無敵の医者編⑥
金槌で肩をトントン、と叩きながら青年は空を飛んでいた。アラギが付与してくれた重力操作の力だ。それらを存分に使用して、青年は一直線にナズナに向かって飛んでいく。
「おや…まだ生きていたんですか。素晴らしい生命力です」
少女と戦いながら視線だけ向けたナズナが口の端を歪める。青年はバールと金槌をそれぞれの手に持つと、ナズナに殴りかかった。
「挽肉にして家畜のエサにしてやるからよーーー」
バールの先端でコメカミを強打する。よろめいたナズナの顎を金槌で強襲した。
「ジッとしとけ!」
その時、ナズナが左手を振りかぶった。青年は重力を操作し、左腕の間に潜り込むようにナズナに突っ込む。
「ぬぅ⁉」
青年の突進をナズナは直前で躱す。それを見た青年はニヤッと笑い、口の中の物を吐き捨てた。
青年が吐き捨てた物を見て、ナズナは目を見開いた。
「それはーーー」
「痛みがないってのは大変だな。自分の耳を食いちぎられた事にも気づかねぇんだから」
青年はカラカラと笑うと、口の中に残った血をナズナに向かって吐きかけた。ナズナは半分しかない耳を抑えながら、飛んできた血を回避する。
「ッ⁉」
「もう一方の耳も食いちぎってやろうか? それとも鼻を粉砕してやろうか?」
青年はナズナに肉薄する。ナズナは唇を噛むと、防御するべく右腕を掲げようとした。
「甘いな」
その声が後ろから聞こえてくると同時、ナズナの両肘が切断される。動揺したナズナに、青年のバールによる打撃と少女の魔法が殺到した。
「ハハッ!」
「・・・【ライジング・デスロード】」
鎖骨と腹部への攻撃に、ナズナは為す術なく蹂躙されて行く。しかし、それらは即座に回復してしまった。
「回復できるのも限界があるはずだ! アラギ、回復できなくなるまで斬りまくれ!」
「分かった!」
いかに優秀な魔法使いだろうと、人体改造を施して回復力を高めていようと魔法や回復力には限界が存在する。無限と言うのは理論上あり得ないのだ。
仮に無限の能力と言う物が一つでもが存在するのなら、世界は既にその者の手に落ちている事だろう。
無限と有限。そこには大きな差がある事を、青年はよく知っている。
「『神速ーーーー」
背後で、凄まじい力を感じる。
「覇刃斬り』!」
瞬間、ナズナの全身がバラバラに引き裂かれた。---否、引き裂かれたのではない。
目にも見えない速度で、切断されているのだ。
青年が見ている前で、ナズナの体が再生しては切り裂かれて行く。切り裂かれてナズナの体から離れた物は空中で更に細切れにされていき、飴くらいの大きさになって落ちていく。
「凄ぇ…」
斬撃の嵐は十秒経っても止まらない。アラギの斬撃に対抗したのかナズナの肉体再生も徐々に速度を増していくが、それに追随するかのように切断するスピードも上がっていく。
二十秒も経つ頃には、再生も切断も青年の目では負えない程になっていた。
「ハハッ、コイツは凄ぇや!」
思わず青年は高笑いしていた。まさかここまで超常的な戦いになるとは。
やがて、斬撃の嵐の速度が少しずつ落ちていく。斬られ続けてきたナズナの体から、傷が消えていった。その時、青年の肩に手が置かれる。
「回復力は高いとは思っていたが…予想以上だ。だが、ここまで斬られれば後少しだ」
ぜぇぜぇと息を切らしながら、アラギは青年に告げる。達人級の居合の使い手でも、このレベルの斬撃を使えば体力を大きく持っていかれるらしい。
「悪いが、オレは地上で休ませてもらうぞ。体力の全てをつぎ込んだ一撃だ、もうこれ以上戦えない」
「そうかい。じゃあ如月に治療でもしてもらいな」
そう言うと、肩の感触が消えた。重力を操作して地上に戻ったのだろう。青年はナズナに向き直る。
「貴方のお仲間、なかなかやりますね。でも、詰めが甘いのではないですか? 目の前の敵は無傷でここに居ますよ?」
ナズナが自分の傷一つない体を見せつけてくる。燕尾服も一緒に回復するのか、燃えたり切断されたりでボロボロだった燕尾服は新品同様に戻っていた。
「気遣ってもらわなくて結構。どうせ、もう終わりだしな」
言うが早いか、青年はナズナに接近する。防御するのは分が悪いと踏んだか、ナズナは避けようと身を捻った。
「・・・【拘束】」
少女の言葉と同時、空中から縄が出現しナズナの体に巻き付いた。ナズナは抵抗するが、縄がきつく食い込んですぐには逃げられない。
「…本来、詠唱に数秒かかる拘束魔法を一瞬で…やはり私と同じ規格外の魔力の持ち主ですね」
「遺言はそれでいいか?」
青年は金槌を振りかぶり、ナズナの顔面目がけてフルスイングする。ナズナの歯が数本、宙を舞う。ナズナの歯が即座に再生を始めるが、青年の攻撃は止まらない。
「なぁ、痛みを感じない魔法使いさんよ、今どんな気分なんだ?」
金槌で鼻を潰す。それから数秒間攻撃を与え続けるが、ナズナの体は一向に回復の兆しを見せなくなった。
「回復が限界に来たんですか…」
「終わりだな。くたばれ」
金槌を腰のベルトにしまうと、青年はノコギリを取り出した。ダメージを与えるならとにかく、殺すなら撲殺よりも首を斬る方が速い。青年はノコギリをナズナの首にあてがった。
「ハハッ」
狂ったように笑いながらノコギリに力を込め、ナズナの首を切り裂く。
----寸前、体が後ろに傾いた。
「…あ?」
何が起こったのか。青年は混乱しながらもひとまず重力を操作しようとして、それが出来ない事に気が付く。
「オイ、マジか…」
まさかのタイミングで、【重力操作】の能力付与が消えたのだ。重力を操作する力を失った青年は、本来の重力に従って地上へと落ちていく。
「嘘だろ、運が悪すぎだろ……」
「確かに。今回は天が私に味方したようですね」
気が付くと、ナズナは縄の拘束から脱出していた。ナズナの左手が振るわれるのを、青年の目が捉える。
「やばっ……」
瞬間、それは放たれた。青年にとっては二撃目となる衝撃。体内で何かがブチブチと千切れるような音が聞こえ、全身が熱を帯びるのを感じる。
衝撃による圧迫か、はたまた肺に骨が刺さったからか。まともな呼吸が出来ない。カヒュ、カヒュ、と言う嫌な音が響くばかりで一向に空気が入ってくる感じがしない。
程なくして、青年は背中からどこかの建物に落下した。痛覚すら超えたのか、今度の落下は痛みを感じなかった。
「チッ…痛ぇ」
ぼやきながらも、素早く起き上がる。既に体はボロボロなうえに骨も数本折れているが、今はそんな事は全く気にならない。
「殺す。絶対に殺す。どんな手を使っても殺す」
青年の目は、狂気で満ちていた。その時、鼻と口から同時に血が噴き出るが一切に意に介さない。
「作戦変更だ。暴力で押し切れないなら、知恵を使って工夫する」
ギラギラ光る瞳が、何か使える物はないかと辺り一面を見回す。そこは酒店のようで、大量の酒瓶が棚に置かれていた。
「酒か。なかなか面白いもんがあるじゃねぇか」
その時、上空で爆音が響き渡った。見上げると、少女とナズナの戦いが更なる苛烈さを迎えていた。
「・・・彼を、よくも」
「あと一歩だったんですけどねえ。貴方のお仲間は運に恵まれないようで」
少女の魔法を、ナズナは腕を振るだけで打ち消していく。恐らく少女が冷静さを失ってしまったため、出来ていなかったはずの対処が出来るようになったのだろう。
魔法なんてものはどこまで行っても繊細さとの戦い、集中力などを乱した魔法の威力や精度が下がってしまうのは必然だ。
「やっぱり魔法なんて物は、肝心な時に使えねぇな」
口元の血を拭うと、青年は少女に向かって叫んだ。
「どんな技を使ってもいい、そいつを引き摺り下ろせ!」
遠目で正確には分からないが、少女が頷くのが青年の目に映る。
「・・・【拘束】」
少女が再度、空中から縄を放つ。ナズナはこれを躱すと、左手をパチンと鳴らした。
「貴方も、二人と同じ目に遭いなさい!」
指を鳴らしたナズナは、自らの勝利を確信した。
【細胞爆発】。
定めた対象の体内にある一部の菌を爆発させる魔法だ。一人にしか使えないのが難点だが、それさえ除けば実質最強の魔法である。
先ほど青年に滅多打ちにされ、殺されかけた時には本気で恐怖を覚えた物だが、どうやら神はナズナに味方してくれたらしい。
「さあ、これで終わりです!」
狙いはもちろん少女。少女は咄嗟に魔力を使って障壁を張るが、体内の菌を爆発させる技なので効果はない。少女の体が、病葉のように吹き飛ばされる。
「フ、フフフフフ」
少女が地上に落ちていくのを見て、ナズナは笑みを浮かべた。これで自分の勝ちだ。
「それにしても、私も手酷くやられた者ですね……」
自分の体を確認する。自らの体に改造を施して防御力と回復能力を極端に上昇させているが、両方とも限界が近づいている。
魔族の中には、細胞同士が蠢きあってどんな傷だろうと回復する種族がいる。その種族の細胞を自らの肉体に限界まで取り込む事で、ナズナは自動回復の能力を有していた。
回復できる限界は確認した事はなかったが、自分の上半身が消滅しても再生する所から『大丈夫だろう』と過信していた。この反省を踏まえて、次はもっと良質な魔物の細胞を取り込もうと決める。
「…………!」
「ん?」
その時、地上で青年が何やら叫んでいるのが聞こえた。
「負け惜しみでも言っているんですかね……」
凄腕の魔法使いである自分をここまで手こずらせた相手だ、ナズナは青年の声に意識を傾ける。
「何やってんだ、おい! お前はこの『黒百鬼の死神』の相棒だろうが! なに一発食らったくらいでやられてんだよ!」
「『黒百鬼の死神』、ですって……」
ナズナは瞠目した。まさかあの伝説の男だとは。
まさか今まで戦っていたのが、『三狂人』と呼ばれる最も狂った三人の中の一人であるとは。ナズナの口から笑みが零れ落ちる。
「フ、フフフ。まさか、まさかまさかまさか。こんな所でそんな大物と会えるだなんて。実に今日は素敵な日だ」
本来はこのまま地上に黒死病を放って全滅させたかった所だが、ナズナは予定を変更する。相手はあの悪名高き『黒百鬼の死神』なのだ、瘴気で殺すには惜しすぎる。
「その狂った頭を解剖してみたいものですね」
重力を操作し、地上に向かって落下する。目指すは穴の空いた店だ。ナズナが店に降り立つと、手に酒瓶を持った青年が壁に背を預けて待っていた。
「やっと降りてきたな、クソ野郎」
「貴方があの『黒百鬼の死神』ですか。初めまして、私はナズナと申します」
恭しく挨拶をして、ナズナは青年と向かい合った。距離は数メートル。
「じゃあ、殺し合いの続きと行こうか。今度こそ殺し切ってやるから覚悟しとけ」
「ええ、見せて貰いますよ。貴方のその手腕を」
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