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医者の一人旅編①

 街の中は、血の匂いで充満していた。


 通路という通路にはバラバラになった人の死骸が所せましと並び、建物の壁と言う壁には飛び散った血がこびりついている。死体の周りでネズミがちょろちょろと蠢き、グチャグチャな死体を小さく齧ってはまた走っていく。


 人口200人にも満たない小さな街。だが三桁はいたであろう人間は皆、冷たい骸へと姿を変えていた。


 それを行った元凶である青年は、建物の屋上に居た。毛布を体に掛け、仰向けになり夜空を眺めている。


「お、星発見。この世界にはないだろうと思ってたけど、意外とある物だな」


 血に染まってやや赤みがかった黒髪に、凶悪そうな鋭い目。血まみれの顔には小さな切り傷が点々としており、顔のどのパーツを取っても彼が異常である事を示していた。


「北極星は……流石にないよな」


「あれは星じゃないぞ。魔導石に光魔法を付与して空に飛ばしているだけだ」


 青年の言葉を訂正したのは、屋上の柵に腰かけていた長身の男だ。名をアラギと言うこの男に、青年は問いかける。


「魔導石……って何だっけ?」


「魔力の詰まった石だ。緊急時にはそれを使って魔力を回復させるんだ。要は補給タンクのような物だと思えばいい」


 アラギが懐から小さな石を取り出す。どうやらそれが魔導石らしい。


「【永遠(エターナル)の光(シャイニング)】。魔力が尽きるまで光を灯し続ける魔法だ。この魔法を使う時に魔導石の魔力を使うよう設定すれば、魔導石の中の魔力が尽きるまで光り続ける」


「それって、何の意味があるんだ?」


 電源を切る事の出来ない懐中電灯のような物か、と自分の中で噛み砕いて納得した青年は、アラギに問う。魔法使いにとって生命線のような魔導石を空に撃ち上げて何の役に経つというのだろうか。


「こうでもしないと、空は真っ暗だからな。月が出ている日ならまだしも、出ていなければ一寸先も見えなくなってしまう。そうなれば事故も多発するし、夜目の利く魔族に対してとてつもなく不利になる。だからこうして魔導石を飛ばす事で、少しでも夜を明るくしているんだ」


「へぇ、工夫してるな。じゃあ魔力が切れて光らなくなった石はどうなるんだ?」


「落ちる」


「え……?」


 何気ない口調で言ったアラギの衝撃的な言葉に青年が口の端を引き攣らせたその時、腕の近くで何かがもぞもぞと動いた。程なくして、銀髪の少女が毛布の中から顔を出す。可愛らしく寝息を立てて、青年に体を寄せてくる。


「・・・貴方と一緒に居られるの、幸せ。心が落ち着く……」


「寝言かよ。まあ寝言でもそう言ってもらえるのは嬉しいんだけどさ」


 苦笑しながら少女の頭を優しく撫でる。その様子を見たアラギが呟く。


「とても、一時間前まで街の住人を皆殺しにしていた奴と同一人物と思えない態度だな」


 アラギの周りにも、数人の死体があった。その真下には、干ばつに苦しむ国を救えるのではと思われる程の血液が巨大な水たまりを作っている。 


 裏通りを歩いていたところ、すれ違った年頃の少女に強姦の被害をでっちあげられたのは数時間前の話だ。


 いくら冤罪だと主張しても人相の悪さから信用してもらえず、加えてその数分前に痛み止め代わりに薬物を服用していたこともあって青年は即座にブチ切れ。立ちどころに憲兵隊を皆殺しにすると、自分に敵意を向けてきた住民を虐殺するべく動き出した。


 最終的に住民が一致団結して立ち向かってきた為、全員殺害したまでだ。無関係な人間には迷惑を掛けないを信条としている彼にとって、住民全員が敵に回るのはある意味で望ましい事であった。


『いくら冤罪だったとしても、それにキレて大量殺人を起こすのはどう考えてもおかしい。そもそも怪しい格好のせいで疑われたんだから非はお前の方にあって云々……』と散々アラギから常識的な説教を受けたのはやや不満だったが、とりあえず目当ての人間は殺害出来たので青年は満足そうに息を吐く。


 左手で少女の頭を撫でながら、青年はアラギに問う。


「なあ、アラギ。起きてるか?」


「起きてるが、どうした?」


「ずっと考えていたことがあったんだ。この世界に来る前から、ずっと」


 しばし二人の間に沈黙が流れる。無言で続きを促してアラギに、青年は口を開いた。


「幸せって、何なんだろうな」


「自己満足だろ。お前が昔そう言っていたじゃないか」


 青年の哲学のような問いに、アラギは即答する。


「『幸せなんて十人十色。有り余るほどの金を持って豪遊したい者も居れば、平穏な暮らしを求める者だっている。誰かと一緒に居るだけで幸せな者だって居るし、犯罪を起こす事で幸福感を感じる者だっている。決まった幸せの形なんて一つもない』……お前が昔、偉そうにオレに言った言葉だぞ?」


 やや面倒くさげにアラギが暗唱してくる。面倒くさい、鬱陶しいと思いながらも一言一句違わずに覚えているのは、やはり生真面目な性格ゆえだろうか。


「ああ、そうだな。確かに俺はそう言ったよ」


 自らの言動を振り返り、青年は肯定する。


「なあ、アラギ。お前の幸せってなんだ?」


「少なくとも、お前と一緒に居る事ではないな」


 アラギの言葉に青年は苦笑した。普通、仲間と言うのはこう言う時にいい返しをしてくれる物ではないだろうか。何故いちいちディスられなくてはならないのだろう。


「俺はな、アラギ。今が幸せなんだ」


「今? 自分が苛立った奴に因縁を付けた上に殺しまくる、反社会的な生活の事か?」


 表現こそやや荒いが、事実なので何も反論出来ない。 


「…ま、まぁそれもそうだな」


 気を取り直して、青年は言葉を続ける。


「お前とコイツと一緒に、この世界を自由に旅してさ。覚悟のある奴を探して、敵と好きな時に戦ってブッ殺してさ。そんな自由で、楽しい生活が凄く心地いいんだ俺は」


 無邪気な子供のような、それでいてどこか歪んだ発言。アラギはそんな青年の発言を聞いて、露骨に溜め息を吐いた。


「コイツ、か。つまりお前はその女を認めたという事だな」


 アラギは青年をギロリ、と睨む。----正確には、毛布の中で青年に抱き着いている少女を。


「その女と何が違っていたんだろうな。その女と、()()()()()()()()()()()()()は」


「それって、『魔族戦争』の前に一緒に居たアイツらの事だろ? なら気にするな、どうせあの弱さじゃ『魔族戦争』で死んでただろうよ。訳の分からない魔族に殺されるより、知り合いに殺されてよかったじゃねぇか」


 青年の物言いに、アラギの目に一瞬殺意が宿る。しかしそんな事を知って知らずか、青年は痛そうに顔をしかめた。


「ああ、痛ぇ。傷口が開いてきやがった。さっさと治療しねぇとな」


 体を起こし、ポケットから包帯を取りだす。一人で傷口の処置を行いながら、青年は独りごちる。


「そう言えば、如月は今何してるんだろうな。アイツいい奴だけど戦闘力皆無だからなぁ。死んでなきゃいいけど」






「クシュン!」


 そんなくしゃみの音と同時、ドスッ! と針が魔犬の体を貫く。針は魔犬の体内を数センチ進むと、体外に排出される。


 針の穴には糸が巻き付けられており、魔犬の体を針が往復するたびに魔犬の体が縫われていく。


 やがて、糸が縛られて針が抜かれる。体の具合を確認すると、如月は魔犬の体をポンと叩いた。


「はい、これで傷は塞がりましたよ。ただ、あくまでも一時的な処置なので一週間は安静にしていてください」


 如月の言葉に、針で傷を縫合された魔犬がクゥンと弱々しく吼える。怪我をしているのもそうだが、麻酔のせいで全身が痺れた感覚になっているのも不安を掻きたてられているのだろう。如月はそんな魔犬の頭を撫でる。


「大丈夫ですよ、すぐに良くなりますから」


 すると、それを見ていた一匹の魔犬が如月の足に頭を擦り付け始めた。頭突きをすると言うより、頬擦りするかのような動き。如月は呆気に取られる。


「えっと…これは懐いてくれてるってことでいいのかな?」


 実はこれは演技で、不意打ちで足に噛みつく気ではないだろうか。そんな不安が頭をよぎったが、足に頬擦りする魔犬にそんな気配は見られない。


 魔犬と如月の行動を見ていた他の魔犬達が、次々に地面に寝転がって腹を見せ、降参のポーズを取り始める。ボスが服従して、残りは降参する。これが魔犬なりの多種族への信頼の証らしい。


「お気になさらず。僕はただ、怪我をしている患者を助けただけですよ」


 人間の患者に向けるときと同じ態度で、如月は魔犬の群れに微笑む。実際、如月にとって患者の種族はあまり関係なかったりする。


 怪我をしている患者が居れば助ける。それは如月の中では当たり前の事だ。それが例え出会い頭に自分に襲い掛かって来た魔物の集団であったとしても。


 どう対処しようかと悩んだところに、怪我をした魔犬が姿を見せたのは僥倖だった。すぐさま他の魔犬を押しのけて突っ込み、強引に治療を開始したのだ。


「さて、僕はそろそろ行きますね。いい加減野宿は厳しいですし」


 日本出身の如月にとって、野宿は意外に厳しいものがある。贅沢を言うようだが、暖かい布団で眠りたいし、食事だって健康的なものを取りたいのだ。


 異世界と言う未知の体験、と言えば聞こえはいいが、実際のところ心配事が増えているだけだ。一歩でも街の外に出れば危険がいっぱいだし、食事は味の濃い物が多いし、風呂やシャワーと言った衛生的な文化が日本ほど普及していない……etc。


 贅沢は言わないから、せめて安全な街の中で眠りたい。それが如月の思いだった。


「ではさようなら。くれぐれも、無茶はしないでくださいね」


 そう言って手を振り、魔犬たちに見送られながら次の街を目指す。辺りはすっかり真っ暗なので、手に持った提灯で足元を照らしながら慎重に歩いて行く。


「まさか、この世界に来て提灯を重宝する事になるとは思いもしませんでしたよ」


 火事になる懸念もあって、提灯の中身は電気の物を使っている。電気の供給源は魔法だ。


「こんな物を江戸時代以前から使っていたなんて、日本は偉大ですねえ」


 呑気そうに呟いていると、城門が見えてきた。門の高さ、そして守衛が居る厳重さから、恐らく国であると思われる。


 城門で簡単なチェックを済ませ、入国を許される。如月は何処かの頭のおかしい人種とは違ってこれと言った犯罪行為を犯していないので、すんなりと国に入る事が出来た。


「さて、さっさと宿を探して暖かいベッドで眠りたいものです」


 提灯をぶら下げ、如月はそう独りごちた。

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