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無敵の医者編④

 青年が生き生きと出発しようとすると、少女が背後から青年にギュッと抱き着いた。腹まで回された小さくて白い手から、緑色の光が迸る。光は青年の腹を伝うと、全身を駆け抜けていった。


「・・・【異常耐性】」


「何してるんだ?」


 青年が聞くと、少女は体からスッと離れる。


「・・・貴方に状態異常耐性を付与した。これでしばらくはどんな状態異常にもならない」


「毒だけじゃなくてか? お前ってやっぱり凄ぇんだな」


 これだけの魔法を、僅か数秒の間に唱えることが出来る少女はやはり偉大だ。隣では、アラギが自分に病気耐性の結界を張っている。


「【状態防壁】」


 アラギの体を、光が包み込んだ。全員が病気から守れるようになると、三手に別れて散策する事にする。


「・・・私と貴方の二人で一緒に、散策した方が…」


「どう考えても三人の方が範囲が広がるだろ。それにそこまで広くもないし、すぐに終わるだろ」


 少女を宥め、青年は街の散策を開始した。散策中、街の様子を観察する事にする。


「壁が微妙に腐ってるな…けど、長年放置してきたような跡でもない。ああクソ、こんな事なら建物についての知識を深めておけばよかった」


 愚痴りながらも、一通り街を見て回る。だが残念な事に、彼が見た限りでは人一人としていなかった。


「チッ、つまんねえの」


 悪態を吐きながらも、青年は国の中央部へ戻る。すると、何やら険しい顔をしたアラギと無表情の少女が待っていた。


「よう、どうだった?」


「防空壕と思われる場所に、数十人の人が居た。全員、さっきの老人のようになっていたな」


「・・・私が回った所も、同じような感じになってた」


 アラギと少女の言葉に、青年は顎に手を当てる。


「ふむ…被害者は多いと言う事か」


「お前が『ふむ』って言うと滅茶苦茶不快感を感じるから、金輪際禁止しろ。万が一次使ったら処刑するからな」


 相変わらずのアラギの毒舌に青年は苦笑しようとしてーーーーふと違和感を覚えた。


 …かつてここまで、アラギが辛辣に罵倒した事があっただろうか。


 いやそもそも、その言い方だとーーーー


「・・・私も、それはちょっと引く」


 青年がとある結論に至ろうとしていると、そんな言葉と共に少女がが自分の体を覆うジェスチャーをした。どうやら彼女からしても、今の発言には引く物があったらしい。


「…気のせいか」


 口の中でそう呟くと、青年は如月の元へ向かった。如月は壁に背を突いて空を眺めていた。老人は既に治したのか、近くにその姿はない。


「如月、大変だ。数十人規模の人間が病気にやられているらしい」


「そうですか」


 如月は青年からの言葉に生返事のように返す。その目は、相変わらず空に釘付けになっていた。


「どうしたんだ如月?」


「死神君、あれを見て下さい」


 如月に言われるまま、青年は空を眺める。


 そこには、燕尾服にシルクハットを被った男が経ったまま空中に静止していた。両腕一杯まで広げられた右手には杖があり、左手からは黒い煙が噴出している。


「燕尾服にシルクハットとはまたベタな…」


「十中八九、彼が今回の騒動を引き起こしている犯人でしょう。少なくとも、関係者である事は疑いありません。死神君、ちょっと悪いんですけど対処してもらえますか?」


「対処しろって…俺は空を飛べねぇぞ」


 頭を掻きながらも、青年は少女とアラギの元へ向かい上を指さす。


「今回の元凶が分かった。アイツだ」


 指さされた方向を見たアラギが、つまらなそうな顔をした。


「燕尾服にシルクハットとは、ベタな奴だな」


「それさっき俺が言った」


 確かにベタではあるが、ヨーロッパの街並みの中では全く違和感がない。


「・・・私、あの人知ってる」


 青年が燕尾服の起源を思い出そうと脳を振り絞っていると、少女がそう言った。


「確かフランス…いや、イギリスだったか? 乗馬服として用いられてた気が…今なんて?」


「・・・私、あの人を知ってる」


 少女の言葉に、思い出そうとしていた燕尾服の知識が全て吹っ飛ぶ。


「…マジ?」


「・・・名前は確かナズナ。瘴気を操る凄腕の魔法使い」


「凄腕って、どのくらいだ?」


「・・・病気を流行らせて、国を一つ潰した事がある」


「普通にヤベエじゃん」


 国を三つ滅ぼしているから実感が沸かなくなるが、そもそも国を滅ぼすこと事態がとんでもなく異常なのだ。一つの集落、ましてや自治権を持った国であるならば必ず警備は存在する。それらを破って滅ぼす事が、いかにして難しいか。


「お前なら勝てるか?」


「・・・正面から戦えば。でも、ナズナは正面から戦うのを嫌う」


「コイツと同じ思考回路って事か」


 アラギにトントン、と頭を叩かれる。流石にイラッと来たので殴りかかると、アラギはそれを片腕一本で抑え込んできた。両手を使って攻撃する。


「とりあえず、オレの結界とお前の魔法を上手く使えば倒せるって事だな」


 青年の取っ組み合いの喧嘩をしながら、アラギは嘯く。息を切らしながら力を込める青年に対し、アラギは疲れた表情一つ見せない。


「・・・多分」


「なら問題ない。オレとお前で奴の気を引きつつ、死神の小賢しい策で倒す。それで終わりだ」


「さっきから小賢しいだの卑怯だのと、よくもまあ散々に言ってくれるな!」


 苛立ったあまり顔面を殴ろうと動くが、ひょいと躱されてしまう。


「とりあえず、オレ達二人で話してみるか。おい死神、お前は今の内に作戦を立てておいてくれ」


「チッ、分かったよ」


 青年は立ち上がると、必要な武器を調達しに歩き出した。基本的に、特別な道具など用いる必要などない。武器も支援道具も、いつだってその場にある物を利用していく。


 戦いにおいて、これは常識である。青年もその常識にもれず、身の回りにある物を応用して武器を作っていった。


「お、洗剤あるじゃん。今日はいい感じに風もないし、またあれやってみようかな」


 どうやらこの国はかなり日本人が技術革新を起こしたらしく、探せば探すほどにいい物が現れていく。目薬や育毛剤などと言った物が現れた時には流石に呆れて物も言えなかった。


「何で目薬とかがあって、街並みが中世なんだよ。せっかくだしコンクリートの技術を伝えてやれよチート持ち共。…ん? これいいな」


 青年はニヤリとほくそ笑むと、面白そうな小物を懐にしまいだした。






 燕尾服の男ーーーナズナは、退屈そうな面持ちで病気はびこる地上を見下ろしていた。


(やはり、詰まらんな)


 心の中で、ナズナはそう吐き捨てる。まさかこの程度で滅んでしまうとは国として脆過ぎる。全盛期に滅ぼされるならともかく、こんな弱体化した自分によってここまで大打撃を受けるようなら国として機能していないのではないだろうか。


 杖をクルン、と一転させる。いつからこんなに弱くなってしまったのだろうか。自分も、人類も。


(こんな副産物に、倒されてしまうだなんて)


 ナズナは、かつては遺伝子操作においては右に出る者はいない程の優秀な魔法使いだった。魔法を使って、遺伝子を組み合わせ今まで誰も見たことがないような特効薬を開発する。【獣毒】もその一つだ。


 魔法医師。人は彼の事をそう呼ぶ。


 だが、ナズナの妹が病気に掛かってから彼は変わった。今まで培ってきた遺伝子技術から、病気や毒と言った、人類にとって害になる存在の研究を始めたのだ。


 妹が掛かっている病気について知れば、必然的に対策が判明する。そう考えた結果だった。


 全てをささげて研究に没頭した。だがそれでも、妹は救えなかった。


 結果、残ったのはそこそこ優秀な遺伝子操作術と、人類、魔族全てを蝕む呪いの数々。そして行き所を失った思いだけだった。


(ああ…つまらない)


 空虚な目で、ナズナは空を見上げた。目と鼻の先まである雲は、太陽を覆い隠すように暑く、広く広がっていた。


 自分は何がしたかったのか。そして何をすべきなのか。そんな思いに耽っていると、


「・・・ナズナ、久しぶり」


 近くから声を掛けられた。ナズナは声のした方を向く。


「おや、どこかで見たような顔ですね。ええと、確か名前は……」


「・・・ジャンヌでいい」


「そんな名前でしたっけ? まあいいです、私に何の用ですか?」


 少女はナズナと同じく重力魔法を使っているのか、背中から翼を生やしたりせずに空中に佇んでいた。そんな彼女にナズナは質問する。


「・・・何の目的で、この国に病気をばら撒いてるの?」


 少女の問いに、ナズナは口元を緩めた。


「何の目的、ですか。特に理由なんかありませんよ。ただ壊したかった、潰したかった。貴方にもありませんか?」


 持てる時間を、資産を、魔法を……全てを妹の為に捧げた。それでも、彼女を救う事は叶わなかった。


 もうナズナには何もない。自暴自棄になった思いは止められない。


「・・・そう」


 少女は頷くと、ナズナに向かって右手を突き出した。


「・・・じゃあ、私は私の目的に従って貴方を倒す。覚悟はいい?」


「ええ、構いませんよ。貴方のような強者と戦えるなんてむしろ光栄だ!」


 直後、二つの魔法が激突した。





「死神、戦いが始まった。準備はいいか?」


「もちろん」


 中央で待機していたアラギに合流すると、青年は如月に向かって叫ぶ。


「じゃあ、地上の治療は任せた。俺はちょっとアイツとやり合ってくるわ!」


「分かりました! くれぐれもお気を付けて!」


 如月の言葉に、青年は笑う。


「クク、気を付けてだとよ。この俺に向かって」


「社交辞令だろう。ほら行くぞ、【重力結界】」


 アラギの言葉と同時、体にズシリとした重みが掛かる。まるで重りを全身に付けてある医て居るような気分だ。それでも青年は何とか膝を曲げると、勢いよく飛び上がった。


「うおっ⁉」


 青年の体が数十メートル飛び、空中に投げ出される。後ろからアラギの声が聞こえてくる。


「これは、対象に重力を操作する能力を付与する結界だ。効果がある間、方向転換も強弱も思いのままに操れる。だが過信するなよ。調子に乗って無重力状態を維持すれば、30秒で命を失うからな」


「了解!」


 一旦近くの屋根に着地しながら、青年は状況を確認する。空中では少女とナズナが激しい空中戦を行っていた。


 少女の手から火球が放たれ、ナズナに迫る。ナズナがすかさず左手を翳すと、手から黒い煙が噴出し火球を包み込んだ。



 爆発。バレーボール大ほどの大きさがあった火球が弾け飛び、破片と化した炎が離れた青年の元まで降り注いで来る。


「っぶね!」


 重力を後ろに傾け、咄嗟に回避する。上を見上げると、再び火球と黒い煙がぶつかっていた。今度の火球は二回りほど大きい。


「まずっ…」


 何が起こるかを予測するが、体が追いつかない。火球が爆発すると同時、先ほどとは比べ物にならない程の衝撃波が辺り一面に吹き荒れた。衝撃波に体を叩かれ、青年の体が屋根から転がり落ちる。


「ガッ!」


 地面に墜落し、肺の中の空気を全て吐き出させられる。背骨にもヒビが入ったかもしれない。咄嗟に重力を操作して速度を落としたおかげで深い怪我は避けられたが、それでも肉体に負ったダメージは決して少なくはない。


「あの野郎…」


 起き上がり、再度地面を蹴る。流石にもう一度同じ轍を踏まない為に、今度は煙突の影に隠れるようにして屋根の上に着地した。


「やってくれたな。ブッ殺してやる」


 上空では、未だに少女とナズナの戦いが続いている。互いに攻撃を撃ち消し合っているようだが、一見すると少女が優勢なように見える。


 もう何回繰り返されたか分からない少女の火球を、ナズナが左手を突き出して防御する。先ほどから繰り出している、黒い煙だろう。



 ----寸前、ナズナの左手が切断された。まるで見えない刃に斬られたかのように、手首から先をざっくりと。



「なッ…」


 左手を失って動揺したナズナに、少女の放った火球が直撃する。火球はナズナの燕尾服を燃やし、パチパチと言う音を立てて燃え滾る。


「うわあああっ!」








 













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