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王国壊滅編①

 パチパチと、薪の爆ぜる音が聞こえる。燃え盛る薪の周りには一組の男女が座り込み、昼に取った魚を焼いて食していた。


「いい月夜だねえ」


 魚を食していた青年が、空を見上げながら楽しそうに呟く。青年の見上げる先には綺麗に光る満月が覗いており、魚を食べる青年達を見下ろしていた。


「こういう月夜は、あの日の事を思い出すな。お前はどうだ?」


 青年が空になった串を爪楊枝代わりに使いながら、目の前で魚をちびちびと齧っている少女に聞く。少女は青年の言葉に一旦顔を上げると、消え入るような声で聞き返す。


「・・・あの日って何の事?」


「決まってるだろ。半年前に、俺達がクエル王国に交渉をしに行った日の事だよ」


 青年は焚火の中に串を投げ入れ、次の串を手に取る。その時、少女が呟いた。


「・・・覚えてる。でも、アレは交渉じゃない。喧嘩」


「似たような物だろ。しかし、あの時も大変だったな」


 そう言いながら、青年は夜空に光る満月を、眩しそうに見た。




 半年前。


「いやー、助かったよ。本当にありがとう」


 馬車から降りて礼を言う行商人に、青年は黙って頭を下げた。


「いえ、こちらこそありがとうございます。俺達みたいなどこの馬の骨ともしれない奴を護衛に使ってもらって。周囲から反対もあったでしょうに」


「なに、反対があったとはいえ少数だよ。それに、ここに来るまでに十二回も盗賊から救ってもらったんだ。彼らも不満は言うまいよ」


 行商人は荷台へと振り返った。そこには傷だらけになりながらも、横転を免れた馬車があった。


「城塞都市クレハからこのクエル王国までの街道には、盗賊が大勢いてね。並みの護衛ではすぐに倒れてしまうんだよ。いやー本当に、君達が居てくれて助かった。ありがとう」


 普通、そういう仕事には信用のおける人間を使うのが鉄則だ。何しろ運んでいる物が高価であった場合、護衛が裏切ってしまう可能性があるからである。


 だが行商人は街で青年たちを一目見たときから「彼らなら大丈夫だろう」と思い、スカウトしたのだ。


「礼を言うのはこっちの方ですよ。護衛任務とはいえここまでただで乗せてもらった上に、旅の知識も教えてもらったんです。しかも報酬付きで。むしろこっちが感謝したいくらいです」


 青年が銀貨の入った袋と、貰った粉を見せる。どちらも、護衛任務の報酬として青年が受け取った物だ。


「いやいや、気にしないでくれたまえ。・・・ところで」


 フッと、行商人の声色が変わる。


「君は、『黒百鬼の死神』という人物について、聞き覚えは無いかな?」


 行商人の目は、青年の着ている黒いコートに向いている。コートには所々赤黒い物がこびり付き、ただでさえ盗賊の血で人相が悪そうな青年の持つ印象を一層悪くしていた。


 青年が答えようとした時、銀髪の少女が荷台から飛び降りて来た。そして、青年の方へトコトコと寄って来た。青年はそれを目の端で捉えると、行商人に三度目の礼をした。


「今回は本当に、ありがとうございました。また機会があれば是非お願いします」


「あ、ああ。また頼むよ」


 行商人は青年に質問の答えを聞こうとしたが、傍に居た少女にジッと見つめられ慌てて取りやめる。簡潔に素早く礼を言うと、馬車に逃げるように駆け込んでしまった。


「・・・・・あのなあ」


 青年は呆れた目で少女を見た。少女はプイッと顔を背ける。


「・・・アイツ、目が嫌だったから」


「それだけで睨むか、普通? …まあいっか、さっさと行くぞ」


 どうせ説得しても無駄だと言う事を悟ったからか、青年は諦めて黒いコートを翻すと、国の関所に向かった。少女は青年のコートの端を掴んで見失わないようにする。


「・・・そう言えば」


「ん? どうかしたか?」


「・・・敬語。使えるんだ」


 少女の言葉に、青年は鼻を鳴らす。


「当たり前だろ。敵対しない目上の人間に対しては基本、敬語だ。使うべき時に敬語を使えないと早死にするぞ」


 言いながら、青年はコートの内ポケットから一枚の便箋を取り出した。艶のある綺麗な封筒で、見るからに高級そうだ。封には王家の紋章である鳥の刻印が押されている。


 この手紙が来たのは、今から三日前の事だ。


「『協力を要請したい案件があります。是非一度、我が国へお立ち寄りください』。要は俺達の戦力を利用したいって事だ。しっかし、よくもまあ俺の正体を突き止めたよな・・・」


「・・・その黒いコートを着てれば、見抜かれる」


「そんな物か? ああでも、このコートどう見ても怪しいよな」


 青年は頭を掻きながら、着ているコートを見る。真っ黒と言うにはどこか赤く、赤いと言うには若干黒い――――まるで黒ずんだ血が全面に付いたようなそのコートは、確かに着ているだけで注目を浴びそうだ。


「ま、買う機会があれば買う事にして――――どこか寄るか?」


 青年は少女を見る。それは暗に、疲れていないかという質問だ。馬車による長旅で、青年はともかく少女は疲れているだろうと踏んだのだ。だが、青年の問いに少女は首を横に振る。


「・・・私は大丈夫。そっちは?」


「俺は大丈夫だ。少なくとも一小隊と渡り合うくらいは。お、いい物発見」


 青年がキラリと目を光らせると、目の前の店にフラっと入って行った。そこでとある物を買うと、意気揚々と店を出て来た。


「・・・何買って来たの?」


 聞いて来る少女に、青年は笑顔で紐のような物を見せる。


「これは花火って言ってな。この先端に火を付けると、凄い勢いで綺麗な火が噴き出すんだ。ま、百聞は一見に如かずって言うし、機会があったら一回やってみようぜ。で、どうする。王宮に行くか?」


 青年が聞くと、少女は首を横に振った。


「・・・お昼寝する。魔法を使いすぎて、ちょっと疲れた」


「了解。じゃあ、寝るとするか」


 青年は間髪入れずに少女の言葉に賛同すると、近くのベンチに腰掛けた。その膝の上に、少女がさも当たり前のような顔をして座る。


「んじゃ、お休み」


「・・・ん」


 二人は互いに声を掛け合うと、目を閉じた。





 結局、二人が目を覚ましたのは夕暮れだった。


「おいおい、確か着いた時には昼過ぎだったよな。何時間寝たんだ?」


「・・・分からない。でも、時間に制約はない」


「だよな。アイツら、特に時間指定とかしてなかったし」


 青年は億劫げに身体を起こすと、少女の脇を抱えて地面に下ろした。その後大きく伸びをして、立ち上がる。


「それじゃあ、行きますか。俺達を呼んだ女王様とやらに」


「・・・うん」


 あくびを何度もしながら、二人は王宮に向かう。入り口で見張りをしていた衛兵に便箋を渡すと、驚いた顔をされる。


「貴方があの――――」


「何でもいいから早くしてもらえますか? こっちはさっさと用件を済ませて帰りたいんですが」


 青年が言うと、衛兵は「ハッ!」と威勢よく返事をして、王宮の中に駆け込んでいく。

 程なくして、先ほどの衛兵が出て来た。


「女王陛下がお待ちです。どうぞこちらに」


「ご丁寧にどうも。じゃあ行こうぜ」


「・・・ん」


 衛兵に連れられて、二人は赤い絨毯の上を歩く。いくつもの部屋を通り過ぎ、二人は最も豪華そうな部屋に通された。


「こちらの部屋で、女王陛下がお待ちになられています」


「んじゃ、行くか」


 青年と少女は、何の躊躇いもなく部屋に入る。部屋には丸いテーブルに白いテーブルクロスが引かれており、清楚な印象を出している。そして部屋の両脇には、厳つい顔の騎士たちが何人も構えていた。


「女王陛下。お連れしました」


 二人を連れて来た衛兵が最後に入り、扉を閉める。ガチャリと鍵を閉める音が後ろから聞こえてくる。それを聞いた女王陛下はニコリと微笑み、青年たちに着席を促す。


「ようこそ。わたくしがこの国の女王、ラドヴァ=クエルです。ようこそ、『黒百鬼の死神』とその従者さん」


「わざわざお呼びいただきありがとうございます、女王陛下殿」


 青年が頭を下げ、席に着く。一拍遅れて少女も、青年の膝の上に座った。


「おい、もう一つ席はあるだろ?」


「・・・ここがいい」


 青年は少女を退かそうとするが、少女は頑として譲らない。青年は溜め息を吐くと、女王の目を真っ直ぐに見据えた。荒んだ色をした双眸が、ラドヴァを見る。


「で、俺達に何の用ですか? わざわざ悪名が広まっている俺を名指ししたんだ、さぞかしヤバい山なんでしょうね?」


『黒百鬼の死神』の名前は今や人間の国にだけでなく、魔族にも広まっている。その名を知らぬ人が居ない程だ。だがその名は、どの場所においても良い伝わり方はしていない。


 『魔族戦争』で人間、魔族問わず近くに居る者を片っ端から殺しまくったのだとか、国一番の魔法使いの頭を金槌で叩き割って回っているのだとか、世界最強の極悪人の弟子ではないかと言う物まで。実は魔王の生まれ変わりではないかと言う噂もある。


 その内の半分が本当だと言うのだから、性質が悪い。


 そんな彼を、わざわざ呼び出したのだ。よほど危険な敵だと言うのは、容易に想像がつく。


「はい。実はこの度、本当にまずい局面に直面しまして。実は――――」


 その時、メイドがトレイに乗ったカップを三つ運んで来て、一つをラドヴァに、残りの二つを青年と少女の前に置いた。中には紅茶が入っている。ラドヴァはそれを見ると、手でカップを促した。


「その前に、どうぞ紅茶を召し上がって下さい。長旅で疲れたでしょう。この国の自慢の紅茶です」


 青年は無言でそれを手に取ると、カップを鼻先に近づけて香りを楽しんだ。だが口に含む事はせず、コトリとテーブルに戻す。


「今は結構です。そんな事より、本題に入りましょう」


「分かりました。では、お話ししますね」


 ラドヴァは紅茶を断った青年に驚く事無く、冷静な態度を崩さない。


「実は、最近隣国との小競り合いが頻繁に起こっていまして。このままでは、戦争にも発展するかもしれません。なので――――」


「『黒百鬼の死神』の威光を使って、隣国との戦争を回避したい。そう言う事ですか」


 ラドヴァは黙って頷いた。


「・・・どういう事?」


 青年の膝に座っていた少女が、何が何だかさっぱり分からないと言うように、青年を見上げる。青年はそれに怒るでもなく、懇切丁寧に説明する。


「俺が一時的にクエル王国の仲間になった、という事にするんだよ。自分で言うのも何だが、『黒百鬼の死神』は強い事で有名だ。つまり、俺がどこかの国の肩を持つだけで、他国は喧嘩を売りにくくなるんだよ」


 戦力的には、一人増えたのと変わらない。だが、その実力は魔族戦争の際に出た戦士全員が良く知っている。


 通常、大の大人が百人掛かりで掛かって倒せるか分からないような百鬼を単独で屠った、若き英雄。

 更に続けざまに魔族の群れを殺しまくり、たった一人で魔族軍に大打撃を与えた彼の雄姿は、今でも酒屋での話の種となっている。


 そんな人物がクエル王国に加担している。それだけで、よその国が滅多な事では手出し出来なくなるであろう事は容易に想像できる。


「もちろん、報酬はお支払いします。一生遊んで暮らせるだけのお金を出しますし、もし貴方達が望むのであれば、この国の貴族にする事も出来ます」


「老後の生活まで安泰か。随分な大盤振る舞いだな」


「それだけの価値が、貴方にはあるという事です。どうでしょう? この頼み、引き受けてくれる気にはなれませんか?」


 青年はしばらく、考え込むような仕草を取った。そしてしばらく悩むように思考した後、膝の上でカップの中の紅茶を覗き込んでいる少女に話しかけた。


「お前はどう思う?」


 少女は即座に首を振った。


「・・・駄目」


「そこを何とかお願いします。今のクエル王国には『黒百鬼の死神』の力が必要なんです」


 頼み込むように、縋ってくるラドヴァ。それに対して、青年はポケットから袋を取り出す。商人から貰った、粉の入った袋だ。


「なあ、女王陛下様よ。俺はここに来るまでの間、商人たちと行動を共にした。その時に、色々な事を教えてもらったんだよ」


 急にタメ口な上、全く違う話を始めた青年に、ラドヴァは眉を顰める。


「それは良かったですね。ですがそれが何と関係が――――」


「この粉はさあ、飲み物に一つまみ分入れるだけで毒物が入っていないか検知してくれる、不思議な粉でね。これがあるだけで、変に毒物に警戒しなくて済む。いやあ、本当に感謝してるよ。今まではコイツに毒を感知する魔法を使ってもらってからじゃないと飲めなかったのに、これなら俺が一人の時も安心して飲める」


「そ、そうですか。で、それが一体何の意味が――――」


 ラドヴァの質問に青年はニヤリと笑って薬を摘まみ、紅茶の中に投与する事でそれに答える。怪しげな薬が入った紅茶はコポコポと音を立てると、茶色を一変させ紫色になった。


 その様子に、ラドヴァ、青年、少女以外のその場に居た全員が動揺の色を示す。


「実は色にも色々あってな。緑色なら睡眠薬、赤色なら毒薬、確か紫は―――」


 青年はあえて一拍溜めると、暗い目でラドヴァを見た。それと同時、少女が青年の膝の上から降りる。まるで彼の次のアクションを理解しているかのように。


「純度の高い麻薬だ。何で客人をもてなす紅茶の中に、麻薬が入ってるんだ?」

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