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無敵の医者編⑤

 ナズナの叫び声が聞こえてくる。青年は煙突の影からこっそりと様子を窺う。


 痛みを感じて精神が揺らげば、魔法は使えない。これは全ての魔法使いに共通して言える事だ。魔法とは安定した精神の状態でかつ必要な魔力があってこそ撃ち出せる物であり、その基盤となる部分が一つでも揺らげばうまく発動しないのだ。


 腕を斬られたナズナは、恐らく痛みで魔法を使えていないはずだ。なら、少女の放った火球から身を守る術はない。


 だが、


「チッ…まあそんな事だろうと思ってたけどな」


 音を立てたのも束の間、すぐに鎮火した燕尾服を見て青年は舌打ちする。少女は再び火球を放つが、ナズナは右腕を使って弾き飛ばす。明後日の方向に弾き飛ばされた火球は青年の居る場所から二軒離れた家の煙突に当たると、煙突を派手に燃やし始めた。


 青年はナズナを見る。ナズナは何事もなかったかのように、斬られた左手を再生させていた。元に戻った左腕は斬り落とされる前よりも健康な色をしている。


「再生できるのか。厄介だねぇ」


 そう独りごちていると、目の端で何かが動いた。瞬間、ナズナの右腕とアラギの刀が激突する。派手な金属音を鳴らしながら突っ込んだアラギは、刀を押し込みながら毒づく。


「チッ! 硬いな!」


「おや、速いですね。実に興味深い」


 ナズナは7右腕でアラギの刀を受け止めたまま、左の指をパチンと鳴らした。危機を察したアラギが重力を操作して飛び退こうとするが、時すでに遅し。


 バァン! と派手な爆発音と共に、アラギの体が視界から消える。直後、青年の頭上から、アラギが煙突を突き破って飛んできた。吹き飛ばされたアラギは勢いを殺す事なく住宅街まで飛んで行ってしまう。


「オイオイ、冗談だろ…」


 青年は物理に疎いために計算できないが、一体何をどうしたら上空から住宅街まで飛んでいってしまうのだろうか。距離は少なく見積もっても3キロはある上、空気抵抗も考えると相当のスピードが必要とされるのではないだろうか。


「摩擦で死ななかっただけマシか…」


 とはいえ、倒れた仲間の事を心配しても敵が倒れてくれる訳ではない。青年はナズナに向き直ると、屋根を力強く蹴った。ナズナは飛んでくる青年に気が付いたのか、左手で少女と戦いながらも空いた右手を向けた。


「よぉ魔法使い。俺と遊ぼうぜ」


 腰述ベルトから金槌を抜き、ナズナに叩き込む。ナズナが右腕を振り上げてブロックしたのを確認ざま、空いた手でスパナを取り出しコメカミを狙う。


「---【防御層バリア】」


 コメカミを狙ったスパナはしかし、ナズナに当たる寸前で見えない壁のような物に弾かれる。手首の骨が軋むような痛みに、青年は奥歯を噛みしめた。


「・・・今っ!」


 青年とナズナが物理戦を繰り広げているのを見て、少女が呪文を唱える。少女の周囲にゴルフボールくらいの大きさの真っ黒な球が複数出現し、ナズナに殺到した。


「ぬっ!」


 ナズナは飛来してくる魔法に気が付くと、後ろ手に左手を翳した。大方例の煙で身を守るつもりなのだろうか。だがそんな隙を逃すほど青年は甘くない。


「何度も何度も、同じ事やってんじゃねぇよ!」


 金槌を振りかぶり、ナズナの顔面目がけてフルスイングする。今度の攻撃は防がれる事なく、金槌はナズナの左頬をぶっ叩いた。


「ぐうっ!」


 よろめいたナズナに、青年は金槌を両手で構えて再度振り下ろす。左の鎖骨目がけて振り下ろした打撃も防がれる事はなく、ナズナの骨を砕くに至った。


「うああっ!」


「何発耐えられるかなぁ?」


 両手に持った金槌とスパナで、ナズナの全身を滅多打ちにしていく。一発殴られるたびにナズナはうめき声を上げ、動きは徐々に鈍重な物となっていった。


 青年はナズナの抵抗を掻い潜って執拗な打撃を繰り出しながらも、ここまでのナズナの行動を分析していく。


(戦い方を見た感じ、右腕は防御特化、左腕は回復できる感じか。呻いてるから、攻撃は効いてるはず。だったらこのまま肉体を破壊してけば追い込めるはず)


 ナズナが乱暴に振り回した左腕を避け、顎をスパナで強打する。並の人間なら脳震盪ものの一撃だが、ナズナはよろめきながらもどうにかこれを耐えきった。


「しぶてぇなぁ!」


 青年が金槌を後頭部目がけて振り回すのと、少女の黒い球がナズナの肩を呑み込むのは同時だった。ナズナの両腕から力が抜け、ダラリと垂れ下がる。


「もう終わりかよ。つまらねぇな」


 はっきり言って興ざめだ。青年は詰まらなそうにスパナをしまうと、金槌を両手で構えた。


「じゃあな」


 躊躇わず、ナズナの後頭部目がけて金槌を振る。二撃目立て続けに後頭部を狙われたら、さしもの凄腕魔法使いでも致命傷を負う事だろう。魔法使いとて同じ人間、弱点は同じだ。


 金槌がナズナを行動不能に陥れるーーーー寸前、ナズナの左腕が跳ね上がった。左腕は金槌と後頭部の間に上がると、襲い来る攻撃から身を守った。左腕と金槌がぶつかり、グシャッと言う痛々しい音が青年の耳に響く。


「腕を潰して身を守ったか。何だよ、まだ戦えるんじゃねえか」


 青年が言うと、よろめいていたはずのナズナと目が合った。ナズナの目は何かを期待するように輝いている。


「ええ、まあ。私再生能力ありますし。それにーーーー」


 気が付くと、目の前にナズナの左手があった。



「私、痛みを感じない体質ですので」



「何…?」


 呟いた瞬間、視界がブレた。内蔵の辺りに強力なGが掛かり、圧迫されているような気分に陥る。


(何が…)


 青年の脳内に疑問府が浮かぶのと、背中から床に突っ込むのは同時だった。形容しがたい感覚が、全身を駆け巡る。


「オ、ゴッ…」


 指先が震える。目の奥がチカチカして、何だか気持ちが悪い。


 何か言葉を発しようとして、青年は口から血の塊を吐き出した。それでも拙く動く口でどうにか呟く。


「やっ…てくれたな、クソ野郎」


 痛みが走れば、その分精神にも揺らぎを及ぼす。興奮状態でアドレナリンが分泌していれば多少は感じる痛みを減らすが出来るが、それでも急所への攻撃と言った物は多大なる痛みを感じてしまう。


 精神が揺らげば魔法は使えなくなる。故に青年は急所を重点的に狙い、ナズナの魔法を封殺した。



 ---はずだった。



「ま、さか、痛みを感じないとはねぇ……」


 腰のベルトからバールを抜き、それを杖代わりにしながら青年はどうにか立ち上がる。口の端からポタ、ポタと血が垂れるが気にしてはいられない。


「うめき声があまりに…リアルなもんだから…信じこんじまったじゃねぇかよ」


 認めたくはないが、恐らく油断していたのだろう。青年はそう定義づけると、崩れた天井から空を見上げた。


「あの野郎…全身回復できるのかよ。ズルいなぁ」


 愚痴をこぼしながらも、青年は前に進む。


「まぁ、どんな能力を持ってようがブッ殺してやるけどなぁ」





 青年達と別れた如月は、国のあちこちを駆け走り回り患者の手当てを行っていた。能力で虚空から聴診器を取り出し、手当たり次第に治療していく。


「インフルエンザですね。僕の作ったこの漢方を飲んでください。一瞬で治ります」 


 『死者を蘇らせる事は出来ない』と言う条件こそあれど、流石はチート能力。たった一秒で病気から回復させる薬を、如月はいとも簡単に産み出してしまう。


「次の方どうぞ。…これは、ステージⅢの悪性腫瘍ですね。オペをするので少々お待ちを」


 腫瘍があった患者は産み出したオペ室にて、手早く手術をしていく。本来であれば手術は数時間単位で掛かる物であるが、貰い受けた能力と持ち前のオペ技術にて僅か数分間で終わらせていく。


「はい、終わりました。でもしばらくは安静にしていてくださいね」


 そう患者に告げると、如月は額の汗をぬぐった。


「流石に数が多いな…でもそれ以上に、凄いですねこの能力」


 今までにも何回か試した事はあったが、この能力は何度見ても驚く事ばかりだ。ましてや如月は日本で医者という職業に就いていた見、その異常性は得に良く分かる。


「病気を一瞬で根絶できる薬に、手術スピードを上げられる加速装置……ハハ、もはや妄想の領域ですね」


 こんな超常的な力があると、今まで一人一人治していたのが馬鹿みたいに思えてくる。


「…っと。いけませんね、奢っては。こうやって調子に乗ると身を滅ぼしてしまいます」


 自分の思いを打ち消すように、如月は自分の両頬をはたく。そうだ、例え能力があろうがなかろうが目の前の患者に向きあう思いは変わらない。『馬鹿みたい』などと一瞬でも思ってしまった事を如月は恥ずかしく思った。


「さて、ここの患者は全員治療を終えたので、次の場所にーーーー」


 その時、轟音と共に何かが如月の背後にあった廃屋の屋根をぶち破った。衝撃が如月の白衣をはためかせる。


「うわっ⁉」


 あまりに突然の出来事に、如月は思わず尻餅を突いてしまう。やがて数分経っても何もない事が分かると、如月は恐る恐る立ち上がる。


「何だったんですかね、今のは……」


 異変のあった廃屋の天井を見る。そこには、3メートルはあろうかと言う穴が開いていた。


「まさか、死神君達の中の誰かがやられたんじゃ……」


 流石に信じたくはない。何しろ三人が三人、化け物じみた存在だ。相手が誰であろうとそれを上回る実力でねじ伏せるくらいの事はするはずだ。


 如月がそこまで考えた時、廃屋の壁が勢いよく破られた。ビクッ! と反射的に身が竦む。程なくして、壁を破った張本人は出てくる。


「し、死神君…?」


 廃屋から出てきた人間を見て、如月は目を見開いた。


 青年はそれはもう、酷い有様だった。口の端からポタポタト血を垂れ流し、右足を引きずっている。杖代わりに突いているバールを持った手は小刻みに震えており、頬には木材の破片で切り裂いたであろう大きな傷がある。


 医者としてーーーーいや、医者でなくとも分かる。重傷だ。


「死神君!」


 声を掛けるが、青年は聞こえていないのか一点を見つめたままこちらを見ようともしない。どこかに向けて歩いて行こうとするのを見て、如月は慌てて青年の元へ向かった。


「死神君、大丈夫ですか?」


「あ……?」


 近くで叫ぶと、青年はようやく足を止めて如月の方を向いた。その目が血走っているのを見て、如月は身震いする。


「なんだ、如月かよ。今いい所だから邪魔すんな」


「い、いや、それどころじゃないですよ。速く手当しないとーーー」


 如月の言葉に反応を示さず、青年は再び歩き出そうとする。如月は慌てて青年の前に立ちはだかり、進むのを阻止した。


「だから、速く手当しないといけないんですよ! 死神君、すぐに終わりますから僕の治療を受けて下さい!」


「退けよ、如月。じゃねぇとお前もそこの空飛んでるクソ野郎と一緒にミンチにするぞ」


 青年は、如月の話を聞いていなかった。如月は声を荒げる。


「聞こえているんですか、死神君! このままじゃ、君は死んでしまうんですよ!」


「死、ぬ…?」


「そうですよ、死んじゃうんです! だから治療をーーー」


 突如、青年は笑い出した。文字通り何の前触れもなく。


 その笑いは、ガラスや黒板を爪で引っ掻く音に似ていた。本能的に、恐怖のような物がこみ上げてくる感覚。如月は自分でも気が付かない内に、口を手で覆っていた。


 そんな中、目の前の青年は言い放つ。



「アイツをブッ殺せるんだったら、命の一個や二個くれてやるよ」




 そう言うと、青年は如月を押しのけて歩き出した。その目が再び空に向けられる。


「ク、クク。待ってろ雑魚魔法使い。テメェの頭蓋骨はきっちりバラバラに砕いて魚のエサにしてやるから、有り難く死んでいけよ」


 ズルズル、と足を引きずりながらも、青年は歩みを止めない。如月はその後ろ姿を見て唇を噛むと、青年の背中に手を置いた。


「【状態探知ステーツサーチ】」


 人間の状態を確認させる魔法を唱える。これで出た結果を青年に提示して、一旦動きを止めて貰おうと言う狙いだ。


 感情論の相手に対し、現実を突きつける理論は意外に効果がある。特に青年のように、普段は常識的に考えている人間ならばよく効く事だろう。


「…勝手に健康状態を計ってすみません。でも、これも君の身を守る為----」


 青年の健康状態が脳になだれ込んでくる。瞬間、如月は驚愕の声を上げていた。


「ば、馬鹿な!」


 あまりに驚いたためか、足がもつれて尻餅を突いてしまう。本日二度目の尻餅。普段ならどん臭いと笑っている所だが、今の如月にそんな余裕はない。


「な、何なんですか、これは…」


 それは、本来ありえない情報だった。


 今まで如月は、数多くの人間を治療してきた。中には生まれ持っての状態や家庭の事情で、特別な手術を要する者も居た。


 だが、こんな例は初めてだ。いやーーーー


「あり得るのか、こんな人間が……」


 如月はそこでハッと我に返る。そうだ、驚いている場合ではない。今は青年を止めなくては。


 如月が顔を上げると、そこにはもう誰も居なかった。



 

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