く事なきまでに可愛い女としての御用意あり。
「あてに体が小さく上品で『ろうたげに守ってやりたいと思わせるなり』そうでございましたな」
惟光は後になってそう言いました。
この弘徽殿の女御様は『優れて華やかなる歌や舞の御覚えこそ無かりしかど、睦ましう懐かしき方に思いしたり仕ものを。謙虚で争いを好まぬ御人柄であった』
などと、思い居出聞こえ賜うに付けても、昔の幼き事が書き連ね思い出されて、
「あの頃は宮殿の誰もが敵と思われて苦しゅうございました」
などと、打ち泣き賜う。
つづく
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かってに源氏物語
第十一巻 花散里(一~四)
原作者 紫式部
古語・現代語同時訳 上鑪幸雄
一
人知れぬ他人に対する御心遣いからの物思わしさは、何時となく自信を無くした時に現れる事なめれど、
『かくこのように、右大臣家が支配する大方の世につけて、面と向かって苦情を言えぬは情けなき事、この先、何時まで続くやら』
と、光源氏大将は思いながら、憂鬱な日々を送っておりました。
「源氏の君よ、どうしたと言うのだ。この所元気がないではないか」
浮かぬ顔の弟君を心配する朱雀帝の御心遣いさえ煩わしう思し、御心の乱るる事のみ勝れば、頼りにする桐壺院の助けもなく心細くて、世の中押しなべて厭わしう思しならるる。
あれほど好きであった女遊びもめっきり衰えて、ただ二条院に籠り、死を待つ老人のごとく無意味に暮らすは、かって、
「光る君」と呼ばれた華やかさも消えて『今は過去の人物』と扱われ、
『やはり光源氏様も普通の人間であったか』
と、さすがに嘆きなる事多かり。
二条院に籠る光源氏様を心配した惟光が、
「光源氏様、このように毎日ぼんやり御過ごしなさるは、御体に良くありません。せめて桐壺院に良く尽くして下された女御の方々に、御礼を申し述べてはいかがでしょうか」
と申し上げますと、空蝉の小君も心配して、
「そうでございます、光源氏様。特に前の麗景殿の女御様は、今は四条のの一画で過ごし、貧しい暮らしをしておられるとか。是非見舞いに行って下さいませ」
と申し上げました。
麗景殿の女御と聞こえしは、帝との間に御子宮たちも居わせず、桐壺院がこの世から隠れさせ賜いて後、役目を終えて実家に戻られしを、
「今は頼りにする父君、母君の姿はなく、いよいよ貧乏暮らしが現実のものとなり、哀れなる御有様なる」
と聞くを、光源氏様も気に掛けておられました。
ただ今はこの源氏大将のわずかな御心遣いに持て隠されて、
『ひっそり過ぐし賜うなる暮らし』と聞けば、
『好きな妹の暮らしはどうなっているのか』と、小君は気掛かりなようすになるべし。
この御妹様の三の君、内裏の奥渡りにては源氏の君とはかなう、わずかにほのめき賜いし挨拶をする程度の間柄でございましたが、小君にすれば例の似た者同士の御心なれば、さすがに忘れも果て賜わず、
『今頃どうしているのか』気になって仕方がありません。
光源氏様がわざとも持て成し給わむに、人の御心をのみ心配し尽くし、妹君を案じ果て給うべかめるをも、小君はこの頃、残る事なく思し心乱るる事のみ多かりき。
世の哀れの仕ぐさ配には、様々に多種多様あれども、経済的事情に思い居出賜うには、
『御気の毒』にと思し忍び難くて、五月雨の空、珍しく晴れ渡る雲間に時間を見付けて光源氏様を御誘いし、一行は元麗景殿女御の館へと渡り賜う。
つづく
二
光源氏様は、何ばかりの有名な織物の御装いもなく、至って地味に打ちやつれして御身を整えるに、御車を先導する御前の随身などもなく、一行は忍びて京極中川のほどに到着おわし、川を過ぐるに、
「光源氏様、ご苦労様でございました。丁度中川に差し掛かって参りました。ここらで一休み致しましょう。牛を休ませ、草を与えるには丁度良い所でございます」
と、惟光が申し上げました。
「それは丁度良い。車に揺られて腰が痛うなってしもうた。小君よ、踏み台を頼む」
光源氏様は、努めて貧弱な御簾の中からのたまう。
小君が御車の後ろに踏み台を置くと、光源氏様は降りて参りました。小君は、
「ささやかなる家の、木立など細やかに整え、館の雰囲気など豪華に良しばめるに、この辺りはなかなか気品に満ちた別荘地帯でございます」
と申し上げました。
川は小さく流れの音もなくて、耳を澄ますと、
『月はおぼろに東山あーあ、霞む夜ごとの、かがり火にー、
夢もいざよう、紅桜あーああ、忍ぶ思いを、振い袖にー、
祇園おーん恋しーいや、だーあらーりいの帯よ
夏は河原の、夕涼みーい、白い襟足、ぼんぼりにー、
隠す涙の、口い紅がーああ・・・・』
と、言ったような歌が聞こえて参りました。
屋敷の中には、玄人集団と思える人物が数多くいると思え、良く鳴る筝の琴を、あづま調べに合わせて、和琴や琵琶、つづみ、太鼓など多くの楽器を掻き合わせて、賑わわしく引き鳴らすなり。
光源氏様の御耳に止まりて、そこが門近なる家の入口所なれば、御体を少し差し居出て、のぞき見入れ賜えれば、大きいなる桂の木の追い風に、四月の葵祭の頃、思し居出られ賜う。
「惟光、ここには葵祭に飾る桂の木の、大きな枝が沢山あるぞ。なかなかの名家と見える」
光源氏様が仰せになられますと、
「これはまた、立派な桂の木でございますな。中の女人どもも、かなりの教養人と御見受け致します」
と、意味ありげに笑いながら申しました。
「休みのついでに、一度御尋ねしてみようかのお」
光源氏様は『中の主に受け入れられてもらえるのか』不安げな様子で仰せになられましたが、惟光は『してやったり』と、ニコニコ顔で口を大きく横に開き、
「それは願ってもない事でございます」
と申しました。
「なに?」
光源氏様が余りにも驚いた様子だったので、惟光は主人に自分の心を見透かれた様子で恥ずかしくなりました。
その屋敷の中はそこはかとなく威厳ある建物で、気配おかしきを、
「ただひと目見給いし、価値ある宿りなりと御給う。少し休ませてもらおう。ただならす、仲の姫君どもにも後挨拶せねばなるまい。あの琴の調べには覚えがある。
『記憶なきほどに経ける宮殿の女御かな。それとも町の女かな』
覚えおぼろげで、目隠しされたようや」
と、記憶慎ましけれど、四条の女御、もと桐壺帝の側室訪ねのし道中、通り過ぎがてらに安らい賜う。
光源氏様と惟光が門の前に立ち、扉を叩くと、折しもホトトギスの声、けたたましく鳴り渡りて、人の訪問を歓迎するかのようである。
「鳥の声も、人の歌声も、鳴り物の響きも、催し聞こえ顔なれば、
『どうぞお気軽に中へ御はいり下さい。御待ち申し上げておりました』
と、言っているのでございましょう。あの奇麗な歌声の主を訪ねてみましょうや」
と、惟光は言いました。
中に入る人々も、光源氏様の気配を感じて催し聞こえ顔なれば。
「これはいけるぞ。間違いなく歓迎されよう」
と光源氏様のたまうに、小君は御車を押し返しさせて、河原の広い場所に停めに行きました。
例の惟光、嬉しそうににやにや顔で、屋敷の中に入れさせ賜う。
「どうぞ光源氏様『御はいり下さい』とのことでございます。」
惟光は引き返すや否や、嬉しそうに言いました。
つづく
三
落ち返り 絵ぞ忍ばれぬ ほととぎす ほの語らいし 宿の垣根に
落ち返り 昔忍ばる ほととぎす 思い語らう 宿の垣根に
「昔を忍ばせる君との再会なれば、麻呂もほととぎすと同じ、耐え難く立ち寄った次第」
と光源氏様は風流に歌いながら、池の向こうの建物に近付いて行きました。迎える側は、寝殿と思しき建物の西の妻先に、大勢の人々居たり。
惟光は親しげに、見覚えのある女どもと感じ取ったのか、
「へちまの女房どもではないか。会いたかったぞ」
と笑いながら近づき、光源氏様が向かう先々も聞きし見覚えのある声なれば、
「あな恐ろしや惟光殿。そなたの浮気心には騙されぬぞ」
と笑い声聞こえたり。
「おっほん、おっほん。そういうそなたも、めっぽうに楽しんでいたではないか」
惟光は馴れ馴れしい声作り景色取りて、
「逢いたかったぞ」と、御消息の気遣い聞こゆ。
光源氏様が強引に主の手を握るなど、若やかなる景色どもすれば、女房どもはおぼつかさめく、恥ずかしげに顔を赤らめ『逃げ腰なる景色』と思うべし。
ほととぎす 言問う声は それなれど あなおぼつかな 五月雨の空
ほととぎす 我問う声は そちなれど 頼りにならぬ 五月雨の空
『男心と移り気は、五月雨の空と同じ。ことさらにたどる道は前と同じ』
と、見れば女の態度もそっけなし。
「よしよし
花散りし 庭の梢も 茂り合い 植えし垣根も 絵こそ見湧かぬ
花散りし 庭の桜も 茂り合い 植えし垣根も 面影湧かぬ
(紫明抄 源氏物語では植えし垣根のみ使用)
と言いたい所だろう、そうはさせぬぞ。このたくましい腕と足が、そなたを喜ばせてやろうぞ」
とて言って出居づるを、人知れぬ女心には、妬ましうも哀れにも嬉しう思いけり。
『しかし、光源氏様。麗景殿の女御様を訪問する前に中川あたりで道草し、女をからかうは、さも慎むべきことぞかし。紫式部はそのような甘ったれた態度は許しません』
と、事割りにも書き居づるあれば、源氏物語の作者はさすがなり。
「光源氏様、そろそろ出発致しましょう。麗景殿の女御様が御待ち兼ねでございますよ」
御帰りが遅い二人を心配した小君は、寝殿造りの西の妻先に来て光源氏様に申し上げました。
「かようの宴の際は、筑紫の五節がら、十一月宮殿の清涼殿で催される宴なりしばや。大襄会。新襄会の舞姫として推薦しよう」
と、まず思し出ず。
「小君よ、大襄会の舞姫候補として書き込んでおけ」
と、光源氏様は仰せになられました。
如何なる時に付けても、光源氏様の御心のいとまはなく、宮殿の運営を御考えるなる態度は、日常に於いても苦しげ成り。
年月を経ても、なおかのように女を見付けては持て成し当り、情け掛け過ぐし賜わむにしても、小まめに御声掛け仕賜うは、なかなか余多の人々に対しての物、思いやり仕草なり。
つづく
四
かの本意、今回目的の所は、思しやりて『なかなか不運な人であった』と知るべくも、来てみればまったくその通りで、人目もなくうっそうとした森に囲まれ、静かにて平穏な有様を見賜うも、いと哀れなり。
『このような寂しい所で尼に成り、残りの人生を送るには余りにも御気の毒』と、光源氏様は独りごちにつぶやきました。
まずは女御様の御宅方に上がらせてもらい、昔の思い出や楽しい御物語など聞き答え仕賜うに、
「あの泣き虫の若様がこれほど達者で御出世なされるとは思っても考えておりませんでした。母様の桐壺の更衣殿は、ことごとく身分の低い御方だと、御殿の他の女房どもは馬鹿にしておりましたもの。
その方が亡くなられたとあっては、
『いずれ奥御殿を追い出され、下々の家に養子としてもらわれて行く運命なのでしょう』とばかり思っておりました。光源氏様は運の強い御方でございますよ。よほど桐壺帝に気に入られたのでございましょう。よろしゅうございました」
「麗景殿の女御様には母を大切にして下さり、ありがとうございました。母が桐壺帝の寝所に参ります時に、麗景殿の女御様に預けられた事を良く覚えております。これはわずかばかりの気持ちですが、どうぞ御受取下さい」
光源氏様は幾らばかりの御金を渡しました。
「そのような御気遣いなど、しなくてもよろしゅうございますのに」
「いいえ、どうぞ御受取下さい」
「桐壺帝の亡き後、宮殿では右大臣と、弘徽殿の女御殿が幅を利かせるようになったとか。困った事でございます」
「まったくその通りで私もどうにもなりません」
「私の父君でも生きておりましたら、少しは御役に立てた物を。申し訳ございません」
麗景殿の女御は昔を懐かしみ、父親が大弁として活躍していた頃を思い出して言いました。二人の間は懐かしい思い出が重なり、つい知らずの間に、随分と夜も更けにけり。
十五夜を過ぎて半分欠けた二十日の月、差し出ずるほどに、いとど小高き屋敷森の影ども、小暗く見え渡りて、近き橘の薫り懐かしく匂いて、
「紫宸殿の宴を思い出しますな」
と、光源氏様が言いました。
「あれは三月の光源氏様の元服の時でございました。当時の頭の中将楠木との舞を思い出します。二人ともなかなか華麗で若くございました。なかなか見応えのある踊りでございましたよ」
麗景殿の女御は目頭を押さえ、懐かしそうに言いました。その女御の御気配、ねびに老けたれど、その上品な御振る舞いは、飽く事なきまでに可愛い女としての御用意あり。
「あてに体が小さく上品で『ろうたげに守ってやりたいと思わせるなり』そうでございましたな」
惟光は後になってそう言いました。
この弘徽殿の女御様は『優れて華やかなる歌や舞の御覚えこそ無かりしかど、睦ましう懐かしき方に思いしたり仕ものを。謙虚で争いを好まぬ御人柄であった』
などと、思い居出聞こえ賜うに付けても、昔の幼き事が書き連ね思い出されて、
「あの頃は宮殿の誰もが敵と思われて苦しゅうございました」
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つづく
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上鑪幸雄