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選挙編②

「さて、まず俺が勝つために何をするかだが」


 宿屋の一室で、青年はアラギに言う。


「俺より頭のいい候補者を全員引きずり下ろす。そうすればあとは正攻法でも勝てる」


「最高に小物臭い戦い方だな」


 アラギの言葉を無視して、青年は机に向かって何かを書き始める。


「勝てばいいんだよ。どんな手を使っても勝てればそれでいい」


「お前みたいなタイプが炎上商法とかやりだすんだろうな」


 何かを書き終わり、青年はニヤリと笑った。


「作戦表が出来た。後はこの通りに行動するだけだ」





 翌朝。


 実業家でもあり候補者の一人でもあるトーマスは、選挙活動をしようと家から出掛ける準備をしていた。昨日の演説からの熱が冷めず、全く眠れなかった。


 20代の頃から来る日も来る日も働き詰め、40代でビジネスを始め大成功。60歳になった所で部下に権利ごと売り渡し、順風満帆な生活を送っていた、まさに人生の成功者。


 そんな彼が最後に一旗揚げてやろうと思ったのが、国王選挙だった。


 国王になれば、尋常ではない金が入ってくるだろう。その中の一部を裏金として自分に回せば、ますます自分は潤うはずだ。


 金を手に入れる事を史上の喜びとするトーマスにとって、国王ほど良い職業はなかった。


(所詮この世は金を持った生者こそが最も強い…馬鹿な愚民共が払った金で、私は豪遊するとしましょうか)


 ほくそ笑みながら家を出る。すると、玄関先に銀色の箱が置かれていた。漬物石くらいの、さほど大きくない正方形。扉の前に置かれているのは非常に不自然だ。


「ん? 何だこれは」


 拾い上げてみると、箱はズシリと重い。興味本位で開けてみると、そこには大量の銀貨が入っていた。


「何だこれは…素晴らしい!」


 どこの誰かは知らないが、どうやらトーマスに銀貨をくれるらしい。トーマスは辺りを見回し、誰も見ていないのを確認してから銀貨をそっと懐にしまう。


「賄賂か何かか…まあいい。もらっておこう」


 例え賄賂であったとしても、トーマスは否定しない。金を得る事を史上の喜びとしている彼からすれば、綺麗言を吐いて交渉されるよりも金を貰う方が圧倒的に好きだからだ。数えてみた所、銀貨の数は20枚。賄賂としてはなかなかの額だ。


「…よろしい。どこ誰か知らないが、私が国王になった暁には優遇してあげよう」


 咳払いをすると、トーマスは演説に向かった。




 三日後。


「・・・『号外! 選挙候補者3名、偽物の金を使用し買い物をしてしまう!


 昨日、国内で数枚の偽物と思われる銀貨が見つかった。憲兵隊の報告によれば、銀貨はどれも精巧に作られており、一見しただけでは見分けが付かないとの事。国際魔導団体が【残留読取サイコメトリー】を使って得た情報によれば、最初に使用したのは国王選挙者であるトーマス、カール、タッソーの三名。憲兵隊はこの三人を重要参考人として、明日には取り調べを行う予定である』だって」



「これで三人脱落、だな」


 少女に記事を読んでもらった青年は、ニヤリとほくそ笑んだ。


「いやあ、それにしても報道記者マスコミがこの世界にも居てくれて本当に助かったよ。おかげで、良い情報も悪い情報もすぐに伝わってくれる」


 最も、この国にも報道記者が居ることは想定済みだ。政治と世論は密接に結びついている。そもそも報道する者が居なければ、国王の言葉を広く伝えることは出来なくなってしまうだろう。 


「・・・偽物のお金なんて、どこにあったの?」


「おいおい、俺は国際的犯罪者だぜ? 嫌でもそんな伝手が出来るんだよ」


 こういう時に限っては、『黒百鬼の死神』の名声が役に立つ。ひとたび彼が声を掛ければ、取引をしてくれる人間がわんさか現れるのだ。


 青年は手の中の紙を弄んだ。


「残りの候補者は6人。ここからも続けて引きずり下ろしてやる」


 次の日。


「・・・『号外。候補者2名、詐欺業者に加担してしまう』」


「あらら、よく分からない契約書に気軽にサインなんかするから。お前も契約書にサインする時は気を付けろよ」



 こうした青年の卑劣な手は毎日手を変え品を変え行われた。


 無論、こんな事で候補者が国王になる権利を失う訳ではない。しかし信用第一の選挙期間において、信用を失うような情報は致命傷。信用を失えば、それは敗北と同義なのだ。結果、疑惑を掛けられた候補者たちは次々に辞退していった。


 選挙を明日に控えた夜。青年は水を飲みながら、豪快にイキリ散らしていた。


「ぬるい、ぬるいぜ馬鹿どもが! 【非暴力結界】なんて物で守られてると思ってるからこんな目に遭うのさ。別に暴力なんか使わなくったってな、相手を引き摺り下ろす手段なんていくらでもあるんだよ!」


「台詞だけ聞くと格好いいのに、やってる事を見ると最高に小物臭いのは気のせいか?」


 やや調子に乗りだした青年に、アラギがツッコミを入れる。


 とはいえ、残された候補者は残り4人。更に皆たびたび行われる卑劣な手に警戒して夜も眠れなくなっているため、万全の状態で挑める候補者は一人も居ないだろう。


「何だよアラギ。せっかく仲間が勝つかもしれないんだぜ? 応援してやろうって気にはならないのか?」


「なるか。命懸けの戦いならともかく、お前からすればこれは遊びみたいな物だろ。遊びで卑劣な手を使う奴を、褒め称える奴がどこに居る」


「でも、アイツは称賛してたぜ?」


 青年は少女を顎で示す。アラギは溜め息を吐いた。


「アイツは内容じゃなくて、お前がやるから称賛してるだけだ。……アイツみたいな信者が内容も知らずに評価するから、こう言う頭のオカシイ奴が調子に乗るんだ。バカバカしい事この上ないな」


「ハッ、何とでも言っておけよ」


 勝ちが少しずつ近づくにつれてイキリ出した青年に、アラギは再度溜め息を吐いた。こうやって調子に乗った青年は転ぶまで止まらない。ならば、今は放っておこう。


 どうせ、最後にはこけるだろう。



 そうして迎えた、選挙当日。


 アラギと少女が外へ出ると、計ったかのように拡声魔法で拡張された放送が耳に響いてきた。


『えー、これより最終演説を行ってもらうのですが、候補者の内、アラルドさんとトンキーさんが腹痛を訴えトイレに籠りきりだそうです。なのでしばらくお待ちください』


「トイレに籠り切りとか言う表現を使うな。まだ準備が出来ていないとか抽象的な表現でいいだろ」


 ついいつもの癖で突っ込んでしまうアラギ。その後ろでは、少女が懸命に青年の姿を探していた。


「それにしても、このタイミングで腹痛か。間違いなくーーーー」


「フハハハその通り。この俺だよ」


 横から声を掛けられたので振り向くと、勝ちを確信して調子に乗りまくった銀髪の青年の姿があった。いつもの3倍尊大な態度の青年をアラギは殴りたくなったが、我慢して気になった事を聞く。


「どうやって【非暴力結界】を破って、候補者を腹痛にしたんだ?」


 【非暴力結界】は、あらゆる攻撃のダメージをゼロにする物。それは例え毒や呪いであったとしても例外ではなく、例え受けたとしてもくらった本人は無傷でいられるのだ。


「ああ、その事か。そんなの簡単さ」


 青年は笑うと、懐から瓶を取りだした。何かの薬が入っていたらしき瓶だ。


「別に【非暴力結界】と言っても、状態異常から全部守ってくれる訳じゃない。……そう、例えば下痢なんかからは守ってくれない」


 【非暴力結界】は、確かにあらゆる攻撃から守ってくれる。


 しかし、それが自分の体内から出た物ならどうか。


 例えばアナフィラキシーショック。これは外部からの脅威に対して、体が自分を守ろうとした結果起きてしまう反応だ。あくまでも自分を守ろうとした上での物まで、結界は無効化してくれるだろうか。


 青年がやったのも、それと似たような物。


「下剤まで無効化しちまうと、便秘になった時に困るよな。こういう風に、『毒にもなるけど薬にもなる』物に対してまでは、結界も対処しきれないんじゃないかと思ったんだよ」


 そして、青年の読みは当たった。


「…地獄に落ちろ卑怯者め」


「おいおい、嫉妬は良くないぞ」


 調子に乗ったあまり嫉妬認定してきた。どうやら馬鹿につける薬がないというのは本当らしい。一遍コイツ本気で斬り飛ばしてやろうか、とアラギが腰の刀に手を掛けていると、拡声魔法による放送が再びなされた。


『えー、十分待ちましたがアラルドさんとトンキーさんがトイレから出てくる様子がありません。そして今、当日の体調管理が出来ていない方が悪いという結論が評議会で決まりました。よって、残ったロタリオ・ディ・コンティさんとジョンさんの最終決戦を行います!』


「トイレから出てこないくらいで国王候補から外すとか、本当にガバガバだなこの国」


 流石にこれは酷すぎる。卑怯な手がありかと思えばトイレから出てこないくらいで候補者から外すとか、いくら何でも陳腐すぎる。国王のポストはそんなに軽い物ではないはず、ふざけているにもほどがある。


 流石に青年も引くかと思ってアラギが青年の横顔を覗き見ると、青年は何故かとても嬉しそうな顔をしていた。


「どうした?」


「…分からないのか?」


 青年はアラギの方を向くと、物凄い勢いではしゃぎ出した。


「最終勝負の名前だよ! 相手はジョンだぜ、ジョン! これはもう勝ったも同然だろ!」


「お前はとりあえず全世界のジョンさんに謝罪しろ」


 アラギの言葉も余所に、青年は生き生きと壇上に向かっていった。



『えー、ではまずジョンさんお願いします』


 司会の声で、ジョンが壇上に上がる。服装はしっかりとしていて見た者に好印象を与える風貌だったが、目の下に隈が出来ておりどこか弱々しい印象を感じる。


『え、えー、私は…あの…』


 その言葉は聞くに堪えなかった。とても初日で青年を追い詰めた一人とは思えない程の出来栄え。恐らく連日の卑怯な作戦に怯えて次々に脱落していく候補者たちを間近で見て夜もおちおち眠れなかったのだろう。アラギの個人的な感想だが、精神状態がまともなら間違いなく青年を上回っていただろう。


「…やっぱりアイツは最低だ」


 ジョンが壇上から降りていくのを見ながら、アラギは一人ごちる。戦いにおいて卑怯な手を使う事をアラギは否定しない。卑怯だなんだのとのたまった結果、負けてしまったら元も子もないからだ。


 だが、だからと言ってそれを認められるわけではない。ましてやこれは青年にとっては遊びのような物だ。命が掛かった戦いならともかく、命を掛けてもいない戦いにこんな事をするのをアラギは手放しで喜ぶことが出来ない。


『続いては、ロタリオ・ディ・コンティさんです。よろしくお願いします』


 青年が壇上に上がる。勝ち誇った顔を見て、少女が声にならない歓声を上げた。


『ただいまご紹介いただきました、ロタリオ・ディ・コンティです。よろしくお願いします。僕はーーーー』



 二日後。


「フハハハハ! 完全勝利だな!」


 豪華なソファにどっかりと座ってジュースを飲みながら、青年は高笑いをしていた。彼の頭の上には、煌びやかに輝く王冠が載せられている。


 支持率90%以上。圧倒的な差を以て、青年はジョンに勝利したのだ。国王就位式を終え、明け渡された国王の部屋に青年は居た。


「これこそまさに完璧! やっぱり俺はチート能力なんかなくても大成してしまう人間だったな。なあアラギ?」


 言いながら、嫌味ったらしく青年はソファの傍に立っていたアラギを見た。自らの力を誇示するために、わざわざこちらに国王権限で呼び出したのだ。


「俺が王になれない、とか散々のたまってくれたなぁ? なっちまったぜオイ!」


 全力でイキリまくる青年に、アラギは拳を握りしめた。殴りたいが、それをしたところで意味はない。

 

「……政治がガバガバだったからだろ」


 かろうじて、そんな負け惜しみのような言葉が出てくる。すると青年はケタケタと笑った。


「その通り! そうだよ、政治や犯罪に関してこの国は滅茶苦茶なのさ。まさにナーロッパ! 選挙候補者の身分もきちんと確認しない、IQが異常に低下した国なんだよ」


 だからこそ、候補者たちもあれだけ騙す気満々だったのだろう。馬鹿ほど騙しやすい者は居ない。


「だけどな、俺はその状況を利用して勝った。その事実に変わりはないんだぜ?」


 調子に乗りまくる青年に苛立ったアラギは、部屋を立ち去ろうとした。その時、後ろから何かを投げつけられる。振り返ってキャッチすると、大量の金貨の入った袋だった。


「何だ、これは?」


「俺が上手い事やって一日で手に入れた裏金だ。一応持っておけ」


 流石はずるがしこいと言うべきか、青年は僅か一日で国の金を裏で流していた。受け取った金を懐にしまうアラギに、青年は声を掛けた。


「あ、そうそう。【非暴力結界】のせいでこの国には死刑がないけど、その代わりに『磔刑』があるからな。磔にして干からびるまで待つって言う、事実状の終身刑が。お前も国王様への態度を改めないと、終身刑にーーーーー」


 ドアが、バタンと閉められた。



 


 こうして、卑怯な手で候補者を引きずり下ろし続けた青年は勝利し、国王となった。













 …………が。


 この世界の文字が読めない為に文章を読むのにも一苦労し、加えて極度の現実主義な政策は国民からの反発も大きかった。調子に乗って報道記者にイキリ散らす姿はとても国王の物とは思えず、初め90%以上あった支持率は一気に低下、初日にして20%を下回る史上最悪の結果となった。


 挙げ句の果てには国民に対して『自分の身は自分で守れ。誰かに頼ってるんじゃねえ』とコイツ本当に国王かと言うような事を宣いだし、支持率は激減。慌てて様々な政策を打ち出そうとするも、あまりにも無茶苦茶な内容から国民に反対され、一つも日の目を見ることなく終わった。


 結果、僅か一週間で青年は国王の座から下ろされた上に、磔刑にされかけた所を命からがら逃げだすという、マリー・アントワネットもビックリの末路を迎える事となった。


「馬鹿な…俺の、俺の国がぁぁぁぁ!」


「・・・泣かないで」


「ま、こうなるだろうと思ってたけどな」


 少女の膝の上で悔しがる青年を見て、アラギは息を吐いた。あの国はかなりガバガバだったが、最後の最後で正しい判断をしたようだ。 


「じゃあ、追っ手が来る前にさっさと逃げるぞ。おい死神、お前は早く起き上がれ」





 その後、青年が国王を務めた一週間は『負の一週間』と呼ばれ、彼自身も『歴代最悪の国王』として忌まわしき歴史として残される事となった。


 更にもう二度とこんな事態を起こさないように、国王選挙のあり方も大幅に変わった。まず、生半可な思いで立候補しない為の供託金が必要となった。次に、ある程度の社会経験を必要だと思った事から、『30歳以上の、この国出生の人間』と言う規則が定められる事となった。


 ……奇しくも青年のおかげで、先進的な選挙制度が取り入れられる事となったのだ。


 もっとも、それを本人が知ることはないのだが。

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