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ある少女の過去編①

 トコは、路地裏で静かに息を整えていた。


 水溜まりに映った自分の顔を見る。ボロ雑巾を纏っているかのような汚い服に、長年手入れをしていない事が一目で分かるボサボサの髪。どこからどう見ても孤児の格好そのものだ。


 近くに落ちていたガラス片を片手に持ち、曲がり角から向こう側の景色を見る。足元にゴミが散乱する路地を、一人の男が歩いていた。


 キョウ=ウルクファング。


 自他共に認める世界最強の男だ。自らが作り上げた『恐怖部隊』のボスであり、その悪行の数々から『人類の敵』とまでされている。その後ろ姿を見ながら、トコは呟いた。


「アイツを殺せば・・・」


 現在、キョウの首に掛かった懸賞金は白金貨60000枚。末代まで遊び歩ける金だ。加えて、彼を殺せば貴族の称号も手に入る。とは言え末代の事などどうでもいい。今は自分が生き残ることが先決だ。


 トコは手に持ったガラス片を握りしめた。その時、空きっ腹がグウと可愛らしい音を立てる。もう数日も何も食べていないのだ。今までは残飯でどうにか凌いでいたが、最近はそれすらも食べていなかった。


 速く、何か食べなくては。残飯だらけで栄養失調気味だ。奴を殺して、得た金でたらふく美味しい物を食べようと再度心に決める。


 気配を殺しながら、キョウの背中を見つめる。奴を殺すためにトコは自分が持ちうる限りの罠をこの路地に張っておいた。もうすぐでその罠が発動するはずだ。キョウがゴミ箱の横を通り過ぎたのを確認して、トコはほくそ笑む。


 あと数歩歩けば、そこにはトコの自作した呪符が無数に散乱している。それをキョウが一つでも踏めば、その瞬間に奴の命は終わる。


 トコが顔だけを出して見ていると、キョウはついに罠の場所までたどり着いた。踏み出した右足が、呪符を正確に踏み抜く。踏みつけられた呪符が紫色の光を放ち、能力を発動する。


「ん? 何だ?」


「……よし!」


 トコはグッ、と拳を握りしめた。いかに世界最強と言えど、この呪いを受ければ絶命するはずだ。


『死の呪い』。


 読んで字のごとく、相手の命を絶つ呪いだ。発動するためには『呪符に魔力を込めて7日間変死体の近くに置き、その札を相手に踏み抜かせる事』と言う非常に面倒くさい過程を経る必要があるが、その分この呪いの効力は大きい。


 この呪いを使えば、どんな敵であろうと確実に殺す事が出来る。例え不老不死と目される吸血鬼のような存在であっても、不死身の元である『核』を破壊されて死亡する。何かしらの対策を事前に講じていたとしても、この呪符を踏み抜けば最後、同じように命を刈り取られて死ぬ。


 踏めば最期の呪符を踏み抜いたキョウは命が刈り取られるーーーー


「ん? よく見たらこれ、『死の呪符』じゃねえか。しかもここら一帯に滅茶苦茶あるし。おいおい、危ないな全く」


 事はなく、ただ平然としていた。


「……え?」


「随分とはた迷惑なことをする奴も居るんだな、全く。片づけておくか」


 呪符が発動したはずなのに死なない男を見て、トコは呆然とする。そんな彼女の目の前で、世界最強の男はせっせと呪符を踏みつけ始めた。呪符から紫の光が幾度となく漏れ、キョウに『死の呪い』を浴びせていくも本人は何事もないかの様にピンピンとしている。


「嫌がらせもここまで来ると怖いもんだな。…と。これで良し」


 全ての呪符を踏みつけ終え、キョウは効力を失った呪符を拾い集め始めた。トコは少しの間呆然としていたが、やがて我に返ると足元に落ちていたガラス片を拾い上げる。


(な、何で最強の『死の呪い』が効かなかったのかは分からない。けど…ここで引くわけにはいかない!)


 そう。こちらは命懸けなのだ。たった一つ作戦に失敗したくらいで折れる訳には行かない。キョウは腰を屈めて呪符を拾っているためか、トコの存在に気が付く事はない。トコは存在が気が付かれていない事を確認すると、路地から体を出した。


 肉弾戦は全くと言ってもいいほど得意ではない。しかし先ほどの魔法が通じなかった以上、あの男には魔法全般効かないのかもしれない。もっとも、そんなビックリ人間など聞いた事がないのだが。


 しかし念には念を入れて、物理攻撃で攻める。トコは息を整えると、キョウがゴミを踏みつけた瞬間に地を蹴って飛び出した。


 いくら世界最強と言っても、所詮は人間。背中を刺せば死ぬだろうし、例え死んでも全ての人間から恨まれているような奴だ。死んでも誰も悲しまない。いや、むしろ自分は正しい行いをしているのだ。


 そんな風に自分を正当化させながら、トコはキョウに超接近した。キョウは肉薄するトコの存在に気が付かないのか、歩みを止めることはない。トコは無防備な彼の背中にガラス片を突き出すーーー



 寸前で、地面に組み伏せられた。



「ッ!」


 驚きと痛みで声が出る。その声に気が付いたのか、キョウが振り返った。トコの上から女性の声がする。


「キョウ様。お怪我はありませんか?」


「いや、怪我も何も攻撃が当たる前に止めてるだろ。離してやれよ、サクラ。もう充分だ」


 キョウがトコを見て、彼女の上に居る女ーーーサクラに言った。サクラは「かしこまりました」と短く返事をするとトコから離れる。体が自由になったトコはゆっくりと起き上がった。


「お前か? この辺りに『死の呪符』をばら撒いた不届き者は。相手が俺だからたまたま良かったけど、もし他の奴が踏んでたら大問題だぞ?」


 諭すように、キョウは言う。


 ただ普通に喋っているはずなのに一定の威圧感を持って、キョウが問い掛けてきた。トコが答えようとすると、先にサクラが答える。


「キョウ様の命を狙っていた者と思われます。恐らく懸賞金が目当てかと」


「か、金目当ての何が悪いんだよ!」


 思わず叫んでしまう。こんな奴らに自分の事が分かってたまるか。善良な市民を食い物にして私腹を肥やしているような奴らにーーー


「別に悪くはないさ、立派な心がけだと思うぜ。おいサクラ」


「こちらに」


 キョウの言葉に、サクラがどこからか剣を取り出した。何の変哲もない、一般的な剣だ。キョウは刃の方を摘まむと、トコに剣を渡した。


「そんな心掛けに免じて、チャンスをやるよ。この剣で俺の事を10回斬りつけてみろ。その中で一度でも俺に傷をつけることが出来るなら大人しく首を跳ねさせてやる。ただし、負けたら俺の『恐怖部隊』に入れ」


 トコは一瞬躊躇う。しかし、自分のような何の力も持っていない孤児が世界最強の怪物とまともに打ち合って勝てるはずもないことは百も承知だ。剣を受け取ったトコを見て、キョウは笑う。


「ゲームスタートだ。約束、破るんじゃねえぞ」


「そっちこそ」


 言いながら、トコは真っ直ぐに踏み込んだ。近くに居るサクラは何もする気がないのか、何もしてこない。


(それならーーーもらった!)


 素早く間合いを詰め、キョウの首に剣を叩き付ける。これで奴の首を切断できる。


 ーーーはずが、剣はキョウの首に当たった瞬間弾かれた。


「なっ……」


 驚きながらも、連続で斬りつける。しかし剣はキョウの肌に当たる度、弾かれてしまう。隣でサクラが数を数えているのが見える。既に9回当てた。もう後はない。


「う、アアアアッ!」


 叫び声にも似た声を上げ、足元に落としてしまったガラス片を拾い上げる。そして、キョウの腹目掛けて突き刺した。


 ーーーきっと剣がおかしいんだ。だって刃物で死なない人間などいないのだから。ならきっと、これで・・・


 そう思って突き出したガラス片は、キョウの右手によって止められていた。そこには傷一つない。


「悪いな。俺、刃物が効かない体質なんだよ」


「う、アアアアア……」


 最後の希望が砕け、トコは膝から崩れ落ちた。そんなトコに畳み掛けるかのようにサクラがトコに話し掛ける。


「キョウ様を殺したいのなら、銀河を破壊する威力で望まなくては不可能ですよ。凡人がキョウ様を殺せるなどとつけ上がらないことですね」


 ーーーもはや、同じ人間ではない。


 戦慄したトコに、キョウが近づいてくる。 


「さて、お前は10回斬りつけて全て失敗した。ルール通り、俺の部隊に入ってもらおうか」


 ーーー卑怯だ。トコはそう言おうとしたが、声が出ない。そんな彼女をサクラがヒョイ、と抱えた。


「ワワッ!」


「ほら、行きますよ。拒否権はありません」


 サクラに抱えられたまま、トコは運ばれていくーーー




 トコが運ばれたのは、国の外にある草原だった。いつの間に国外へ出たのかさっぱり分からない。それほどにキョウとサクラの動きは素早いものだったと言うことだろう。


「着きましたよ」


 サクラに降ろされ、トコは前方を見る。すっかり陽が落ち、怪しくなった視界の中に多くの人間が蠢くのが見えた。100や200ではすまないような人数だ。


「おい、帰ったぞ」


 キョウが蠢く人間たちに声を掛けると、四方八方から火が灯った。トコは瞠目する。


 蠢く人間のほとんどはーーー女だった。


「は…?」


 噂でしか『恐怖部隊』を知らなかったトコは、思わず間抜けな声を出してしまった。てっきり国中の荒くれ者達が集って徒党を組んでいる、そんなノウキン集団かと思っていたのだ。


 ちらほらと見える中には男も居るが、大半は子供だ。立派に戦えそうなのは3人くらいしか居ない。


 これではまるで戦闘集団と言うよりもーーー


「大規模な家族みたい、だろ」


 トコの思考を先読みしたかのようにキョウが言い、歩いていってしまう。


「とにかく、疲れてるだろうから今日は休め。明日から働いてもらうからな。おいサクラ、俺はグラカーに会ってくるから後は任せる」

 

「行ってらっしゃいませ」


 キョウの姿が暗闇の中に消える。残されたトコに、サクラが声を掛けてきた。


「さてーーーお風呂とご飯、どちらを先になさいますか?」




 まともな風呂も食事も堪能したトコは、自分に支給された服を着て困惑していた。一体、彼らは何が狙いなのだろう。自分にこんな待遇をして、何を目論んでいると言うのだろうか。


 考えられるのは、彼女を売り飛ばそうとして居る可能性。これは充分にあり得る。その為にこうして豪華な身なりをさせているのだとしたら、彼らがトコにしている事にも納得がいく。


 売られた後の事は分からないが、今より酷くなることは想像に難くない。いや、多分死ぬ。


「売られてたまるか……」


 ここまで、あの汚い路地裏でどうにか生き延びてきたのだ。この先も生き残って見せる。


 トコは呟くと、後先考えずに駆け出した。場所はどこでもいい。とにかくこの場所から逃げなくては。


 幸い、サクラは他の女との会話に夢中でトコの逃亡に気がついていない。出来るだけ姿が闇に隠れるように篝火の間を通り過ぎーーー


 視界が反転するのを感じた。




「キョウ、逃亡しようとしていた子供を捕まえたわ。どうする?」


「誰だ? ……ってああ、新入りか。取り敢えずここに置いといてくれ」


「は、放せ!」


 襟首を掴み上げられたトコはバタバタと暴れるが、女は身動ぎしない。銀色の髪をした、知的な雰囲気を醸し出している女だ。彼女もまた、キョウの仲間の一人なのだろうか。


「いつも悪いな、アイミ。参謀のお前に余計な手間かけさせて」


「気にしないで。じゃあ、新入りちゃんはここに置いておくわね。ーーーああ、そうそう。そろそろサラちゃんが爆発寸前だから構って上げて」


 アイミはそう言うと、片手で摘み上げていたトコを地面に下ろした。キョウはそんなアイミに軽く手を挙げると、トコを見てきた。どこか優しい黒目が、トコを見る。


「おお、いいじゃねえか。似合ってるぜ、その服」


「なっ……」


 今まで誉められたことのなかったトコは動揺する。そんな彼女にキョウは軽く笑った。


「どうした? 何か不満があるなら話してみろよ」


 そこには、逃げたトコに対する怒りも悲しみもなかった。ただ、優しく彼女の心をノックしてくる。


 優しい対応をされて、トコは思わず言葉につっかえてしまった。


「だ、だって、こんな格好をさせて、私を、う、売り飛ばそうとーーー」


「売り飛ばす?」


 キョウは訝しむような顔をしてーーー口を開けて大きく笑った。


「ハハッ。そんなことする訳ないだろ。お前は何を言ってるんだ?」


「で、でもーーー」


 トコが困惑していると、横合いから声が掛けられた。


「勘ぐるだけ無駄だぞ。その男は正真正銘の大馬鹿だからな」


 見ると、大剣を肩に担いだ男が切り株に腰かけていた。服の上からでも分かる屈強な肉体をしている。南の国特有の浅黒い顔には切り傷があり、右目が深く閉じられている。その言葉に、キョウが不満げに反論した。


「誰が馬鹿だよ、グラカー。俺はこれでも大真面目だぞ」


 キョウの反論をグラカーと呼ばれた男は鼻で笑い飛ばす。


「お前は充分に大馬鹿だよ。その様子を見るに、また孤児を拾ったんだろう? メドに怒られるぞ?」


「いいよ、もう慣れたからな」


 キョウは諦めたように肩をすくめる。そんな二人の会話を聞いていたトコは、何が何だか分からないと言う顔をした。そんなトコを面白く感じたのか、グラカーはにこやかに笑ってこちらを見る。


「ああ、オレはグラカー=ハム。この馬鹿の腐れ縁で、今は傭兵をやっている。コイツにはよく食糧を提供してるんだ」


「悪いな。何せ人口が多いもんだから」


「多いなんて物じゃないだろ。大体3日に1人のペースで孤児を拾ってきやがって。いくら世界最強と言えど、守りきれなくなるぜ?」


 グラカーはそこまで言うと、再びトコの方を向いた。


「とりあえず、仲間達の所に戻ってみろよ。何か面白い話が聞けるかもしれないぞ」


 グラカーにそう言われ、トコは仕方なく集団の中に戻る。ひとまず逃亡は無理だという事が分かった以上、中に入って様子を探っていく他あるまい。


 トコが戻ると、サクラと呼ばれていた女性が目ざとく見つけ近づいてきた。


「どこに行っていたのですか? 探しましたよ」


「う……ごめん」


「分かればいいんです。それじゃあ、この部隊について簡単に説明しましょうか。まず自己紹介を。私の名前はサクラ。この『恐怖部隊』の案内係を務めています。以後お見知りおきを。貴方のお名前は?」


「ト、トコ」


「よろしくお願いします、トコ」


 そう言って、サクラがニコリと笑う。しかしその目は笑っていない。


「え、えっと……」


「サクラは相変わらずせっかちだねえ。そんなんだからキョウ様も構ってくれないんだよ」


 背後から肩を置かれ、トコは振り返る。そこには藍色の髪をした女性が立っていた。


「口を挟まないでください、ジュミ。説明は私がしますから」


「合いの手は必要じゃない? 一人で説明しにくいでしょ」


 ジュミはそう言って笑った。




 

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