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医者の一人旅編⑤

一週間後。


「長々とお世話になりました」


「こちらこそ、国内の患者を全員治してもらえた事は感謝してもしきれないよ」


 頭を下げた如月に、国王は握手を求めてきた。如月はそれに応じる。


「娘も君の事を気に入っていてね。出来ればこのままこの国で専属の医者として勤めてもらいたいのだが…」


「生憎と、旅の途中でして。有り難いお誘いですがすみません」


 如月の言葉に、国王は「そうか…」とどこか寂しそうな表情を見せた。


「なら仕方ないな。だが、気が変わったらこの国に来てくれ。我が国はいつでも君を歓迎しよう」


「ありがとうございます」


 如月は横に置かれた鞄を横目で見る。如月が出国すると言った時、国王が用意してくれた物だ。中には長持ちしそうな食料や水がギッシリ詰まっている。


「ところで」


 国王が声のトーンを一段階落とし、如月に問いかけてきた。


「君は『黒百鬼の死神』と仲が良いという風の噂を聞いたのだが、それは本当か?」


 如月の心臓が跳ねた。内心の動揺を悟られないように、如月は声を絞り出す。


「はい?」


「いやね。リルム国の住人の中に、君が『黒百鬼の死神』と行動を共にしているという者が居たのだよ。それと、自分達を治療して去って行ってしまったともね」


 恐らくナズナと戦った時の事だろう。失念していた。


「もちろん、噂くらいで君を投獄する事はない。それに、噂がどうであれ君が我が国の人間を大量に救ってくれたことに変わりはない。だが、もし本当に奴と関わっていたのなら由々しき事態になるとは思わんか?」


 国王の眦が鋭くなる。


「仰る通りです」


 如月が認めると、国王は続けた。


「『魔族戦争』が終わってから、世界には大量の荒くれ者が溢れた。力に物を言わせ、略奪を主として生きる者達だ。そんな彼らの中で、ひと際頭のネジが外れた者達が居る」


「それが『三狂人』ですね」


 そこまでは、人類の共通認識だ。


「【執念】の『黒百鬼の死神』

【暴力】の『嗤う道化師(クラン・クラウン)

【数】の『女王蜂』

 誰が最も強いかは支持者によって議論が分かれるが、戦えば辺りに甚大が被害が出る事は避けられないだろう」


 肩書は初めて聞いたが、【執念】と言う言葉が用いられている辺り如月の仮説は正しいのかもしれない。

 

「特に『黒百鬼の死神』と『嗤う道化師クラン・クラウン』。彼らの子種を欲している者はたくさんいる」


 国王は溜め息を吐いた。


「多くの人間を躊躇いなく傷つけ、殺し、尊厳を踏みにじる。本来、人に機能しているはずの社会性や理性のブレーキと言ったものが存在していないかのような彼らは、多くの種から危険視され、同時に関心を持たれている」


「そうなんですか」


「特に知的好奇心の強いエルフと、より強い子孫を残そうとするサキュバスが熱心だね。エルフは彼らの脳の構造を詳しく調べたいようで、彼らの脳に懸賞金を掛けているよ。この二種族以外にも、個人的に彼らを恨む者や研究熱心な人間が目玉の飛び出るような額を出していると聞いた事がある」


「どっちの方が高いんですか?」


 何となく、興味本位で聞いてみる。


「どちらも小国の国家予算に匹敵する額である事は変わりないが、若干『黒百鬼の死神』の方が高かったはずだよ。奴は『三狂人』の中で群を抜いて殺害人数が多く、相当恨みを買っているからね」


 そこで、国王は如月を見た。


「我が国も、奴を捕らえる準備は密かにしている。何しろ額が額だ。懸賞金が手に入れば、我が国は一時的に隣国より優位に立てるだろう。無論、人々の生活は格段に良くなる」


 だから、何か情報を知っているのなら教えて欲しい。暗にそう言われている気がした。


「すみません。僕は何も知りません」


 如月は即答する。迷うまでもなかった。情報を売る事にはデメリットしかない。


「そうか……分かった。すまなかったな。疑ったりして」


「お気になさらず。それでは僕はこれで」


 再度一礼して、王宮から出る。門まで歩いて行くと、何やら兵士と少女がもめていた。


「ですから、王宮にお戻りください姫!」


「いーやーだー、シンヤについて行くの!」


 どうやらどこかから如月出国の情報を聞いて、門の前で待ち構えていたようだ。王宮だと門までの道のりで引き留められる可能性があると判断したのか。


「姫」


 如月の声に、姫はパッと顔を輝かせた。


「あ、シンヤ!」 


 嬉しそうに駆け寄ってくる彼女の背中には、小さなリュックサックがあった。どうやら本気で如月の旅について行くつもりらしい。


「私も連れていって! シンヤの旅に!」


 その言葉に、如月は困った表情を見せた。


「姫…駄目ですよ。外は危険でいっぱいなんです」


「シンヤがいるじゃない! 私は貴方についていくわ!」


「僕では駄目です。僕には戦う力がない。今までだって、偶然生き残ってきたような物なんですから」 


 謙遜でも何でもなく、ただの本音だ。『治す』ことしかできない如月は、戦いに最も向いていない。負傷した人間は治せても人を負傷させる事は出来ない。


 もし、これが『殺す』事に特化した『黒百鬼の死神』なら、彼女を連れていくだろうか。彼なら姫一人守る事くらい魚が水の中を泳ぐくらい簡単にできるだろう。


 しかし、如月は彼ではない。殺す能力がなければ殺す覚悟もない。


 実力の伴わない半端な優しさは、誰も救われない毒になる。


「お願い! 連れていって! シンヤの指示には全部従うから! 邪魔にはならないから!」


「駄目です。今の姫ではーーー」


 「足手まとい」と言う言葉を、優しすぎる如月は言う事が出来ない。


「またいつか…この辺りを立ち寄る機会があれば寄ります。その時に姫がまだ外の世界を見たいと思うのなら、一緒に行きましょう」


 この言葉が、如月が言える限界だった。


 恐らくこの国に立ち寄る事は二度とないだろう。


「それじゃ駄目なの! 今じゃなきゃ嫌!」


「衛兵さん、後はお願いします」


 必死に声を絞り出してそれだけ言うと、如月は門の外に足を進めた。如月の後ろでは、衛兵に取り押さえられた姫が何度も彼の名前を叫ぶ。


「シンヤ! シンヤ! シンヤ! シンヤ! シン………」


「…………さよなら」


 かろうじて、その単語が口から滑り出る。このまま聞き続けると気持ちが揺れてしまうと思った如月は、足早に門の外へと飛び出した。


 姫の声が届かない所まで行っても、彼女の如月を呼ぶ声は何度も脳内を反復していた。


「弱いですね、僕は」


 あの言葉を聞いた時、一瞬気持ちが揺れてしまった。


 分かっている。今姫を連れていっても誰も幸せにならない事を。


 それでも、僅かに姫を連れていきたいという思いが芽生えてしまった。


「ハァ…」


 胸中を罪悪感が満たしていく。今からでも戻って姫を旅に同行させてあげたい、そんな思いにすら駆られる。


 罪悪感に耐えきれず、手が無意識にポケットに伸びる。自分でも気が付かない内に、如月は伝導石を起動させていた。


『申します、申します』


「…………」


『もしもし、もしもーし。おい如月、聞いてんのか?』


「え、あ、はい。すみません。ボーッとしてました」


『おいおい大丈夫か? 何かあったか?』


「実は………」


 如月は国の中であった事を全て話した。姫とは関係ないところまで全て。


 とにかく話したかった。吐き出したかった。誰かに聞いてもらいたかった。


『ふうん』


 如月の言葉が止まると、青年は興味なさそうに言った。


「僕は…どうすればよかったんでしょうか。彼女を……連れていくべきだったんでしょうか」


『さあね。俺はお前じゃねえし』


 それはそうだ。


「もし死神君の立場なら、どうしてましたか? 一見解として聞いておきたいです」


『聞いていいのか? 感動ムードが台無しになるぜ』


「構いませんよ」


 半ば自棄になって如月は嘯いた。


『状況にもよるが…連れていくかな』


 即答だった。


『そんでもって、魔物がうじゃうじゃしてる所に置き去りにする。そいつの生きる気力が強ければ生き残るだろうし、半端な覚悟なら勝手に死ぬ。それだけの話だな』


「死神君らしいですね……」


『ちなみに、仲間の二人にもこれをやった事がある。結果はお察しの通りだが』


「はは……」


 如月は力なく笑った後、自虐気味に呟いた。


「僕は弱いですね。こんな事にぐずぐず悩んで、後悔して」


『いいんじゃねえの? 悩むって事はそれだけその姫とやらを大事にしてた証拠だろ。お前は食後にケーキを食べるかアイスを食べるかでも同じくらい迷うのか?』


「……確かに、そうかもしれませんね」


『ちなみに俺は両方食べる派。何故なら明日自分が生きているか分からないからな。食いたい物は食える時に好きなだけ食っておく。実に賢いやり方だ』


「聞いてませんよ、その自分語り」


『ハハッ、すまん』


 軽いノリで詫びのような物を入れた後、青年は続ける。


『まあ、思う存分迷い、悩めばいいんじゃねえの。 悩んで、迷って、間違って。そうやって成長していくものだろ人間ってのは。お前も医者なら分かってんじゃねえのか?』


「はい。そうですね」


 ここで、如月は胸のつっかえが少し取れた気がした。完全には払しょくできていない、しかしそれでもほんの少し、心に余裕が戻って来る。


「ありがとうございます死神君。おかげで助かりました」


『俺は何にもしてねえよ。それに今は休憩中で暇だったしな』

 

「休憩中? 何かしていたんですか?」


 よく聞いてみると、微かにノコギリを引く音が断続的に聞こえている。


『気にすんな。それじゃあな』


「あ、はい。それでは」


 そう言いながら如月は、魔力を切らないでおいた。向こうは通話が終わったと思っているのだろう、アラギと青年の会話が聞こえてくる。


『アラギ、進捗はどうだ?』


『難航中だ。そもそも計画に無理がある。人間の骨三体分程度じゃどう組み合わせてもお前の想像してた大きさのベッドにはならない。そもそもが間違っている』


『いいや違うね。お前が下手くそなんだよ。お前が背骨を砕くからこんな事になったんだ。俺は間違ってねえ』


『その考え方自体が大間違いだろ。何が間違って成長するだ。お前は人生における全ての選択肢を間違えているのに欠片も成長してないじゃないか』


『……ちょうどテーブルに必要な骨が足りなかったんだ。お前のを使ってやるよ!』


 ガギンガギン! と金属が鳴り響く音を聞いて、如月は「ええ…」と困惑の声を漏らした。


『・・・何かあったら、また相談に乗る。如月、ファイト』


 そこで、通話が切れた。


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