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コルト編③

「処刑、開始」


 王国騎士が言いながら、松明の火をアルラの足に点けようとした、その時。


「アルラおばさーん!」


 一人の少年が、人混みを押しのけ前に進み出て来た。その声と姿には見覚えがある。


「コルト、お前…」


 コルトは右手に棍棒、左手に盾を握っていた。棍棒は木で出来た物で、盾も銅で出来た安物。王国騎士の物とは天と地ほどの差がある。自分が第三者なら、貧弱にも程があると鼻で笑い飛ばしていただろう。


 まさかあれで戦うつもりなのか、とアルラが考えていると、コルトはアルラに火を点けようとしていた兵士に殴り掛かった。


「うわあああああ!」


 ガツン、という衝撃が、王国騎士の兜から発せられる。王国騎士は僅かによろめいたが、すぐに態勢を立て直すとコルトを睨む。


「我々王国騎士の処刑を邪魔するとは! これは立派な国家反逆罪だ! ひっ捕らえろ!」


 その言葉に、突然の侵入者に呆然と立ち尽くしていた王国騎士たちが動き出す。訓練を積んだ一流の騎士たちが皆、齢八歳の少年を捕らえるために動き出した。


「うわああああ!」


 対してコルトは棍棒を滅茶苦茶に振り回しながら、近くの王国騎士に殴り掛かる。今度は脇腹を狙って殴るが、先ほどとは違い不意打ちではない。容易に防がれる。


「おのれ、魔族の手先が!」


 王国騎士は忌々しげに叫ぶと、コルトの腹を蹴り飛ばした。小柄な少年の身体が、病葉同然に吹き飛ばされる。


「うわっ!」


「由緒正しき王国騎士に逆らうとは。汚らわしい! このッ、このッ!」


 王国騎士はそんなコルトの腹を幾度となく踏みつける。コルトはその度に苦悶の表情を見せていく。


「コルト!」


 アルラは助けに行こうともがくが、手足が縛られた状態では出来るはずも無い。アルラが歯軋りをしている間に王国騎士は蹲ったコルトを取り囲み、集団で暴行を加えていく。


「辞めろ! 辞めてくれ!」


 アルラは叫ぶが、王国騎士は止める気配がない。観客も見ていて動揺の表情を浮かべる者こそ居るが、誰も助けに入ろうとはしない。


「八歳の子供がリンチにあってるんだぞ…誰か助けろよ!」


 アルラは叫ぶが、内心それはないと悟っていた。


 いつだってそうだ。悪い事をした者は裁かれなくてはならない。例えそれが、生まれたての赤ん坊であろうとも。普段は仲良くしていた者でも一度疑われれば最後、死肉に群がるハイエナの如く寄って来て袋叩きにする。その空気に抗える者はおらず、ただ流されるだけ。


 アルラだってその一人だ。いつも心のどこかでおかしいとは思っていても、結局抗えない。いつだって、周りに流されてしまう。


 そのツケが、回ってきただけの事だろう。


 その時、コルトを囲っていた王国騎士が数歩後退した。その隙間から見えたのは――――


「コ、ルト…」


 そう、コルトだった。全身擦り傷だらけで口の端からは血が流れ、今にも倒れそうなほどフラフラだが、確かにコルトが立ち上がっていた。


「どうして…」


 口から自然に呟きが漏れる。何故、あそこまで出来るのだ。


 コルトはまだ八歳。精神的にも肉体的にも、まだ未発達だ。鍛え抜かれた王国騎士の蹴りを一撃でも食らって諦めても、誰も文句は言わないだろう。


 だというのに彼は、あれだけの攻撃を受けながらも立ち上がった。ただ、アルラを助けたいという一心で。


「僕が、助けないと。待っててね、アルラおばさん。今、僕が助けて、あげるから…」


 コルトはアルラに向かって力なく笑うと、フラフラと揺れたまま棍棒を振り上げた。そのまま、勢いだけで王国騎士に突っ込んでいく。


「辞めろコルト!」


 アルラが叫ぶと同時、王国騎士の蹴りがコルトに入る。コルトは数メートル吹き飛ばされ、地面を数バウンドしてから地面に倒れ伏す。それでも、立ち上がろうとピクピクと動いているのが遠目にも分かる。王国騎士達もそれを確認したのか、コルトの周りを取り囲んだ。奥の一人が、腰から剣を抜く。


「これより、国家反逆罪で貴様を処刑する」


 王国騎士は冷酷かつ淡々と言うと、剣をまだ懸命に立ち上がろうとするコルトの背中に突き付けた。そして、緩やかに剣を振り上げた。


「辞めろ――――!」



 アルラの悲鳴も届かず、王国騎士の剣はコルトに届く――――



 寸前で、どこからか飛んできたスパナが王国騎士の後頭部を直撃し、王国騎士の身体が大きく傾ぐ。そのせいか剣の精度がずれ、剣は立ち上がろうとしていたコルトの手を地面に串刺しするに留まる。


「うぐッ!」


「な、何者だ!」


 コルトの苦悶の声と、王国騎士の怒声がアンサンブルする。王国騎士達が一斉に剣を抜き、スパナを投げた方向を見る。するとそこには、昨日の黒いコートを着た青年が立っていた。


「何か面白い事やってんのかと思って来て見たら、一人の子供を寄ってたかった蹂躙か。とても正義のヒーロー様がする事じゃねえな。ってか、これ中世の魔女狩りそのものじゃねぇか。どこの世界でもやる事は変わらないんだな」


「貴様、何者だと聞いている⁉」


 王国騎士が問うが、青年は聞こえていないのか詰まらなそうな顔をしたまま観客を見渡し、これ見よがしに声を張り上げる。


「大切な人を守ろうと一人の子供が腹くくって無謀な戦いに飛び込んだって言うのに、お前らはただ見てるだけかよ。お前らみたいなのはいざ自分が危険な目に遭ったら『見ていただけだから』って言葉を免罪符にさっさと逃げていくんだろ。全く、これだから『人類』はクソ詰まらねえんだ」


「おい貴様、いい加減にしろ!」


 王国騎士の一人が、剣を抜き青年の首筋に突き付ける。すると青年はジロリ、と王国騎士を舐め付けるように見た後、ニヤリと気味の悪い笑みを浮かべた。


「都合が悪くなったら今度は口封じか? やっぱりお前らの語る『正義』とやらは薄っぺらいな。ま、そもそも『正義』だの何だのとお題目を付けなきゃ人一人殺せない腰抜けには理解できねぇだろうけどなぁ」


「それ以上、我々を愚弄することは許さん!」


 王国騎士が剣を振ろうとする。しかし、その前に青年は動いていた。


 腰のベルトからノコギリを引き抜くと、王国騎士が剣を動かすよりも一瞬早く首を薙ぐ。ノコギリは鎧と甲冑の間にある数センチだけ露出した首を切り裂いた。横一列にギザギザの切断面が引かれ、血が噴水のように噴き出していく。


「う、わあああっ!」


 悲鳴を上げ、首から血を流しながらも思わず尻餅を突く王国騎士の顔面を踏みつけ、青年は低く唸る。


「掛かって来いよ、薄っぺらい『正義』ども。この悪人が、テメェらを破壊してやるよ」


 そう言って凄惨な笑みを浮かべた時、王国騎士の一人が刺突の構えを取ったまま突っ込んできた。


「あああああッ!」


「ハハッ、来いよ!」


 青年は足元に倒れていた、首を切られた王国騎士の身体を蹴り上げる。威勢よく突っ込んできた王国騎士の剣は、首を切られて絶命しかけていた王国騎士の胴体を勢いよく貫いてしまう。素早い速さで繰り出された剣戟はドチュ、と肉を貫く際の特有の音を辺りに響き渡らせた。


「う、うわあああ!」


 自らの手で同胞を殺してしまった事に絶叫する王国騎士。そんな彼の顔面に容赦なく蹴りを叩きこみ、青年は笑う。


「なあお前ら、俺を殺すって事は当然、殺される覚悟も出来てるんだよなぁ?」


 青年は足元から剣を拾うと、放心している王国騎士の首を掻き切った。続けて、右から飛んできた剣をノコギリで払い落とす。


「凄い…」


 いつの間にか起き上がっていたコルトが、目を丸くする。青年は少なくない量の返り血を浴びながらも、楽しげに暴れていた。


「おのれ、反逆者が!」


 前方から二人の王国騎士が青年を殺さんとばかりに突っ込んでくる。男は死体から剥ぎ取っていた剣で片方を弾くが、もう片方を受け損なってしまった。


 ザシュッ、という音と共に、青年の腹が剣に貫かれる。剣は青年の腹を貫通すると、背中まで真っ直ぐに伸びた。どう考えても臓器を貫通している。王国騎士の目に希望が宿った。


「よし、このままなら――――ッ!」


 その顔が瞬時に絶望に染まる。

 青年は刺されたにも関わらず、笑っていたのだ。それも、刺される前よりも楽し気に。


「いいねぇ、そう来なくちゃな!」


 青年はダン! と強く地面を踏みしめると、腹に刺さった剣もそのままに両腕を振るい前方の二人を目に留まらぬ速度で斬殺。そして喜々とした表情をしながら、敵に突っ込んでいく。


 たちどころに減っていく仲間を見て、王国騎士の一人が隣に居る人物に叫んだ。


「た、隊長! コイツまさか、『黒百鬼の死神』なんじゃ⁉」


「ま、まさか! あの魔族戦争を終結させた化け物が、何故ここに⁉」


 そんなやり取りが行われている間にも、青年は二人を殺害。死ぬ寸前の抵抗で右肩を剣で刺されるが、痛みに悶え苦しむ様子もなく楽しそうに笑いながら戦い続けている。


「覚悟のある奴は来い、ない奴はとっとと尻尾巻いて逃げな! 殺し殺されの戦いは最高に燃えるぞ!」


 青年の歓喜に震えた声が、コルトの耳に残った。





 数人居たであろう王国騎士達は、僅か数十分で絶命した。


 辺りには飛び散った肉片と死体、そしてコルトとアルラ、青年のみが残される。観客は途中で逃げてしまったのか一人もいない。その場に片膝を着きながら、青年は毒づく。


「正義の精鋭部隊様ってのはこの程度か。もうちょっと楽しみたかったんだがな。…チッ、痛え」


「お、お兄さん大丈夫?」


 コルトは心配そうな声を掛ける。王国騎士を一人で全滅させたとはいえ、青年も無傷では済まなかった。全身敵と自身の血で真っ赤。見える範囲の至る所に切り傷があるし、腹と肩に剣が刺さったままだ。いつ死んでもおかしくない重症だ。


「このくらいなら問題ねぇよ。そんな事より問題はお前達だ。これからどうするんだ?」


 辺境の街とはいえ、王国騎士の部隊が全滅したとなれば次の部隊がやって来るだろう。そうすればまた捕まってしまう。


「どこか離れた場所で暮らすよ。この子と一緒にね。この子の親にはそれとない言い訳を考えておくよ」


「そうか。ま、俺には関係ない話だけどな」


 そう言って青年は立ち去ろうとする。だが、それをアルラが制止した。


「あ、そうだ。一ついいかい?」


「どうした?」


 振り返った青年に、アルラは敵意の籠った目で睨む。


「アンタ、最低だね。こんな幼い子供を突っ込ませるなんて」


「安心しろ。俺が外道クズな事は自分が一番よく知ってるよ。自覚してやってんだ」


 アルラの敵意の籠った瞳に、青年は好戦的な目で返す。重傷を負っているが、お望みならば今この瞬間にでも決着をつけてやるとでも言いたげだ。

 しばらく、二人の目が交錯する。先に視線を落としたのは、アルラだった。


「でも、二人とも助かったのは事実だ。ありがとう」


「俺は自分が戦いたかったから戦った。要は自分の為だ。お前の為でも、コルトの為でもない。恨まれこそするが、感謝される謂れはねぇよ」


 何の恥じらいも無く、青年は告げる。その答えにアルラは苦笑した。


「そうかい。それじゃあ達者でね、『黒百鬼の死神』」


「ああ、お前らこそ元気でやれよ」


 青年は今度こそ二人に背を向けると、町の外れに向かって歩き出した。その時、後ろから声を掛けられる。


「お兄さん、ありがとう!」


 コルトの声だ。青年は視線を落とすと、誰ともなしに呟く。


「…感謝される事なんてしてないって言ってるのにな。アイツは自分の意思で決め、覚悟を持って飛び込んだ。俺はそこに便乗したに過ぎない」


 体がふらつく。流石に瀕死の重傷を負ったままでは、命に関わって来る。


 青年は白い粉の入った小瓶を取り出し、口に含みながら剣を抜く。この粉自体に回復効果はないが、痛みを止めるには抜群の効果を発揮するのだ。剣を体から抜いた際にブシャッ、と血が舞うが気にしていられない。


 抜いた二本の剣をベルトに挟み込むと、青年は自分の居場所を確認する。町の外れ。青年は割と大きめの声で呼びかける。


「おい、そろそろ出てきてもいいぜ?」


 しばしの静寂。やがて、木の陰から一人の少女が現れた。背は青年の胸の高さくらい。煌びやかに輝いた銀髪の目立つ少女だった。道で十人の男とすれ違えば、十人中十人が美人だと言うであろう美少女である。


「悪いな、待たせて。結構寒かっただろ、ここ。まあ、だからと言ってあの町にお前を入れるわけにはいかなかったんだけどな」


「・・・問題ない」


 青年の言葉に対して、少女は淡々と答える。無機質な瞳で青年の頭からつま先を眺め、口を開く。


「・・・また喧嘩?」


「殺し合いだよ。しっかし魔族の処刑率がトップ3に入るからどんな町かと思ったが、まさか人間魔族見境なく処刑していたとはな。そりゃあ処刑率が高くなるわけだ」


「・・・また人助け?」


 少女の質問に、青年は「まさか」と即答する。


「俺は人類の為に動く気は全くない。いつだって自分の為に動くだけだ。人の為に動くなんてまっぴら御免だよ。たまたま人助けになる事はあっても、進んで人を助けるなんてあり得ねぇよ」


 その後は会話もなく、二人は無言で歩き始めた。

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