孤児殺害編①
「『黒百鬼の死神』だな」
唐突に黒服の口から放たれた言葉に、青年は声のした方を向く。
彼らが現在居るのは、とある国の小さな喫茶店だ。その隅のテーブルで銀髪の少女とパフェをつつき合っていたところ、突如黒服にサングラスを掛けた男達が青年と少女を取り囲み、そんな事を言って来たのだ。
「もしそうだったとして、何の用だ? 俺は今忙しい」
青年が黒服の一人の顔を見ながらクリームをスプーンで掬い、少女の口の中に入れる。俗に言う『あーん』という奴だが、双方に恥じらいは一切見られない。親鳥がひな鳥に餌をあげるように、それが当たり前かのような立ち振る舞いだった。
「実は君に頼みたい事がある」
「話聞いてたか? 俺は忙しいって言ってんだろ」
青年が黒服を睨むが、黒服は気にすることなく懐から書類の束を取り出すとテーブルの空いている場所に置いた。
「実は君に、殺害を頼みたい人間が居る。もちろん君の行動は罪に問わないし、報酬も出そう。どうかな?」
「断る。人の話を聞かないで自分の意見だけを押し通そうとするような奴の話を聞く気はねぇ」
青年はパフェの容器とスプーンを少女に差し出しながら、腰のベルトに手を当てた。少女はここまでの会話に一切加わらず、青年から受け取ったパフェの残りをゆっくりと食べ始めた。
「我々の頼みを、断るのかい?」
「当たり前だろ。俺は人の話をマトモに聞かない奴が嫌いなんだ。というか、何も俺達じゃなくても死刑囚とかを使えばいいだろ。減給を保証すれば大喜びでやってくれると思うぞ」
「悪いが、罪人は使えない。この仕事は君に頼みたいんだ。どうか引き受けてはもらえないだろうか」
「断るって言ってんだろ。もう行くぞ」
青年はガタリと立ち上がる。―――刹那、黒服の腕が動き、青年の眉間に拳銃が押し当てられた。少女が驚いて立ち上がるが、青年は逆に怯むでもなく、眉を顰めるだけだった。
「…何の真似だ?」
「断ったら君を殺す、という意味だよ。もう一度聞こう。我々の頼み、引き受けてはくれないか?」
黒服の淡々とした口調に、青年のベルトを握る手に力が籠る。
「お前らみたいな雑魚が、俺に勝てるとでも? ってかそれ本物じゃねえだろ。そんな身なりでおもちゃを振り回してると滑稽に見えるぜ?」
青年の煽りに対し、黒服は顔色一つ変えることなく答えた。
「もちろん、我々では勝てないだろう。だが、我々はこれでもこの国の政府の人間だ。そんな人間を攻撃したと分かれば、国中が君の敵に回るよ。そうなれば君はとにかく、君の後ろに居るお嬢さんはどうなるかな?」
見ると、青年たちを取り囲んでいた黒服は皆、懐から拳銃を取り出していた。撃鉄を起こし、いつでも撃てるようにしている。その銃口の大半は青年ではなく、少女に向いている。
青年は店内を見回した。店内には店員が避難誘導でもしたのか、店内の客は既に青年と少女以外居なくなっている。実に素早い対応だ。
「君の噂は聞いているよ。敵対した3つの国を立て続けに壊滅させ、住人の半数以上を虐殺。国民的英雄だった立場から一転、反逆者として恐れられるようになったその手腕は称賛に値するよ。だが今回は大人しくいう事を聞いておきたまえ。報酬は弾ませてもらうし、合法的に殺人ができる。君が損をするような仕事でもないはずだよ」
「……」
青年は静かに書類に目を落とす。そこには、今回殺すべき標的の情報が事細かに記されていた。青年はその情報を丁寧に見て数秒目を閉じると、黒服を見た。
「…分かった。お前らの頼みとやらを聞いてやる。だが慢心はするなよ? あくまでも利害が一致しただけ、それ以上でもそれ以下でもない。下手に飼いならそうとすれば首が吹っ飛ぶぜ?」
「承知した。では、よろしく頼む」
そう言って出された黒服の手を、青年は握り返した。
青年たちが密かに握手を交わしていた頃。
とある路地裏では、一人の少年が必死で米俵を運んでいた。
「オラ、チャッチャと働け! まだ運ぶものはたくさんあるぞ! ほらジレン! お前は人一倍力がねえんだから早く運べ!」
トラックに米俵を積んだ現場監督が、ジレンに呼ばれた少年に向かって怒鳴る。ジレンは必死に運ぶが、どんなに頑張っても限界はある。十個目の米俵を運んでいる途中で、ジレンは路傍の石に躓いて転んでしまった。
「おいジレン! テメェ何やってんだよ!」
現場監督がジレンの元まで来て、起き上がろうとしたジレンを蹴り飛ばす。ジレンは「ウッ!」と公文の声をあげ、ゴロゴロと小汚い地面を転がった。
痛そうに顔をしかめるジレン。そんな彼を指さし、現場監督は怒鳴る。
「いいか? 今は不況で人手が足りねえからお前を雇ってるだけだ! 新しい奴が来たら、お前なんて速攻でクビだ! 分かってるな?」
「…はい」
「ああ? 聞こえねえな。もう一度言ってみろ!」
「はい!」
「うるせえよ!」
ゴツン、と脳天に拳が直撃する。あまりの痛みにジレンは思わず膝を突いた。そんなジレンに、現場監督は言い放つ。
「ヘマした罰として、仕事二倍だからな! さっさとやれよ!」
「は、はい」
ジレンは蹴られた脇腹を押さえながら立ち上がる。現場監督はキレると容赦ない。今日は夜までこき使われる羽目となりそうだ。
「はあ…」
帰路を歩きながら、ジレンは溜め息を吐いた。今日も大人と同じくらい動き回り、かなりの肉体労働をした。だが―――
「それでも貰えた報酬は、今日と明日の昼まで食ってくので精一杯か…」
手の中の数える程しかない硬貨を眺め、ジレンはもう一度溜め息を吐いた。相変わらず、割に合わない仕事だ。いつ体を壊してもおかしくない環境であるというのに、毎日を食いつなぐので必死な給料。はっきり言ってすぐにでもやめたい。
「けど、仕事を貰えるだけでもありがたいからなあ」
ジレンのように学も無ければ身体も成長過程の少年を雇ってくれる場所など、ほぼ皆無に等しい。この給料だって、今働ける仕事の中では高い方だ。
「明日も頑張らないと…」
近くの店で硬いパンを買い、必死に噛みながら歩いていると、宿舎として使っている馬小屋に着いた。自分が寝床として占有している藁の上に立つと、ドッと疲れが襲ってきた。
「もう疲れた。寝よう」
子供の身体に肉体労働は相当疲労が溜まる。チクチクと柔らかく突き刺して来る藁の上に横になると、ジレンはあっという間に睡魔に飲み込まれた。
数時間後。
まだ日も昇らぬ内に、ジレンは起床していた。服に付いた藁を払い、仕事場に向かう。
仕事場に着くと、既に何人かの作業服を着た男達が木材を運んでいた。ジレンは急いで木材の隣にあった砂袋を担ぐと、男達に習って運び始める。
「おい、ジレン。遅ぇぞ! 次からはもっと早く来い!」
「す、すみません!」
現場監督からの一喝を受けながらも、ジレンは数キロはする砂袋を運び終える。僅かな睡眠しか取っておらず身体の疲労が抜けきっていないためか、全身が重く感じた。
それでも数個の砂袋を運び終え、一息吐く。
「ふう…」
額の汗を手の甲で拭い、昇って来る太陽を眺める。日に日に疲れて行くジレンとは違い、太陽はいつもと同じ元気そうに輝いていた。
「さて、今日も頑張るか――――」
大きく伸びをしながらそう言った、その時。
「ん?」
ジレンは、妙な物を見つけた。フードを被った少年が、砂袋を運ぼうと悪戦苦闘しているのだ。体格から見て、年齢はジレンと同じくらい。服の上からでも分かる細腕を、必死で砂袋の下に入れようとしていた。
別に、それ自体は大した事ではない。この作業現場にはごく少数とはいえジレンのような未成年も居るし、見られたくない傷を見せないためにフードを被って身分を隠す者も珍しくはない。
だが、ジレンは目の前の少年に強く惹かれた。
何故だかは分からない。だが、あの少年に何かを思ったのは事実だ。ジレンは少年の近くに近寄り、少年が持とうとしていた砂袋を代わりに持ち上げた。
「えっ…?」
「代わりに持つよ。君はそこにある小さい袋を持って行って」
驚いて顔を上げる少年と、ジレンの目が合う。少年の目はどこか輝いた、純粋無垢な瞳だった。とても夢も希望もない貧民街の住人とは思えない。貧民街の住人たちの目はもっと薄汚れていて、覗き込んでいると絶望に引き込まれそうな色をしている。
対してこの少年の目は、その真反対にあるような気がした。
ジレンがそのハイライトに目を丸くしていると、
「おいジレンと新人! テメェらあんまりにも働きが悪いとクビにすんぞ!」
現場監督の怒鳴り声が聞こえて来た。二人は揃ってビクッ! と体を震わせ、必死で作業を再開した。
それから数時間経って、一時間の休憩時間を言い渡された頃。
ジレンと少年は、並んで座っていた。
ジレンの手には黒いパンがあり、ジレンはそれをちびちびと味わっていた。少年はそれを物欲しそうな顔で見ている。ジレンはその視線に気が付くと、少年を見る。
「ん? 昼ご飯ないの?」
少年はコクリと頷く。ジレンはそれを聞いて、それもそうかと思い出す。
この仕事の給料が出るのは、夕方だ。つまり無一文でここに来た場合、その日の昼は何も食べられない事になる。自分もここに初めて来たとき、その現実に打ちひしがれた。
あの時の空腹は今でも忘れられない。昼からの仕事はさらに厳しくなる。そんな中空腹で仕事をするのはとても辛い。
「はい、これ」
ジレンは自分の食べていたパンを半分に千切ると、口を付けていない方を少年に差し出した。少年は驚きの目でジレンを見る。
「お腹が減ってたら倒れちゃうよ。僕ので良ければ食べて」
「…いいの?」
少年が小さく、それでも確かに言葉を発した。ジレンは笑顔で頷くと、少年の手にパンを押し付けた。
「もちろん。あっでも、この量で足りるかは分からないけど―――」
ジレンは慌てるが、少年はパンを一口齧る。そして一気にがっつき始めた。
ジレンが呆けていると、少年はパンを完食した。すると今度は肩を震わせた。
「ど、どうしたの? このパン、そんなにおいしくなかった?」
パンは単価が安いという利点を除けば、デメリットの塊だ。清潔かも分からないし、そもそも何を原材料として使っているかも分からない。そんな物を食べさせたのだ、殴られても仕方ないとジレンは思った。
だが、こちらに顔を向ける少年を見て分かった。彼は、泣いている。
「えぐっ、えぐっ…」
「きゅ、急にどうしたのさ⁈」
「こんなに、温かい人が居るだなんて思わなくて…」
少年は目から滂沱の涙を零しながら、ジレンの目を見る。
「今まで、ずっと酷い目に遭ってきたから…こんなにいい人がこの世界に居るなんて思わなかった。…ありがとう」
「う、うん。どういたしまして」
泣きじゃくる少年を慰めていると、現場監督から昼食終了の合図がかかった。午後の仕事が始まる時間だ。
「もう時間だ。行こう」
「う、うん」
ジレンと少年は、仕事場に向かった。
その日の夜。
寝るところがないと言う少年を連れて、ジレンは馬小屋に向かっていた。
「ここに来たのはいつ?」
歩きながら、興味本位でジレンは少年に聞く。少年は未だフードを取らず、素顔を見せないままだったが、ジレンの質問には答えてくれた。
「昨日、くらい。北の方からずっと歩き続けて来た」
「ここから北っていうと、魔族の国に隣した王国がいくつかあるよね? それのどこかかな?」
ジレンが聞くと、少年はコクリと頷いた。そのおどおどとした姿は、まるで少女のようだ。
「じゃ、じゃあさ――――」
怯えてしまった少年にジレンが話しかけようとしたその時、横を銀髪の少女が通過した。月明りを受けて一層輝いたその髪にジレンが思わず目を向けると、銀髪の少女の隣には背の高い青年が立っていた。特徴的な二人だ。
少女の方は誰もが二度見するような美貌だし、青年の方は誰もが目を合わせたくない危険な気配を醸し出している。この貧民街ではやや常識から外れた人間も多々存在するが、彼らはダントツで異常だろう。
そんな異質さを放つ二人は何かを話しながら歩いていた。
「・・・見つからない」
「無理はするなよ。っていうか、本当にこの国に居るんだろうな? 目撃証言一つで探すような人材じゃないと思うがね。ま、どっちでもいいか」
二人はどうやら何かを探しているようだ。まあ、そんな事はジレンには関係ない。さっさと帰って寝ようとジレンが一歩踏み出そうとすると、後ろに誰かが抱き着いてきた。
「な、何⁉」
見ると、少年がジレンの背中にしがみついていた。彼の小柄な体はガタガタと震えており、明らかに怖がっているのが見て取れる。
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