家庭教師編③
青年は素っ頓狂な声を上げる。しかし、エレノワールは続けていった。
「この方は、貴方達などよりも遥かに強い魔法能力を秘めたお方なんです。無礼な態度は控えなさい!」
とんでもない事を言っている。しかしここで否定して正体がばれるのも嫌なので、青年はあえて黙っている事にした。
「ははっ!」
エレノワールの一喝に、警備員たちは一斉に跪いた。エレノワールは続けざまに警備員達に命令した。
「この方の授業は住み込みで行います。その為に寝床が必要となります。すぐに部屋を確保しなさい!」
「はっ!」
「お、おいちょっと待て。連れを酒場に置き去りにしたままなんだが・・・しかも住み込みなんて聞いてねえぞ」
言いかけた青年を、エレノワールが遮る。
「私の秘密を知っている以上、逃がす訳には行きませんわ。それにここまで事が動いてしまった以上、今逃げたら私にまで迷惑が掛かります」
その言葉に青年は言葉を呑み込む。無関係の人間に極力迷惑を掛けないようにしている青年にとって、この言葉は大きかった。どんな事情であれ、人の庭で爆発沙汰を起こし、事を大きくした犯人は青年なのだ。
「マジかよ・・・」
青年は頭を掻いた。正直、あそこに少女を置いておくのは好ましくない。戦闘力的には申し分のない仲間だが、それ故に酔って無差別攻撃など始められたら手に負えなくなる。近くで見張っておきたいというのが正直な所だ。
「お部屋の準備が出来ました。どうぞこちらへ」
警備員の言葉に、青年は再度頭を掻いた。こうなったら腹を括るしかない。とりあえず速攻で正体がばれるのを防ぐために黒いコートを脱ぎ、屋敷に向かう。
屋敷に着くと、まず風呂に入らされた。風呂から出ると寝巻を渡され、部屋に案内される。部屋に着くと、武器の入ったベルトを外してベッドに寝転がった。
「『黒百鬼の死神』であることがばれないように、そしてあのお嬢様の魔法能力を上げながら、後アイツが酔って無差別攻撃を起こさないように祈りながら・・・問題は山積みだな」
青年はそこで溜め息を吐いた。どうして悩みたくもない事で悩まなくてはならないんだろう。
「ま、なるようになるさ・・・・・・なんて楽観的な事を言ってられたらいいんだけどな」
正体がバレ、報酬がもらえず、少女が酔って無関係の人間に対して無差別攻撃を仕掛けるという最悪の事態は避けたい。青年は最悪の事態に対する不安を感じながら眠りに付いた。
「・・・帰りが遅い」
酒場の中で、少女は若干苛立った声で呟いた。テーブルの上には、既に空になった一升瓶が複数本転がっている。少女は酔いの回った頭をコツコツと叩きながら、まだ中身の残った一升瓶を掴む。
「お客さん、そんなに飲んで大丈夫なのかい?」
店長が心配そうに質問する。少女はそんな店長に親指を立てた。
「・・・大丈夫。私の肝臓はアルコールをビタミンCに変える設定になってるから」
「設定?」
「・・・お金の方は彼が払うから心配しないで。貴方はどんどん酒を持って来ればいい」
少女はそう言うと、半分近く残っていた一升瓶の中身を豪快に一気飲みした。
青年が朝起きると、知らない天井が視界に映った。
「ここは・・・」
目を擦りながら上半身を起こす。それと同時、昨日の記憶が脳裏によみがえって来た。
「ああ、そうか。そう言えば家庭教師の仕事を引き受けたんだったな」
しかも住み込みで。金を手に入れる為とはいえ、実に面倒な仕事を引き受けた物だとつくづく思う。青年は寝巻を脱ぐと、変装用の青いTシャツを着こんだ。
「しばらくこのコートは着られねえか。残念だな」
アラギ曰く、青年の正体がばれる要因がこのコートらしい。ならばこれさえ着なければ正体がバレルのは避けられるはず。黒いコートを小物入れに入れ、武器の入ったベルトを装着して庭に出る。
そこには、既にエレノワールが待機していた。小脇に教本を抱えており、背筋をピンと伸ばして立っている。
「よう。朝からやる気満々だな」
「当然ですわ。今日は貴重な祝日。丸一日を魔法の練習に費やせる日ですもの」
相変わらず高飛車な口調で、エレノワールは告げる。青年は「ふーん」と興味がなさそうに呟くと、エレノワールを見た。
「じゃあ、まずはお前の魔法のレベルを見せてくれよ。そこから始めよう」
とりあえず生徒の能力を計っておくことは大切だ。教えるのはそれからでいい。しかし青年の言葉に、エレノワールはギョッとした表情を見せた。
「そ、それは、そのーーーー」
「何だよ。もったいぶってないで速く見せてみろ。安心しろ、どんなレベルでも笑わねえから」
魔法を微塵も使えないのだから、どんなレベルであっても人の事を笑えないのは当然である。
「そ、そこまで言うならーーーー」
エレノワールはやや緊張した表情を見せながら、右手を構えた。そして呪文を唱える。
「万象の呪いよ。汝光の精霊の力を借り、別次元の事わりに乗って動き出せ!」
すると、エレノワールの手から紫色の光が迸った。光はエレノワールの近くにある石に伝播して、石を数センチ移動させる。
「おお・・・」
青年の口から感動詞が飛び出る。魔法を使えない彼からすれば、これだけでも充分凄い事だ。
「ど、どうでしょうか」
エレノワールが恥ずかしそうに青年に聞いてくる。青年は思った事を正直に伝えた。
「お前、凄いな。他にも見せてくれよ」
「え?」
その言葉に、エレノワールは戸惑いの表情を見せた。
「そ、その、『凄い』とは悪い意味でですの?」
「いい意味に決まってんだろ。なあ、他にも見せてくれよ」
青年が催促すると、彼女はパァッと明るくなった。
「『凄い』・・・魔法の能力に関してそんな言葉を言われるなんて、生まれて初めてですわ!」
「なあ、他のも見せてくれよ」
しつこく頼む青年に、エレノワールはファサ、と髪を掻き上げた。
「もちろん構いませんわよ。このエレノワール・アステアの華麗なる魔法を見せて差し上げましょう。何でも好きな魔法を言いなさい。この私が使って見せましょう」
「マジで⁉ じゃああれを見せてもらおう!」
『何でもいい』と言う太っ腹な言葉に目を輝かせて、青年は見せてほしい魔法を注文する。
「じゃあまず、【ルーグド召喚】を頼むわ!」
「・・・はい?」
直後、エレノワールが素っ頓狂な声を上げた。
ルーグド。別名【侵略する巨神兵】とも呼ばれる、作者不明の超巨大なゴーレムである。普段はとある地下迷宮の奥底で眠っており、侵入者を発見すると右手に持ったモーニングスターで原型を留めなくなるまでミンチにすると言われている。
ちなみに【召喚魔法】で呼び出す事は理論上可能であるが、使用する魔力が莫大過ぎてほぼ不可能に近いらしい。
「一回だけ見たことあるんだけどさ、あの姿が滅茶苦茶格好いいんだよな。もう一回見たいんだよ」
「ちょっ、ちょっと待って下さいまし。そんなの無理に決まってるでしょう⁉」
叫ぶエレノワールに、青年は残念そうな顔をする。
「何でだよ。何でもいいって言ったじゃねえか」
「そ、そうですが・・・ってこんな不可能な魔法を注文するなんて、性格が悪すぎますわよ!」
「不可能なのか? 俺の仲間が使ってたからてっきり普通の魔法かと思ったんだが」
平然としている青年とは対照的に、エレノワールの顔には戦慄が走った。
「そ、そんな! ・・・で、でも、このお方の仲間ならおかしくはないかもしれない・・・」
「やっぱりアイツを魔法の基準にするのは無理があるな・・・って何か言ったか?」
「い、いえ、何でもありませんわ」
「そうか。じゃあとりあえず、練習を始めていくか」
他の魔法を見せて貰おうと思っていたが、これ以上無知を晒したくない。諦めて次のステップに進む事にした。
繰り返しになるが、青年に魔法の適性はない。
少女とアラギは知っているのだが、魔法の適性が極端にない現地人でさえ指先に火を灯したり、極小の光の玉を数センチ動かす事は出来る。つまり、魔法能力がゼロと言うのはあり得ないのだ。
しかし、青年の魔法能力は読んで字のごとく『0』である。魔法に関して言えば何もできない。しかも彼は会話こそ出来ても文字を読む事が出来ない為、教本を読む事もままならないのである。
だが、青年には戦いの中で培った直感があり、加えて頭の回転が速かった。エレノワールの魔法の危険度を瞬時に見抜き、それっぽい事を言い放つ。
「炎よ、我が手に収束せよ! 【炎々球】!」
「威力が弱い。そんなんじゃ使い物にならねえぞ」
「雷鳴よ、我が身を守れ! 【ライトニング・バリア】!」
「スピードが遅い。それじゃあナマケモノのパンチも防げないぞ」
もちろん、青年はあくまでもそれっぽい事を言っているだけであり、実際にそうである確証は何処にもない。しかしエレノワールの魔法はあまりにもお粗末すぎるために、どんな指示を出しても彼女が疑う事はなかった。
「はあ、はあ・・・」
「もう息切れか? じゃあ五分だけ休んでいいぞ」
青年が言うと同時、エレノワールがその場に膝を突く。魔法の連発によって体力をごっそりと削られたようだ。青年はそんなエレノワールを横目で見ながら、教本を開いた。
「やっぱり読めねえな・・・」
教本には、意味不明な言語が並んでいた。少なくとも英国圏の言葉でない事は確かだ。一番近い言語はヘブライ語だろうか。だが所々キリル文字と思わしき部分があり、解読を煩雑にさせていた。
「駄目だ、分からん」
もう何度呟いたか分からないような言葉を吐き出す。これまでにも何度か文字を解読しようと試してみたが、全然分からなかった。どうして会話は出来るのに文字を読む事は出来ないのだろうか。
これまでは少女やアラギに読んでもらう事で何とかなっていたが、今回のように離れてしまった場合の事を考えていなかった。
「マジでどうにかしないとまずいよなあ・・・」
「先生、もう五分が経過しましたわ」
その言葉に前を向くと、倒れていたはずのエレノワールが立ち上がっていた。その目には、必死で頑張ろうという情熱が宿っている。
「そうか。じゃあ、さっき使った魔法をもう一回ずつ使っていくぞ。構えろ」
「はい!」
こうして、無才二人の魔法の特訓は日が落ちるまで続いた。
オリジナルの魔物はこの先も出していきたいと思います。
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