ある少女の過去編②
サクラとジュミに連れられ、トコは草原を進んでいく。歩けば歩くほど松明の光が届かなくなり、視界が暗くなっていく。
辺りがほとんど見えなくなって来たその時、目の前に巨大な建物が突如出現した。
「うわっ!」
「アハハ、ナイスリアクション」
「この建物は普段は透明化されていて、半径5メートル以内に入った者だけが視認できる設定になっています」
笑うだけのジュミとは対照的に、サクラは淡々と答える。
「鍵は常に開いていますので、いつでも、そして誰でも入れます。これは万が一敵が現れた際、迅速に逃げ込むためです。そして私達は敵に備えるためにこうして建物の周りに散開して、怪しい人物を見つけ次第排除する形にしているのです。さ、入りましょう」
サクラに促され、トコは中に入る。その後ろをジュミがニコニコしながら続いた。
「ではこれから施設の説明をしていきます」
サクラはそう言うと、各部屋を周り手短に説明をしていった。食堂、浴場(外にも同じような物があったのだが、二つあるのだろうか?)、それぞれの部屋……特別変わった部屋はなく、案内が終わる。
「以上が建物の説明です。何か質問は?」
「と、特には……」
実際の所、あまりにも速すぎてよく分からなかった。サクラは事務的に説明を続けていく。
「では、外に出ましょうか。仲間に一通り顔合わせをしましょう」
二人に連れられ、トコは外に出た。理解が追いつかない速度で事が進んでいく。このままだと一から話を聞く羽目になりそうだ。
トコはジュミの顔を見る。トコの困り切った顔を見たジュミは言いたいことを察したのか、足早に前を歩くサクラに声を掛けた。
「サクラ、相変わらず効率厨なのは分かるけどさ。もう少し相手の事を考えて話さないといけないんじゃない?」
その言葉に、サクラはクルリと振り向いた。その目は相変わらず笑っていない。
「ジュミ、私はキョウ様ほど優しくはありません」
その口から、冷たい言葉が飛び出る。
「どういう事?」
「どうして、キョウ様に刃物を向けた者を仲間に加え、あまつさえ親切に組織の紹介なんてしなければいけないんですか? 案内係と言う役割はキョウ様から貰い受けた役割、それ自体に関しては何も言いませんが、丁寧に紹介しろと言われるのは流石に無理があるでしょう」
ジュミを睨み、サクラは強い口調で告げた。成る程、確かに理解できる理屈だ。
いくら攻撃が効かないとしても、自分の組織のボスに武器を向ける者を仲間に加えるのに抵抗を覚えるのは少なからず居るだろう。
「でもさあ、ノーダメージだったんでしょ? なら許してあげても……」
「一人、二人程度なら許します。でもそんな事が何十人と続けば? 私はもう耐えられません!」
サクラの不満を聞いて、トコは無性に腹が立ってきた。確かに賭けに負け、『恐怖部隊』に入ると言ったのはトコだ。しかし、ロクな説明を貰っていない上、こんなにキレられているのはあまりに身勝手すぎないか。
「だっ…」
トコはそこで口をはさんだ。サクラの目がトコに向けられる。
「だったらこっちも言わせてもらう! 何だよ、二人してキョウ様キョウ様って気持ち悪い! キョウは強いのかもしれないけどそれだけだ!」
瞬間、サクラの目に殺意が灯った。トコに向かって右手が伸ばされる。
「それ以上、キョウ様をーーー」
「うるせえよ」
瞬間、サクラの動きが止まった。その目から殺意が消え、怯えが色濃く浮かび上がる。
「拠点の外でギャーギャーギャーギャー騒ぐな」
声のした方を向くと、そこには一人の男が居た。黒いフードを被り、切り株に腰かけて俯いている。どことなく陰気な雰囲気の漂う男だ。
「わ、悪いアサト。気をつけるよ」
固まってしまったサクラに代わり、ジュミが黒フードの男に答える。男はそこで初めてこちらに視線を向けると、退屈そうに視線を戻した。
同時、サクラが膝から崩れ落ちる。ジュミが分かっていたかのように素早くサクラに近づき、倒れそうなサクラの体を支えた。
「サクラ……八つ当たりをしたい気持ちは分かるけど、抑えなくちゃ駄目だ。どうしても抑えられなくなったら、私が聞いてやるから」
それだけ言うと、ジュミはトコの方に向き直る。
「迷惑掛けてごめんな。それじゃあ、ここからはアタシが説明してやるから」
「あ、ありがと」
「まず、何か質問はあるか? サクラの八つ当たりのせいで情報が欠けてる部分があるでしょ」
「えっと……それじゃあ」
トコはそこで、ずっと気になっていた事を尋ねる。
「何で、女の人ばかりなの?」
その言葉に、ジュミの顔が強張る。
「………少し前までは、男の人もたくさんいたんだよ。でもこんな悪評ばっかりの組織に入る奴なんて大体頭のネジが外れた奴か、組織の名前で箔を付けたいって連中ばっかりでさ。アタシ達の知らない所で、一般人巻き込んで凶悪犯罪を起こしてたんだ」
「えっ?」
「気付いた時にはもう遅かった。男どもは無関係の人を巻き込んで色んな犯罪をやってたんだよね」
「それで、どうなったの?」
「…皆粛清されたよ。事件に関わった奴ら全員、一人残らず」
ジュミの視線が僅かにずれる。その視線の先には、先ほどアサトと呼ばれていた男が居た。
「…アイツの名前はアサト。キョウ様の右腕にして、『大粛清』を行った張本人さ」
世界最強のキョウの右腕。と言う事は、相当強いのだろうか。
「右腕って事は、強いの?」
「強いなんて物じゃない。私達が全員束になっても敵わないよ。本気になったアイツを止められるのは、世界中を探してもキョウ様しか居ない」
そう言うジュミの目には、未だ警戒の色が灯っていた。同じ仲間だというのに、彼女はアサトの事を欠片も信用して居ないようだ。
二人の視線が降り注ぐ中、アサトは怠そうに頭を掻いた。ここから眺めていると、とても強そうには見えない。筋肉隆々のグラカー・ハムの方が何千倍も強そうだ。
「キョウ様を敵に回したくないのは人類共通の認識だけどさ、アサトはもっと敵に回したくないね。何を考えてるか全く読めない分、キョウ様より厄介」
ジュミはそう言って笑うが、口の端が引き攣っている。
「さて、それじゃあ次の質問にーーーーー」
そこで唐突に言葉が途切れる。次の瞬間、トコは地面に突き飛ばされていた。
「ッ! 急にな……」
「敵襲!」
ジュミが叫び、手から炎球を産み出して目の前の空間に投げる。炎の光に照らされ、真っ暗だった視界が開けた。
「なっ……」
視界の先には、数十……いや、数百の兵隊が居た。白い甲冑に身を包み、黒光りする槍を携えている。
兵隊たちの先頭にはローブに身を包んだ男が一歩前に踏み出してきた。
「我々は『御聖教団』。キョウ=ウルクファング並びに『恐怖部隊』。大人しく投降すれば命までは取らない」
一文一文を区切るような、重々しい口調。トコはその言葉に戦慄する。
『御聖教団』。人類最強の切り札の一つとまで言われている組織だ。この組織の構成員が一人いるだけでその地方の平穏が守られるという、とんでもない逸話を持っている。
「クソッ、何でこんな近くに接近されるまで誰も気づかなかったんだ! トコ…アタシの後ろに隠れてな」
ジュミが歯ぎしりし、トコを背に庇う。その時、前方から声が聞こえてきた。
「【フラッシュ】!」
瞬間、辺りが真昼のように明るくなった。敵、味方の位置がはっきりと分かる。トコは辺りを見回す。先ほどまで建物の周りで雑談に興じていた『恐怖部隊』のメンバーは全員、各々の手に武器を携えて臨戦態勢を取っていた。だがそれは敵も同じ事。腰を落とし、鋭く光る得物をこちらに向けている。
目算した所、数はそう大差ない。ただこちらの陣営は女ばかりなので少々頼りなく見える。
トコはキョウの姿を探す。居た。アサトと呼ばれる男と共に、最前線に立っている。
ローブを着た男が、更に一歩進み出た。キョウと男の距離は100メートルもない。
「お前がキョウ=ウルクファングか」
「ああ」
「そうか」
その僅かな返事に満足したかのように、ローブの男が手を掲げる。そんな男を見て、キョウは一言呟く。何故だか分からないが、その言葉はトコにも聞こえた。
「アサト」
キョウの合図を聞いたアサトは面倒くさそうに後頭部を掻いた。キョウは続ける。
「いつも通り頼む」
「了解」
怠そうに返事をすると、アサトは敵の大軍に向かって走り出した。ある程度助走をつけた所で、アサトは勢いもそのままに跳躍する。
助走も跳躍も桁外れの走り幅跳び。数十メートルの大ジャンプを成功させ、アサトは一瞬にして敵軍の中心に飛び込んだ。
ーーー刹那、足元の地面が激しく揺れトコは派手に転倒した。
「う、うわあっ!」
咄嗟に手を付く事すら叶わなかった。建物が倒壊しても全くおかしくないくらいの規模の大地震。数秒して地震が収まると、トコは全身が痛みを訴えている事に気が付いた。
「な、何が……」
「トコ! 大丈夫⁉」
ジュミが慌てて飛んで来て、助け起こしてくれる。呆然としているトコにジュミは不満そうに言った。
「アサトの奴、相変わらず派手にやってくれるな………こっちの迷惑も考えろ!」
「えっ? えっ?」
理解が追いつかないトコを、ジュミは腕を掴んで引きずり上げる。
そこで、トコは見た。
アサトを中心に、巨大なクレーターが出来上がっていた。アサトの周りに居たはずの兵士たちは、先ほどいたはずの場所から数十メートルも離れた場所で倒れたままピクリとも動かない。
人類の切り札。構成員一人で地方を一つ守れる実力を持った集団。
ーーーそんな数多の伝説を持つ『御聖教団』は、たった一人の男の一撃によって壊滅した。
「こ……」
これが『恐怖部隊』。圧倒的な力で敵対者をなぎ倒していく人類の恐怖の象徴。
「凄い……」
アサトが気怠そうな態度を崩さないまま、こちらに戻って来た。キョウはそんなアサトを労う。
「お疲れアサト。いつも悪いな」
「気にしないでくれキョウさん。あのレベルの敵なら俺がやるのが一番合理的だ」
「そうなんだけどな……でもやっぱりお前にばっかりやらせるのはーーー」
「足手まといこの上ない女どもにやらせるよりマシだろうよ。それに、アンタに戦わせるより一万倍安全だ」
右腕と名乗るだけあって、アサトはキョウにはっきりと意見できる人物らしい。
「……まあ、そうかもな」
「キョウさん、いい加減アンタは『毎秒六億トンのニトログリセリンが自動生成される工場』と危険度が大差ないのを自覚してくれ。人類史を滅ぼす気かアンタは」
「すまんアサト。お前の例えは相変わらずよく分からん。そもそもニトログリセリンってなんだ?」
漫談のようなノリの会話。とても数分前まで戦闘中だったとは思えない空気感だ。
二人の会話を聞いてか、辺り一面に弛緩した空気が流れる。ジュミも肩の力を抜き、トコから離れる。
トコも肩の力を抜こうとしてーーーーー見た。
視界の端で、ローブを着た男が倒れたままジュミに掌を向けていることを。
その口が紡がれる。唇の動きからして、紡いだ呪文はーーーーー
(【スター・ピアス】!)
鋭い光線で相手を穿つ中級魔法。防御もなしに心臓か頭に当たろうものなら即死してしまう。それも詠唱の内容からして数は複数。無数の光線でジュミを蜂の巣にでもするつもりか。
そうはさせない。
「光の壁よ、我らを守れ……」
【エターナル・バリアー】の詠唱を紡ぎながら、トコはジュミと【スター・ピアス】の間に割り込む。視界の隅で、キョウが目を見開いていた。アサトが地面を踏みしめ跳躍の姿勢を見せるが、もう間に合わないだろう。
「トコ⁉」
ジュミの驚く声。トコは最後の文を唱えようとしてーーーーー
【スター・ピアス】が殺到した。
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