資本主義編
気が付いたら75話の時点でぴったり35万文字と言う偶然……まさかここまで綺麗な数字とは…
最近長編が多かったので、今回は短編です。
ゴミ箱からあふれ出た腐った果実を蹴とばし、ひたすら前に向かって走り続ける。
幅二メートルほどの、狭い路地。面積が人類の国の中でも3番目に広いと言われているアグルシュベレメ王国の全域に張り巡らされている、近道のような通路だ。元々は魔族戦争の際、内部に侵入してきた魔物を不意打ちで襲撃するために作られた物らしい。
その通路を、男は死に物狂いで走っていた。目元を覆い隠すような長い前髪を振り乱し、バタバタと手を掻き、今にも転びそうなほど危うい姿勢で逃げている。
その時、後ろでザッ、と足音が聞こえた気がした。男の喉から悲鳴が漏れる。
「ひいっ、ひいっ、ひいいっ!」
走れども走れども、音は追ってくる。男は必死の形相で音から逃げようとするが、足がもつれてその場に躓いてしまった。
「あっ、うあっ!」
硬い地面に膝を強かに打ち付け、男は痛みの声を上げる。すぐに立ち上がろうとするも、ここまでの疲労が蓄積していた為か足が動かない。運動不足が祟った結果であろう、太腿がプルプルと震えている。
「う、動けッ、動けッ!」
そう叫んでみるも、足は動かない。体に鞭打って全速力で走ってきたのだ、とっくに体力は限界に近い。
それでも逃げなくては。この逃亡は遊びではない。捕まったら文字通り一巻の終わりーーーー
「よぉ。鬼ごっこは終わりかい?」
背後からそんな声が聞こえ、男は恐る恐る振り返る。そこにはガタイのいいスキンヘッドの男が立っていた。顔からして凶悪そうで、まさに泣く子も黙る強面をしている。
名前は確かハスラーと言ったか。いや、名前などどうでもいい。男は再度逃亡しようと腕に力を込めた。
「悪いがこっちも暇じゃないんでね。さっさと用件を済ませようか」
直後、足に激痛が走る。ハスラーに足を強く踏まれているのだ。膝の骨を破壊されるかのような痛みに、脳内が激しくスパークする。思わずうめき声が口から漏れた。
「あ、ぐあっ…」
「お前に貸し付けた銀貨50枚、それに利息と延滞料と迷惑料合わせて銀貨300枚。今日が返済日だ。きっちり耳揃えて返せるんだろうな?」
ハスラーが足をグリグリと踏みつけてくる。男は痛みに呻きながらも、必死で声を絞り出す。
「む、無理に決まってるでしょ、たった二週間で7倍の金額にするなんて。だ、大体おかしいですよこんなの。あまりにも酷い取引だ! か、返せる訳がない!」
「あぁ?」
男の足に掛かっていた重圧が消える。次の瞬間、男の体が半回転した。うつ伏せの状態から仰向けの状態へ。雲一つない晴れ渡った青空が見える。ハスラーのゴツゴツした手が胸倉を掴み上げて来ていた。
「おい、アンタ借りるときに『この恩は忘れません』って泣いてたよな。借りる時はニコニコ笑顔で借りといて、いざ返す時になったら返せませんだと? ふざけてんのか、アァ⁉」
「ひ、人から金を巻き上げて恥ずかしくないのかーーーーゴブッ!」
ハスラーの拳が、男の顔面にクリーンヒットする。鼻がメキッと嫌な音を立てた。
「今度は俺達を悪者扱いして、自分は被害者面か? 俺達は何も無理やり貸し付けている訳じゃない、お前が頼んできたから金を貸したんだ。『人から物を借りたら返しましょう』ってガキの頃に習わなかったのか?」
ハスラーの拳が二発、三発と叩き込まれる。その度に視界が揺らぎ、意識が遠のいていく。
「俺達も大概クズだがよ、人から金を借りといて元金すら返さないお前ら債務者の方が遥かにクズだって事に気づかないのか? おい!」
何発目も分からないような拳が着弾する。口の中は切れて血まみれで、視界は霞んで見えている。にも関わらず、ハスラーの拳は止まる所を知らない。最悪死んでもいいという事だろうか。頭蓋骨が割れてしまったのではないかと錯覚させられる。
「今からお前の家に行くぞ。足りなかったらお前の臓器を切り売りしてでも払ってもらう。血液一滴残さず絞り取ってやるから、遺言は今の内に残しておけよ」
散々顔面を殴られて、もう抵抗する気力もない。男はハスラーにズルズルと引きずられて行く。
一人の女性が、ベンチに腰かけていた。
黒髪に黒目、黒いレースを着こみ、手には日傘を持っている。整った顔立ちは妖艶さを漂わせていたが、彼女に声を掛けてくる男は一人も居ない。彼女の纏う気配が、不気味な雰囲気を醸し出しているのだ。現に彼女が大通りは多くの人間が行き来するのだが、誰一人立ち止まって観察しようとはしていない。
「ただいま戻りました」
女性が道行く人々を観察していると、ハスラーが戻って来た。手には硬貨の入った袋を持っている。
「家財道具を一切合切売らせて、どうにか回収できました。銀貨350枚です」
「ご苦労様」
女性の言葉に、ハスラーは「ありがとうございます」と頭を下げた。しかしすぐに顔をしかめる。
「しかし、どうして債務者連中はこうもクズが多いんでしょうね? 金を借りるだけ借りておいて、いざまずくなるとバックレようとする。真っ当な人間のやる事なんですかねえ?」
「……」
「何でも世界には、『相手によっては元金すら返さなくてもいい』って言うふざけた規則を定めている国があるらしいですが、馬鹿げてますよ。何で汗水たらして働いてる俺達が割を食わなくちゃならないんだ」
「規則って言うのは、弱者を守る為に存在するのよ。強者の行動が制限されるは当然じゃない?」
「弱者、ですか」
「ええ、弱者よ」
女性は頷き、ハスラーの目を見る。深い闇に飲み込まれてしまいそうな瞳に、思わずハスラーは数歩後退した。
「自分で研鑽しようとせず、学ぶこともない。何の生産性もなければ能力もないーーーーそんな者達ですら守られるのが、『平等な社会』よ」
「クズですね。反吐が出る」
ハスラーの言葉に、女性は肩をすくめる。
「そんなクズだろうと相手にするのが、私達の商売よ」
女性はそう言うと、再び道行く人々に目を向けた。ハスラーは成る程、と首肯すると、女性に問うた。
「ところで、先ほどから何をなさっているのですか? 通行人を眺めてーーーーー」
「ハスラー。貴方が私の右腕になった時に話した事、覚えてる?」
ハスラーの質問に答えず、女性は逆に質問する。ハスラーは数秒思考した後、やや不安げに呟いた。
「資本主義のあり方、だった気がします……」
「あら、よく覚えてるじゃない」
女性に褒められ、ハスラーは恥ずかしそうに「いえ…」と言葉を濁す。
「『資本主義と言うのは、いわば弱肉強食の世界。奪う者と奪われる者のどちらかしか居ない』。それが、私が右腕になった貴方に教えた最初の言葉」
女性は目を細める。
「だからね、強者になる為には弱者から奪うしかないの。奪って、奪って、徹底的に搾り取って……そうやって『生きていく』。一生懸命に、『生きる』事に傾倒する」
生きていく、と言う言葉を吐いた女性の目に、不気味な光が宿った。ハスラーは思わず身震いする。
「そうやって生きる事に一生懸命な人の目はね、見ていて綺麗なの。ギラギラと輝いて、勝つ為なら相手の生皮を抉る事すら厭わないような、そんな瞳。それがとても心地いいの」
「それは……」
今の貴方のような目ですか、と聞こうとして、ハスラーは思わず口を閉じた。そんな事を聞いても意味がない。いや、意味がないだけならまだいい。彼女のテンション次第では、むしろ不快にさせてしまうかもしれない。迂闊に藪を突く必要はないのだ。
取り下げた質問の代わりに、ハスラーは別の質問をした。
「それで、見つかりましたか? 生きる事に一生懸命な人間は」
すると、女性は残念そうに首を振った。
「残念ながら、一人も居ないわね。みんな奴隷みたいな目をしてる」
ハスラーは道行く人々を眺める。ハスラーには『生きる事に一生懸命な人』と言うのは良く分からないが、確かに少しくたびれた格好の人間が多い気がした。疲れた格好をして、着ている服もヨレヨレ。目も死んだ魚のような濁った色をした者が多い。
「ご飯を食べて、眠って、ただ毎日を漠然と平穏に生きていく。そんな物を幸せだと勘違いしている人間なんて、私からすれば奴隷と大して変わらないわ」
詰まらなそうに、女性は鼻を鳴らす。彼女のどこまでも切り捨てたような考え方に、ハスラーは畏敬の念を覚えた。
「生きる為にも、もっと稼がないといけないわね。次の街に行きましょうか。今日中にあと3件、回収するわよ」
※などと偉そうなことを言っていますが、闇金は犯罪です。
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