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復讐の女騎士編⑤

 如月との通話を終えた青年は、体に抱き着いてくる少女を引き剥がそうと悪戦苦闘していた。


「ああもう、離れろって。引っ付かれると暑苦しいんだよ」


「・・・貴方はどうして私を拒絶するの?」


 少女が悲しそうな目で見るが、どんな思いがあろうが熱い物が熱い事実は覆らない。青年は少女の体を強引に引き剥がす。


「首筋に暑苦しい息を吹きかけてくる奴と抱きあえるか。ただでさえ暑いって言うのにこれ以上熱くなってたまるか」


「・・・コート脱げば?」


 青年は少女の発言を聞かなかった事にすると、伝導石をポケットにしまい立ち上がる。


「よし、如月たちを待ってるのも暇だし観光でもしようぜ。お前が居れば伝導石の通話も困らないし」


「・・・デート?」


 そう聞いてこちらを見上げてくる少女の顔は無表情だが、どこか嬉しそうに見えた。


「まあデートみたいな物だな。ああ、でもそんなに長くは無理だぞ。その内俺を殺しに来るイカレ女が現れるだろうから、それまでな」


「・・・大丈夫。そんな女が現れたら私が殺すから」


 完全に殺す気満々の様子で、少女が告げてくる。相変わらず青年の為なら殺しすらも厭わない態度だ。青年は苦笑すると、少女の頭に手を置いた。


「おいおい、何言ってんだよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 戦うこと自体はまるで否定しない青年の言葉に、少女は「むぅ」とむくれる。せっかく華々しく敵を殺すさまを見て惚れ直してもらおうと思っていたのに、その機会を逃してしまった。


 抱き着けなかった僅かな苛立ちが籠っているからか、少女は珍しく青年に食い下がる。


「・・・でも、私だって」


「ハハ。珍しいな、お前が俺のルールに意見するなんて。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 その声は先ほどと変わらず陽気な物。極めて普通の物であった。


 だが、青年の目は好戦的な物へと変わっていた。その目は今の発言が本気である事を物語っていた。


「・・・さっきの街では戦うことを許してくれたのに」


 少女は不満そうにするが、それ以上は愚痴らない。言っても無駄である事を悟っているからだ。


 そんなどこか平和そうで危険な会話をしていると、街の中央部にたどり着いた。青年は辺りを見回す。


「何だこれ?」


 露店の一つに近づき、青年はラッキョウのような物を指さす。ラッキョウをそのまま大きくしたような形の物が、一つの箱の中に所せましと並んでいた。


「・・・これはヤンガーって言う食べ物。人口調味料をふんだんに使ってるから味が濃くて、あんまり健康に良くない」


「ジャンクフードみたいなもんか。銅貨一枚って言う買いやすい金額なのもそれっぽい」


 その時青年は、近くの露店にも同じ物が並んでいるのが見える。色こそ違えど、形からして大方同じヤンガーだと思われる物が露店の至る所に並んでいた。


「なぁ、ヤンガーがやたらと並んでないか?」


「・・・この辺りでは一番の売れ筋商品らしい。味にもバリエーションがあって、今140種類くらい出てる」


「それは凄いな。でも、ジャンクフードばっかり並んでても問題だろ。どこか普通の食べ物とかないのか?」


 青年の質問に、少女は首を振った。


「・・・ない。ほとんどの店は、このヤンガーしか売ってない。それ以外は大して売れてないから」


「は? 頭イカレてるのか?」


 青年は語気を強める。まさかのジャンクフードしか売っていない宣言に、流石に困惑したのだ。


「『売れているからいいだろ』の理論で粗悪品を量産しまくって、良品を追いだしたのかこの国は? そんな事をしたら市場が廃れていくのが理解できないのか?」


 別にジャンクフードも悪ではない。需要があるのは事実だし、食べたい時だってあるだろう。それに付いては否定しない。


 だが、どう考えてもジャンクフードは一般的な食事に比べると『悪』だ。味を濃く作っているために味覚がおかしくなる可能性は否めないし、味を優先しているために健康を損なう事だってある。


 そんな『粗悪品』が、市場の片隅にあるならいい。だが徐々に規模を大きくしていき、やがて健康的な食品を侵食するようになったら? 健康な食品がなりをひそめ、粗悪品だらけになったら?


 粗悪品だらけになってしまった市場はとても健常とは言えないだろう。


「ヤベエ、頭オカシイよ。俺は関わりたくない闇に触れてしまった。さっさと出ようぜこんな場所」


 ボロクソに言いながら、青年は早々に立ち去ろうとする。その後ろを少女が続く。


「・・・放っておくの?」


「もうこれ以上関わりたくねえ。破壊された市場で転落するなら勝手にやってくれ。俺は巻き込まれたくない」


 青年はそそくさと街を出ようと準備を始める。その時、人混みの中に居た一人の女と目が合った。


 それは偶然か、はたまた必然か。


 フードを被っているために顔はよく見えないが、その目の奥にある物は良く読み取れた。それは青年がよく知る感情の一つ。


 殺意だ。それもかなり色濃い物。


 とても日常生活を送っていては持たないであろう強さに、青年は反射的に後ずさってしまう。


「ッ…」


 青年が一歩後ずさった時、彼女は動いていた。人混みの間を器用にすり抜け、瞬きする間もなく青年の眼前に迫ってくる。青年は素早く腰のベルトから金槌とタガネを抜いた。


「随分と速ぇ登場だな。もうちょっと後に来るかと思ってたよ」


 その言葉と同時、タガネと剣が激突する。その音で隣に居た少女が気が付くが、既に戦いは始まっている。青年はバックステップで距離を取り、壊れかけたタガネをしまった。


「どこの誰だか知らねぇが、俺に敵対するってんなら容赦はしねえ。ブッ殺して脳髄でシチュー作ってやるよ」


 十中八九、この女こそが如月が言っていた『不思議な女』だろう。青年に恨みがあるのか何なのか知らないが、とりあえず敵対するのなら殺す。


「ほら、掛かって来いよ。恨み節の一つでも吐いてみるか? 遺言ついでに聞いてやるよ」


「『どこの誰だか知らない』ね…」


 青年の挑発には乗らず、フードの女は剣を持っていない方の手でフードをめくった。なびく金髪に、端正な顔立ちが現れる。


その顔を見た青年の顔が、僅かに強張った。そんな彼に彼女は畳みかける。


「私の名はラヴァ。覚えてる? 『黒百鬼の死神』」


「…チッ、美少女かよ。こりゃ顔面は殴りたくねぇな。ああ戦いづれえ」


 青年が舌打ちする。ラヴァが二、三歩近づいてくる。


「覚えてる訳ないわよね? 貴方にとって私達は路傍の石程度だもの。お爺ちゃんを殺したことも、貴方は覚えていないでしょ」


 ラヴァが手に持った剣を、青年の首に突きつけた。それを見た少女が間に割って入ろうとする。


「来るな」


 だが、青年の言葉に少女の動きが止まる。


「コイツは俺の獲物だ。お前は如月とアラギを探して来い」


 そう言った青年の声色は、どこか焦っているように見えた。その言葉を合図としたかのように、ラヴァが動く。


「はあっ!」


 瞬間、ラヴァが青年の眼前に現れる。同時、青年はその場でしゃがみ込んだ。ラヴァの剣先が青年の首があった場所を穿つ。


 間一髪。あと少しでも青年の動きが遅ければ、彼は首を貫かれていた事だろう。


「フッ!」


 続けざまに、ラヴァはしゃがんだ青年に向けて剣を振った。今度も一斬目と同じく首を狙った動き。青年はこれもギリギリで躱す。


 ーーーしかし、三撃目であるラヴァの突きを左腕に受け、苦悶の声を漏らした。


「グッ…」


 それでも青年は素早く右腕を振り、ラヴァの腰を金槌で殴りつけようとする。ラヴァが身を捻って躱したのを確認すると、近くにあった露店に並べられているヤンガーの入った箱を蹴り上げた。ヤンガーが空中にぶち撒けられ、二人の視界を塞ぐ。


「小癪な!」


 ラヴァは青年の腕から剣を引き抜き、恐ろしく速い剣捌きで空中に舞ったヤンガーを斬り払う。ヤンガーが次々に細切れにされて行く中、青年は地面を蹴って建物の陰に隠れた。


「ハァ、ハァ…」


 突然の激しい運動に、青年は荒い息を吐く。建物の陰からこっそりとラヴァの様子を窺うと、彼女は見失った青年の姿を探していた。むき出しになった血付きの刀身が怪しく光り、近くを歩く通行人に恐怖を与えている。


 このままでは、遅かれ早かれ大混乱が起きるだろう。


「クソッ、まさかこんな所で出会うとはな……」


 とめどなく血が流れる左腕を抑え、青年は低く唸る。どうやら太い血管を傷つけたようだ。流れ出る血の量が多く、このままでは命に関わって来る。


 コートの内ポケットにしまってあった包帯を取り出し、左腕にきつく巻き付けていく。最低限の応急措置ではあるが、流れる血の量は抑えられるはずだ。包帯を巻きつけている青年の口から、呪詛のような言葉がこぼれ出る。


「面倒くせぇ…」


 


 『黒百鬼の死神』を逃した私は、奴の姿を全力で探していた。


「どこに消えたのよ…」


 白衣の男は簡単に口を割った。尋問の最中にあの眼帯の男が来るかと思っていたがそんなことはなく、ここまでの流れが何だったんだろうと呆気に取られるほど簡単に私は情報を聞き出す事が出来た。


 彼が持っていた情報と世間で囁かれる『黒百鬼の死神』の人物像を比べて見ても、今私が対峙していた男は本物の『黒百鬼の死神』で間違いないだろう。


「やっと見つけた…」


 そんな言葉が、口から漏れる。でも仕方ないとは思う。


 今日と言う日を、私がどれほど待ち望んだ事か。


 全てはこの日の為。アイツを殺すために、私は心身ともに鍛えてきた。


 事前のシミュレーションをしていなければ、ここまで冷静ではいられなかっただろう。ここまで上手く事が進んだのも、あの男を殺したい思いからだ。


 私は手に持った剣を見る。剣先からは生々しい血が滴り、先ほどまで戦っていたという痕跡をくっきりと残していた。『黒百鬼の死神』の左腕を貫いた際に出た血だ。


 地面に付いた血と合わせても恐らくーーーいや、確実に奴は死んでいない。


「…まだ浅い」


 剣に付いた血を見て、私はそう呟いた。まだ甘い。


 確実に、あの男を殺し切らねば。


「待っててね、お爺ちゃん。必ず『黒百鬼の死神』を殺してくるから」


 私が首から下げたペンダントにそう宣言していると、近くで「キャアッ!」と言う声が聞こえてきた。


 声のした方を振り向くと、太った女性が私の方を指さして尻餅を突いている。


「血…血が」


 そう言えば、ここが街の中央部であった事をすっかり忘れていた。女性の言葉に多くの人がつられるように私の方を見てーーーー顔を引き攣らせる。


「う、うわあああっ!」


 動揺は瞬く間に伝染し、人混みは一気に大混乱に陥った。誰もが私から逃げようと押し合い、転んで倒れた人が後ろから走って来た人たちに踏みつぶされて行く。


 まさに地獄絵図。剣に血が付いていたくらいでここまでなるのは驚きだ。


 だが、事件自体が少ないこの国ではこう言った事件に対する免疫がないのだろう。そもそも怖くて当然だ。私が慣れ過ぎてしまっているだけの話。


 そこまで考えて、私は我に返る。いけない、余計なことを考えていた。今は街の人達の事などどうでもいい。あの男を殺す事に集中しなければ。


 どんな犠牲を払ってでもあの男を殺すと、決めたではないか。


「…行きましょう。あの男を殺すために」


 私は気を取り直して、一歩を踏み出す。


 

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