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復讐の女騎士編③

 翌朝。


「あー、久しぶりに良く寝た気がする」


 青年が岩の上で大きく伸びをする。それに習って少女も真似するかのように伸びをした。


「それは良かったな」


「ん? おいアラギ、そう言えばお前何で起こしてくれなかったんだよ。見張りは交代でやるんだろ?」


「如月と話し込んでいたら眠気が吹っ飛んだんでな。お前もナズナとの戦いで疲れているだろうし、よく休めたんじゃないか?」


「まあ、そうだな…」


 右肩をグルグルと回してみる。確かに、少しは疲れが取れていたようだった。普段は9時間の睡眠の内の半分を見張りに費やしていた為、体の疲れがあまり取れなかったのだ。


「じゃあ、行くか。そろそろ次の街に着くだろ?」


「ええ、恐らく」


 程なくして、一行は街にたどり着いた。


「意外と早かったな。半日も掛からなかったんじゃないか?」


「比較的早いペースで移動しましたからね。途中で魔物が現れなかったのも大きかったでしょう」


 如月が額の汗を拭う。青年は少女に買ってくる物を指示してお使いに行かせると、近くのベンチに腰かけた。


「ああ、疲れた。何で街とか国とかってこんなに間が離れてるのかねぇ。移動が大変じゃね?」


「普通は空間転移の魔法を使って移動するか、馬車を使うみたいですね」


 如月が街の中を移動する馬車を見ながらそう告げる。この世界にも普通の動物と言うのはいるようで、馬車には魔力を有していない馬が使われているらしい。


「そんな事より、宿を取りに行くぞ」


「えー、もう少し休んだっていいじゃねえか。なあ、如月も疲れてるだろ?」


 青年が如月に声を掛けるが、如月はある一点を見つめたまま動かない。


「どうした?」


「え、ああ、いえ。ちょっと気になる物がありまして」


 そう言って如月が指さしたのは、露天商が並べている箱の一つだ。大きさの違う淡い紫色に輝く石が箱の中にぎっしりと入っている。


「あれは……紹介するより見せた方が速いか」


 アラギは石の正体を知っているのか、露店に向かうと店主と何やら交渉を始めた。交渉を終えると、アラギは紫色に光る石を三つ購入し、青年達の元へ戻って来た。


「これは伝導石と言ってな。魔力を流し込む事で遠く離れた相手と会話する事が出来る石だ。まあお前達の世界でいう所の電話のような物だと思ってもらえばいい」


 アラギが差し出した石を、青年はよく見る。石は遠目で見た通り大小異なっており、光る色も淡い紫と言う点では同じであるのだが、三つとも微妙に異なっていた。


「へぇ、この世界にも通話機能があったのか」


 青年はアラギが差し出してきた伝導石を一つ手に取ると、受話器のように耳に当てた。


「申します、申します」


「そこは普通に『もしもし』でいいだろ。なんでわざわざ昔風の言葉にするんだお前は」


「僕も一ついいですか?」


 如月がアラギの手から伝導石を取り、どこかに走っていく。少しすると、アラギと青年が手に持っていた伝導石から如月の声が聞こえてきた。


『こちら如月。どうですか、僕の声は聞こえていますか?』


「良好だな。よーく聞こえてるぜ」


「問題ない」


『わかりました。では一度そちらに戻りますね』


 すぐに如月は戻ってきた。複雑そうな顔をしながらも、どこか嬉しそうな顔をしている。


「これは凄いですね。これなら仲間がどこに居ても話す事が出来ますよ。……ところで、アラギ君の声は聞こえたのですが死神君の声は聞こえてきませんでした。何かあったんですか?」


「あ?」


 青年は首をひねる。自分は確かに声を発したはずだ。如月の声を受信できた以上、故障ではないと思いたいのだが……相手の声を受信できたのにこちらから発信できないなんてことが普通にあるのだろうか。


 疑問に思いながらもアラギの顔を見ると、アラギはそんなことは当たり前であるかのような表情をしていた。


「なんだよアラギ、答えを知ってるのか?」


「当然だ。もう一度オレが言ったことを思い出してみろ」


 青年はアラギが発言した言葉を、一言一句違わずに復唱してみる。


「『これは伝導石と言ってな。魔力を流し込む事で遠く離れた相手と会話する事が出来る石だ。まあお前達の世界でいう所の電話のような物だと思ってもらえばいい』……魔力?」


 青年は耳に当てていた石を確認する。彼の持っている伝導石は、いつの間にか紫色の輝きを失いただの拳大の石となり果てていた。


「…ひょっとして、魔力がないとこれ使えないのか?」


 アラギが当然とばかりに頷く。


「魔力こそが通話の動力源だからな。魔力を持ってない奴が持っていてもただの石ころでしかない」


「じゃあ俺には使えないじゃねぇかよ……」


 ため息を吐きながら、青年は伝導石を懐にしまう。彼単体では使えないが、膨大な魔力を有する少女なら使いこなすことができるだろう。これから通話をする時には彼女同伴で使うしかなさそうだ。


 だが、これは大きな進歩だ。仮に一人では使えないものであったとしても、連絡手段を手に入れたのは大きなメリットである。特に如月といつでも連絡が取れるということは、万が一危険な状況に陥っても適切な応急処置の方法を教えてもらう事が可能になる。


「なんでこんな便利なものを今まで教えてくれなかったんだよ」


「教えてもどうせ使えないだろ」


 一言で切り捨てられる青年を見て、如月が苦笑した。


「とりあえず、今日泊まる場所を探しましょうか。死神君はここにいてください、僕とアラギ君の二人で探してくるので」


「おい、それだと連絡取れなくないか?」


 如月とアラギは伝導石を使えるが、青年は使えない。この組み合わせでは、一方的な連絡しかできなくなってしまう。


「もうすぐお使いに行っていたアイツが戻ってくるだろ。戻ってきたとき、オレとお前のどっちがいた方が嬉しいか、分かるだろう?」


 アラギの言葉に、それもそうかと青年は思い直す。確かに少女が戻ってきたとき、青年がいないと機嫌を悪くするだろう。見えている地雷を踏み抜いていいことは何もない。


「了解。じゃあ、任せたぞ二人とも」


「ええ。何かまずいことがあったら伝導石で連絡しますので、死神君は戦う準備をしておいてください」


 この短期間でもう如月は青年の習性を理解したのか、彼は『逃げてください』とは言わなかった。青年はニヤッ、と笑い腰に巻いたベルトを手で叩く。


「安心しな。いつでも準備はできてるからよ」







 朝ごはんを食べた私は、いつものように街の兵士の人達に稽古をつけてもらうため、街の中央にある詰め所に向かっていた。基本木剣の打ち合いであるため、今の私の格好は鎧などの重装備ではなく普段着ているような動きやすい服装だ。とはいえ、愛用の剣は常に肌身離さず持っている。


 今日は、どんな訓練ができるのだろうか。兵士長は昨日私を「もう十分強い」と認めてくれたが、それではまだ甘い。


 何しろ私の目標は【『黒百鬼の死神』を殺す事】だ。生半可な力では、返り討ちに遭ってしまうのがオチだ。


 突如、私の体がブルッと震える。何気ないときに、ふと訪れる類のものだ。私はこれを武者震いではないかと思っている。


 復讐相手をいつまでも覚えているために、体が無意識のうちに覚えた震えではないのかと。


 ……と。いけない、そんな事を考えていては。今は詰め所に向かい、強くなることを考えなくては。ひとまずは武装した兵士全員を素手で倒すことを目標としている。


 それに勝ったら、次はあの新宮とかいう男を探そうか。それとも……


 その時、私の真横を二人の男が通り過ぎた。長身の男と白衣を着た男だ。とっさの出来事だったので顔はよく見えなかったが、長身の男が明らかに只者ではない雰囲気を漂わせていることだけはよくわかった。


 ----あの男、強い。


 直観的に感じる強さは、新宮と同格かそれ以上。正確な強さは戦ってみなければわからない。


 ……戦ってみたい。


 新宮と戦えなかった反動か、私は強者と戦ってみたいという思いがいつもより強かった。強くなるためには、自分よりも強い相手と戦うのが一番である。私は自分の欲求に従って、男に声を掛けようとした。


 だがその時、白衣の男が意外な言葉を発した。


「それにしても、死神君が魔力を全く有していないのは驚きました」


 ----死神君?


 突然の単語に驚く私の耳に、長身の男の言葉が聞こえてくる。


「オレも初めて会った時は驚いた。この世界の住人は、多かれ少なかれほぼ全員が魔力を持っているからな。魔力に乏しい家系に生まれた子供ですら、伝導石で五分は話し続けられる魔力を持っていると聞く。そう考えると、死神は悪い意味で異質なのだろう」


 聞き間違いではない、確かにこの二人は『死神』という単語を発している。


「魔法は強力な武器です。そんな武器を持たずして、よくこの弱肉強食の世界をーーーー」


「ねえ、ちょっと」


 何気なく会話する二人の後ろから、私は声をかけた。本当はこっそりと後をつけるなり人気のない所で尋問するなりしようと思っていたが、突然名前を出されたことに動揺してつい声をかけてしまう。


 まあいい。どっちにしろ、コイツらが敵なら戦うまで。どこで戦おうが一緒だ。


 私の言葉に、二人が振り返る。よく見ると、長身の男は左目に眼帯をしていた。

 

「僕たちに何か用ですか、お姉さん?」


 私の言葉に反応し、声をかけてきたのは白衣の男の方だった。ニコニコと敵意のない微笑みを私に向けてくる。私の苦手なタイプだ、さっさと本題に入ったほうがいいだろう。


「さっき、『死神』とかいう言葉が聞こえてきたんだけど、それってどういう意味かしら?」


 私はそこで二人の反応をうかがった。私の言葉に、長身の男は顔色一つ変えない。だが白衣の男はわずかに顔を引き攣らせた。長年、相手の表情から攻撃の動作を読み取ろうと訓練を積んできた私でなければ読めなかったくらいの、微かな表情の変化ではあるのだが。


「いえ、特に深い意味はありませんよ。ただの医学用語です。危篤状態の患者のことをーーー」


 白衣の男が、そういって誤魔化そうとする。だがその言葉にある嘘の気配を私は逃さない。腰の剣に手を掛け、一歩前に進み出る。


「バレバレの嘘を吐かないで。もし正直に話すつもりがないのならーーーー」


「つもりがないのなら、なんだ?」


 私の言葉を遮り、長身の男が一歩前に出てきた。ギロリ、と右目が私を捉える。以前の私であれば、思わず震え上がって漏らしていたであろう、そんな予感すらする鋭い瞳であった。


 だが今の私は違う。私はその眼をにらみ返す。


「この場でバラバラになる事になるわ。それでもいいの?」


「突然脅すように声を掛けてきたと思ったら、今度は脅迫か。この街ではこういうカツアゲが流行っているのか?」


 長身の男が淡々とした口調で言ってくる。それでも私が黙って睨み続けていると、白衣の男が横合いから声を掛けてきた。


「ま、まあまあ二人とも。こんな人通りの多いところで喧嘩なんか始めたら歩行者のみなさんの迷惑ですよ。ちょっと、場所変えましょうか」


 確かに、ちらほらと私たちの様子を気にしている通行人も居るようであった。近所の人に見られていいことはないのは確かなので、私たちは白衣の男の提案通り場所を移動する事にした。


 移動した先は、今朝女の子が連れ込まれた裏路地だった。近くに人気のない場所がここしかなかったのだ。人通りの少ない裏路地は閑散としている。


「それで、何が聞きたいんだ?」


 裏路地に着くなり、長身の男が背を向けたまま私に聞いてきた。私は高い背中に語り掛ける。


「もう面倒だから、単刀直入に言うわ。あなたたち、『黒百鬼の死神』について何か知らない?」


 駆け引きは苦手ではないが、別に得意な訳でもない。ならば直接聞くのが最もいいと感じたのだ。愚直に感じるかもしれないが、回りくどく質問して余計な仕掛けでもされたら面倒だ。


 何をしてくるかわからない、異質な相手には警戒しながらも直球で仕掛ける。


「知らない、と言ったら?」



 




 




 

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