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復讐の女騎士編②

「俺達のカルテを作りたい?」


 木の枝で貫いた魚を食べながら、青年が首を傾げる。そんな彼に如月は微笑みかけた。


「ええ、せっかくですし記念にどうかと。特に死神君は怪我をしやすいので、作っておいて損はないかと思いまして」


「まあ、否定はしないが…」


 現在彼らが居るのは、国と国の間にあるだだっ広い平原だ。そこに火を起こし、近くの池で取って来た魚を焼いて食べている。手に入れた魚は有毒だったので、普段から持ち歩いている解毒剤を服用しながら少しずつ食していく。


 青年がナズナを倒し、如月の治療を受け終わった後。青年の姿で正体を察した国の人々が手に武器を持って立ち上がり、青年を処刑しようとしてきた。


 幸い、アラギが青年を担いで逃げるくらいには動けるようになっていたので難を逃れたが、いくら『黒百鬼の死神』でも治ったばかりの状態から戦い続けていたら治療した部分がまた壊れてしまう恐れがあった。


「・・・いいと思う」


 渋る青年よりも先に返事をしたのは少女だった。魚に塩を振りながら、如月の意見に肯定する。


「・・・私はいいと思う。別に減る物じゃないし。そのカルテって言うのが何かはよく分からないけど」


「……それもそうか」


 青年は火の中から蛇の肉を取り出し、咀嚼しながらそう返す。


「では決まりですね。お二人とも、食事の後にカルテを作りましょう。何、すぐに終わりますよ」


 如月は焼いておいたマシュマロを木の枝から抜くと、口に放り込んだ。それを見て青年が唸る。


「マシュマロなんてどこにあったんだ? 俺の知る限り、今までこの世界で見たことはないんだが…」


「どこかの街で患者を治療した時にお礼として貰ったんですよ。異国から伝わって来たと言っていたので、恐らく僕らの同郷人が作った物でしょう。よろしければ食べますか?」


「じゃあ有り難く」


 青年はマシュマロを一つ木の枝から慎重に抜くと、口に放った。甘味が口の中で広がっていく。


「やっぱり旨いな。何だよ、チート持ち共も少しは役に立つじゃねえか」


「確かに技術革新に役立っている時点でお前より上だな。お前は物を使うだけ使う癖に何も生み出さないからな。オレも貰っていいか?」


「ええ、どうぞ」


 アラギが耳が痛い事を言いながら、木の枝からマシュマロを引き抜く。それを見て、少女も手を伸ばす。


「・・・私も、いい?」


「どうぞ。僕は元居た世界でたくさん食べましたから」


 アラギと少女がマシュマロを口に放り込み、感嘆の声を上げる。


「これは旨いな。甘くて柔らかい」


「・・・美味しい」


「喜んでいただけたなら何よりです」


 如月の言葉を聞いて、青年は「コイツ人間が出来てるなあ」と心の中で呟いた。自分ではとても真似できない。恐らく独り占めするだろう。こういう所が小物なのかもしれない。


「ところで死神君、それは一体何を?」


 そこで如月がマシュマロから目を移し、青年の膝の上にある物に目を向ける。青年の膝の上には、黒光りする塊が置いてあった。


「これか? これは同郷人のお前なら分かるんじゃねぇかな。ある意味最もポピュラーな武器だ」


 青年はその黒光りする物を手に取り、如月に見せつける。それを見た如月が目を丸くした。


「…驚きました。死神君、まさかこんな物まで作れるんですね」


 それを聞いた青年は、思わず鼻で笑い飛ばしてしまう。隣に居るアラギから「やっぱり性格悪いなコイツ」という念が送られて来るが気にしない。


「オイオイ如月、まさかこれが本来の用途で使われると思ってる訳じゃねえよな?」


「え?」


 動揺する如月の横から少女がひょこっと顔を出す。青年が見せた塊に興味津々な様子だ。


「・・・これ何?」


 少女が手を伸ばし、青年の手から塊を受け取った。塊はズシリと重く、先端は筒状になっている。


「・・・ねえ、これ何?」


「いや、お前は知ってるだろ。ほら、サラお嬢様をブッ殺す依頼をしてきたあの黒服共が持ってた奴だよ。どこで手に入れたんだろうなアレ」


「し、死神君」


 その声に、青年は前を向く。するとそこには、混乱した如月の顔があった。


「本来の用途でないとするならば、これは一体…」


「ん? そうだな……」


 青年はそこでしばし考え、やがて口にする。


「そうだな…例えるならこれは、『大富豪におけるスペードの3』かな」


「『スペードの3』?」


「そう。あ、革命はない物と考えてくれ。とにかくそう言う代物だよ」


 最後に意味の分からない発言を残し、青年は残っていた蛇の肉を咀嚼した。 



 


 その日の夜。如月は青年達の健康状態が書き込まれた紙を見ながら、ブツブツと独り言を呟いていた。既に青年と少女は眠りに付いているので、声のトーンは極力落としてある。


「ジャンヌ…さんでしたっけ。先日体調不良を起こしたと言うのに何事もなかったかのように回復してますね。よほど新陳代謝が高いんでしょう、ほとんど健康状態です…………ってうわっ!」


 思わず座っていた石から落ちそうになり、如月は慌てて態勢を立て直す。


「オキシトシンの量が通常の人間の13倍……これもう病気か何かじゃないんですか⁉」


 オキシトシンと言えば、別名『愛情ホルモン』とも呼ばれるホルモンの事だ。相手との見つめ合いや抱き合い、特に好きな人との触れ合いで多く発生し、ストレスを和らげたり相手への信頼を得たりするなど、数多くのメリットが挙げられている。


 しかし、通常の13倍ともなれば話は別だ。オキシトシンはメリットの塊のようなホルモンではあるが、流石にここまで過剰分泌されてしまうと人体にどんな影響が出るか計り知れない。


「気にしなくていいぞ。その狂信者の状態はいつも通りだからな」


 少女と情報の記入された紙を交互に見て戦々恐々としている如月に、隣から声が掛かる。振り向くと、大きな岩に背を預けたアラギが目を開けていた。


「アラギ君。起きていたんですか」


 てっきり全員寝静まったと思っていただけに驚きだ。すると、アラギは詰まらなそうに息を吐いた。


「見張りの時間だからな。あと一時間で交代の時間だ」


「見張り、ですか」


 あまりにも青年達があっさりと寝てしまった物だから、すっかり無い物だと思っていた。しかし腐っても伝説の男、基本的な部分は抜けていなかったか。


「国から国は無法地帯、狙われやすさが桁違いだからな。賞金首のコイツなんかは特に凄い」


 如月は毛布を掛けて寝ている青年を見た。少女が毛布に潜り込んで引っ付いているのか、その表情はお世辞にもいい物とは言えない。


「結構、苦労されているんですね」


「まあな。本当にコイツと居ると退屈しないよ」


 嫌味を込めた言い方に、如月は苦笑する。前回の国の時から察していたが、アラギはかなり『黒百鬼の死神』に振り回されているらしい。


 そう言えば、と如月はある事を思い出し頭を下げる。


「あの時は取り乱してすみません。患者を助けるので精一杯だったもので……」


「ん? ああ、オレの胸倉を掴んだ時のことか。別に気にしてないから心配するな」


 あれは短気であった、と如月は今更ながら思う。いくら目の前に患者が居るからと言っても、仲間と思ってくれている者に当たるのは良くない。もっと冷静に、話し合いで解決すればよかったのだ。



 馬鹿みたいに突っかかり、恫喝するように喚き散らす。それではまるで子供ではないか。



 すると如月のそんな考えを見透かしたかのように、アラギが口を開く。


「完璧な人間なんて居ないんだ、そう言う情熱的な所が一つあったってオレはいいと思うぞ」


「アラギ君…」


 アラギの言葉に、如月は軽く感動を覚える。まさか青年に『性格が悪い』と称されていた男にこんな事を言われるだなんて思ってもみなかった。


「そもそも、オレからしてみればイキらないだけ高評価だ。そこで呑気に寝てる男は、隙あらば無駄に格好付け、周囲の人間がドン引きするようなイキリを恥ずかしがる事なく振り撒く頭のイカれた男だぞ」


「そんな、病気みたいに言わなくても……彼の体は至って正常でしたよ」


 苦笑いしたその時、アラギと目が合った。まるで品定めするかのような目に、如月の体がブルッと震える。


「正常、ねえ」


 その言葉は、先ほどとはやや雰囲気が違って見えた。先ほどまで仲間に対して向けられていたはずの気配が一転し、見知らぬ相手と対峙する時の物に変わっていく。


「本当にそうか?」


 アラギの体から殺気のような物が迸るのを肌で感じた如月は、速やかに包み隠さずに話す事を決めた。いくら医療に関して万能の力を持っていたとしても、如月自身には戦闘能力はない。下手に逆らえばこの場で細切れにされてしまうであろうことは容易に想像が付く。


「気になるよな? いくらお前が万能の能力を持っていたとしても、医者を初めてから今に至るまで全ての患者を救えた訳じゃない。そんなお前からすれば、死神の状態は喉から手が出るほど知りたいはずだ」


 流石と言うべきか、アラギは如月の思いを的確に見抜いていた。如月が青年の状態を知りたがっているのはともかく、救い損ねた患者が居ると言う事をどうやって知ったのだろうか。洞察力が恐ろしい。


「彼は…一体何者なんですか」


 知らず知らずのうちに、如月の口から言葉が漏れていた。自分でも何を言っているのか分からない言葉に、アラギは答える。


「ただのイキリ野郎。そして、殺し合いが大好きな狂人だ」

 

 如月は青年のカルテを確認する。何となく作った、『趣味』の項目に目を通す。


 そこには、『殺し合い』と力強い字で書かれていた。


「…アイツはな、頭がおかしいんだ」


 ぽつり、とアラギが言う。


「少しでもムカついたら誰に対しても喧嘩を売る好戦的な性格の癖に、勝つためには手段を選ばない…そんな何処までも無茶苦茶な、頭のオカシイ化け物。それが死神だ」


 好戦的な性質と、勝つために手段を選ばない性質が交わっている状態。


 もしその言葉を()()()()に捉えるなら『自分から喧嘩を売っておいて、手段を選ばず全員に勝つ』とか言う訳の分からない存在になってしまう。


 戦いを好む人間と言う物は、『戦い』そのものを楽しむ。つまり勝っても負けても楽しい戦いが出来さえすれば後悔はしない…………と言う事を、如月は日本に居た頃の友人から聞いていた。


 だが『黒百鬼の死神』は違う。『戦いも楽しみたいし、勝利も欲しい』。それはもはや我が儘の領域である。


 それに、それにだ。


 よく噂話で流れるような、絶大な力を持った勇者がそれをやるのはまだ分かる。しかし、そんな無茶苦茶な事を行うのはただの非力な人間だ。




 巨漢に力負けし、賢者に頭脳で負け、魔法も使えないただの人間だ。




 そんな人間が売られた喧嘩を買い、自分から喧嘩を売っていく。どう頑張っても体が持たない。


「どうしてそこまで……」


「さあな。だが一つだけ分かる事は、コイツは誰が相手だろうが負けないって事だ。あらゆる奇策を用いて、どんな強敵が相手だろうと勝利する」


 アラギの言葉には、先ほどまではなかった確信の籠った響きがあった。


「魔王だろうが、コイツが一日に5回は煽っているであろうチート持ち連中だろうが関係ない。コイツは勝つと決めた勝負にはどんな手を使ってでも執念深く戦って勝つ。オレはそれだけは信じている」


「……僕の質問の答えになっていませんよ」


 すると、アラギは肩をすくめた。


「何、ここまではただの雑談。本題はこれからだ」


「本題、ですか…?」


 ここから何を要求すると言うのだろう。皆目見当が付かない。


 そんな如月に、アラギは言い放つ。


「オレはお前に、オレが知る限りの『黒百鬼の死神』の情報を提供する。好きな武器から性癖まで、オレの知る情報の全てをな。その代わり、お前は二つオレの頼みごとを聞いてくれ」


「二つ……?」


 アラギは指を二本立てる。


「一つ、オレにお前が掴んだ『黒百鬼の死神』の異質な部分について話す事。散々格好付けておいてアレだが、オレにもまだ死神の全貌を掴み切れてないからな」


 それに付いては問題ない。問題はもう一つだ。


「次に、二つ目だがーーーーー」


 アラギの目が不気味に光った。

 



 



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