無敵の医者編③
しばらく歩くと、日が暮れてきた。特に急いでいる訳でもないので、今夜は荒野で一泊する事が満場一致で決定する。
アラギが火打石で火を起こしていると、如月が青年の手元のタンクを指さした。
「そう言えば死神君、それは何を作ってるんですか?」
「ガソリンだよ」
青年はティッシュ箱を四つ重ねたような大きさのタンクの中に、重油を注ぎ込む。ガソリンの生成にはいくつか方法があるが、彼が用いているのはベルギウス法と言う手段だ。
「良く作れますね。そう言うお仕事に就いてたんですか?」
「いや、日本に居た頃に調べたことがあるだけだ。とは言っても見よう見まねで作ってたから、最初の方は死にかけたけどな」
この世界には重機など存在しない為、資源自体は腐る程存在する。後はそれらを調べた知識を基に合成していくだけだ。無論、決して簡単な事ではない。だが200回を超える実験の末に最低限ガソリンとしては成り立つ程度には出来上がった。
「ま、これに従事し過ぎたせいで他の危険物は作れなかったけどな。それに出来た物だって、一般的な物に比べてかなりの粗悪品だし」
「そうなんですか?」
「ああ。濃度をかなり濃くしてみたが、それでも相当の量をぶちまけないと爆発どころか燃えもしない。爆発するだけマシって感じだよ」
作り方と材料を知っていて、200回も実験した上で出来たのが粗悪品だ。つくづくモノ作りは難しいと実感する。
「最初に物を発見した人って、やっぱり偉大だよな。とても真似出来ねえよ」
「でも、科学者でもない個人が危険物を作り出すって結構すごくないですか? 例え生成方法を知っていても、なかなか出来る事じゃないですよ」
「まあ、そう言われればそうなんだろうけど」
とはいえ、やはり納得できない部分はある。この世界に来てから、今まで当たり前のように使っていた物が天才たちの積み重ねによって作られて来た物であると認識させられてばかりだ。
「出来たぞ」
アラギの言葉と共に、ボウッと薪に火が点く。一同は薪の周りに集まった。
「そう言えば、アラギ…さんは抜刀術が使えるんですか? 先ほどのオーガとの戦いで使っていたみたいですけど」
「ん? ああ、胸を張るほどの物ではないが多少は使える。試しに何かを斬ってみようか?」
腰の刀に手を掛けるアラギに、少女が木の枝を差し出す。
「・・・じゃあ、これ」
「分かった。じゃあ行くぞ」
ーーー瞬間、一陣の風が吹いた。少女が持っていた木の枝が綺麗に八等分される。
「…え?」
流石の如月も、これには動揺を隠し切れない。だが無理もない、まさか現実に目にも見えない抜刀術を繰り出す者が居るだなんて想像もつかないだろう。
「まあ、大体こんな物だ。他にも結界を張る事が出来る」
相変わらずの化け物スペックに、青年は呆れたように首を振った。
「普段はツッコミ役だけど、普通にチートスペックなんだよなぁコイツ」
「ツッコミをさせてるのは誰のせいだ誰の」
その晩の会話は、いつも以上に盛り上がった。
翌日。
「お、ようやく次の国に着いたよ」
額の汗を拭いながら、青年は城壁に背中を預ける。
「それにしても、国ごとの自治権はどうなってるんだろうな。滅茶苦茶気になるわ」
「・・・意外と、上手くやれてたりする」
「そうなのか? てっきり仲が最悪かと思ったが…じゃあ、そろそろ行くか」
青年が壁から体を起こし、城壁に向き直る。
「そうですね。歩いた疲れも取れましたし…って、何処へ行くんです? 入国の入り口はこっちですよ?」
「お前こそ何処へ行くつもりだよ。正面から入国するとか、『逮捕してください』って言ってるようなもんだろ」
普段ふざけているせいで忘れがちであるが、青年は超が付くレベルの凶悪犯である。殺した人数は数知れず、ましてや国を三つ滅ぼしているとなれば世界を一度や二度救っても救われないだろう。
そんな彼が正面から入国するか。答えは否に決まっている。
「警備の手薄な所を探して入国する」
「え?」
「警備の手薄な所を探して入国する」
二度言い放つ青年に、如月は露骨に引いた姿勢を見せた。
「…そ、それって通用するんですか?」
「通用する。と言うか通用した。現に俺はこの方法で、今までの国に侵入し続けている」
警備がザルだ、と思いたくもなるが状況を考えれば納得が行く。元々一つにまとまっていたのに、『魔族戦争』の影響で分裂して出来たまだ二年そこらしか経っていないような国達である。人数が少ない上に新設されたばかりでは、どんなに厳重な警戒態勢を敷いても突破口は必ず見つかる。
「しっかし、何で人類の国は分裂しちまったんだろうな。ただでさえ最悪の状況なのに、ますます悪い状況に自分達を追いこんでどうするんだよ」
「色々な要因が重なった原因だ、深く追求してやるな」
アラギの言葉に、青年は「そう言う物かね」と諦める。まあここで知った所で代表の考えて居る事など分かるはずもない。青年達は城壁の周りをグルリと一周した。
「お、あったあった」
他と比べて一段と脆そうな箇所を見つけ、青年はほくそ笑んだ。少女が一歩前に出て呪文を唱える。
「・・・【粉砕】」
途端、壁の一部が砕け散る。空いた穴から、青年は悪びれもなく侵入した。
「普通に破壊しましたけど、大丈夫ですかね?」
「どうせ壊れかかってたし、大丈夫だろ。それに出る時に直すつもりだし」
言いながら青年は辺りを見回す。壁を壊して入っていくのを見られていたら少し面倒だからだ。
幸いな事に、目撃者は一人も居なかった。
「よし、目撃者はゼロだ。侵入成功」
「…いつもこんな事やってるんですか?」
とりあえず、散策感覚で大通りへと向かう。驚く事に、歩いても歩いても住民は見つからなかった。
「おかしいな。誰も居ないぞ」
「確かに妙だな」
アラギと共に首を傾げながら、無人の街を歩く。いつもなら荒くれ者に見つかって不意を撃たれないか恐々とするところだが、シンと静まり返った街はそれとは違うどことなく不気味な感じを漂わせていた。
大通りらしき場所に着いても、それは変わらなかった。石造りの建物が並ぶ中、動いているのは青年達だけだ。
「街全体が死んでるみたいだな。一体どうなってるんだこりゃ」
「あ、あれを見て下さい!」
如月の言葉に一同が顔を向けると、そこには全身を震わせながら倒れている老人が居た。血を吐いたのか、足元には血だまりが出来ている。
「お、何だいるじゃねえかよ住民。アイツに話を聞こうぜ」
「大丈夫ですか⁉」
のんびりと向かう青年とは対照的に、如月は老人の元へ駆け寄った。如月が背中を擦ると、老人は更なる血の塊を吐き出す。
「これは…【状態探知】!」
如月が呪文を唱える。その表情が強張っていくのを、青年は遠目で確認した。
「黒死病と【獣毒】に同時に掛かっている…馬鹿な、あり得ない!」
「何があり得ないんだ?」
青年の質問に、如月は真っ青な顔で首を振った。
「…死神君。黒死病の発生源ってどこだか知っていますか?」
「確かネズミだったか? ああ、あと太陽が氷河期に入った事も影響したんだっけか?」
「正解です。ネズミや犬、猫などによって運ばれた病原菌が、ノミや人間にばら撒かれた事によって黒死病が流行しました。ですからこの人が黒死病に掛かっていても驚きません」
ですが、と如月は続ける。
「…この【獣毒】は、毒をまき散らす呪いです。人間が受けても体調を少し崩すくらいですが、概ね平常に活動する事が出来るんです」
「で?」
「【獣毒】は、人間以外の動物を皆殺しにします。病気を持っているのなら、その病気ごと」
焦れた青年に、如月は結論を先に言う。それを聞いてアラギが納得した顔を見せる。
「【獣毒】…聞いた事があるな。確か魔族に対抗して人類が作りあげた呪いだったな。だが結局は魔力を有していない獣にしか効かず、大して戦いには役立たなかったと言う…」
「そうです。確かに魔族相手には有効打になりえませんでしたが、それでもかなり強力な呪いです。人間が感染すれば、動物からの病気の感染を全面的に防御できます」
これだけ聞くと、意外と有能なように見えるかもしれない。だが実際にこの世界で動物からの感染症で死ぬ人間と言うのは非常に少ない。魔法やら呪いやらが平然と使われるような世界なのだ。病気に掛かる確率より、無差別な魔法の攻撃に撒き込まれる可能性の方が高い。
「・・・おかしい」
ここまで一貫して聞く側に回っていた少女が口を開く。一同の視線が少女に集まった。
「・・・もしそれが本当なら、黒死病も【獣毒】の効果で消えるはず。なのに消えてないのは、おかしい」
「そう言う事です」
如月が肯定すると、少女は青年の顔を見上げた。
「・・・私、正解した。偉い?」
「あーうん。偉い偉い」
青年がいい加減に頭を撫でると、少女は嬉しそうに頬を緩めた。如月は老人の状態を確認しながら青年達の顔を見回す。
「とにかく、これは由々しき事態です。僕はこのお爺さんの状態を確認しておきますから、皆さんはこの国を回って『他にも患者が居ないか』、『原因は何なのか』を調べて来てもらえませんか?」
「何でそこまでする必要があるんだ?」
そう聞いたのは、青年ではなくアラギだった。鋭く輝く片目で、如月を見る。
「別にオレ達がそこまでする必要はないだろ。この国だって、必要な道具を買う為に立ち寄った国だ。この国が機能しないのなら別の国に行けばいい。それだけの話だ。おい死神、お前もそう思うだろう?」
アラギは別に冷たい訳ではない。何処までも…青年以上に現実主義なだけだ。
アラギは、慈善家でもなければ正義の味方でもない。見返りがないのなら助けられる命だって助けないし、自分が命を懸けるに値しないと思えば国であろうと見捨てる。
どこまでも切り捨てたような生き方だが、そうやって彼は生きてきた。今は命をゲーム感覚で投げ出す青年と共にいるから歪に感じるかもしれないが、もとはこれがアラギの本質だ。
共に戦ってきた青年はそれをよく知っている。そして、命の価値が安いこの世界においてそれが間違っていない事も知っている。
だが、ここはあえて沈黙を選択した。
「……」
「おい死神、この状況で寝たふりは流石にーーーー」
「ふざけないでくださいッ!」
シン、と辺り一面が静まり返った。
如月は立ち上がると、アラギの胸倉を掴み鬼の形相で迫る。
「目の前に患者が居るんだぞ⁉ こんな状況で、見捨てられると思うか⁉」
如月の勢いに一瞬気圧されたアラギだが、すぐにキッと如月を睨んだ。
「正気か? ここに居るのはオレ達と何の関係もない人間たちだぞ。見捨てたって罰は当たらないし、恨まれる事だってない。何より、そんな奴らの為にこんな危険な街に留まるメリットがーーーー」
「知るか!」
敬語すらかなぐり捨てた如月が、強く怒鳴る。
「善人だろうが悪人だろうが魔族だろうが関係ない! 目の前に患者が居るのなら助ける、それが僕の使命だ! 死んでさえ居なければ、絶対に僕が助けてみせる!」
その言葉を聞いたアラギは、残念そうに目を細めた。胸倉を掴んでいる如月の手を、強引に引き剥がす。
「知るか。自己犠牲の精神なら一人でやってろ」
「もちろんです。たった一人でも、僕はやりますよ」
如月がそう啖呵を切った時、青年はついに堪え切れなくなった。笑いが口から零れる。
「ク、ククク。ハハハハハハハッ!」
「…何がおかしい?」
アラギが青年を睨んでくる。視線だけで人を殺しかねないレベルだ。
「いや、悪い悪い。あまりに面白かったもんでな」
「だから、何がおかしい」
今にも詰め寄りそうなアラギに、青年は言い放つ。
「アラギ、確かにお前の言う事は正しい。だがな、如月の言ってる事も面白いんだよ」
「どういう意味だ?」
「だって考えても見ろよ? 確かに如月は医療系のチート能力を持っているとはいえ、一度に大勢の人間を治せる訳じゃない。つまり一人一人対処していかなくちゃいけない訳なんだよ。だけど、現状では患者の数すら分からない」
街をくまなく探して、患者を見つけるたびに治療していく。
如月なら不可能ではないかもしれない。だがそれに膨大な時間が掛かる事は明白であり、時間が掛かれば掛かるほど途中で如月自身が病気に感染する可能性は高まる。更に膨大な時間が掛かってしまえば、この街の住民は全員死んでしまうかもしれない。
つまるところ、限りなく不可能に近い状態だ。
「現実的じゃない。だけどそれでもやるんだろ、如月?」
青年の問いかけに、如月は頷いた。
「勿論です」
「だったら、お前のその覚悟に乗ってやるよ。不可能かもしれない、自分も感染するかもしれない。それでも腹くくって前に進むなら、俺は協力してやる」
え? と驚く如月を尻目に、青年は二人の仲間を見た。少女は頷く。
「・・・貴方が望むなら、私はいつでも力を貸す」
アラギはしばらくの間黙っていたが、やがて重々しく口を開いた。
「…正気か?」
「俺はいつでも正気じゃねえよ。なに今更分かり切ったこと聞いてんだ」
そう言って笑うと、アラギは大きめの舌打ちをした。
「これだから、お前の事は嫌いなんだ。覚悟がある人間を見ればすぐに無条件で手を貸しやがって……」
「でも、手を貸してくれるんだろ?」
アラギは再び、大きな舌打ちをする。
「まあいい。どうせこの程度なら、結界を張ってどうにでも出来る」
「じゃあ、始めるか。こんな訳の分からねえ病気を流行らせた原因探しを」
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