殺し屋の組織編③
「何っ…」
零次は絶句した。極悪非道の組織? 一体彼女は何を言っているのだ。
「あれ? 知りませんでしたって顔してるね。なになに、ひょっとして騙されちゃったの?」
「いや、僕は…」
「まー無理もないよね。そこに居る男は仮にもあのイカれた組織、『マダラ盗賊団』を率いてたボスなんだから…んん?」
少女は手で庇を作ると、目を細めた。その目がだんだん見開かれていく。
「あれ? あっれれ~? マダラ―君、ひょっとして尻餅突いてる? え、まさか怖いの? ビビっちゃってるの?」
「ひ、ひいっ!」
少女の煽りに対しても、マダラ―は悲鳴を上げて後ずさるばかりだ。そんな二人の間に、ジュディが割り込む。
「さっきから訳の分からない事をゴチャゴチャと言うな! さっさと降りて来て戦え!」
「お、好戦的だねえ。ねえクローバー、相手してあげたら?」
少女の言葉に、後ろに立っていた長身の女----クローバーが口を開く。
「じゃあまずはお前が戦え、ハート。ある程度戦いの情報が揃ったら参戦しよう」
「えー、それって絶対色々理由付けて参戦してくれない奴だよね?」
そう言った座っていた少女ーーーハートに対して、クローバーは沈黙を持って返す。そんな彼女たちに、ジュディは吠える。
「何ゴチャゴチャ言ってるんだよ! いいから降りて来て戦え! 言っておくが、マダラ―のオッサンはそう簡単には殺させないぞ!」
洞窟内に響き渡るほどの、力強い咆哮。
常に正々堂々と正面から己の拳で戦ってきたジュディからすれば、頭上から舐めたような態度を取られるのは我慢ならなかったんだろう。ジュディはオーガ一体相手に正面切って戦い、勝利できる程の武術家。そんな扱いをされれば腹が立つのも無理もない。
ジュディの叫びに、四人は震え上がり一斉に降りてくるーーーーー
事もなく、彼女の叫びなどなかったかのように会話を続けていた。
「やっぱりハートが行くのが最善だと思うケド。やっぱりこう言う時はハートの力が一番役に立つって」
「えー、アタシの能力って戦闘向きじゃないんだけどな~」
ごねるハートの背中を、スペードが押す。
「ほら、敵が待ってるから行った行った」
「うわあ⁉ ちょっと押さないでよ!」
ハートは無様な態勢で落下しながらも、空中で見事な宙返りを決めて足から着地に成功する。しかし完全に衝撃を殺し切れたわけではないのか、着地した瞬間に顔をしかめる。
「~~~~ッ! いったあああああい!」
挙げ句、自らの足を抑えて地面をゴロゴロと転がり始めた。そのこれから戦うとは思えないような態度に零次が戸惑っていると、隣で動く影があった。ジュディだ。
「ふざけてるのか知らないが、行かせてもらうぞ。アタシはレイジと違ってお前の茶番に付きあってる暇はないんだ!」
地面を蹴り、ハートの頭上まで跳躍する。ジュディは右足を頭の高さまで振り上げると、勢いよく振り下ろした。
「はああああっ!」
速度と重さを活かした、渾身の踵落とし。敵の強さがどの程度の物か分からないが、喰らえば骨折は免れられない。
「のわあああああ!」
ジュディの踵落としを、ハートは地面を転がる事で回避する。ジュディの踵はハートが居た場所を抉り、地面に亀裂を走らせた。
「チッ、外したか」
「あー危なかった。お姉さん強いね~」
痛みから回復したハートが立ち上がり、ジュディに向かって拍手を送る。全力の称賛ーーーなどではなく、やや小馬鹿にするかのような拍手。ジュディが額に青筋を浮かべ、ハートに接近する。
「はあっ!」
「お、連続攻撃来ちゃう感じ?」
ジュディの上段蹴りを、ハートは紙一重で躱す。次いで右拳、中段蹴り、膝蹴りと連続で技が続くが、ハートはどれもギリギリのラインを狙って避けていく。
ジュディの攻撃はどれも、当たれば一撃で戦闘不能に陥るレベルの代物だ。それを示すかのように、彼女が技を繰り出すたびにビュオ! と風を切る音が少し離れた場所に居る零次の耳にまで聞こえてくる。
そんな攻撃を、生身の体で受ける恐怖は計り知れない。体は緊張で硬直し、避けられるはずの物も避けられなくなる。精神は死の恐怖であっという間にすり減り、攻撃こそ受けずとも倒れてしまう事は充分にあり得る。
だがハートはまるで当たらない事が分かっているかのように、全てを躱していた。ジュディの攻撃を読んでいるのではない、彼女の技が当たる事に恐怖を覚えない動き。
零次は内心、ハートの心の強さに舌を巻いていた。
「くそっ! コイツ!」
ジュディが悔しそうに歯噛みしながら、正拳突きを撃ち放つ。ハートは不敵に笑い、これも同じように直前で避けようとする。
-----刹那、ジュディの蹴りがハートの顔面に叩き込まれた。
元々、ハートはジュディの拳を当たるか当たらないかのラインで躱していたのだ。拳を回避して調子に乗っていた所に、拳よりも飛距離の長い蹴りを撃ちこめば十中八九当たる。
二人の均衡が、崩れさる。
「が、あっ…」
ハートの体が宙を舞い、壁に激突した。慌てて立ち上がるも、ぶつかった時に激しく脳を打ったのかその態勢はおぼつかない。そんな隙を逃すジュディではない。
「でぇやああああああっ!」
今度こそ、ジュディの正拳突きがハートの顔面に突き込まれる。まともな平衡感覚を失ったハートは防御する事すら叶わず、絶命必至の拳をもろに受けてしまう。
ボキッ、と言う音がした。
それがハートの首の骨が折れた音だという事に、零次は遅まきながら気が付く。
「ジュ、ジュディ…」
震えた声が、口を伝って出てくる。零次は咄嗟に口を覆った。まさか、まさか殺すだなんて。
これまで、零次もレナもジュディも、魔族はたくさん殺してきた。だが、人間を殺すのはこれが初めてなはずだ。まさか魔族と人間でここまで違うだなんて。
ジュディがハートの顔から拳を引き抜く。支えを失ったハートの体がズル、ズル、と倒れ込んでくる。それを見た零次は、吐き気がこみ上げてくるのを感じた。
「何だよ、結構呆気なかったじゃないか…」
そう言うジュディの声は、とても嬉しそうな物ではなかった。どころか少し涙声になっており、小刻みに足が震えている。見るに堪えないのか、レナは露骨に顔を背けていた。
口に当てた手が震える。同時に、何か不気味な物が全身を駆け巡っていくのを感じた。得体のしれない違和感。自分が殺したわけではないのに、何だこれは。
これが、人を殺す感覚なのか。
零次は取り落としそうになる聖剣を必死で掴み、前を向こうとしてーーーーー
「アハハハハハハッ!」
甲高い笑い声を、聞いた。
「何…?」
声のした方を向く。するとそこには、無傷のハートが立っていた。
「ちょっとちょっとー、何勝手にお通夜モードに入ってるの。アタシはまだピンピンしてるんだけど? ってか、たった一人殺したくらいで何その反応。あ、まさか、人を殺した事なかった? 初めて貰っちゃった?」
キャッキャッと騒ぐハートは、先ほどと全く変わっていなかった。まるで彼女の時間が巻き戻り、死ぬ前に戻されたかのように。零次は呟く。
「何で…」
ジュディの近くに視線を向ける。そこには確かにハートの死体があった。首の骨を折られ、白目を剥いて絶命しているはずのハートの亡骸は、幻覚でも何でもなくそこにある。
「おっ、いい反応してるね。そう言う反応されるとこっちまで嬉しくなってくるよ」
「な、何で生きてるんだ!」
そう叫んだのは零次でもジュディでもなく、マダラ―だった。ブルブルと震える人差し指でハートを指さし、糾弾するかのように叫ぶ。
「おまっ、お前、お前は死んだはずだ! 何で、何で……」
「あれ? マダラ―君、アタシ達が捕まえるときに派手に抵抗してアタシの事二回殺してるよね? 今更その反応って、おかしくない?」
ハートの言葉に、零次は思わず聖剣を取り落としそうになった。何と言う事だ。もしその話が本当なら、このハートと言う少女は既に三回死んでいる事になる。
「まあいいや。そこまでいい反応してくれたお礼に、アタシの能力教えちゃうよ」
「待てハート! まだ残り二人の力が未知数だ。ここでお前の力をばらすのはーーーー」
「いいじゃんクローバー。どうせアタシ一人の力を明かしたって、状況が一変する訳じゃないし」
仲間の制止を笑い飛ばすと、ハートは零次達の方に向き直った。
「アタシの技は、【分身生成】。回復魔法の応用技でね、名前の通り分身体を産み出す技だよ。ちなみに欠点はなし!」
ハートがドヤ! と胸を張る。その上では、二人の女が聞こえよがしに呟いていた。
「ただの回復魔法の応用で、痛みを負う覚悟と針の穴に糸を通すような精密性があれば誰にでも出来るんだケドね。痛い名前なんて付けちゃって……」
「言ってやるな。格好つけたい年頃なんだろ。それにあそこまで素早い分身生成術は、一朝一夕で身に付くわけではない。まあ極めても大して強くもないが」
「ちょっと、二人とも黙っててよ!」
ハートは顔を真っ赤にして叫ぶと、ジュディに向かって歩いて行った。ジュディは体をビクッ! と震わせるが、体は彼女の思いに反して動かない。
「あらら、こんなにボロボロになっちゃって」
ハートはジュディの前まで歩いてくると、自分の亡骸を確認した。
「それにしても、よく素手でここまでズタボロに出来るね。そこは素直に凄いと思うよ、うん」
ズイッ、とハートはジュディの前に顔を突き出した。今にも鼻と鼻が触れ合いそうなくらいの、物凄い至近距離。避ける間もない程のその距離はジュディが少しでもその四肢を振るえばーーー否、頭突きをしただけでも、その小さな矮躯は吹き飛ぶだろう。
しかし、ジュディはそれが出来ない。彼女の拳は小刻みに振るえ、足は今にも立っていられない程にガクガクと鳴っている。例え分身だと判明しても、自分が人を殺してしまったという苦しみは払拭されない。
「あれ? どうしたの? 攻めて来ないの?」
ハートはそんなジュディの心境を察しているのか、ジュディを執拗に煽る。今のハートが分身かどうかなど、零次達には見分けが付かない。いや、そもそもここに居るのは分身だけで、本体は洞窟の中に居ないのかもしれない。
だが、だからと言って殺せるわけではない。『分身ですか、なら殺します』と言って人型の存在を殺せる程、零次達は達観している訳ではないのだ。
「来ないならこっちから行くよ? 一方的にボッコボコにしちゃうからね」
ハートは引き裂いたように笑うと、舌を突き出してジュディの鼻をペロリと舐めた。その動作でジュディはようやく硬直が解ける。
「こ、このッ!」
拳を引き、右フックを飛ばす。しかしその速度は遠目から見ても分かるほど、遅い。
「きゃはは、おっそーい」
本来、躱せるはずもない必中の間合い。
だがジュディのあまりの攻撃の遅さに、ハートは避け切れてしまう。
「このっ、このっ!」
ジュディはやけくそ気味に数発の蹴りを放つ。ハートはそれらをひょいひょいと避けると、可愛らしく小首を傾げた。
「ひょっとしてお姉さん、怖くなっちゃった? 人を殺す事が。アタシの分身を殺す前と後、威力が全然違うよ?」
「ッ!」
図星を突かれたのか、ジュディの顔が強張る。
「なーんだ、つまらないの。でもまあいいや、クローバー」
「了解」
ハートの言葉に、クローバーは短く返事をすると右手を突き出した。直後、洞窟内が上下左右に激しく揺れ始める。
「クッ!」
零次は聖剣を突き立ててその場に踏ん張ると、掴まる物がなく揺れに撒き込まれているマダラ―に向かって手を伸ばした。
「僕に捕まってください!」
「は、はいい!」
マダラ―は零次の手をがっちりと掴む。程なくして、揺れは収まった。
「一体何が…」
そこで零次は、不思議な物を見た。
ジュディの真横に、土色の塊が出現していたのだ。丸太のように太くて長い棒状をしており、その先端は平べったい正方形をしている。更に正方形には、等間隔で五本の直方体が取り付けられていた。
腕だ。土で出来た不器用で巨大な腕が、ジュディの真横に出現していた。
「やれ」
クローバーが右腕を振った。それに伴って、巨大な腕が振るわれる。
「ジュディ!」
何か感想等ございましたら、気軽に書き込んでください。




