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選挙編①

「国王選挙?」


 青年の質問に、入国官は頷いた。


「そう。この時期になると4年に一度、国王選挙が行われるんです。国民全員が参加する行事で、誰にでも被選挙権があるんです。もちろん、貴方たちのような旅人にもありますよ」


 入国官の返答に、青年は首を傾げる。彼は悪趣味なまでに血の付いた黒いコートを着こんでおり、ギラギラと鋭い目をしていた。


 そんな青年の右隣には、銀髪の少女が青年の右手を自分の頭の上に乗せようと奮闘していた。道行く人十人中十人が振り返るような美貌をしているのにも関わらず、彼女の表情は無表情に近い。


「旅人にも被選挙権があるって事は、ぽっと出の奴が国王になる可能性もあるって事だぞ。その意味が分かっているのか?」


 そんな質問をしたのは、青年の左隣に居た眼帯の男、アラギだ。青年に負けず劣らずの眼光で、入国官を睨みつけている。


「はい、もちろんです。ですがそれ以前に我々の国では、圧倒的なカリスマ性を持った者が国王を務めるべき、と言う伝統が根付いているんです」


「てことは、よそ者が国王になる可能性が充分に高いという事か。へぇ、面白いことするじゃねえか」


 青年は笑うが、目は笑っていない。その目を見て、入国官が何かを思い出したように告げる。


「あ、でも国際的な犯罪者とかは駄目ですよ? 流石にそれにまで被選挙権を与えてしまったら、この国が犯罪大国になってしまいますから」


「…おいお前ら、何故無言で俺を見るんだ?」


「・・・・・・」


「自分の胸に聞け」


 両隣の二人からの冷たい視線を受け流し、青年は入国官に質問する。


「でもそれだと、余所から来た傭兵軍団とかに征服されないか? 他の候補者を皆殺しにすれば勝利は確実な訳だし」


 サラッとエグい事を言う青年。そんな彼に対して、入国官は笑顔を以て答える。


「ああ、大丈夫ですよ。この国には【非暴力結界】が張られていますから」


「【非暴力結界】?」


 青年が訝しむと、入国官は何故か満面の笑みで答えた。


「はい。この国の中では、一切の暴力が振るえないんです。物理的な防御はもちろん、魔法による攻撃も全く相手を傷つけることが出来ないんです。ですからどんなイカレ野郎が居ても、この国では傷一つ付ける事が出来ないんですよ」


「成る程、攻撃が全部ノーダメージになるのか……」


 渋い顔をする青年に、入国官は続ける。


「で、どうでしょう? 実は今日が候補者の締め切り日なんです。選挙に出るのに費用など掛かりませんし、ご自身の統率力と政治思想に自信がありましたら出てみてはいかがでしょうか?」


「どっちもコイツとは程遠い物だな」


「よし、じゃあやってみるか」


 アラギの言葉を無視して、青年は一歩前に進み出る。すると入国官は目を輝かせた。


「本当ですか⁉ ではさっそく手続きを致しますので、名前を窺ってもよろしいでしょうか? あ、もちろん本名でお願いします」


「名前、名前ね」


 青年は一瞬思考した後、入国官に告げる。


「アドルーーー」


「アドルフ・ヒトラーと言いたいならやめておけ。お前みたいなイキリ野郎に名前を使われるなんて可哀想だ」


「何でお前はそんなにうちの世界に詳しいんだよ」


 青年はゴホン、と咳払いをして仕切り直す。確かに、ヒトラーは安直だったかもしれない。何故ならこの国に、青年と同じ世界の人間が居るかもしれないからだ。その場合、知名度の高い名前ではすぐに嘘であると見抜かれてしまう。


「異世界人の頭脳では気づかないようにしつつ、かついい名前かーーー」


 名は体を表す、とは良く言った物だ。指導者の選挙に勝つためには、まず名前からして功績のある物を選ばなくては。青年は数秒考えた末に、入国官に言った。


「ロタリオ・ディ・コンティだ」


「ロタリオさん、ですね。では後の手続きはこちらでやっておきますので、選挙開始までごゆっくりどうぞ~」


 入国官に促されて、青年達は国の中に入る。国の中に入ると、アラギが声を掛けてきた。


「ロタリオ・ディ・コンティと言えば、インノケンティウス3世の本名か。お前がそんな名前を選ぶとはな」


「だから、何でお前はそんなにうちの世界に詳しいんだよ」


 何故か青年の元居た世界の世界史に詳しいアラギを訝しみながら、青年は考える。


 インノケンティウス3世と言えば、教皇の中で最も権力のあった教皇だ。他国の皇帝や国王を容赦なく屈服させていた、(青年が思う)中世ヨーロッパ最強の存在である。借りる名前としては申し分ない。


 それに、このレベルの知名度ならチートを貰って浮かれているだけの勇者共は気づかない。ましてや本名である為、気が付く人間はほぼ皆無と思っていいだろう。


「しっかし、ザルだったなここの入国審査。たまに正面から審査を受けたと思ったらこれかよ」


「だな。名前も選挙に出る奴以外は聞かれなかったし、名前だってお前が悩んでいるのを見て疑いもしなかった。普通、名前を名乗る時に悩んでいたら怪しむけどな」


「ま、【非暴力結界】とやらに守られてるから、人を疑う事をしないんだろ。サバンナで狩りをしてた肉食獣だって、動物園に入れられて安全な生活が保障されたら感覚が鈍るものさ」


 言いながら、青年は腰のベルトから金槌を取り出して自分の手目がけて振り下ろす。そこには一秒の躊躇も存在しなかった。


 ガン! と言う音が聞こえてくる。青年は金槌を腰のベルトにしまうと、思い切り殴った自分の手の甲を眺めた。そこには傷一つ付いていなかった。 


「しかも痛くない、か…」


 どうやら結界の効果は本物のようだ。まさか嘘でも何でもなく、ダメージがなくなるとは。青年が驚いていると、隣を歩いていた少女が青年の方を向いてきた。


「・・・入国審査と言えば、私も引っかかった点が一つある」


「ん? 何かあったのか?」


「ああ、オレも一つあったな」


 少女に便乗するように、アラギも声を上げる。


「何かあったっけか? 俺が気づいた点はそのくらいだったけど」


「「その悪趣味なコートを着てるのに、正体がバレなかった所」」


 二人の声が重なった。


「…………これってそんなに悪趣味か?」


「わざと血を付けっぱなしな時点でもう駄目だろ。お前はいい加減その厨二臭い名前とイカれたコートを何とかしろ」


 いつもにましてアラギが辛辣だった。心の中で涙を流していると、少女が手を握って来た。


「・・・大丈夫。私はどんなに貴方が痛い名前を持ってても、ちゃんと名前を呼ぶから」


「おいお前ら、これでも気に入ってるんだから痛いって言うな。あと名付け親は俺じゃねえ」


 そう言って、『黒百鬼の死神』(笑)が少女の手をやんわりと振り払う。そうこうしている内に、青年達は大広場に到着した。広さは某ドームの四倍はあるだろうか、中心には鉄で出来たひな壇が置かれ、まるで朝礼の挨拶をするかのようだ。


 そして違う国でも感じた事だが、大広場のどこにも汚物が転がっていない。どうやら異世界人の衛生観念は相当の物らしい。


 それはそうとして、青年は声を上げた。


「おお、国の中心部に居るのに誰からも襲われない感覚、何年ぶりだろう……」


「・・・大丈夫。私が寝込みを襲うから」


 舌なめずりをする少女から、青年はそっと距離を取る。ついでに懐から金の入った袋を取り出し、アラギに渡した。


「これは今ある全財産だ。俺はこの街の情報を集めてくるから、これで宿を取っておいてくれ」


 袋を受け取ったアラギが眉を顰める。


「随分と少ないな。こんな状態で旅を続けられるのか?」


「それは大丈夫。この街で国王になって、裏金として回すから」


「お前は絶対に国王にならない方がいい。いや、なるな」


 アラギの言葉を聞き流し、青年は近くの居酒屋に向かった。今の彼に必要なのは情報だ。


 結局の所、誰にでも被選挙権があるとは言っても有利なのは現地の人間だ。現地の人間なら候補者の事が良く分かっているし、何よりこの国の改善点もよく分かっているからだ。無論、勝つためにはいかなる裏工作も厭わないつもりではあるが正攻法でも戦えるように備えておかなくてはいけない。


「さて、どうやって戦おうかね」


 青年は楽しそうに笑った。


 


 そうして迎えた、選挙当日。


 共に宿屋から出たアラギと少女は、選挙前演説が行われる大広場に来ていた。候補者はここで演説を行い、一週間後に本選挙となる。この演説は、候補者を一通り確認するための演説のような物だ。事前の説明があるため、青年は朝早くに出かけて行ってしまった。


 トテトテ、と歩く少女に、アラギは後ろから声を掛ける。


「なあ」


「・・・何?」


「この選挙、アイツは勝つと思うか?」


 アラギの質問に、少女は首を振った。


「・・・分からない」


「そうか」


 青年に依存に近い愛情を抱いている少女のことだ。てっきり即答で「勝つ」と答えるかと思ったが、どうやらそうでもなかったらしい。


「まあ、いくら死神でも難しいだろうな。何せーーー」


「おや、俺の話をしたかい?」


 後ろから声をかけられ、アラギは振り返る。するとそこには銀髪をした青年が立っていた。染み一つない白いTシャツに、ジーパンを履いている至って普通の格好だ。まさに『どこにでも居そうな一般人』である。いつもこの格好で出歩けば、どれだけ敵と遭遇しなくて済む事だろう。


「誰だ?」


 アラギが恍けてみせると、青年は仰々しく胸を張った。


「おいおい、俺だよ俺。俺を忘れたのか?」


「なるほど、オレオレ詐欺だな」


「だからなんでお前はそんなに俺の元居た世界の文化に詳しいんだよ」


 ツッコミを入れる青年に、少女が抱き着く。


「・・・会いたかった」


「おいおい、まだ離れてから数時間しか経ってないぜ?」


 少女の頭を撫でる青年。その時、音の魔法によって増幅された声が大広場全体に響き渡った。


『それではこれより、選挙前演説を始めます。候補者の方は集まってください』


「お、そろそろだな。じゃあ行ってくる。クク、俺の洗脳に近い演説を一言一句逃さず聞いておけよ」


「・・・ん。いってらっしゃい」


 少女の見送られ、青年が人だかりの中へ消えていく。その後ろ姿を見届けた後、アラギは近くの壁に貼られていた候補者の一覧が書かれた紙をチラリと見た。そこには今回、国王選挙に出る候補者の名前と職業がズラリと並んでいる。


「これは…駄目かもな」


「・・・どうして?」


 始まる前なのにどうしてそんなことが分かるのか。そう疑問に思う少女に、アラギは答える。


「相手は大人ばかりだからな」





 その日の夜。


「はぁ…」


 宿屋のベッドの上で、青年はため息を吐いた。


「まさか、ここまで差があるとは…」


 重くため息を吐き、今にも悲しさのあまり倒れそうな青年を少女が宥める。


「・・・大丈夫。私は貴方の演説が一番好きだった。内容は覚えてないけど…」


「それは慰めてるのか? それとも追い打ちを掛けてるのか?」


 半ばヤケクソ気味になりながらも、青年は少女の頭を撫でる。少女は気持ちよさそうにそれに甘んじる。


「しっかし、あれは凄かったな…」 


 青年の演説に問題があったわけではない。どころか、彼の演説は客観的に見れば非常に素晴らしい物であった。何せ相手を騙す事は彼の得意技である。プレゼンの審査員がいれば、間違いなく満点に近い点数を付けるだろう。



 だが、相手が悪かった。



 相手は皆、古くからこの国に親しむ大人たちだった。現地の住民と信頼関係を築き上げ、演説中も常に笑顔を絶やさない。それも青年のように詐欺師くさい笑顔ではなく、純粋な笑みだ。



 それに何よりーーーー人を騙す能力が桁違いだった。



 青年は、騙す能力に関しては自他ともに定評がある。だが彼が培った騙す技術は結局、戦闘で培われたものだ。その本質は相手を罠に誘導する、味方のフリをして裏切る……など戦いにおける物であり、演説などで使うならばそれは二流程度のものとなってしまう。


 しかし、彼と戦った候補者たちは違う。彼らが持っているのは、純粋な『日常生活で騙す能力』だ。まさに一流の詐欺師の腕前。綺麗言と真っ赤な嘘を並べ立てるのがあまりに華麗すぎるのだ。観客は彼らの一挙手一投足に集中し、演説が終わるころにはすっかり虜になっていた。


 これほど『海千山千』という言葉が当てはまる者たちは居ないだろう。そう錯覚させられるくらいには、あの大人たちは青年を上回っていた。


「歴代の国王を調べてみてビックリしたよ。ずっとこの国の人間なんだ。なんでかと思ってたけど、あんな連中が跋扈してるんじゃ、そりゃぽっと出の奴が国王になるのなんか無理だわ」


「まあ、世の中そんなに上手い話はないよな」


 ベッドの上で刀を磨きながら、アラギが言う。


「それにしてもあの候補者ども、よくもまあ嘘をペラペラと吐ける物だな。外部から来た俺ですら分かるレベルの嘘だったぞ」


「確かに、あれは凄かったな。一人くらいは清廉潔白な候補者が居るかと思ったが、まさか全員嘘つきだったとは驚いた」


 今回の国王選挙に出た候補者は青年を含め10人。しかし、全員真っ赤な嘘で自身を塗り固めて来ていたのだ。


 具体的に言うと魔族を皆殺しに出来る魔剣を持っているだの、『三狂人』がどこに居るか特定できる能力を持っている、などだ。もし本当に後者の能力があると言うのなら、選挙なんかしている暇ではない。


 騙す能力、と形容したのもこれが理由だ。演説の際に自分を大きく見せるために嘘を吐く事は、別に間違っている事ではない。しかし度が過ぎればそれはただの嘘つきだ。


「なあ、お前の魔法で全員に腹痛の呪文を掛けてくれよ…って、寝てるし」


 いつの間にか、少女はすやすやと寝息を立てていた。青年は少女を持ち上げると、ベッドに寝かせる。


「それで死神、出国するのは明日でいいか?」


「は? おい、まだ選挙は終わってないぞ」


「終わっただろうが」


 刀を鞘に納め、アラギが青年を見る。


「選挙前演説とは言え、お前は惨敗した。もちろんこれで勝敗が決まる訳ではない以上、まだ勝機はあるかもしれないがーーーそれにしては相手が悪すぎる。今回は諦めろ」


「あ? お前まさか、この状況から俺が逆転出来ないと思ってるのか?」


「出来ないだろ」


 アラギのその言葉に、青年は不敵に笑った。


「おいおい、アラギ。お前とは長い付き合いだから俺の事をよく知ってると思ったが、期待外れだったみたいだな」


「…何?」


「いいかアラギ。『魔族戦争』の時だって、三つの国を滅ぼした時だって、他の名もなき戦いだって、俺はな」


 アラギと目が合う。瞳越しに移った自分の目は、戦闘の時にのみ見せる狂った色をしていた。




「俺は勝つ為には手段を選ばない。どんな手を使っても、相手をブッ殺せるのならそれでいい」



 勝つ為、もしくは殺す為にはいかなる犠牲をも厭わない、彼の執念深さ。


『三狂人』と呼ばれる所以を、青年は解放しようとしていた。





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