殺し屋の組織編⑥
「やーっと見つけたぜぇ」
レナは瞠目する。そこには、ピエロの顔をした二メートルはあろうかと言う大男の姿があった。洞窟の中は熱い方だというのに分厚いコートを着こんでおり、肩には工事に使われるような鉄骨を担いでいる。にも関わらず、辛そうな表情は一切見せていない。
大男は中に入ってくると、辺りを見回した。そして楽しそうに声を上げる。
「よくも手間取らせてくれたなぁ、マダラー! そして俺にアイスをぶつけた女も居るじゃねえか、二人まとめて処刑だ!」
「はぁ? 何コイツ?」
ハートが入って来た大男を見てあざ笑う。それに続いて、他の三人も大男を指さして笑い始める。
「大体何? 処刑? ハハッ、馬鹿じゃないの? アンタ見たいな頭オカシイ奴が私達を処刑出来る訳ないじゃない! ね、クローバー」
「だな」
クローバーが腕を振る。すると大男の周りの地面が激しく隆起し、大きな腕を作り始めた。【大地の巨腕】、圧倒的な質量は衝突した敵を容赦なく叩き潰す。単純な物理攻撃であるが故に、対処が難しい攻撃。
「ほら、ブッ潰れなよ!」
ハートの声と同時、完成した【大地の巨腕】が大男を襲った。恐らく吹き飛ばしてマグマに突き落す算段だろう。いくらあの大男が危険人物であったとしても、マグマに落ちれば熱で溶けてしまうはず。
「面白れぇ手品だな!」
そんな状況なのに、大男は焦る様子を見せない。どころか左手を突き出し、自分に迫り来る巨大な腕を迎え撃とうとしていた。まさか大きさが二倍近くあるあの腕を受け止めようというのか。レナは思わず息を呑んだ。
大男の左手と巨大な腕が正面から激突する。瞬間、巨大な腕にビキリと嫌な音が響き渡った。
「嘘⁉」
ハートが驚きの声を上げると同時、巨大な腕が崩壊した。内側からバラバラに砕け散り、ただの土へと還っていく。
「嘘でしょ・・・あの腕が破られるなんて」
スペードが驚きの表情を浮かべている。だがそれはここに居る全員がそう思っているだろう。
ジュディを追い詰め、零次を倒した巨腕。ジュディですら零次と協力して破壊をしようとしたその拳を、この大男はあろうことか正面から破壊したのだ。
「あの男、まずいかもね」
声に若干の緊張を含ませながら、クローバーは腕を振る。すると盛り上がった地面がドーム状に覆われ、大男を包み込んだ。
「これで少しは時間を稼げるはず……ダイヤ、あの中を爆発させられる?」
「出来なくはないケド…やってみる」
ダイヤの体が消える。彼女は高速で移動し、大男が包み込まれたドームに両の手を付くと全身の力を込めた。
ダイヤの能力。それは炎の魔法と水の魔法、衝撃魔法を組み合わせて応用させた『人工ダイヤモンドの生成』である。
人口でダイヤモンドを作るには様々な方法があるが、彼女が行っているのは炭素に高温高圧を掛けて合成する方法だ。体内の元素のほとんどを炭素に変換し、魔法で自分の体内に高温高圧を掛け続ける。
故に、ダイヤの肉体は人工のダイヤモンドで出来ている。零次の聖剣を防ぐ事が出来たのも、この身体があったおかげだ。肉のほとんどをダイヤに置き換えているために繊細な動きには欠けるが、その代償として想像を絶する硬さを彼女は持っている。
彼女の使う技で最も恐ろしいのが、自らが発生させた高温高圧だ。彼女は自分の体内に掛けた高温・高圧を体外に逃がす事によって、爆発のような衝撃を起こす事が出来る。衝撃は移動・攻撃の両方に使用でき、噴出点を設ける必要がないため汎用性が高い。
これが、ジュディを追い詰めた技の正体である。
「クローバー、穴を開けて!」
ダイヤが叫ぶと、クローバーはすぐさまドームに小さな穴を開けた。大きさはダイヤが手を突っ込めるくらいの物。ダイヤは穴に手を突っ込むと、手に意識を集中させた。
ダイヤを練成する際に使用した熱・圧力を、全て穴の中へと注ぎ込む。数秒で全てのエネルギーを出し切ると、クローバーに向かって叫ぶ。
「もう大丈夫! 閉めて!」
すぐさま空いていた穴が閉じられる。これで大男の入ったドームは異常なまでの高温に包まれた上、地上とは思えない圧力になっているはずだ。いくらあの大男が強かろうと、人体の許容量を遥かに超えた熱と圧力に耐えられるはずもない。
「これで終わりなんだケド、イカレ野郎」
レナは何となく気が付いていた。あの大男が、こんな事でやられる程柔ではないと言う事に。
ドォン! と言う爆発が、ドームの内部から伝わってくる。それを見たハートが、グッと拳を握りしめた。
「よし、これで……」
しかし、すぐにその笑みは失われる事となった。理由は単純明快。
砂埃の中から、大男が出てきたからだ。
恐ろしい事に、大男のコートには傷一つなかった。大量の砂埃や塵が付着し、パチパチとコートのあちこちで電気がスパークしているが、破れや焦げた箇所は見当たらない。
そして大男本人は言わずもがな。怪我一つなく、大男は閉じ込められた空間から生還していた。
「嘘、でしょ…」
戦く『マジック』の四人。大男は崖の上を見ると、苛立ったように吠える。
「さっきからちょこまかとうぜぇ女どもだな! 全員ぶちのめしてやる!」
そう言うと、軽々と持っていた鉄骨を両手でへし折った。流石にあの長さでは使いづらいと判断したのだろうか。へし折った内の一本を地面に突き刺し、半分の長さになった鉄骨を構える。
「ハ、ハハッ、何イキっちゃってるんだか。ちょっと防御力が高いからって調子に乗ってんじゃないわよ!」
虚勢を張るかのように、ハートが大男を煽る。その目には先ほど零次達に対して向けて居なかった、怯えの色が確かに存在した。大男はそんなハートをじっと見つめる。
「そう言えばテメェには、アイスをぶつけられた借りがあったなぁ」
「え? 何か言った?」
「そんなテメェには、俺の特製アイスをくれてやる!」
大男はそう言うと鉄骨をマグマの中に突っ込み、ゴルフのスイングの要領で溶岩の一つを吹っ飛ばした。鉄パイプによって吹っ飛ばされた溶岩はハートの左頬に器用に直撃する。溶岩に張り付いたマグマがハートの左頬を侵食し、彼女の頬を呑み込んでいった。焼き肉の匂いが漂ってくる。
「な、何よ特製アイスって。ただの溶岩じゃーーー」
「ね、ねえ!」
薄ら笑いを浮かべるハートに、スペードが恐る恐る手鏡を見せた。ハートはそこに映った自分の顔と、そこにべったりと張り付いた溶岩を見てーーー
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!」
「美味ぇか! ならもう一個くれてやる! たんと食えよぉ!」
大男は笑いながら再び鉄骨マグマの中に突っ込み、溶岩を飛ばす。溶岩は今度はハートの右頬に直撃した。顔面の両側をマグマによって焦がされ、ハートは絶叫した。
「わだしの顔があ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!」
焼肉の匂いを漂わせながら、ハートのやや端正だった顔がマグマに溶かされていく。それを見ていたクローバーは思わず後ずさった。
「嘘だろ。どうすればーーー」
「何ごちゃごちゃ話してんだぁ?」
ふと頭上から声がして、クローバーは上を向く。するとそこには大男の姿が。まさかさっきまで居た場所から崖の上まで跳んだと言うのか。クローバーの口から間抜けな声が漏れる。
「え?」
「さっき俺を閉じ込めた罰だ。テメェはこれでもしゃぶってろ!」
大男の言葉と同時、クローバーの口が強引に開かれ巨大な鉄骨を口の中に突っ込まれた。その想像以上の太さに、クローバーの顎が外れる。更に脅威はそれだけではない。さっきまでマグマの中に突っ込んでいたような鉄骨なのだ、温度は相当の物である。
「うわぁぁ! ふぁが、ふぁがぁ!」
外れた顎から凄まじい痛みが走る上、数千度の熱に口内が蹂躙されていくクローバー。それを見たダイヤは恐怖のあまり、無意識の内に動いていた。
全身のエネルギーを解放し、地面を蹴る。圧力がダイヤの体を押し出し、洞窟の入口へーーーー
「何処へ行く気だ?」
気が付くと、大男に腰を掴まれていた。おかしい、ダイヤは先程まで地面すれすれを飛んでいたはずなのに、気が付くと天井ギリギリの辺りにまで浮上していた。
「な、何が……」
困惑するダイヤに、大男が脈絡もなく告げる。
「自由落下ってよぉ、言うほど自由に落下するのかぁ?」
「え…?」
「前からそれを検証してみたかったんだ! テメェ実験台になれ!」
大男の言葉と同時、ダイヤは重力に従って落下した。ダイヤは全身から熱を噴出して抵抗するが、大男はくらった素振りを見せない。やがて、ダイヤの体が地面へと落下していく。
(このままじゃまずい…こうなったら!)
足を負傷すると危険と悟ったダイヤは、体を僅かに回転させる。立っている態勢から仰向け状態へ。これなら落下時に背中が激突するはず。足は高速移動の要となる部分だが、背中を負傷しても脊椎やら背骨やらを使っていないこの体にはさして影響はない。例えダイヤモンドの体で凌ぎ切れなくても、足さえ何とか助かれば逃げる事だけは出来る。
(仲間を置き去りにするのは後が怖いケド…とにかく今は逃げる事が先決!)
大男に腰を掴まれたまま、ダイヤは地面へと落下していく。そしてーーー
背中から腹を、鉄骨が貫通する。
何が起きたのか分からなかった。
「あ、が…」
「自由落下とか言ってるけどよぉ、思ったより自由じゃなかったじゃねぇか。ふざけんじゃねえぞ、テメェ!」
大男が苛立ちながら、ダイヤの右腕をもぎ取る。まるで玩具のように軽々ともがれた為に、ダイヤは数秒間、腕を取られた事二気が付かなかった。
---直後、激痛がダイヤの全身を駆け巡る。あまりの激痛にダイヤの意識は途切れかけた。
(な、何が…)
そこでようやく悟った。最初に大男が地面に突き刺した鉄骨の残り半分。それが今、ダイヤに突き刺さっているのだ。いかに強度の硬い岩石と言えども、その実態は人間がハンマーで殴れば割れる程度の物。ましてや空中から振り下ろされ、鉄骨に貫かれたとなればその防御力は意味を為さない。生きているだけ貰い物だ。
「おうテメェ…ダイヤモンドの体なのかぁ。面白れえなぁ」
「あ、あが……」
「硬い硬いダイヤモンドとか言うのを、ぶっ壊して遊ぶぞぉ!」
大男は言うが早いか、ダイヤの右足をもぎ取った。痛覚が限界を超えて、ダイヤの脳に謎の脳内麻薬が分泌される。叫ぶことすらもまともに出来ない中、大男の蹂躙は止まらない。
「おりゃ!」
両手両足をもぎ取られ、ダイヤは全身が崩壊するのを感じた。意識が何度もぶつ切りにされては、脳内麻薬がドバドバ出て目覚める感覚。痛いのか苦しいのかすら分からなくなり、ダイヤは意味不明な言語を喚き散らし始めた。
「ウワf;フェオニ!」
「ぶっ壊れるのが速ぇぞ! もっとぶっ壊させろ!」
大男がダイヤの頭を片手で掴む。ダイヤの頭蓋骨がミシミシ、と音を立てるも彼女は何も言わない。大男は詰まらなそうに彼女の頭から手を離すと、残された一人に向かった。
「ひ、ひっ」
スペードは逃げようとするが、膝が笑って上手く動かない。その間に、大男は崖を登って来ていた。
「よぉ。俺の獲物を横取りしようとしたカス共を率いてたのはテメェかぁ?」
「あ、あわ……」
大男は、まだ崖を3分の1も登り切っていない。いかにスペードが遅かろうと、洞窟から逃げるには充分な時間がある。
それでも、体が震えて動かない。さっきまでは足だったのが、今では体全身が小刻みに震えている。
「あぐ、あぐ、あぐ……」
スペードが訳の分からない事を呟いていると、大男が崖の上まで登って来た。それを見た途端、震えていたはずの体が反射的に動く。
「ゆ、許して下さい…何でもしますから」
土下座。不格好ながらも誠意の見えるスペードを見て、大男は口を開く。
「おうテメェ! 焼き土下座って知ってっかぁ?」
「え?」
「前に行商人が教えてくれたんだけどな。何でも熱い鉄板の上で土下座を披露した後、熱湯に突き落とされるって言う罰ゲームらしいぞぉ」
本来は熱した鉄板の上で土下座をするだけなのだが、人づてと言うのは怖い物でいつの間にか熱湯の中に突き落とされるという事まで追加されてしまっていたのだが、そんな事を二人が知る由もない。
「そ、それが何かーーー」
「鉄板はねぇがマグマならある! 溶岩の上で土下座した後マグマに飛び込め!」
大男の慈悲の無い発言。スペードは言葉に詰まった。
「そ、そんな事出来る訳ーーーー」
「やれ! やらねえなら石を腹にたらふく詰めたままチョークスリーパーを食らう刑に変更だ!」
「ひいっ!」
石を腹に詰め込む姿を想像し、スペードは悲鳴を上げた。ガタガタと震えながらも、ゆっくりとした動きで崖を降り、マグマの河へと向かう。
「遅ぇぞ! 眠いならそこのマグマで顔を洗え! きっとよく目が覚めるぞぉ!」
「は、はわぁ…」
スペードがマグマの河に到着する。見た感じ最も大きそうな溶岩の上を見つけると、スペードは足を乗せた。しかし灼熱の液体に熱され続けた岩石が、そんなに容易な物ではなく。
「あっ…あっ…あぐぁ!」
足を乗せた瞬間、スペードは悲鳴を上げた。足を引き抜こうとするも、靴底が溶岩に張り付いてしまったのか動けない。靴を脱げばいいという発想も思いつかず、スペードはパニックになる。
「あっ、熱っ、熱いっ」
喚くスペードの後頭部を、大きな手が掴み上げた。いつの間にか崖を降り、マグマの河まで来ていた大男が、スペードの背後まで来ていたのだ。
「お前…遅すぎるぞぉ」
「は、はひっ、すみません、すみません!」
「そんな奴には、お仕置き追加だ!」
大男は後頭部を掴んだまま、スペードの顔面をマグマに押し付けた。痛覚すら感じなくなる灼熱にスペードは必死で抵抗するが、それも数秒。グッタリとして動かなくなったスペードから、大男は手を離した。
「テメェら、脆過ぎるぞ! 今日はこのくらいで勘弁してやるから、もっと鍛えておけ!」
大男はそう言うと、近くで気絶していたマダラーの前に立つ。
「おうマダラー、テメェの部下が俺に喧嘩を売ったんだがよ、当然テメェの管理が行き届いてないせいだよなぁ」
気絶しているマダラーを、大男は米俵のように担ぎ上げる。
「ふざけた事をした分と逃げ回った分、合わせて金貨100万枚。絶対に払わせてやるからなぁ」
大男が歩き、洞窟から去って行く。その気配が完全になくなった時、レナは地面に倒れ込んだ。
「はぁ……」
恐ろしい。子供のような感想だが、それしか浮かばなかった。レナは辺りを見回す。そこらかしこに、倒れた『マジック』の悲惨な姿があった。レナも一歩間違えば、彼女たちの仲間入りを果たしていただろう。
ただ、興味を持たれなかった。それが彼女が生き残った理由だ。
圧倒的魔力を持ち、一国の王女でもあるレナが、目にすら止められなかった。
しかし、興味を持たれなくて良かったとレナは初めて思った。もし僅かにでも関心を持たれていたらーーー
「う、うん…」
その時、壁に背を預けて気絶していた零次が目を覚ました。レナは慌てて駆け寄る。
「勇者様、大丈夫ですか?」
「あ、ああ。僕は大丈夫。レナは?」
「私も大丈夫です。ただーーーー」
レナは洞窟内の惨状を見せる。零次は『マジック』に起こった事態を見ると、目を伏せた。
「なんてむごい…誰がこんな事を」
「ピエロの顔をした、大きな男です」
「そうか…」
零次は壁に手を突き、フラフラとしながらも立ち上がる。
「レナ…僕の正義は、間違っているんだろうか?」
「え?」
「僕はこの短期間で、二度も苦渋を舐めさせられた。一度目は『黒百鬼の死神』に、二度目は彼女たちに。僕は自分の正義を、否定された」
一度目は、『正義の為なら無関係な人を殺してもいいのか』を突かれ。
二度目は、『守る為に殺す事が出来ない弱さ』を突かれた。
「レナ…教えてくれ。僕は、僕の正義は、間違っているのか?」
気が付くと、零次の体は震えていた。レナは何か答えようとするが、何も答えが出てこない。だがそれも仕方がない事ではある。
今までずっと、『魔族を殺し、人類の為に尽くす事が正義。それを覆そうとする者は悪である』と信じて疑わずに生きてきたのだ。そんなレナが、零次に掛ける言葉なんてあるのだろうか。
「何、言ってるんだよ」
横合いから声を掛けられ、レナは声のした方を向く。そこには、フラフラになりながらもこちらに向かってくるジュディが居た。
「そんなの、零次が正義でアイツらが悪に決まってるじゃないか。深く考える必要なんてないよ」
「ジュディ…」
「だって、零次は魔族を全滅させて人類を救う救世主だぞ? 間違ってる訳ないじゃないか。『正義は負けない』、レナがアタシに教えてくれた言葉じゃないか」
ジュディはそう言って、親指を立てる。それを見た零次が、同意するように頷く。
「そうだ…僕は勇者なんだ。悪を倒さないといけないんだ」
「勇者様…」
「レナ、ジュディ。ありがとう。おかげで僕は自分の正義を取り戻したよ。…僕は自分の意思を、曲げない。」
そう言った零次の目には、闘志が宿っていた。
※この大男は主人公ではありません。
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