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殺し屋の組織編⑤

 零次がそう決意した瞬間、ダイヤの体が弾け飛んだ。何の前触れもなく、突然に。


「なっ…」


 流石に驚きを隠せない。一体なぜ、彼女は自爆などしたのだろう。これではーーーー


「ねえ、まさか私が自爆したとか思ったりしてないよね?」


 その言葉が聞こえた瞬間、爆風の帳を切り裂いてダイヤが飛び出してきた。破壊されたはずの右腕が復活している。


「ッ!」


 咄嗟に聖剣を振り、彼女の右拳を弾く。バリン、と撃ちこまれたダイヤの右拳が僅かに欠ける。


「アタシの能力ってさ、別に自分の体限定って訳じゃないんだよ」


 ハートの言葉に零次は愕然とする。と言う事は、あれだけ精一杯戦って追い詰めたダイヤは分身体だった…?


「やれ」


 その言葉に我に返ると、【大地の巨腕】が零次目がけて襲い掛かって来ていた。零次は上に跳躍すると、聖剣に力を込めた。聖剣が光り輝き、刀身が数十メートル伸びる。


「はあっ!」


 零次は伸びた聖剣を振るい、【大地の巨腕】を根元から切断した。根元から斬られると制御を失うらしく、腕は斬られた途端の動かなくなる。


 広範囲に攻撃を及ぼす腕さえ潰してしまえば、後はこちらの物だ。


「分身だろうが何だろうが…倒す!」


 叫んだ瞬間、危機を感じた体が勝手にグルリと回転する。振り返ると、ダイヤが拳を振りかぶっていた。先ほどまでの余裕は何処へやら、彼女は真剣な眼差しをしている。見透かすような視線に、零次の背筋に冷たい物が走った。


「でぇやっ!」


「させるか!」


 聖剣を翳し、ダイヤの拳から身を守る。ダイヤは続けざまに技を繰り出そうとしたが、いかんせん空中であるがために距離が測りにくい。彼女の攻撃は零次の肩を掠め、零次の背後の空間を爆発させた。


「チッ!」


「このおおッ!」


 零次は空いた手を突き出すと、無我夢中でダイヤの腕を掴んだ。ダイヤの高速移動は厄介だ。今はまだ零次を狙っているからそこまで脅威には感じていないが、身体能力の劣るレナ、怯えて動けないマダラ―を狙われた場合に対処できなくなってしまう。彼女はここで行動を封じておきたい。


「ッ、動けないんだケド…」


「勇者様!」


 零次の耳を、ビリッとした感覚が通り抜ける。ダイヤから目線を外して確認すると、無数の雷撃がハートたち目がけて降り注いでいた。自らを守るすべを持たないハートは雷撃を数発くらっている。


「あべべべべー、脳が痺れる~。これじゃ魔法が使えなくなる~」


「口に出すな大馬鹿者!」


 クローバーは足元の土を操り、それを風に乗せる事で空中に複数の壁を作り凌いでいるが、かなり苦しそうだ。ダイヤの腕を掴んだまま、零次は叫ぶ。


「レナ! このまま雷撃を撃ち続けてくれ!」


「分かりました!」


 その時、脇腹に蹴りをくらう。それほど大きなダメージにはならないが、少し痛い。見ると、腕を掴まれたままのダイヤが零次の拘束から逃れようと抵抗していた。


「このっ、離せ!」


「ようやく、真剣になったな」


 零次とダイヤの体が落下する。ダイヤは落下中も暴れていたが、謎の衝撃は一撃も撃って来ない。


 …いや、撃てないのか。


「ここに来てエネルギー切れ…まずい、まずいんだケド」


「うおおおお!」


 零次は聖剣を振り上げる。


「【聖・斬剣】!」


 聖剣が強く光り輝く。輝いた聖剣を、零次はダイヤの右腕に向けて刺した。血は出ない。代わりにガシャンと硝子の割れるような音が、零次の耳に飛び込んでくる。


「ウウッ!」


 ダイヤの右腕を突きさしたまま、零次は地面に落下する。素早くダイヤの上に馬乗りになり、聖剣を持つ手に力を込めた。


「これで、終わりだ」


 零次の聖剣はダイヤの体もろとも地面に突き刺さっている。加えて馬乗りになっている所を見ると、ダイヤはもう逃げる事が出来ない。


 腹の辺りに乗られているためか、息苦しそうにダイヤが目を向ける。


「ちょっと…急に強くなったんだケド」


「僕の方が強いんだ。正面から戦えさえすれば、結果は見えている」


 そう、正面切って戦えば勝つのは見えていた。零次は勇者、正義の味方なのだから。


 ジュディにしたって同じだ。ハートの死による動揺さえなければ、ほぼ無傷で圧倒できた事だろう。目の前で人が死ぬというショックに付け込まれ、勝利をもぎ取られた。いわば卑怯の極みによる敗北。


「何だ…二人もやられちゃったのか」


 ダイヤの言葉に零次が上を見上げると、雷撃をくらって服のあちこちを黒こげにしているハートが居た。既に意識はないのか、寝たような態勢のまま動こうとはしない。崖の上に目を向けると、足のような物が微かに見えた。確証はないが、恐らくクローバーだろう。


「これで、終わったのか」


「そうだね。まさか通りすがりの奴らに負けるなんて残念だケド、これはこれで仕方ないかな」


「仕方ないさ。僕は勇者なんだから」


勇者である自分が負けるはずはない。そう言わんとする零次の言葉に、ダイヤは笑った。


「勇者様だったんだ。身のこなしからただ者じゃないとは思ってたケド、まさか人類の希望とはね。道理で勝てない訳だ」


 ダイヤは力なく笑った後、急に真顔になる。


「でも、それならあの男を守ってるのはどうしてなのか、聞いてもいい? あの男は強盗に強姦に殺人…ッ罪として問われる物を一通りやって来た組織のボスなんだよ? その場のノリだけで国を滅ぼしかねない『三狂人』ほどじゃないケド、それでもアタシ達と比べれば桁違いに悪人なんだけどね」


「それは……」


 零次は言葉に詰まった。そんな彼に、ダイヤは畳みかける。


「ま、だからってアタシ達が負けた事実に変わりはないんだケドね。でもさ、正義の為に戦ったって言うには少し、守るべき対象がおかしいんじゃない?」


「ま、マダラ―さんは記憶喪失で…」


「記憶喪失? やっぱり。反応を見る限りそんな気はしてたケド、やっぱりそうだったんだ。でもさ、記憶が消えたからと言って罪は消えないよね。『忘れてしまいました』で救われるなら、この世の殺人鬼は皆許されると思うケドね」


 ダイヤの言葉が、零次の胸に突き刺さった。


「そ、れは…」


 何かを言おうとした零次に、ダイヤはシッシッと手を振る。


「ま、いいや。さっさと殺してよ。よく考えたら勇者様の考える事なんて、ご大層過ぎて分からないだろうし」


 ダイヤの体から、力が抜けていく。


「さあ、やっちゃいなよ」


「……」


 零次の聖剣を持つ手が、震える。殺す? 勇者である自分が、人を。


「どうしたの? 流石にそのままの態勢で待ってると、アタシの中のエネルギーが戻ってきちゃうんだケド」


「で、出来ない……」


「え?」 


 怪訝な顔をしているダイヤに、零次はもう一度言い放った。


「出来る訳ないだろ、殺すなんて」


「は? 何言ってるの?」


 そう聞いたのは、ダイヤではなくハートだった。レナの電撃によって分身魔法が使えないというのは、どうやら嘘だったらしい。崖の上から馬鹿にするような視線を向けてくる。


「刺しなよ、トドメを。じゃないとそこに居るマダラ―君を守れないよ?」


「それでも駄目なんだ!」


 零時の叫びに、洞窟内がシンと静まり返る。


「無理だ…殺すなんて僕には無理だ」


 聖剣を持った手がガタガタと震えているのを感じる。零次は心の底から思いの丈をぶつける。



「何で…何で『黒百鬼の死神』もお前らも、そんなに簡単に人が殺せるんだよ! 人の命って言うのは、もっと大切な物なんだぞ! それを、物みたいに扱って……」


 

 こうして実際に相手の命を奪う立場になってみるとよく分かる。人を殺すという事は、そんなに簡単な事ではないのだ。目の前の悪を倒す、それだけの事の筈なのに。


 自分でも理不尽だと分かっている。あれだけ散々魔族の命を奪っておいて、人間は殺せないかと。だが、だが、指が動かないのだ。殺せないのだ。


 自分でも理由が分からない涙が頬を伝って流れ落ち、ダイヤの制服を濡らしていく。


「おかしいよ……お前らも! 簡単に人を殺せる魔族も! 何で皆、人が殺せるんだよ……」


「でもさぁ…殺らなきゃ殺られるんだよ?」


「それでも!」


 零次は歯噛みした。


「僕は、殺せない…殺さない!」 


 例え、殺さなければ殺されるとしても。


 零次は人を、殺せない。


 例え、人を簡単に殺せる能力を持っていたとしても。異世界に来たからと言って零次の価値観が変わる訳ではない。


「僕は勇者だ! 人を助けるはずの僕が、人を殺しちゃいけないんだ……そんな物は、正義なんかじゃない!」


 零次の思いに、『マジック』のメンバーたちは顔を見合わせた。


「僕は、僕はーーーーぐあッ!」


 横合いから凄まじい衝撃を感じ、零次は真横に吹き飛ばされた。背中を壁に強かに打ち付け、肺の中の酸素を全て吐き出さされる。


「う、あッ…」


 額が割れたのだろう、流れた血が零次の視界を赤く染めていく。心なしか、耳に届いてくる音も遠く感じる。手の中の聖剣を握りしめて意識を保とうとしたが、そこで零次は自分の手の中に聖剣がない事に気が付いた。


「もういいよ。長いし」


 クローバーの声が、遥か遠くから聞こえてくる。それに続いて、ハートの声がやや甲高いトーンとなって耳に入って来た。


「キャハ、この期に及んでまだ殺さないとかウケるんですけど。魔族は今まで散々殺してきた癖に」


 零次は何か言おうとしたが、喉の奥に何かが引っかかったような感覚があり上手くいかない。


「それにしても、とんだ甘ちゃんだったね。勇者って言ったっけ? アハハ、勇者がこんなに甘っちょろくて務まるのかなぁ?」


「だ、ま……ゴボッ! れ……」


 零次は一括しようとしたが、口から血の塊を吐き出してしまい失敗する。その間にも、ハートは一方的に喋り続けていた。


「だってそうでしょ? 正義の為と称してる割には悪人を守ってて、守ろうとしてる割には殺す覚悟だってない。正義の為なら何でもしますって言う独善的な人間かとも思ったけど、違うみたいだしね」


 ハートの言葉が槍のように、零次の心に刺さっていく。



「独善的な癖に中途半端…そんなんで、人類を守れると本気で思ってるの?」



 その言葉がトドメだった。


「う、ああ…」


 零次の意識が遠のいていく。ハートの言葉を否定したいがために、意識がなくなり始めたのだ。


 そのまま、零次は意識を失った。




「勇者様!」


 倒れ込んで動かなくなった零次に、レナは駆け寄る。幸いな事にまだ意識はあるようだ。だが、血を流し過ぎている。このまま長時間放置しておくと命にも関わって来るはずだ。


「【回復ヒール】」


 回復魔法を零次に掛けると、レナは立ち上がった。ひとまず零次は大丈夫だ。レナは【大地の巨腕】に注意しながら一歩足を進める。


「あれ、まだ生きてたんだ。完全に忘れてたんだケド」


 後ろから声が掛けられる。警戒しつつ振り返ると、五体満足のダイヤが立っていた。その右手には、いつの間にか気絶したマダラ―を引きずっている。


「全く、本当に手間取らせてくれるよね。まあでも、目的は達成できる訳だしいいんだケド」


 レナは唇を噛んだ。自分一人では、彼女たちに勝つ事など出来ない。先ほど、ハートとクローバーの二人を追い詰めたもののダメージはほとんど回復されているし、そこにダイヤまで加わったらレナは確実に負ける。


 加えて、戦闘開始時から高見の見物を決め込んでいるスペードの存在も気になる。彼女まで加わったら、手が付けられなくなってしまうのではないだろうか。


 負けた。完全なる敗北だ。


「じゃあ、そろそろ終わりにしようか。クローバー」


 ここに来て、今までほとんど喋っていなかったスペードがクローバーに声を掛ける。


「了解」


 クローバーが腕を振った。すると、壁際の地面縦一列が激しく隆起し、ボコボコと崩れ始める。


「何が…」


 レナは呟きーーーー露わになった物を見て目を見開く。


 そこにあったのは、マグマだった。赤々しく、煮えたぎったドロリとした液体。


「ここの地下にはマグマが眠ってるって言ったでしょ? だから、クローバーの力で土を取り除いたの。じゃあ、始めよっか」


 始めよっか。その言葉に不穏な空気を覚えたレナは、思わず叫ぶ。


「始めるって…一体何を始めるつもりなんですか⁉」


「ん? 何って始末だケド」


 あっけらかんと、ダイヤが答える。


「ちょっとやり過ぎちゃったからね~。それにそこの勇者君も死んでないみたいだし。だから、纏めてマグマの中に突っ込んで証拠隠滅しようかと思って」


 盗賊の中には、殺した者の調査をされない為にかなりエグイ方法で証拠を消す、と言う話をお抱えの家庭教師から聞いた事がある。しかしまさか、自分がそれを体験する事になるとは思ってもみなかった。


「そんな…」


「じゃあまずそこの勇者君から、行ってみよ~」


 レナは思わず止めようとした。しかし、喉が干上がったかのように声が出ない。


……その時、レナは何か嫌な物が背中を駆け巡るのを感じた。『マジック』の四人とはまた別の、何か恐ろしい物。振り向いて通路を確認する。当然そこには誰も居ない。


 はずなのに、何か嫌な気配が沸き出てくる。まるで全てを暴力でねじ伏せるような、荒々しくて力強い気配。


 程なくして、それは姿を現した。コートが目の端に映る。


 レナは無自覚に、自分の体を抱きしめていた。



実はこの零次の設定、凄く悩みました…

なろう系勇者によくある「俺の正義を邪魔したから殺したけど悪くないよね」と言う独善的な設定にするか、葛藤する常識人設定にするか…


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