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猿の手も借りたい  作者: 米太郎
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01

 「明日から新しいスタッフが来ることになっててね。急で申し訳ないんだけれども田代君、新人の教育係を担当してもらいたいんだけど問題ないよね?」

 

 休憩に入る時間を見計らっての訪問であろう。お昼ご飯のカップラーメンがそろそろ食べ頃となる絶妙なタイミングで休憩室に現れた施設長から、かく言う申し入れがあった。


「えっ、新人ですか?自分で良ければ、はい。分かりました」


 6畳ほどのスペースに、4人掛けの長方形のテーブルが一台と椅子が4脚。入口のドアを正面に捉える形で、田代と呼ばれた男はだらしなく腰かけてスマートフォンに目を落としていたところであった。


 「じゃあ、詳しいことは明日話すから、9時になったら事務所に来てね」とだけ簡潔に言い残し、施設長はいそいそと休憩室をあとにした。2か月前に奥さんから三行半(みくだりはん)を叩きつけられたばかりの施設長の背中は、突如としてやもめ暮らしを余儀なくされた男の哀愁を漂わせていた。


 ところで、田代はカップラーメンを食べる際、固めの麺で食すのが好みなため「1分50秒」という半端な時間で食べ始めることを鉄の掟としていた。


 ごく短時間のやり取りとは言え、カップラーメンは既にお湯を注ぎ入れてからかれこれ3分は経過してしまった。


 その事実に気付いた時、彼の中の怒りの炎はプロミネンスと化していた。


 神すらも欺いてきたであろう崇高なる瞬間を汚された田代は、湯を吸いすぎてやわらかくなった麺を乱暴にのどに流し込んだ。おあずけを食らった反動で、完食するまでには5分とかからなかった。


人間は空腹が満たされると、得てして穏やかな気分に落ち着くものである。先ほど感じた怒りは、きっと腹が減っていたことも相まって、瞬間的にバーニングしてしまったのであろう。


咀嚼の不十分な、油と塩と炭水化物の塊を胃の中に流し込むことがかなった田代は、少し浅く椅子に腰掛けてだらしない体勢をとった。


 田代の勤めている職場は、特別養護老人ホーム。所謂世間一般では『特養』と称される高齢者福祉施設である。


 居室数は50室、近年ではもはや定番になっている『※ユニットケア』を謳う施設であり、各10室、計5つのユニットにそれぞれ6~7名の介護スタッフが勤務している。


 (※ユニットケアとは、簡単に言うと1ユニット10名程度の少数単位で構成される、顔なじみのスタッフと家族的な雰囲気の中で、個人の生活スタイルを尊重できる様式を目指すものである)


 2年前に新規オープンしたばかりであり、まだまだ足並みは揃わないものの、ようやく入居者も埋まり、スタッフの人数も足りないながら安定してきた頃合である。余談ではあるが、当初16名いたオープニングスタッフも、今では9名にまで減ってしまっていた。


 それにしても、実を言うと田代はほんの3か月前に入職したばかりである。


 介護の経験は3年程あるとは言え、前職はデイサービスでの勤務である。こと特養においての経験値としては、まだまだ半人前の域を脱しきれていない。そんな男にも新人教育係という役が舞い込んでくるとは、業界の抱える人手不足の波も年々深刻化していることが容易に窺い知れる。


 残りの休憩時間をスマートフォン片手にだらだらと過ごし、消化にエネルギーを奪われつつぼんやりとした頭で、残りの勤務時間を文字通り「消化」した田代は、翌日出会うであろう新人スタッフがかわいらしい女性だったら萌えですな、などと無駄に期待を寄せながら家路についた。

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