家庭教師編④
「・・・まだ帰って来ない」
赤らんだ顔で、少女は苛立ちを吐き出した。
既に青年が居なくなってから丸二日が経過している。その間、彼は一向に姿を現して居ないのだ。ちなみにその間、少女は飲みっぱなしである。それを示すかのように、彼女の半径5メートルには空になった一升瓶が積み上げられている。他の客はそんな少女を怯えた目で遠巻きに眺めていた。
「これだけ待っても帰って来ないって事は、やられちまったんじゃないのか?」
店長が更なる一升瓶を置きながら少女に言う。しかし、少女は首を振った。
「・・・あんなひったくりが彼を殺せるとは思えない。彼の執念深さは異常だから。彼を殺せるとしたら、ルーグドを100体連れてくるしかない」
「ルーグド100体とは、随分と評価が高いな。だが人間にもヤバい奴が居るだろ? 例えば『三狂人』とかーーーー」
「・・・その程度じゃ、彼は潰せない」
「じゃあ、『恐怖部隊』のボスならどうだ?」
店長の冗談交じりの言葉に、一瞬場の空気が凍った。店内に居た全員が動きを止めて、店長を見ている。唯一少女だけが、平然とした顔で酒を飲み続けている。
『恐怖部隊』のボス。
店長はあくまでそう言っただけであり、実際に名前を上げた訳ではない。にも拘らずこの有様だ。それほどまでに、『恐怖部隊』と言う組織は恐れられていたのだ。
正確には、そこのボスが。
「・・・それは」
「何てな。ただの冗談だよ。悪かったな嬢ちゃん、あまりにも仲間に対する評価が高かったものだからつい意地悪したくなっちまったんだ。悪く思わないでくれよ」
言いかけた少女を遮るかのように、店長が告げる。その言葉に、張り詰めていた空気が弛緩した物へと戻っていった。
「それにしても、死んでないって事は考えられるのなんて他の女の所くらいか?」
店長の何気ない一言に、少女は目を見開く。瞬間、彼女の全身から殺気が迸った。
「・・・それは、ないはず」
「でも、可能性はあるだろ。戻って来たら別れを切り出されたりしてな。まあ、ウチとしちゃ金さえ払ってくれるならいいんだが」
店長は言いながら、手をワナワナと震わせている少女に一升瓶を差し出す。
「もう一杯、飲むか?」
「・・・居る。・・・大丈夫、彼が好きなのは私だけ、私だけなはずーーーー」
こうして、また夜が明けていく。
泊まり込みで続いた青年とエレノワールのトレーニングは、少しずつ身を結んで行った。
「や、やりましたわ!」
掌に炎を出現させたエレノワールが、嬉しそうに青年を見る。
「ついに、ついに手の上に一般的な大きさの火球を出現させる事が出来ましたわ!」
「おぉ、凄いな!」
青年は笑顔でエレノワールを褒めた。そして、彼女の掌の上に浮かんだ火球を眺める。強風でも吹こうものならすぐにでも消えてしまいそうな、やや不安げな炎。それでも最初の頃に比べれば相当の進歩だ。
エレノワールは、決して無能な生徒ではない。
数日間魔法のアドバイス(もどき)を行ってきた青年は素直にそう思っていた。恐らくだが、彼女はその自尊心の高さから今まで上手くいかなかったのではないだろうか。
これは青年の見解にすぎないのだが、エレノワールは多分『褒めて伸ばす』タイプである。しかし周りからの過度の期待、及び『自分ほど高貴な者ならこのくらい出来るはず』と言う過剰な意識が、彼女に不必要な負担を与えてしまったのだ。そのせいで思うように力を振るえず、彼女はここまで駄目になってしまったのではないだろうか。
だからこそ、自分より上(と思いこんでいる)教師に素直な気持ちで教わる事で、ここまでの力を発揮できた。まあ、少し出来過ぎな気もするが。
人の教育の仕方は十人十色だ。しかし、誤った教育をしてしまえばその分無駄に負担を感じさせてしまう。青年はそれを現在身をもって学んでいた。
「見て下さいまし! ついに重力魔法で人一人を持ち上げられるようになりましたわ!」
「マジかよ⁉」
これには流石の青年も驚いた。一体エレノワールはどれほど成長すればいいのだろうか。初めて会った頃は小石を持ち上げるだけで息切れしていたはずなのに、僅か二日でここまで行くとは。やっぱり少し出来過ぎな気がする。
「これだけ出来るようになれば、クラスメイトの前でも堂々と魔法を披露できるようになりますわ・・・」
「そうか。良かったな」
「それもこれも、全て貴方のおかげですわ。ありがとうございます」
重力魔法を解いたエレノワールが頭を下げてきた。青年は否定するように手を振る。
「いや、俺は何もしてねえよ。頑張ったのは全部お前だろ」
謙遜ではなくマジである。実際青年がしたアドバイスなど小学生でも出来そうな物ばかりだ。それをいかにもベテランのように自信満々に言い放っているだけで、中身はすっからかんである。
「謙虚な方ですわね・・・」
しかしエレノワールは何を勘違いしているのか、感心の目で青年を見つめていた。その純粋な目に耐えきれなくなった青年は話題を変える事にする。
「じゃあ、これでもう魔法の方は大丈夫なのか?」
「はい。あ、でも一つだけ不安な要素が・・・」
「何だ?」
こうなれば乗りかかった船だ。不安要素を全部払ってやろうと青年は意気込む。
「そ、その・・・実は二週間に魔法の実戦大会がありまして。魔法を使えるようにはなりましたが、やっぱりまだ戦うには不安で・・・」
その言葉に、青年は自然と笑みが零れるのを感じた。久しぶりに自分の専門分野が来た。喜びが全身を駆け巡る。ここまで魔法とか言うよく分からない物を教えさせられていたが、今度は違うのだ。
「戦いか。いいぜ、せっかくだから俺のとっておきを教えてやる」
こうして、二人の特訓は二日だけ延長される事となった。
全ての特訓を終えた後、エレノワールは何かが詰まった布の袋を渡して来た。
「これは?」
「家庭教師の報酬ですわ。受け取ってくださいまし」
言われた通り袋を開けてみる。するとそこには、青年が予想していた金額の倍以上の金が入っていた。
「こんなに貰っていいのか?」
「貴方の功績を考えれば、これでも少ないくらいですわ」
エレノワールは少し恥ずかしそうにしながら、頭を下げた。
「私の技術をここまで高めていただき、ありがとうございます。貴方に教わった事は忘れませんわ」
「いや・・・忘れてくれていいからな?」
流石にあんな出鱈目を吹聴されたくはない。青年は照れくさそうに頬を掻きながらも、しまってあった黒いコートを着こむ。
「じゃあ、俺はもう行くぞ。雇ってくれてありがとうな」
「こちらこそ感謝していますわ」
そんな笑顔のエレノワールに見送られるようにしながら、青年は酒場に戻る。流石に四日も経っているからどこかに泊まっているとは思うが、念のため見ておく事にする。
「それにしても、予想以上に稼いだな。これならしばらくは大丈夫ーーーーうおっ!」
酒場の中央で異様な雰囲気を出して突っ伏している人影に、青年は驚きの声を上げた。しかしその人物が銀髪の長髪である事に気が付くと、まさかと思い近づいていく。
「まさか、あの時からずっと飲んでたのか?」
「・・・ん」
青年が声を掛けると、少女は体を起こした。既にその顔は真っ赤になっており、誰がどう見ても酔っ払いと分かるような状態だった。
「・・・遅い」
「おお、悪い。実はちょっと儲かるバイトをしていてな・・・ってオイ」
不意に少女が両手を伸ばし、青年の首に絡みつけてくる。身動きの取れなくなった青年へ、少女が顔を近づけた。
「・・・・酒くせえ」
「・・・うるさい。この馬鹿、戦闘狂、女たらし、魔法の使えない無能・・・」
それから十五分程、少女の罵倒は続いた。内容は言葉を増すごとに酷くなっていき、最期の方は周りに居た客が青ざめて耳を塞ぎたくなるような物だった。中には吐いた者まで居る。
しかし、そんな中青年はどこか冷静さを感じていた。少女の罵倒には既視感があるのだ。
----昔、彼女と会ってから少しするまで、こんな風に罵声を浴びせられ続けたのだ。
幾度となく人格を否定され続けた。存在価値を問われた事だってある。そんな時代の彼女が一時的とは言え戻って来たことに、妙な懐かしさを覚えていたのだ。
罵倒が一通り止んだところで、青年は少女の両腕を掴んだ。
「もういいだろ、離れろよ」
「・・・やだ」
腕を掴んで離そうとする青年に、少女は抵抗する。
「離せよ。酒臭いんだよお前」
「・・・離さない」
「だから離せって」
「・・・離さない!」
バッ! と顔を急接近させる少女。あと数十ミリ近ければキス出来る距離だ。
「・・・絶対に、別れないから!」
「は?」
一体彼女は何を言っているのだろうか。青年はその言葉の意味を解釈しようとしたが、どうにも分からない。
「なあ、今のはどういう・・・って寝てるじゃねえか」
寝息を立てている少女の腕を振りほどくと、青年はカウンターに着いた。
「長居してすみませんね。勘定お願いできます」
「あいよ」
店長から料金の明細が書かれた紙を受け取り、金額を見てみる。するとそこには、とんでもない金額が浮かんでいた。
「・・・ん?」
慌てて金額を数えてみる。するとそこには、エレノワールから貰った報酬と同額が掲載されていた。
「これ、間違ってたりはーーーー」
「残念だがないよ。まけたりもしない」
青年は腰のベルトから金槌を抜きーーーー
「起きろこの酔っぱらいがァァァァァァ!」
珍しく、本気でキレた。
『第76回、魔法実技大会、優勝者はエレノワール・アステア!』
司会者の言葉に、エレノワールが壇上に上がる。彼女が壇上に上がると同時、大きな拍手が巻き起こった。それを遠巻きに眺めていた女子生徒たちが楽しそうに話し合っている。
「流石エレノワールさんですわ!」
「ええ、魔法の能力も高かったですし、やはり学年一位は違いますわね!」
「何よりあの見事な作戦! あれには舌を巻きましたわ!」
一人の女子生徒の言葉に、周りの女子生徒は「本当に素晴らしかったですわね!」と口々に賛同を示す。
「戦いが始まる前から地面に潜っておいて下から攻撃する、神出鬼没の一撃!」
「猫騙しや物を投げる事で相手の精神力を乱して魔法を封印する、立ち回りのうまさ!」
「審判に見えないように立ち回り、反則すれすれの技を放っていたのも、うまかったですわよね!」
「ですわよね!」
そんな女子生徒達の言葉を、アラギは静かに聞いていた。どうにか用事を終えてこの街に着いたのだ。アラギは壇上で歓喜に震えているエレノワールを一瞥した後、一言。
「いや、普通にずるくないか?」
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