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殺し屋の組織編④  

 突如として出現した巨大な腕は、辺り一面を薙ぎ払う。近くに居たジュディはその払いをもろに受けてしまう。


「ガッ!」


 ジュディの体が後退する。それでも歯を食いしばり腰を落とす事で、どうにか背中から壁に激突する事は避けられた。


「お、凄いね。クローバーの【大地の巨腕アース・クラッシャー】をくらってまだ立っていられるなんて」


「ハァ、ハァ…」


 さしものジュディもこれには堪えたのか、息が切れ始める。そんな彼女を、無慈悲にも二撃目が襲う。


「もう一発」


 とてもその大きさからは考えられないスピードで、【大地の巨腕】が振るわれる。ジュディは両腕を交差させ、足を肩幅まで開く。


(奴の腕は、ただの物理攻撃。オーガが鉄塊を振り回しているのと何ら変わらない。それなら、全力で防御に当たれば受け止め切れる!)


 避けるにしては体力が心もとない。しかし防御であればジュディの力を持ってすれば一撃は止め切れる。


「零次! アタシが攻撃を受けるから、奴の腕を根元からぶった切ってくれ!」


「わ、分かった!」


 聖剣を構える零次を尻目に、ジュディは交差した両腕に力を込めた。


「さあ、来い!」


 轟! と腕が迫ってくる。馬鹿に出来ない質量が、ジュディを襲う。




 -----近くに居たハートを、撒き込む形で。




 グシャアッ! ベキッ! と言う、何かが壊れ潰れる音がした。同時に、生暖かい液体がジュディの頬に振りかかる。


「え?」


 恐る恐る、手の甲で拭ってみる。手の甲にあったのは、異質な何かだった。


 血に包まれた、ピンク色の何かを。


 それが何か、考えたくもない。ただ分かる事は、それがまともではないという事だけ。


 止まってしまったジュディに、更なる物が放り込まれる。


 グジュグジュと崩れ落ちた、崩れた球体をした何か。液体のようでゴロゴロしていて、滑りを保ったそれは触れる事すら悍ましい。


 半分になった眼球が、ジュディの腕に落下していた。


「うあああああああ!」


 ジュディの膝から、カクンと力が抜ける。あまりの恐怖感に、自身を保てなくなったのだ。


 ジュディとて冒険者。これまで多くの魔物の死体を見てきた。


 しかし、聖剣であらゆる敵を一掃する零次と、魔法で塵も残さず消滅させるレナ、そして格闘で敵を吹き飛ばすジュディのスタイルは、魔物をそこまで酷い形にする事なく仕留めてしまう。


 故に、ジュディは見たことがなかったのだ。


 グロテスクな死体を。その死体から飛び出た、吐き気を催すグチャグチャの部分を。


「ああっ、あああっ!」


 考えたくもないのに、思わず考えてしまう。あの最初に飛んできたピンク色の何かは一体何だったんだろう。人間の体にあんなピンクの部分などあるのだろうか。まさか、飛び散ったーーーー


「ジュディ!」


 零次の声に、ジュディは我に返る。そうだ、今は目の前の脅威に対処しなければ。


 震える両腕を交差させ、再び防御の態勢を取ろうとする。しかし、彼女が防御の姿勢を取ろうとした時には、既に【大地の巨腕】は数センチ前まで迫っていた。


「ま、ずっ…」


 かひゅ、と喉から嫌な音がなる。その時、後ろからレナの声が響いた。


「【エターナル・バリアー】!」


 ジュディの眼前に、光る障壁が展開される。同時、【大地の巨腕】が光の障壁に衝突した。激突の衝撃が洞窟を伝播し、ジュディたちの足元を揺らす。


「勇者様!」


「ああ!」


 レナの言葉に、零次は瞬時に反応した。聖剣に力を込める。聖剣が光り輝き、刀身が十数メートル伸びる。伸びた聖剣を以て、零次は【大地の巨腕】をぶった切った。


「魔法使いも居るのか。こりゃ面倒くさいんだケド」


 その呟きに、クローバーが反応する。


「じゃあ加勢しろダイヤ」


「はいはい。面倒だケド、そこの獲物ちゃんに逃げられたら本末転倒だからね」


 言いながら、ダイヤは尻餅を突きながら後ろに下がり、今にも逃げようとしていたマダラ―にウインクを噛ます。距離からして見えないだろうが異様な雰囲気だけは感じ取ったようで、マダラ―は声にならない悲鳴を上げた。


「それじゃあ、ダイヤちゃんいっきまーす」


 軽いノリで、ダイヤが崖から飛び降りる。ハートと違い彼女は綺麗に着地すると、零次を見てウインクした。


「それじゃ、チーム断トツで可愛い私が手ほどきしてあげるケド。ちょっと痛いから覚悟してね」


 ダイヤはそう言うと走り出す。同時にその身体が消失した。


「どこに……」


「ここだよ。まあ追いつけないのも無理もないケド」


 気が付くと、ダイヤはジュディの隣に立っていた。まるで障壁などなかったかのように、障壁の内側に入る形で。


「本当はさ、冒険者と言っても雑魚の部類だしクローバーだけでも充分かな、と思ったんだケド。なかなかめんどくさそうだし、参戦しちゃいました。てへっ」


「お前…」


 零次が聖剣を向けるよりも速く、ダイヤの裏拳がジュディに突き刺さった。怯えに全身を支配されていたジュディは裏拳を頬に受けてしまう。





 ----瞬間、ダイヤの裏拳が爆発した。





 否、爆発したように見えた。


 ボン! という爆発音と共に、ジュディが吹き飛ばされる。既に疲労が蓄積した状態で、顔に直撃した謎の攻撃。ジュディは背中から地面に倒れ込み、意識を失った。





「な、何が……」


 遠目から見ていた零次は、ジュディの身に何が起こったのか分からなかった。突然、謎の力でジュディが吹き飛ばされた。


 一つだけ分かる事は、あのダイヤという女が相当強いという事だけである。


「やっぱり、これを使うと拳が少し痛いんだケド。ケドこれが一番ダメージを与えやすいしなあ」


「お、お前ッ…」


「じゃあ、次はそこの男を狙うケド、誰か仕留めたいよって人いる?」


 ダイヤが後ろを振り返り、仲間に問う。それを見た零次は苛立ちを感じた。


(コイツ…僕達をゲームのNPCくらいにしか見ていない!)


 もはや、狩りと言う名のゲームだ。勝つか負けるかではなく、誰が倒すか。零次達はその為の哀れな草食動物と言った所か。


「ふざけるなッ!」


 自分でも想像していなかった声が出る。零次の怒声を聞いたハートが笑う。


「わっ、何か怒ってるよ。怖ーい。ダイヤちゃん、さっさとやっちゃって~」


「ハート…やっぱり生きてたのか」


 ハートは崖の中腹にある出っ張りの上に座っていた。やはりと言うべきか、【大地の巨腕】に潰されたのは分身であったらしい。まあ想像はついていたが。


「じゃあ行くケド、もしまずくなったらクローバー援護よろしくね」


「承った」


 クローバーの返事と同時、ダイヤが飛び出してくる。零次は腰を落とし、その動きを慎重に追った。


(別にアイツは透明人間って訳じゃない。なら、動きを読めるはずだ)


 もし彼女が透明人間なら、ジュディを倒す際にわざわざ姿を見せる必要はないはずだ。となれば、ダイヤが行っているのは単なる高速移動。ならば、底上げしてもらった動体視力で見切れるはず。


 零次が動きを追っていると、視界の左端でバン! と空気が弾ける音が聞こえた。反射的に聖剣を振るう。


「そこだッ!」


 ガキン、と硬い物が衝突する音が耳に届く。ダイヤの右腕と零次の聖剣が互いにぶつかり、火花を散らしていた。


「やるね、お兄さん」


 ダイヤは右腕で聖剣を抑え込んだまま、空いた左腕を引き絞る。


「ケド、この一撃を耐えられるかな?」


 まずい、と本能が察知した。恐らく彼女によって撃ち込まれる攻撃は全て、謎の衝撃が付与されるのだろう。いくら強化された肉体だとは言え、直に受ければ零次もダメージを負ってしまうかもしれない。


「勇者様!」


 レナが素早く魔法を唱える。


「【ファイヤーボール】!」


 レナの手から炎の球体が産み出され、ダイヤに直撃する。着ていた制服に火が点き、彼女の背中を囂々と燃やしていった。ダイヤは始め意に介していなかったが、やがて顔をしかめる。


「うーん、制服が燃えるのは嫌だなあ。倒そうと思えば押し切れるケド、一丁しかない制服を燃やされたくないし、仕方ないか」


 ダイヤが足元をトン、と蹴った。それだけで彼女の体は数メートル後退し、壁に背を預ける形になる。


「早く火を消さないとね」


 ダイヤは何度も、何度も高速で壁に背中を叩き付ける。その度に風圧が発生し、燃えていた火が鎮火していく。その間に零次は息を整えておく。


「よーしやっと消えた。服は少し燃え落ちちゃったケド、まあ着る分には問題ないでしょ」


 ダイヤがトン、トンと軽く飛ぶ。零次は聖剣を構えた。獲物が長くても使いづらいので、今は刀身を伸ばしてはいない。


「それじゃ、行くよー」


 ダイヤが地面を蹴り、零次に肉薄する。今度は真正面から突っ込んできた。零次は聖剣を斜めに構え、守りの態勢を取る。


「お兄さん面白そうだし、手は抜かないケドいいよね?」


 ダイヤの拳と、零次の聖剣が激突する。瞬間、ダイヤの拳から爆発音がなるが、零次はこれを顔を逸らす事で回避する。ダイヤが首を傾げる。


「ありゃ? その剣破壊しようとしたケド失敗しちゃった。いい剣使ってるね」


 ダイヤの謎の爆発をくらっても、聖剣に傷一つ付いていなかった。どころかより輝いて見える。


「はあっ!」


「危ないなあ。ケドま、避けられるんだけどね」


 零次の胴打ちを、ダイヤは後ろに跳ぶことで回避する。しかし直後に驚愕を浮かべた。


 後ろに跳んだダイヤに張り付くように、零次が追随していたのだ。ダイヤは手を前に突き出そうとするがもう遅い。零次の突きが鳩尾にめり込み、ダイヤは呻きながら吹き飛んだ。


「うぐうううっ!」


「勇者を舐めるな。僕のスピードはお前より速い」


 実際、零次はダイヤを上回っていた。やはり根本的な速度が違うのだろう。


「これで終わりだ」


 聖剣を振り、ダイヤに向かって振り下ろす。殺す気はなかったので、剣の腹の部分を使っている。狙いはダイヤの鳩尾。気絶させるのが目的だ。


「ッ!」


 零次の聖剣を、ダイヤは右腕でブロックする。先ほどから二撃に渡り零次の聖剣を凌いできた右腕が、零次の聖剣を受け止める。


 ガシャン、と言う音がした。


 今まで零次の攻撃を止めていたダイヤの腕は、聖剣をくらった瞬間にバラバラに砕け散った。


「チィッ、ここに来てエネルギーが切れたか!」


 ダイヤが意味不明な事を毒づく。その時、視界の端で何かが動いた。


「ッ!」


 勇者として底上げされた反射神経と脚力がなければ、回避する事は難しかっただろう。振り回された【大地の巨腕】が、零次の鼻先を掠める。  

 

「ちょっとクローバー、遅いんだケド。危うくエネルギー不足でやられる所だったんだケド」


「すまない。思いの外練成するのに手間取った」


「でもま、これで形勢逆転かな?」


 ハートの言葉に、零次は歯噛みした。三人掛かりですら【大地の巨腕】を斬るので精一杯なのに、今はジュディが戦えない状態だ。対して相手は高火力の技を使ってくるのが二人に、分身体を殺させる事でこちらの精神を削ってくる者まで居る。あまり良い状況とは呼べない。


「レナ、あと魔法はどのくらい撃てる?」


「まだ全然余裕があります」


「じゃあ、マダラ―さんを守りながら援護してくれ」


 零次は聖剣を握りしめる。最悪と呼べるこの状況下で唯一こちらにアドバンテージがあるとすれば、それは身体能力の差だ。いかにダイヤが衝撃を利用して加速しても、零次の純粋な速度の前には届かなかった。



 勇者として貰い受けた力は伊達ではない。純粋な力なら確実に勝てる。



「ッ……」


 『黒百鬼の死神』との戦いが、脳裏に蘇る。あの時も、零次は己の実力を発揮しきれなかった。攻撃を全て回避され、ようやく一撃決めたと思ったら殴られて意識を奪われた。


 与えたダメージだけを見るなら勝ったような物だが、気持ち的には負けたような物だ。


 そこまで考えて、零次は首を振った。今そんな事を考えてどうする。そんな前の事をくよくよ悔やんだって、何かが変わる訳ではない。失敗を次に活かせ。


(あの時の、二の舞にはならない!)

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